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『……駅~、お乗り換えのお客様は~』
電車内に下車予定の駅へ到着するアナウンスが流れ、手摺に寄りかかってぼんやしていたパンツスーツ姿の女性の目蓋は勢いよく開いた。
(あ、寝ちゃってた?)
周囲を見渡して、扉の上に表示される駅名を確認すると次の停車駅は最寄り駅だった。
下車の準備をしようと、膝の上に乗せていた通勤バッグを抱えなおす。
ふと下を向いて、退社時に取り忘れていた名札を下げていたと気付き、慌てて名札を首から外した。
取り忘れた付箋を付けたままの名札には、『佐藤陽菜』という女性の名前と会社のゆるキャラ、キモ可愛いはウケると勘違いした社長が作ったキャラクターが印刷されていた。
最寄り駅に着く前に起きられて良かったと、出かかった欠伸を堪えて停車した電車扉から他の乗客に混じってホームへ降りる。
軽快な音楽と共に扉は閉まり、電車は終着駅を目指して動き出す。
腕時計を確認した陽菜は深い息を吐き、改札口へ向かって歩き出した。
週末の今日は定時退社を目指していたのに、「至急」と上司から渡された仕事のせいで思いっきり残業する羽目になったのだ。
(あーもう、仕事押し付けられたせいで遅くなっちゃった)
仕事を押し付けて来た上司が、奥さんとの結婚記念日のため早退したと知ったのは、終業時間から一時間以上たった後だった。
週末は誰しも定時退社を目指しているのにと、苛立つ気持ちを必死で抑えつつ仕事を終えて退社した陽菜は、駆け足で電車へ飛び乗ったのだ。
(お腹空いたな……お酒は、冷蔵庫に無かったわ。あとは、すぐに食べられるおつまみか)
駅に隣接したコンビニへ入り、レモン酎ハイとビール二本とチーズとサラミのおつまみセット、明日の朝用の栄養ドリンクを籠に入れる。
レジ前に置かれたおでん鍋から漂う良い匂いに惹かれて、大根と糸こんにゃくとちくわを容器に入れた。
「揚げたてです。いかがでしょうか」
「じゃあ、これもお願いします」
レジに立つ店員男性の言う声に誘われるように、新発売のチーズ味の唐揚げも購入する。
コンビニを出る際、ふと目に入ったのは硝子に映る自分の顔。
マスクをして顔半分が隠れているといえ、濃い目の下の隈と肌荒れのせいで疲れ切っている分かる酷い顔をしていて、マスクをしていて良かったと心底思った。
利便性よりも家賃の安さと部屋の広さを優先し、駅から遠い立地のマンションを選んだことを後悔しながら歩き続け、陽菜は息を切らせて長い坂を上りきる。
ようやく自宅マンションが見えてきた時、周囲の空気が重たいものへと変化していく。
疲れている体が更に重たくなっていくのを実感しつつ、この異変の中心になっている自宅マンション三階の自室を見上げた
(この感じは……彼奴が来ているな)
ベランダに面した三階の部屋、レースカーテンの越しにリビングダイニングの灯りが煌々と付いているのがはっきりと分かり、つい溜息を吐いてしまう。
息を切らせてエレベーターの無い古いマンションの階段を三階まで上り、照明が点滅する薄暗い廊下を歩き玄関前まで辿り着くと、通勤バッグの中から鍵を取り出して開閉音を出さないようにゆっくりと扉を開錠した。
玄関には陽菜以外の靴は見当たらない。
毎回のことながら、侵入者は土足で部屋へ上がり込んでいるのだ。
足音を立てないように慎重に廊下を歩いても、陽菜がマンション内へ入る前から侵入者は彼女が帰って来たことに気付いている。
がちゃり
玄関から真っすぐに伸びた廊下の先、煌々と灯りの付いたリビングダイニングへ続く扉を開く。
「ただい」
「遅い」
「ただいま」と言い終わる前に投げかけられたのは、くぐもった低音の声。
リビングダイニングのソファーに座っていたのは、泥棒でも合い鍵を預けている実家の両親でもなく、全身を覆う漆黒の甲冑を着た不審者だった。
電車内に下車予定の駅へ到着するアナウンスが流れ、手摺に寄りかかってぼんやしていたパンツスーツ姿の女性の目蓋は勢いよく開いた。
(あ、寝ちゃってた?)
