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1章 隣人の鈴木君
05.鈴木君の正体は……
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「山田さん、お帰りなさい!」
マンションの共用廊下で、理子に気付いた鈴木君は笑顔で挨拶をした。
「こんばんは。鈴木君、これからお出掛け?」
「夏休みに向けて金を貯めたくて、昨日から夜から朝までのバイトを始めたんっすよ」
「へぇ、バイト? えっ?」
口に出してから言葉の意味を理解した理子は、驚きで目を見開いた。
「昨日、から? じゃあ昨日の夜は、家に居なかったの?」
動揺したせいで若干声が裏返った理子を、鈴木君は不思議そうに見る。
「朝の六時までバイトで家には居なかったっすよ?」
「……誰かが泊まりに来ていたとか、は無い?」
「勝手に入る以外は……いやいや、怖いことを言わないでくださいよ。あ、やべっ、俺そろそろ行きますね」
腕時計を見た鈴木君は、軽く頭を下げると慌てた様子で走り出す。
「いってらっしゃい」も言えずに、理子は走り去る鈴木君の後ろ姿を呆然と見送った。
「……バイトで居なかった? あの人は、鈴木君じゃ無いの?」
昨夜、壁の向こう側にいて会話をしたのは一体誰なのか。
「じゃあ、あの人は誰?」
違和感は最初からあったのだ。初めて声を聞いた時から、壁の向こう側の彼は鈴木君では無かったのかもしれない。
「どうしよう」
今夜も“彼”から話し掛けられたらどうしよう。見知らぬ相手とずっと会話をしていたなんて。
キーケースを握ったまま、理子は扉を開けられずに立ち尽くした。
明日は仕事で、部屋で寝なければならない。「どうしよう」と、頭を抱えて悩んだのは五分ほどだった。
いずれにせよ、彼と会話をしなければならないのだから、早く終わらせた方が良いに決まっている。
シャワーを浴びて汗を流した理子は、何時もと同じ様にタンスの前に敷いた座布団の上に膝を抱えて座った。
キィン!
耳鳴りが響き、理子の体は緊張で固くなる。
部屋の空気が変わるのは、彼と繋がる時間が開始する合図。
理子は抱えた両膝に顔を埋め、そっと目蓋を閉じた。
「女、どうした?」
彼の声が聞こえて、理子は顔を上げた。
タンスの奥、防音シートを貼った壁の先には、鈴木君では無い別人が存在しているのだ。
「今宵は随分と大人しいではないか」
「う、それは……」
訝しげな彼の声に、理子はどう返せば良いのかと返答に困る。
「貴方は……鈴木君、ではないの?」
勇気を出して言えば、一拍おいてから返事がきた。
「スズキクン、とは何の事だ」
「やっぱり、そうなんだ」
予想していた彼からの答えに、理子ははぁ、と深く息を吐き出した。
別人だと思って聞けば、彼の声は鈴木君より低く耳に残る声色、同一人物だと思う方がおかしいくらいやたら色気のある声だった。
「す、すいませんでした!」
膝を抱えた格好から正座に座り直した理子は、土下座をして頭を床に擦り付ける。
「何がだ?」
「私、ずっと貴方の事を隣人の鈴木君と思っていました! 今まで馴れ馴れしく話してごめんなさい!」
勢い良く謝罪をすると、壁の向こうからフッと鼻を鳴らす音が聞こえた。
「何だそんな事か。かまわん。女、貴様の反応が一々可笑しかったため、我も敢えて訂正をしなかった」
「可笑しかったって、気付いたら訂正してください」
唇を尖らせつつ、理子も早く気付くべきだったと反省する。見知らぬ相手から愚痴を聞かされるなんて、彼は忍耐強い人なのだろう。
「それで、貴方はどなたですか?」
「我か? 我は魔国を統べる王。魔王だ」
「は?」
“魔王”
シレッと言われた言葉に、理子は絶句した。
マンションの共用廊下で、理子に気付いた鈴木君は笑顔で挨拶をした。
「こんばんは。鈴木君、これからお出掛け?」
「夏休みに向けて金を貯めたくて、昨日から夜から朝までのバイトを始めたんっすよ」
「へぇ、バイト? えっ?」
口に出してから言葉の意味を理解した理子は、驚きで目を見開いた。
「昨日、から? じゃあ昨日の夜は、家に居なかったの?」
動揺したせいで若干声が裏返った理子を、鈴木君は不思議そうに見る。
「朝の六時までバイトで家には居なかったっすよ?」
「……誰かが泊まりに来ていたとか、は無い?」
「勝手に入る以外は……いやいや、怖いことを言わないでくださいよ。あ、やべっ、俺そろそろ行きますね」
腕時計を見た鈴木君は、軽く頭を下げると慌てた様子で走り出す。
「いってらっしゃい」も言えずに、理子は走り去る鈴木君の後ろ姿を呆然と見送った。
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昨夜、壁の向こう側にいて会話をしたのは一体誰なのか。
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違和感は最初からあったのだ。初めて声を聞いた時から、壁の向こう側の彼は鈴木君では無かったのかもしれない。
「どうしよう」
今夜も“彼”から話し掛けられたらどうしよう。見知らぬ相手とずっと会話をしていたなんて。
キーケースを握ったまま、理子は扉を開けられずに立ち尽くした。
明日は仕事で、部屋で寝なければならない。「どうしよう」と、頭を抱えて悩んだのは五分ほどだった。
いずれにせよ、彼と会話をしなければならないのだから、早く終わらせた方が良いに決まっている。
シャワーを浴びて汗を流した理子は、何時もと同じ様にタンスの前に敷いた座布団の上に膝を抱えて座った。
キィン!
耳鳴りが響き、理子の体は緊張で固くなる。
部屋の空気が変わるのは、彼と繋がる時間が開始する合図。
理子は抱えた両膝に顔を埋め、そっと目蓋を閉じた。
「女、どうした?」
彼の声が聞こえて、理子は顔を上げた。
タンスの奥、防音シートを貼った壁の先には、鈴木君では無い別人が存在しているのだ。
「今宵は随分と大人しいではないか」
「う、それは……」
訝しげな彼の声に、理子はどう返せば良いのかと返答に困る。
「貴方は……鈴木君、ではないの?」
勇気を出して言えば、一拍おいてから返事がきた。
「スズキクン、とは何の事だ」
「やっぱり、そうなんだ」
予想していた彼からの答えに、理子ははぁ、と深く息を吐き出した。
別人だと思って聞けば、彼の声は鈴木君より低く耳に残る声色、同一人物だと思う方がおかしいくらいやたら色気のある声だった。
「す、すいませんでした!」
膝を抱えた格好から正座に座り直した理子は、土下座をして頭を床に擦り付ける。
「何がだ?」
「私、ずっと貴方の事を隣人の鈴木君と思っていました! 今まで馴れ馴れしく話してごめんなさい!」
勢い良く謝罪をすると、壁の向こうからフッと鼻を鳴らす音が聞こえた。
「何だそんな事か。かまわん。女、貴様の反応が一々可笑しかったため、我も敢えて訂正をしなかった」
「可笑しかったって、気付いたら訂正してください」
唇を尖らせつつ、理子も早く気付くべきだったと反省する。見知らぬ相手から愚痴を聞かされるなんて、彼は忍耐強い人なのだろう。
「それで、貴方はどなたですか?」
「我か? 我は魔国を統べる王。魔王だ」
「は?」
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シレッと言われた言葉に、理子は絶句した。
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