竜帝陛下と私の攻防戦

えっちゃん

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06.そのギャップに少しだけ興味を抱く

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 洗い終わった食器を置き、濡れた手をタオルで拭いた佳穂は息を吐いた。

「何か分かりましたか?」

 居間のソファーに座り、二冊の魔術書をローテーブルへ並べ魔力の残滓を調べていたベルンハルトへ声をかけると、彼は顔を上げた。

「いや、複雑な術式が絡まっているのは分かるが、解呪の手がかりとなりそうなものは分からない」

 首を振ったベルンハルトは、開いていた二冊の魔術書を閉じて古ぼけた表紙を指で撫でた。

「向こうの世界へ戻れればこの手の物に詳しい奴がいたのだがな」
「元の世界へは、魔法を使って戻るのは無理なんですか?」

 床に膝をつき魔術書を見ながら問う佳穂を、ベルンハルトはジロリと睨む。

「世界と世界を繋ぐ異界の境目を抉じ開けられれば転移は可能だ。境目に僅かな隙間を作れれば、無理やり転移は出来よう。だが、この世界では魔力が上手く扱えん。空気が違う、というか魔素がほとんど無く精霊の力も弱い。俺が全力を出しても今の状態では難しいな」
「今の状態? って、わぁ!」

 首を傾げる佳穂に見せつけるように、ベルンハルトは握った手のひらを開く。
 開いた彼の手のひらからは、シャボン玉に似た輝きを持つ透明の光の玉がいくつも現れ室内を漂う。

「魔力が半減している。月の光、満月の力を使えば何とか隙間を開けるかも知れぬ」
「満月? じゃあ、次の満月の日を調べてみますね」

 触れても弾けないシャボン玉に目を輝かせて触れていた佳穂は、棚の上で充電していたタブレットを取り出して次の満月が何時かを調べ始めた。

「えっと、次の満月は、二十日後ですね」
「二十日か……それだけあれば此方の世界を楽しめるな」
「えっ」

 ニヤリ、と効果音が聞こえてきそうな悪い笑みを浮かべたベルンハルトの表情から、何を考えたのかうっすら分かってしまい佳穂の背中に冷たい汗が流れた。

「ちょっ、観光する気満々ですか? ベルンハルトさんは皇帝陛下でしょう? 国を離れてしまったら、臣下の方々や皇帝のお仕事は大丈夫ですか? それに、急に居なくなってしまったら家族の方は心配しているのではないですか? えっと、奥さんとか恋人とか」

 パチンッ、ベルンハルトが軽く右手を振り、シャボン玉は一斉に弾けて消えた。

「俺の不在程度で崩れるほど帝国は脆弱ではない。それに、俺には心配する家族など、妃と呼ぶ女はいない」
「そうなの? 皇帝陛下ってお妃様達を囲っているのではないの?」

 皇帝陛下の身分ならば華やかな後宮を持ち、美女の一人や二人や三人は囲っていそうなのにまさかの独身とは意外だった。
 見た目から自分とそう変わらないくらいの年齢だろうベルンハルトは、皇帝の肩書きが無くとも女の子にはモテモテで選り取りみどりだろうに。

(まさか、この人は男色、彼女じゃなくて彼氏がいるんじゃ……有り得る)

 性格はともかく、スタイル抜群に綺麗な顔をしたベルンハルトは、男性から見ても魅力的だろう。
引き攣った顔で佳穂がベルンハルトを見ると、考えを読んだベルンハルトは苛立ちをあらわに舌打ちした。

「後宮には妃候補を狙っているらしい多数の女達が暮らしているが、俺にとっては後宮の女は性欲処理か義務で抱くだけ、それだけの相手だ。皇后になるという欲を持ち、媚びて近付いて来る女達には食指は動かん。後宮に一定の女が必要だからは置いているだけだ。それ以外は、俺に叛意を持つ者の炙り出しには使えるか」
「ちょっ、性欲処理とか最低発言!」

 思いが口から出た佳穂は、顔を歪めて後退る。
 最低と言いつつも、美貌以外に地位も権力も持つベルンハルトが言うと何故か許されるような気もして、イケメンはお得だという羨ましさと呆れという、佳穂は相反する複雑な気持ちになってしまった。

「最低、だと?」

 生まれて初めて、ほぼ初対面の女から批判されたベルンハルトは、大きく目を見開く。
 長い付き合いの宰相から最低だと言われたことがあっても、彼以外に後宮の女達への対応を悪く言う者はいなかった。


 黙ったベルンハルトと佳穂の間に微妙な空気が流れる。
 気まずさからこの場から離れたくなるが、このままでは彼に伝えたいことを言えない。佳穂は意を決して口を開いた。

「あの、ベルンハルトさん。この後、買い物に行こうと思います。一緒に来てもらってもいいですか?」
「買い物?」
「ええ、食材とベルンハルトさんの服を買いに行こうかと。服は試着してもらわなきゃサイズが分からないから。あの、外へ出るのは嫌ですか?」
「いいや? 好都合だ」

 逸らしていた視線を戻し、ベルンハルトは佳穂を見て笑う。それは作り物めいた綺麗な笑みではなく、初めて見る彼の自然な笑い方だった。



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