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2章 魔王様は抱き枕を所望する
12.このお仕置きはやり過ぎです*
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三連休明けの月曜日。
朝から雨が降っているせいで、空調の調子が悪い職場内の職場は蒸し暑く、湿度も高いせいで空気が重い。
(またやっている……)
他部署のトラブル処理のせいで仕事が進ず、皆、苛立っている中、最近お付き合いを開始したらしい伊東先輩と田中君の二人だけは周囲にハートマークを飛ばしていた。
周囲の雰囲気に耐え切れず、席を立った理子は給湯室でアイスコーヒーを作り、保冷ポットへと注ぐ。
「手伝うよ」
給湯室の出入り口に立っていた山本さんがすれ違いざまに、理子の手からスルリと保冷ポットを抜いて持った。
「山田さん、今日の夜は暇?」
他の同僚に聞こえないように、顔を近付けた山本さんに至近距離で訊かれ、ドキリと心臓が跳ねる。
「ごめんなさい。今日は先約があって」
「そっか、じゃあ俺が出張から帰って来たらまた誘うね」
歯を見せて笑う山本さんは優しい男性。
折角誘ってくれたのに、彼と仲良くなるチャンスなのにどうしても頷けず、誘いを断ってしまった。
山本さんがポットを持ってくれた時に、彼と手が触れて焦ったのかと考えて魔王の顔が浮かんできて……理子は首を振った。
***
定時退社した理子は、帰宅して直ぐに浴室へ向かった。
パアアー!
入浴後、ベッドに腰掛けて髪を拭いていた理子の足元に転移魔方陣が展開される。
魔法陣が完成される前に、側に置いておいた冊子に手を伸ばして冊子を掴んだ瞬間、完成した魔方陣の朱金の光に飲まれていった。
ぼよんっ。
魔王の寝室のベッドへ落ちた理子は、痛む鼻を擦りながら掴んだ冊子が破れてないか確認する。
ベッドに手をついて上半身を起こし、ソファーに足を組んで座る魔王を見上げた。
「魔王様、こんばんは」
「ああ」と頷いた魔王は、理子に向かって右手を差し出す。
「リコ、来い」
「はい」
頷いた理子は、ベッド下に用意されている花の刺繍が入ったルームシューズを履き、魔王の元へ向かう。
ふわり。
魔法の風が理子を包み込み、半乾きの髪をさらさらに乾かしていく。
乾いた髪から仄かに香るのは、ラベンダーのフローラルで柔らかで落ち着いた香り。理子の髪の香りは、魔王の気分によって変わる。
(もうすっかり、魔王様に髪の毛を乾かして貰うのが当たり前になっちゃったな)
毎夜、魔王に乾かしてもらっているおかげで理子の髪は何もしていなくても、美容院でトリートメントしたように艶々になっていた。二か月前、残業続きだった時には今の状況は考えられない。
「リコ、それは何だ?」
ラベンダーの香りがする髪に触れて、笑顔になる理子の手元を魔王は見る。
魔王の視線の先は、召喚される直前に掴んだ冊子。
「これは冠婚葬祭マナーbookです。今度、友達の結婚式でスピーチを頼まれていて、参考に買ってみたんです」
ベッドに落下した際、折り目が付いてしまったマナー本の表紙を見せた。
本の文字は日本語で書かれているが、理子と繋がっている魔王は異世界召喚特典なのか、お互いの言葉と文字が理解できる。
「付録に付いていた婚活特集の冊子、魔王様にあげます」
マナー本に挟まっていた、一回り小さな冊子を魔王に手渡す。
「婚活?」
「私の住んでいる国の言葉で、より良い結婚相手を見付けるための活動を婚活って言うんです。今後、役に立つかもしれないから、読んでみてください」
笑顔で渡そうとする理子へ魔王は冷笑を浮かべた。
「不要だ」
ボッと、魔王の手の中に現れた炎が一気に冊子を燃え上がらせた。
冊子は燃え上がり、あっと今に灰と化して空気に溶けるように消えた。
「あー! 私もまだ読んでないのに燃やすなんて! 酷いです!」
抗議の声を上げた理子に、魔王は片眉を器用に上げた。
「お前も必要無い」
「魔王様は必要無くても、私には必要です。優しくて素敵な彼氏が欲しいし、今後、婚活もするかもしれないし」
「黙れ」
低く冷たい魔王の一言で理子は口を噤む。
あきらかに不機嫌な魔王の指が、理子の顎にかかり強引に彼女の顔を上向きにする。
「んっ」
下唇に噛み付くように、荒々しく重ねられた魔王の唇はすぐに離れていき、もう一度重なり離れた。
「その喧しい口を永遠に塞いでやろうか」
冷笑を浮かべた魔王が理子の唇を親指の腹でなぞる。
背筋が冷えるくらいの低い声で言われて、「ひっ」と出そうになった悲鳴は何とか喉の奥へ押し込めた。
(怖いすぎる! 怒っている? 婚活が必要って言ったから怒っているの?)