周囲を見渡して、扉の上に表示される駅名を確認すると次の停車駅は最寄り駅だった。
下車の準備をしようと、膝の上に乗せていた通勤バッグを抱えなおす。
ふと下を向いて、退社時に取り忘れていた名札を下げていたと気付き、慌てて名札を首から外した。
取り忘れた付箋を付けたままの名札には、『佐藤陽菜』という女性の名前と会社のゆるキャラ、キモ可愛いはウケると勘違いした社長が作ったキャラクターが印刷されていた。
最寄り駅に着く前に起きられて良かったと、出かかった欠伸を堪えて停車した電車扉から他の乗客に混じってホームへ降りる。
軽快な音楽と共に扉は閉まり、電車は終着駅を目指して動き出す。
腕時計を確認した陽菜は深い息を吐き、改札口へ向かって歩き出した。
週末の今日は定時退社を目指していたのに、「至急」と上司から渡された仕事のせいで思いっきり残業する羽目になったのだ。
(あーもう、仕事押し付けられたせいで遅くなっちゃった)
仕事を押し付けて来た上司が、奥さんとの結婚記念日のため早退したと知ったのは、終業時間から一時間以上たった後だった。
週末は誰しも定時退社を目指しているのにと、苛立つ気持ちを必死で抑えつつ仕事を終えて退社した陽菜は、駆け足で電車へ飛び乗ったのだ。
(お腹空いたな……お酒は、冷蔵庫に無かったわ。あとは、すぐに食べられるおつまみか)
駅に隣接したコンビニへ入り、レモン酎ハイとビール二本とチーズとサラミのおつまみセット、明日の朝用の栄養ドリンクを籠に入れる。
レジ前に置かれたおでん鍋から漂う良い匂いに惹かれて、大根と糸こんにゃくとちくわを容器に入れた。
「揚げたてです。いかがでしょうか」
「じゃあ、これもお願いします」
レジに立つ店員男性の言う声に誘われるように、新発売のチーズ味の唐揚げも購入する。
コンビニを出る際、ふと目に入ったのは硝子に映る自分の顔。
マスクをして顔半分が隠れているといえ、濃い目の下の隈と肌荒れのせいで疲れ切っている分かる酷い顔をしていて、マスクをしていて良かったと心底思った。
利便性よりも家賃の安さと部屋の広さを優先し、駅から遠い立地のマンションを選んだことを後悔しながら歩き続け、陽菜は息を切らせて長い坂を上りきる。
ようやく自宅マンションが見えてきた時、周囲の空気が重たいものへと変化していく。
疲れている体が更に重たくなっていくのを実感しつつ、この異変の中心になっている自宅マンション三階の自室を見上げた
(この感じは……彼奴が来ているな)
ベランダに面した三階の部屋、レースカーテンの越しにリビングダイニングの灯りが煌々と付いているのがはっきりと分かり、つい溜息を吐いてしまう。
息を切らせてエレベーターの無い古いマンションの階段を三階まで上り、照明が点滅する薄暗い廊下を歩き玄関前まで辿り着くと、通勤バッグの中から鍵を取り出して開閉音を出さないようにゆっくりと扉を開錠した。
玄関には陽菜以外の靴は見当たらない。
毎回のことながら、侵入者は土足で部屋へ上がり込んでいるのだ。
足音を立てないように慎重に廊下を歩いても、陽菜がマンション内へ入る前から侵入者は彼女が帰って来たことに気付いている。
がちゃり
玄関から真っすぐに伸びた廊下の先、煌々と灯りの付いたリビングダイニングへ続く扉を開く。
「ただい」
「遅い」
「ただいま」と言い終わる前に投げかけられたのは、くぐもった低音の声。
リビングダイニングのソファーに座っていたのは、泥棒でも合い鍵を預けている実家の両親でもなく、全身を覆う漆黒の甲冑を着た不審者だった。
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