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2章 魔王様は抱き枕を所望する

03.酒は飲んでも飲まれるな

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 入浴を済ませて寝間着に着替えた理子は、意を決して廊下へ続く洗面所の扉を慎重に開いた。

(よし、このまま移動できれば……)

 扉から顔を出して、左右の確認をした理子は恐る恐る右足を前へ出した。
 廊下の床へ右足が突くと同時に、朱金の光を放つ魔方陣が出現する。

「くっ! またっ」

 魔法陣から発せられる光が眩しくて、理子は目蓋を閉じた。

(今日は見たいテレビの特番があったのに! たまには一人で過ごしたいのに!)

 毎日毎日、異世界へと喚びよせてくれる魔王へ苦情の念を送る。
 体に絡み付く光から逃れようと抗うが、呆気なく理子の体は魔方陣の中心部に吸い込まれていった。


 ぼよんっ

「ぶっ」

 いつも通り、ベッドへ顔面から着地した理子は情けない声を上げた。
 毎回毎回、ベッドへ着地するのはどうにかならないのだろうか。マットレスのお陰であまり痛くは無いが、落下の衝撃でいつか鼻が曲がるかもしれない。

「もー! 何でいつもこのタイミングなんですか!」

 勢いよく上半身を起こした理子は、召喚主である魔王に向かって叫んだ。
 視線の先では、椅子に腰掛けて長い脚を優雅に組んでいる美貌の魔王は口の端を吊り上げる。

「では、入浴中に召喚する方がよかったか?」
「入浴中っ!?」

 ひいっと、理子は悲鳴を上げる。
 見目麗しいが性格は鬼畜な魔王なら、理子の嫌がる反応を見ようと本当に入浴中に喚びかねない。

「入浴中はもっと駄目です! 絶対にやめてください!」

 首を横に振って拒否する理子を見て、魔王は愉しそうに笑う。
 目を細めて笑う魔王は、少しだけ可愛く感じられて文句を言おうと開いていた口を閉じた。

「リコ」

 名を呼ばれた理子は、四つん這いになってベッドの端へと移動して、両足をベッドの端から下ろして座る。

 ふわっ

 あたたかくて優しい魔法の風が、理子の体を包み込む。
 びちゃびちゃに濡れたままの髪は一瞬で乾き、艶やかに光を帯びる。お風呂上がりで汗ばんでいた肌も、サラサラでもちもちの状態になった。
 髪から仄かに香るのは、ローズの香り。
 甘く濃厚なフローラルな香りに、理子はうっとりと頬を緩ませた。
 Tシャツにリラクシングパンツというだらけた姿なのに、貴婦人の気分を味わえる。
 髪を乾かしてもらっただけで、機嫌を直ってしまう自分の単純さに内心苦笑いした。

「機嫌は直ったか」

 ご機嫌な理子に向かって、魔王は右手のひらを差し出す。

「魔王様?」

 魔王の意図が分からずに、理子は彼と同じように右手を伸ばした。

「来い」

 短く命じた魔王は理子の右手を取り、ぐいっと引っ張り上げる。
 引っ張られて立たされた理子の右手のひらに、大きくて骨張った手のひらが重ねられた。
 手を繋がれた理子はポカンと口を開けて固まる。
 思考が止まったまま魔王に手を引かれて、小さなテーブルとの前まで歩く。
 テーブルの上には、赤紫色の液体が入った硝子のボトルとピンク色液体が入った硝子のボトル、ワイングラスが二つ置かれていた。

「これはワイン?」

 思考停止が解けた理子の問いに、魔王は「ああ」と頷いた。

「酒を飲んで寝たかったと、恨み言を言われたからな」
  
 昨日、休日の前日ということで晩酌をしようとした直前に召喚されて、「二日酔いしてもかまわない素敵な夜の飲酒時間なのに」と魔王に文句を言ったのだ。

(まさか、そのことを気にしてくれていたの?)

 魔王らしく言動の片隅に残忍な片鱗は見受けられても、彼は理子に対して優しいと思う。
 今だって、紳士な動きで椅子を引いて座らしてくれるし、頼まなくてもグラスにワインを注いでくれる。

「ありがとうございます」

 ピンク色の液体が注がれたワイングラスグラスを理子へ手渡し、魔王はもう一つのグラスへ赤紫色の液体を注ぐ。
 魔王に手酌をさせるのはどうかと一瞬だけ迷う。しかし、鼻腔をくすぐる甘くフルーティーな香りに堪えきれず、理子はグラスに口をつけた。

「美味しい」

 甘い絞った果汁の中にほのかな酸味が感じられる、女性に好まれそうな飲みやすい味のお酒。
 どちらかと言えば辛味より甘味がある酒を好む理子は、満面の笑みを浮かべた。

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