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3章 私と魔王様のお盆休み

08.ベタな展開に、ここが異世界だと実感する

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 どうしてこうなったのだろうか。

 こんなことをする人は、漫画やアニメの世界だけだと思っていた。
 まさか人々が行き交う大通りで、柄の悪い酔っ払った破落戸風の男に絡まれるとは思っていなかった理子は、目の前の男二人を困惑の表情で見上げた。 

「余所見していて気が付きませんでした。ぶつかってしまい、すみません」

 尻もちをついた状態から起き上がれず、理子は自分とぶつかったなるべく刺激しないようにと下手に出たのに、男達は鼻で笑う。
  
「おいおい、お嬢さん『すみません』だけか?」
「そっちからぶつかって来たのに、『すみません』だけで済まそうって言うのか?」

 しゃがんだ男の一人は、理子の顔に真っ赤な顔を近付けて酒臭い息を吹きかける。

(酔っぱらっていて怖いっ! 誰か? 警察はいないの?)

 酔っ払いに絡まれている姿は一目瞭然で、やりとりは聞こえているはずなのに行き交う人達は、男達を止めようもしない。
 酔っ払った柄の悪い男達は腕っぷしが強そうだし、止めに入ったら巻き込まれるのが嫌で関わらないのだろう。 

「お嬢さん、謝るだけで許されると思ってるのかよ?」
「ぶつかられたせいで、足を挫いちまったみたくてさぁ。医者に行く金と、仕事が出来なくなった分の金を貰わなきゃならねぇ」

 黙っている理子は怯えていると思ったのか、顔を見合わせた男達はニヤニヤと笑う。

(いきなり、酔っ払いに絡まれる展開になるとは……)

 衣料品店の店主から気を付けるように言われたのに、観光出来ることに浮かれていて注意力が散漫になっていた。城の外へ出られたのに、心がくじけそうになる。

「おい! お嬢ちゃん聞いてんのか!」

 しゃがんだ男に肩を掴まれ至近距離で怒鳴られて、酒臭い息が顔にかかった理子は思いっきり顔を歪めた。
 理子の感情を、肩を捕まれて凄まれた恐怖と嫌悪感を感じ取ったのか、右耳にはまっている深紅の玉が熱を持つ。

(だ、駄目。鎮まって、大丈夫だから!)

 守護の玉が力を放ったら男達を撃退はできる。だが、理子が危険な目に遭ったとシルヴァリスに伝わってしまう。右手で右耳を押さえる。

「……おいおい、女の子相手に何やってんだ?」

 この場をどう乗り越えるか考えを巡らしている理子の耳に、男達とは違う若い男性の声が聞こえた。

「ああっ? 何だお前は?」

 立っている男が振り返ったと同時に、彼は勢いよく真横に吹っ飛んだ。

 がっしゃーん!

 吹っ飛んだ男は、歩道に置かれた乾物屋の店頭ワゴンに突っ込んでいった。
 店頭ワゴンを壊された乾物屋の店員が、慌てた様子で店から出てくる。投げられた男は打ち所が悪かったのか、完全に意識を失って伸びていた。

「さて、次はお前だな」

 男の襟首を掴んで真横に放り投げた人物、黒髪を短く刈り込んだ碧眼、鋭い目付きの背の高い筋骨隆々の鉄の胸当てを着けた、いかにも戦士風といった男性がしゃがんでいる男を睨む。

「てめぇ!」

 こめかみに青筋を浮かべ立ち上がった男を一瞥し、戦士風の男性は口角を上げた。

「ハッ、足を挫いているんじゃなかったのか? どれっ、俺が診てやるよ」
「うおおおおー!」

 不敵に笑った男性は、殴りかかってきた男の拳を簡単に片手で受け止める。

「くそっ! 放せよ!」

 男性に拳を握られて苛立った男は、自由になる手をズボンのポケットに入れて折り畳みナイフを取り出し、ナイフの刃を出して振り上げた。

「ぐえっ!」

 ナイフの切っ先が戦士に届く前に、男の鳩尾に骨ばった男性の拳がめり込む。
 男は胃液と消化しきれていない胃の内容物を地面へ吐き出した。
 内容物をびちゃびちゃ吐き出した男は、ガクガクと痙攣する膝から崩れ落ちるように吐瀉物の中へと倒れる。
 男が吐いた吐瀉物がかかった通行人から悲鳴が上がった。

「おっと、きったねぇな」

 吐瀉物の飛沫を避けた男性は吐き捨てると、理子へ向けて笑いかけた。

「お嬢さん、大丈夫か?」

 大股で歩み寄ってきた男性は、片膝を地面に突けて屈み理子と目線を合わせる。

「あ、ありがとうございます」

 屈んでも大柄な男性の方が大きいため、理子は彼を見上げてお礼を伝えた。

「立てるか?」
「あ、足に力が入らなくて、立てない」

 自力で立ち上がるのは困難だと覚り、迷いながら差し出された手のひらに自分の手を乗せる。

「わっ」

 勢いよく引っ張りあげられて立ち上がるも、強く地面に打ち付けた尻の痛みと両脚に力が入らないせいで、理子はよろめいた。

「おっと」

 傾いでいく理子の肩に男性の手が伸びて、太くたくましい腕が抱き留める。

「はぁ仕方ないな。少しだけ我慢してくれよ」
「きゃああっ」

 回した腕一本で理子を抱き上げて、そのまま男性は彼女を担ぐように肩に乗せた。
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