30 / 61
酒は飲んでも……②
しおりを挟む
「何だ?」
ぐにゃり、視界が渦を巻き始める。
強い眩暈に襲われたベルンハルトは右手で顔を覆う。
「これは、彼奴の? くっ、彼奴、まさか……酩酊状態になっているのか?」
視界が揺れ、気を抜けば意識が何処かへとんで行ってしまいそうだ。これは幼い頃に一度だけ、致死量の十倍以上の毒を盛られて倒れた時以来の感覚だった。
『友達との付き合いで一次会だけ参加してきます。大丈夫、お酒は飲みませんから』
玄関で佳穂を見送るベルンハルトへ、彼女は笑顔でそう言って出掛けて行った。
「この何処が大丈夫だ」
眩暈に続き、胃からこみ上がってくる強烈な吐き気でベルンハルトは小さく呻く。
幼いころなら兎も角、現在が酒や薬物を摂取してベルンハルトは意識朦朧になることは無い。ほぼ経験が無いとはいえ、佳穂の身に起こっていること、これから起こることくらい推測出来た。
心臓が繋がっていなければ、酩酊状態で男達と共にいてどうなろうが自業自得だと切り捨てていた。否、心臓が繋がっていなくとも、特別視していると先日自覚したばかりの佳穂を今のベルンハルトが切り捨てることなど、出来ない。
(男が側にいる状態で酒にのまれるとは、あの馬鹿女が!)
状態回復魔法をかけても、原因となっている佳穂が不調のままならば眩暈と嘔気が治まるのは一時だけ。
歯を食いしばり、ソファーの背凭れを掴んだベルンハルトは緩慢な動作で立ちあがった。
***
ゆらゆらゆらゆら、目の前が揺れる。
淡い霧がかかり、全身の感覚はやけに鈍い。まるで船の上に居るような浮遊感。
(……?)
遠くで誰かが名前を呼んでいる気がしたけれど、身体がだるくて動けそうもない。
低音の、耳に心地良く響く男の人の声は、知らない人のはずなのにひどく懐かしくて少しだけ切ない気分になった。
「ちょっと~佳穂、大丈夫? ヘロヘロじゃない。もぉ~飲ませ過ぎだって!」
二次会の会場であるカラオケへ移動しようとした時、今回の飲みには乗り気じゃなかったはずの佳穂が赤い顔をして店頭で蹲っていたことに気が付き、友人女性は身を屈めて彼女の肩を揺すった。
「お~い、聞こえている?」
片手で肩を揺すり、熱を持つ頬を軽く叩いてみても佳穂の反応は鈍い。
困り果てた表情を浮かべる女性は酔いつぶれた佳穂の心配は以上に、飲み会で親しくなった男子学生と二次会に行きたいのに彼女の世話をしなければならないのかと、困っていた。
佳穂を誘ったのは自分だという事実もあり、このまま放っておく訳にもいかず途方に暮れて周囲を見渡す。
「飲ませ過ぎた責任をとって俺が送って行くよ」
先程まで、意識がはっきりしていない佳穂の隣に座って飲んでいた金髪の青年がそう言えば、一気に女性の表情が明るくなる。
「えっ? いいの?」
「うん、任せて」
青年が頷くと女性は彼に佳穂の世話を頼み、お目当ての男子学生の元へと走って行った。
「おーい! 送り狼になるなよ」
「頑張れよ~」
いい感じにほろ酔い気分となっていた友人達が口々に茶化す声を金髪の青年へかける。
「まさか、俺がそんな事をするかよ」
繁華街へと向かう彼等に軽く手を振ると、青年は佳穂の脇の下へ手を差し入れて立たせる。
意識を朦朧とさせる佳穂の肩と腰に手を回して歩けば、傍目からは酔った彼女を支えて歩く彼氏、といった風にしか見えない。
友人達の後ろ姿が完全に視界から消えたのを確認すると、青年はジーンズの後ろポケットからスマートフォンを取り出し、目当ての人物に電話をかける。
「俺だけど。うまく行ったよ。後は予定通りにそっちへ行く」
話しながら青年の口元に浮かぶのは、つい先程まで浮かべていた人懐っこい笑みとは程遠い冷たい笑みだった。
ぐにゃり、視界が渦を巻き始める。
強い眩暈に襲われたベルンハルトは右手で顔を覆う。
「これは、彼奴の? くっ、彼奴、まさか……酩酊状態になっているのか?」
視界が揺れ、気を抜けば意識が何処かへとんで行ってしまいそうだ。これは幼い頃に一度だけ、致死量の十倍以上の毒を盛られて倒れた時以来の感覚だった。
