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15.竜帝陛下は「欲しい」と思う
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もうすぐ月の力が満ちて、元の世界へと転移する。
戻り次第魔術書の呪いを解呪し、この妙な感情から解放されるはずだ。
雨音に気付き降り出した雨を窓越しに見た時、胸が締め付けられるような息苦しさを感じた。
(泣いているのか)
全ての感情を佳穂と共有するわけではないが、一際強く彼女が抱いた感情は感じ取ってしまっていた。それが喜楽の感情ならば特に問題は無い。
流れ込んでくる哀の感情に、ベルンハルトは舌打ちして立ち上がった。
厄介なのに、惹き付けられるのは呪いだからか。
「今日の夕飯は、縁側に出て花火を見ながら食べませんか?」
「花火だと?」
コンビニから帰ってきた佳穂の第一声は、ただいまではなく夕飯の提案だった。
先日、朝のニュース番組で流れた花火大会の混雑した映像を思い出し、ベルンハルトは眉を寄せる。
「今日は隣の区の花火大会なんです。凄く混むからとても会場までは行けないけど、家からも少しだけ花火が見えるんですよ」
「お摘みいっぱいつくりますね」と、佳穂は楽しそうに笑った。
大皿へ盛り付けられたつまみの匂いに食欲をそそられて、ベルンハルトは鶏肉の唐揚げを摘まみ食いする。
色とりどりの宮廷料理とは違い、佳穂の作る料理は庶民的な食事だと最初こそ思っていたが、出汁をしっかり取った味噌汁や絶妙な醤油加減の煮物は美味い。今では凝り過ぎた料理より彼女が作った庶民的な料理の方が旨いと思っていた。
「お待たせしました」
鶏肉の唐揚げを咀嚼し終わった時、硝子の徳利とぐい飲みを乗せた盆を手にしてやって来た佳穂はベルンハルトの隣へ盆を置く。
涼しげな水色地に衿と袖、裾に金魚柄が入った浴衣を着た佳穂の姿は、いつも以上に落ち着いた妙齢の女に見えた。
「ほぉ、うまいな」
冷酒を一口飲んで、ベルンハルトは感嘆の声を漏らした。
よく冷えた冷酒は甘味ととろみがあり、口当たりがまろやかで飲みやすい。
「酒屋のおじさんオススメの日本酒ですからね」
嬉しそうにヘラリと笑う佳穂を見て、ふと彼女と一度も酒を酌み交わしたことは無かったと気付き、ベルンハルトは冷酒が入ったぐい呑みを差し出す。
「お前も、たまには付き合え」
「えっ」
「全く飲めないわけではあるまい」
「じゃ、じゃあ、少しだけ」
一瞬、躊躇ったものの佳穂はぐい飲みを受け取り、コクリコクリと飲む。
「美味しい」
呟いた佳穂はぐい飲みに残った冷酒を見て、ハッと目を見開いた。
慌ててぐい飲みをベルンハルト返し、唇を手の甲で拭った佳穂は頬を真っ赤に染める。
返されたぐい呑みと頬を真っ赤に染める佳穂の顔を交互に見てから、ベルンハルトはペロリとぐい呑みの飲み口を一舐めした。
わざと彼女の羞恥心を煽るように、赤い舌先で厭らしく舐める。
狙い通り、羞恥心から頬を真っ赤に染めた佳穂は、恥ずかしそうに視線を逸らした。
バーンッ、少し離れた打ち上げ会場から花火が打ち上がり、辺りを明るく照らす。
つまみの追加を持って台所から縁側へ戻った佳穂は、盆を手に持ったまま立ち尽くしていた。
「……どうした?」
首だけ動かして見上げた瞬間、花火が夜空に広がる。
淡い光に照らされる佳穂の姿がやけに幻想的に見えて、ベルンハルトは目を奪われてしまった。
暫時見詰めあっていると、庭から縁側へよじ登ったシロが尻尾を振って駆け寄る。
ハッと弾かれたように我に返った佳穂は、気まずそうに視線をさ迷わせた。
彼女の動揺と早鐘を打つ心臓の鼓動が伝わってきて、ニヤリと口角を上げたベルンハルトは手酌でぐい呑みへ冷酒を注いだ。
つまみを乗せた盆を縁側へ置きベルンハルトの横に腰掛けた佳穂は、床に置かれた酒壷へ手を伸ばす。
「えっと、お酌するね」
とくとくとく、
ぐい呑みへ注がれる酒を二人は無言のまま見詰めていた。
なみなみと注がれた冷酒を、ベルンハルトは一気に飲み干す。
空になったぐい呑みへ二度酒を注ごうとした、佳穂の白い手を徳利ごとベルンハルトの大きな手のひらが包んだ。
「ベルンハルトさん?」
「異世界の女に、興味など持つ気は無かったのだがな」
酒を注ぐ白い手を掴んだのは、呪いによる強制力ではなく自分の意思。
