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2章 魔王様は抱き枕を所望する

15.傍らに据える相手

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 やわらかな陽射しが降り注ぐ午後。

 魔力により四季折々の花が咲く庭園では、ガーデンテーブルにティーセットを広げて魔王とアネイル国の王女が優雅なティータイムを過ごしていた。

 ただし、楽しそうにしているのは王女のみで、魔王は無表情を崩さずに彼女の話に相槌を打つのみ。
 無表情を貼り付けた魔王の顔の裏には苛立ちが見え隠れしており、遠巻きに様子を伺っていた護衛達はいつ魔王が力を解放するか内心冷や汗を流していた。

(よく喋る女だ。そろそろ相手をするのは面倒になってきたな)

 人族の支配する大国アネイルの第二王女、サーシャリア姫は大使としての用は済んだというのに、未だ自国へ戻らずに居座っているのは思惑があってのことだと魔王は見抜いていた。
 なるべく穏便に、適当に言いくるめて帰そうと、王女一向の相手をしていた宰相のキルビスは空気を読まない王女に我慢出来なくなり、抹殺しようと暗躍しはじめたため仕方無く魔王が相手をしていた。

「魔王様」

 上目遣いに見詰めている王女の瞳は潤み、色香を含んだ魔力の光を放ったのを見て、魔王は口の端を僅かに上げた。

 王女が発動させたのは魅了の魔法。
 人の身にしては強い魅了魔法の使い手だと、王女と顔を合わせてすぐに魔王は見抜いていた。
 人族か力の弱い魔族だったら、王女の瞳に囚われただろうが魔王に効果は無い。
 王女よりも強力な魔力と、魅縛の力を持つ魔王に魅了魔法を使おうなど、全くもって愚かとしか思えなかった。

「あらぁ?」

 魅了魔法の効果を得られないという事に、王女は頬に指を当てて微笑むと小首を傾げる。
 その仕草に魔王は眉を顰めた。

(自分をどう見せれば可愛らしく見えるのかを知っている、狡猾な女だ。随分、違う)

『友達と温泉旅行に行くから部屋にいません。だから喚ばないでね』

 満面の笑みで言った女は、狡猾な女とは違い魔王に媚びることはしない。

『お土産を買ってきますね』

 不細工な抱き枕とやらを持ち込んだ女だ、土産など録でもない物を持ってくるに決まっている。
 だが魔王にとってその女が、理子の裏表が無い笑顔を愛おしく感じていた。


「魔王様? 魔王様、どうなさったの?」

 意識が逸れていた魔王が顔を動かし、上目遣いで見上げてくる水色の瞳と視線が合う。
 魔王と視線が合い、途端に王女は頬を赤らめた。

「わたくし、魔国へ来て魔王様にお会い出来て、本当に良かったと思っていますの。魔王様ほど美しい方にお会いしたことはありませんもの。どうか、わたくしを妃候補の一人にしてくださいませ」

 王女の水色の瞳が更に煌きを増す。
 魅了魔法が効かない魔王に対し、王女は瞳に魔力を強めてじっと見詰める。

「サーシャリア姫には優秀な婚約者殿がいると聞いていたが?」

 魔法の効果を高めるようとしてしつこく見詰めてくる王女は、魔王の視線と声色に含まれる冷ややかさには気付かない。

「婚約者など、父上が決めた者。わたくしが父上にお願いすれば、直ぐに婚約は解消できますわ」

 くすくす、笑う声は聞く者によって、鈴を転がした様な、と評されるだろうが魔王にとっては不快にしか感じなかった。

「ましてや、わたくしが魔王様の妃となるのでしたら、父上もお喜びになるでしょう」

 妃候補ではなく妃になると、言いきった王女に対しての苛立ちは臨界点を越えていき……魔王は目を細めた。

「妃だと?」
「はい。わたくしはそのために魔国へ来ました」

 自分こそが王妃になれるのだと自信に満ちた王女の答えに、魔王は笑いが込み上げてくる。

「くくくっ、貴様を妃に据えるだと? 厚顔無恥とは正しく貴様のような女の事だな」

 王女でなければ、魔王の側に近寄ることすら許されなかった。

(今まですがり付いて寵を乞う女はいたが、こうもあからさまに妃の座をねだり、妃となるのが当然と宣う女が存在するとは。愚かな女だ)

 明るかった空に暗雲が立ち込め、庭園が薄暗く陰っていく。

「ま、魔王様?」

 冷笑を浮かべて肩を震わす魔王に、ようやく王女は狼狽えだす。

「サーシャリア姫、従者達と共に祖国へ戻るがいい。戻って王に伝えろ、貴様の娘程度の女に、我を籠絡させようなどと二度と思わぬ事だな、と」

 これ以上の魔王、魔国への不敬は滅亡につながると暗に含み、呪文詠唱も印も無く魔王は王女の足元へ転移魔方陣を展開させる。
 異変に気付いた王女は、音をたてて椅子から立ち上がった。

「ま、魔王様? 突然、何をなさるの!?」
「貴様には不快な感情しか抱けぬ。魔王に対して魅了魔法など使うとはな」

 地面に展開した魔方陣から漆黒の鎖が伸び、王女の上半身へ絡み付いていく。

「きゃあぁ!?」

 王女の上半身に絡み付いた漆黒の鎖は皮膚へ浸透するように消え、王女の魔力、魅了の力を封じていく。

「貴様など、魔力も秀麗さも、我の寵姫には遠く及ばぬ」

 侮蔑の目を向ける魔王がそう告げると、転移魔方陣によって強制転移されていく王女の水色の瞳が驚愕に見開かれた。

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