婚活冊子のように消されるか、以前脅迫されたように鎖で拘束されて監禁されるかもしれない。
どうしたらいいのかと、混乱して泣きそうになる理子の顔色は赤から青に変わった。
朝から雨が降っているせいで、空調の調子が悪い職場内の職場は蒸し暑く、湿度も高いせいで空気が重い。
(またやっている……)
他部署のトラブル処理のせいで仕事が進ず、皆、苛立っている中、最近お付き合いを開始したらしい伊東先輩と田中君の二人だけは周囲にハートマークを飛ばしていた。
周囲の雰囲気に耐え切れず、席を立った理子は給湯室でアイスコーヒーを作り、保冷ポットへと注ぐ。
「手伝うよ」
給湯室の出入り口に立っていた山本さんがすれ違いざまに、理子の手からスルリと保冷ポットを抜いて持った。
「山田さん、今日の夜は暇?」
他の同僚に聞こえないように、顔を近付けた山本さんに至近距離で訊かれ、ドキリと心臓が跳ねる。
「ごめんなさい。今日は先約があって」
「そっか、じゃあ俺が出張から帰って来たらまた誘うね」
歯を見せて笑う山本さんは優しい男性。
折角誘ってくれたのに、彼と仲良くなるチャンスなのにどうしても頷けず、誘いを断ってしまった。
山本さんがポットを持ってくれた時に、彼と手が触れて焦ったのかと考えて魔王の顔が浮かんできて……理子は首を振った。
***
定時退社した理子は、帰宅して直ぐに浴室へ向かった。
パアアー!
入浴後、ベッドに腰掛けて髪を拭いていた理子の足元に転移魔方陣が展開される。
魔法陣が完成される前に、側に置いておいた冊子に手を伸ばして冊子を掴んだ瞬間、完成した魔方陣の朱金の光に飲まれていった。
ぼよんっ。
魔王の寝室のベッドへ落ちた理子は、痛む鼻を擦りながら掴んだ冊子が破れてないか確認する。
ベッドに手をついて上半身を起こし、ソファーに足を組んで座る魔王を見上げた。
「魔王様、こんばんは」
「ああ」と頷いた魔王は、理子に向かって右手を差し出す。
「リコ、来い」
「はい」
頷いた理子は、ベッド下に用意されている花の刺繍が入ったルームシューズを履き、魔王の元へ向かう。
ふわり。
魔法の風が理子を包み込み、半乾きの髪をさらさらに乾かしていく。
乾いた髪から仄かに香るのは、ラベンダーのフローラルで柔らかで落ち着いた香り。理子の髪の香りは、魔王の気分によって変わる。
(もうすっかり、魔王様に髪の毛を乾かして貰うのが当たり前になっちゃったな)
毎夜、魔王に乾かしてもらっているおかげで理子の髪は何もしていなくても、美容院でトリートメントしたように艶々になっていた。二か月前、残業続きだった時には今の状況は考えられない。
「リコ、それは何だ?」
ラベンダーの香りがする髪に触れて、笑顔になる理子の手元を魔王は見る。
魔王の視線の先は、召喚される直前に掴んだ冊子。
「これは冠婚葬祭マナーbookです。今度、友達の結婚式でスピーチを頼まれていて、参考に買ってみたんです」
ベッドに落下した際、折り目が付いてしまったマナー本の表紙を見せた。
本の文字は日本語で書かれているが、理子と繋がっている魔王は異世界召喚特典なのか、お互いの言葉と文字が理解できる。
「付録に付いていた婚活特集の冊子、魔王様にあげます」
マナー本に挟まっていた、一回り小さな冊子を魔王に手渡す。
「婚活?」
「私の住んでいる国の言葉で、より良い結婚相手を見付けるための活動を婚活って言うんです。今後、役に立つかもしれないから、読んでみてください」
笑顔で渡そうとする理子へ魔王は冷笑を浮かべた。
「不要だ」
ボッと、魔王の手の中に現れた炎が一気に冊子を燃え上がらせた。
冊子は燃え上がり、あっと今に灰と化して空気に溶けるように消えた。
「あー! 私もまだ読んでないのに燃やすなんて! 酷いです!」
抗議の声を上げた理子に、魔王は片眉を器用に上げた。
「お前も必要無い」
「魔王様は必要無くても、私には必要です。優しくて素敵な彼氏が欲しいし、今後、婚活もするかもしれないし」
「黙れ」
低く冷たい魔王の一言で理子は口を噤む。
あきらかに不機嫌な魔王の指が、理子の顎にかかり強引に彼女の顔を上向きにする。
「んっ」
下唇に噛み付くように、荒々しく重ねられた魔王の唇はすぐに離れていき、もう一度重なり離れた。
「その喧しい口を永遠に塞いでやろうか」
冷笑を浮かべた魔王が理子の唇を親指の腹でなぞる。
背筋が冷えるくらいの低い声で言われて、「ひっ」と出そうになった悲鳴は何とか喉の奥へ押し込めた。
(怖いすぎる! 怒っている? 婚活が必要って言ったから怒っているの?)
婚活冊子のように消されるか、以前脅迫されたように鎖で拘束されて監禁されるかもしれない。
どうしたらいいのかと、混乱して泣きそうになる理子の顔色は赤から青に変わった。
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