上 下
3 / 92
1章 隣人の鈴木君

02.幸運の御守り

しおりを挟む
 先月引っ越して行った女子学生は、彼氏が出来るたびにすぐに彼氏と半同棲状態になるし、毎日盛っているようで、夜中の喘ぎ声がうるさかった。
 社会人になってから彼氏がいない理子としては、まさに「静かにしろ!」と叫びたくなるくらい迷惑、という状態だったのだ。
 鈴木君がどんな男子か今後の様子を見なければ分からないが、静かな夜を過ごさせてくれれば多少非常識でも何も言うまい。と、自分に言い聞かせる。

(やっと静かに寝られると思ったのに、無理かな)

 鈴木君は「夜分遅くにすいません」の一言も無かったし、ずっと片手をズボンのポケットに入れっぱなしだった。
 夜間の平穏、安眠は期待出来ないかもしれないと、頭が痛くなってきて理子は額に手を当てる。

 受け取ったタオルをダイニングテーブルへ置いて、すっかり冷めてしまった牛丼をレンジへ入れた。


 ***


 ダンッ!

 乱暴にテーブルへ置かれたビールジョッキは空となり、理子は追加注文するために店員のお姉さんへ片手を挙げてアピールをした。

 今日は週末、金曜日の夜。
 仕事帰りのサラリーマンで賑わう、駅の高架下にある大衆居酒屋は社会人になってから隔週末の度に通っている、理子のお気に入りの店だ。

 女性が好きそうなお洒落な隠れ家系の店よりも、賑やかな居酒屋の方が気楽とは自分でもどうかとは思う。
 先程から愚痴をぶちまけているのは、理子の前に座る同期入社の香織。
 すらりと背の高い彼女はまさにクールビューティーといった外見で、緩く波打つ肩までの黒髪を右耳にかけて小首を傾げる表情は、同い年の理子ですら「御姉様」と呼びたくなるくらい色っぽい。
 幼い顔立ちで未成年者に間違えられる理子とは正反対な彼女。しかし、入社直後から意気投合して今では二人で旅行へ行くまでの仲になっていた。
 一年ほど前に、香織に彼氏が出来てからは頻度が減ったとはいえ、お互いストレスが溜まってきたと感じれば今日の様な愚痴吐き飲みが開催されている。

「荒れているねー理子。お隣さんはそんなに激しいの?」

 ガブガブ水のようにビールを飲み干す理子に、香織は苦笑いを浮かべた。 

「今時な雰囲気イケメン風だとは思ったけど、即、彼女が出来るってどうなの? 羨ましいわ!」

 新年度が始まって早三週間。仕事以上に理子のストレス源となっていたのは、自宅マンションの隣人である大学生の鈴木君。
 彼は、大学へ入学したと同時に、今時のお洒落でキラキラした女の子と付き合いだしたのだ。

「隣人は今時イケメン風男子なのよね? いいじゃないの。目の保養が出来て」
「保養にならないよ! 疲れて帰ってきても、隣からの騒音で安らげないのよ? 夜中も朝も盛っていて、苛々して壁を殴りそうになったわ!」

 学生で仲良くしているのは別に生暖かい目で見送るだけだ。しかし、隣人の迷惑を考えない深夜でも関係無い、とばかりに盛っているのと、ベッドの軋み音と喘ぎ声は迷惑極まりない。
 一週間前の夜、部屋の外通路で鈴木君と彼女に会ってしまい、うっかり鈴木君に「今晩は」と愛想笑いで挨拶した彼女に睨まれたのも気分が悪い。
 お洒落で雰囲気イケメン男子とお化粧バッチリキラキラ女子の組み合わせでも、理子の帰宅時間に会わせてイチャイチャを開始するとか夜中でも声を抑えずに盛るとか、もう悪意を感じる。

「前もそんな事言っていたよね。前は女の子だっけ? もうその部屋から引っ越したら? 一時的にホテルかウィークリーマンションを借りるのもアリじゃない? それか管理会社に伝えたらどう?」
「ああ、それも考えたんだけどね。年度始めの忙しい時の引っ越しは面倒だし、ホテルに泊まる費用もないもの。管理会社へ連絡したけど、「分かりました」って口だけで、対応してくれのるかも分からない。連絡してから変化ないから」

 現在の仕事の状況と貯蓄を考えても、引っ越しの時間と費用の捻出は難しい。
 管理会社もこういうトラブルは面倒なのだろう。のらりくらりな返答で、頼れないと感じた。
 限界を感じたらビジネスホテルに数日泊まって避難するしかないかと、理子は溜息を吐いた。

「じゃあボーナスまで我慢しなきゃね。それに無料でエロドラマを聴いていると思えば楽じゃないの」
「エロドラマは多少なりともロマンチックな前降りがあるでしょう? いきなり喘ぎ声とベッドの軋み音をロマンチックな展開へと脳内変換できないって」

 遠い目をする理子の視線を香織はさらりと笑ってかわし、形の良い薄い唇の端を器用に上げて、香織は自分のバックに手を入れて何かを取り出した。

「ではでは、そんな理子にこれをあげよう」
「何これ?」

 香織の手のひらに乗せられていたのは、五百円硬貨程の大きさの深紅の球体。
 居酒屋の薄暗い照明の光の下では赤黒く見えるが、よく見れば球の中に金色の模様が見える。

「何これ? すーぱーぼーる? 文鎮?」

 思ったままの言葉を口に出すと、香織は吹き出した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...