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3章 私と魔王様のお盆休み

  水鏡②

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 水面の波紋が静まった後、煉瓦造りで大きな窓には日除けのオーニングテントが張られた、お洒落なカフェの外観が映っていた。

「このように」

 二度、ベアトリクスの指先が水面に触れる。
 映像が切り替わり、若い女性が席に座ってケーキを食べている店内の様子が映し出された。

「こちらは、わたくしが話していたオフェーリカフェです。今日も大繁盛ですわね。今は無花果のタルトと、ラズベリーのタルトが人気みたいですね」

 ガラスケースに入ったフルーツとクリームをたっぷり使ったタルトは、確かに見た目も楽しめるし美味しそうだ。

「美味しそうですね。食べに行けるように魔王様に交渉してみます」

 理子の声に反応して、水面は次の映像へと切り替わる。
 次に映し出されたのは、石造りの四角い建物。
 窓には鉄格子が嵌め込まれ、階段を上った先にある出入口の扉には幾何学模様が描かれた、独特な雰囲気を放った外見をしていた。
 水面が乱れて映像が切り替わり、外観と一変した店内が映し出される。
 黒色と赤色をベースにした、ゴシック調の店内には色とりどりの装飾品が置かれていた。

「こちらが若い娘に人気の装飾品を取り扱う店です。魔石を加工した独創的な装飾品も多く、わたくしも購入したことがあります」
「見たい場所を見られるなんて、この水鏡はネットみたいですね」

 見たい場所を見られるのは、インターネット上で住所を入力して映像を見られるシステムのようだと、理子は感心する。

「この水鏡は私も使えますか?」
「それは、どうでしょう」

 興味津々の理子から問われ、ベアトリクスは困ったように首を傾げた。

「魔力を込めれば使えますが、リコ様はどうかしら? 魔王様から与えられた魔力をお持ちですが、試してみないと何とも言えません」
「魔王様から与えられた魔力?」

 意味深な言葉が聞こえて理子は眉を顰める。

「いいえ、何でもありませんわ。リコ様、指先に意識を集中して水面に触れてみてください」

 ベアトリスクに促されるまま、理子は水鏡の水面に指先を触れる。
 触れた指先から波紋が広がっていった。

 どくんっ!

 指先に力を集中するイメージを描けば、それに合わせて心臓が強く脈打ち、理子の体の中から何かが溢れるような妙な感覚を覚えた。

 ザバザバザバッ!

 急に水盆の表面が激しく波打ち、水飛沫が理子の腕やドレスにかかった。
 大きく波打った水は二つに裂けて宙を舞い、大きな飛沫となって理子に襲い掛かる。

 バシャーン!

「きゃああっ!?」

 頭から大量の冷水をかぶったような強い衝撃を受けて、よろめいた理子は両手で顔を覆う。

「リコ様!」

 切羽詰まったベアトリクスの声が聞こえて、すぐに消えてしまった。


 ***


 傍にいたはずのベアトリスクの気配が消えて、静寂が辺りを覆う。
 急に一人になった気がして、湧き上がる不安で顔を覆う両手を外せない。
 無音だった世界に汽笛が聞こえた気がして、理子はきつく閉じていた目蓋を開けた。

「うっ!」

 目蓋を開けて顔を覆っていた手を外せば、突然視界に入って来た強い光に堪えられず、理子は目を細めた。

 肌を焼くような夏特有の強い陽光、辺りに漂うのは独特な海の匂い。
 近くからは波の音と上空からは海鳥の鳴き声が聞こえる。

 明るさに慣れてきた視界の中、室内とは違う陽光の眩しさと周囲の状況の変化への驚きのあまり、理子は目と口を大きく開いて呆然となった。

「えええっ?」

 先ほどまで、王城の水鏡の間にいたはずなのにどうして外に、船着き場の桟橋に立っているのだろうか。
 どんなに周囲を見渡しても、一緒にいたはずのベアトリクスの姿が見付からない。

「これは、水鏡の力? 私だけが移動したの?」

 水盆の水を全身に浴びたせいで、理子だけが違う場所に転移してしまったのか。

「どうしよう……」

 船着き場には合わない、小綺麗なドレス姿を着た理子はこの後どうしたいいのか分からず、途方に暮れてしまった。
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