(俺も、愚かだな)
自嘲の笑みを浮かべてベルンハルトは、じっと硬直する佳穂を見下ろした。
戻り次第魔術書の呪いを解呪し、この妙な感情から解放されるはずだ。
雨音に気付き降り出した雨を窓越しに見た時、胸が締め付けられるような息苦しさを感じた。
(泣いているのか)
全ての感情を佳穂と共有するわけではないが、一際強く彼女が抱いた感情は感じ取ってしまっていた。それが喜楽の感情ならば特に問題は無い。
流れ込んでくる哀の感情に、ベルンハルトは舌打ちして立ち上がった。
厄介なのに、惹き付けられるのは呪いだからか。
「今日の夕飯は、縁側に出て花火を見ながら食べませんか?」
「花火だと?」
コンビニから帰ってきた佳穂の第一声は、ただいまではなく夕飯の提案だった。
先日、朝のニュース番組で流れた花火大会の混雑した映像を思い出し、ベルンハルトは眉を寄せる。
「今日は隣の区の花火大会なんです。凄く混むからとても会場までは行けないけど、家からも少しだけ花火が見えるんですよ」
「お摘みいっぱいつくりますね」と、佳穂は楽しそうに笑った。
大皿へ盛り付けられたつまみの匂いに食欲をそそられて、ベルンハルトは鶏肉の唐揚げを摘まみ食いする。
色とりどりの宮廷料理とは違い、佳穂の作る料理は庶民的な食事だと最初こそ思っていたが、出汁をしっかり取った味噌汁や絶妙な醤油加減の煮物は美味い。今では凝り過ぎた料理より彼女が作った庶民的な料理の方が旨いと思っていた。
「お待たせしました」
鶏肉の唐揚げを咀嚼し終わった時、硝子の徳利とぐい飲みを乗せた盆を手にしてやって来た佳穂はベルンハルトの隣へ盆を置く。
涼しげな水色地に衿と袖、裾に金魚柄が入った浴衣を着た佳穂の姿は、いつも以上に落ち着いた妙齢の女に見えた。
「ほぉ、うまいな」
冷酒を一口飲んで、ベルンハルトは感嘆の声を漏らした。
よく冷えた冷酒は甘味ととろみがあり、口当たりがまろやかで飲みやすい。
「酒屋のおじさんオススメの日本酒ですからね」
嬉しそうにヘラリと笑う佳穂を見て、ふと彼女と一度も酒を酌み交わしたことは無かったと気付き、ベルンハルトは冷酒が入ったぐい呑みを差し出す。
「お前も、たまには付き合え」
「えっ」
「全く飲めないわけではあるまい」
「じゃ、じゃあ、少しだけ」
一瞬、躊躇ったものの佳穂はぐい飲みを受け取り、コクリコクリと飲む。
「美味しい」
呟いた佳穂はぐい飲みに残った冷酒を見て、ハッと目を見開いた。
慌ててぐい飲みをベルンハルト返し、唇を手の甲で拭った佳穂は頬を真っ赤に染める。
返されたぐい呑みと頬を真っ赤に染める佳穂の顔を交互に見てから、ベルンハルトはペロリとぐい呑みの飲み口を一舐めした。
わざと彼女の羞恥心を煽るように、赤い舌先で厭らしく舐める。
狙い通り、羞恥心から頬を真っ赤に染めた佳穂は、恥ずかしそうに視線を逸らした。
バーンッ、少し離れた打ち上げ会場から花火が打ち上がり、辺りを明るく照らす。
つまみの追加を持って台所から縁側へ戻った佳穂は、盆を手に持ったまま立ち尽くしていた。
「……どうした?」
首だけ動かして見上げた瞬間、花火が夜空に広がる。
淡い光に照らされる佳穂の姿がやけに幻想的に見えて、ベルンハルトは目を奪われてしまった。
暫時見詰めあっていると、庭から縁側へよじ登ったシロが尻尾を振って駆け寄る。
ハッと弾かれたように我に返った佳穂は、気まずそうに視線をさ迷わせた。
彼女の動揺と早鐘を打つ心臓の鼓動が伝わってきて、ニヤリと口角を上げたベルンハルトは手酌でぐい呑みへ冷酒を注いだ。
つまみを乗せた盆を縁側へ置きベルンハルトの横に腰掛けた佳穂は、床に置かれた酒壷へ手を伸ばす。
「えっと、お酌するね」
とくとくとく、
ぐい呑みへ注がれる酒を二人は無言のまま見詰めていた。
なみなみと注がれた冷酒を、ベルンハルトは一気に飲み干す。
空になったぐい呑みへ二度酒を注ごうとした、佳穂の白い手を徳利ごとベルンハルトの大きな手のひらが包んだ。
「ベルンハルトさん?」
「異世界の女に、興味など持つ気は無かったのだがな」
酒を注ぐ白い手を掴んだのは、呪いによる強制力ではなく自分の意思。
(俺も、愚かだな)
自嘲の笑みを浮かべてベルンハルトは、じっと硬直する佳穂を見下ろした。
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