『友達との付き合いで一次会だけ参加してきます。大丈夫、お酒は飲みませんから』
玄関で佳穂を見送るベルンハルトへ、彼女は笑顔でそう言って出掛けて行った。
「この何処が大丈夫だ」
眩暈に続き、胃からこみ上がってくる強烈な吐き気でベルンハルトは小さく呻く。
幼いころなら兎も角、現在が酒や薬物を摂取してベルンハルトは意識朦朧になることは無い。ほぼ経験が無いとはいえ、佳穂の身に起こっていること、これから起こることくらい推測出来た。
心臓が繋がっていなければ、酩酊状態で男達と共にいてどうなろうが自業自得だと切り捨てていた。否、心臓が繋がっていなくとも、特別視していると先日自覚したばかりの佳穂を今のベルンハルトが切り捨てることなど、出来ない。
(男が側にいる状態で酒にのまれるとは、あの馬鹿女が!)
状態回復魔法をかけても、原因となっている佳穂が不調のままならば眩暈と嘔気が治まるのは一時だけ。
歯を食いしばり、ソファーの背凭れを掴んだベルンハルトは緩慢な動作で立ちあがった。
***
ゆらゆらゆらゆら、目の前が揺れる。
淡い霧がかかり、全身の感覚はやけに鈍い。まるで船の上に居るような浮遊感。
(……?)
遠くで誰かが名前を呼んでいる気がしたけれど、身体がだるくて動けそうもない。
低音の、耳に心地良く響く男の人の声は、知らない人のはずなのにひどく懐かしくて少しだけ切ない気分になった。
「ちょっと~佳穂、大丈夫? ヘロヘロじゃない。もぉ~飲ませ過ぎだって!」
二次会の会場であるカラオケへ移動しようとした時、今回の飲みには乗り気じゃなかったはずの佳穂が赤い顔をして店頭で蹲っていたことに気が付き、友人女性は身を屈めて彼女の肩を揺すった。
「お~い、聞こえている?」
片手で肩を揺すり、熱を持つ頬を軽く叩いてみても佳穂の反応は鈍い。
困り果てた表情を浮かべる女性は酔いつぶれた佳穂の心配は以上に、飲み会で親しくなった男子学生と二次会に行きたいのに彼女の世話をしなければならないのかと、困っていた。
佳穂を誘ったのは自分だという事実もあり、このまま放っておく訳にもいかず途方に暮れて周囲を見渡す。
「飲ませ過ぎた責任をとって俺が送って行くよ」
先程まで、意識がはっきりしていない佳穂の隣に座って飲んでいた金髪の青年がそう言えば、一気に女性の表情が明るくなる。
「えっ? いいの?」
「うん、任せて」
青年が頷くと女性は彼に佳穂の世話を頼み、お目当ての男子学生の元へと走って行った。
「おーい! 送り狼になるなよ」
「頑張れよ~」
いい感じにほろ酔い気分となっていた友人達が口々に茶化す声を金髪の青年へかける。
「まさか、俺がそんな事をするかよ」
繁華街へと向かう彼等に軽く手を振ると、青年は佳穂の脇の下へ手を差し入れて立たせる。
意識を朦朧とさせる佳穂の肩と腰に手を回して歩けば、傍目からは酔った彼女を支えて歩く彼氏、といった風にしか見えない。
友人達の後ろ姿が完全に視界から消えたのを確認すると、青年はジーンズの後ろポケットからスマートフォンを取り出し、目当ての人物に電話をかける。
「俺だけど。うまく行ったよ。後は予定通りにそっちへ行く」
話しながら青年の口元に浮かぶのは、つい先程まで浮かべていた人懐っこい笑みとは程遠い冷たい笑みだった。
10
お気に入りに追加
257
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」
伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。
そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。
──あの、王子様……何故睨むんですか?
人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ!
◇◆◇
無断転載・転用禁止。
Do not repost.
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる