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第六章

婚約破棄から断罪へ4

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「アンダーサン公爵、イリスレインと聞こえたが、その子が……?」

 心労によって落ちくぼんだ目をレインに向けて、国王が静かに言う。ユリウスがうなずくのに、ああ、とため息をついた国王は、レインをしっかりと見つめていった。

「顔をよく見せてくれるか……?」
「……はい、国王陛下」

 レインはそっと屈んで、国王と視線を合わせた。

「ああ、ああ……敬愛する姉上によく似ておられる……。暁の虹まで持って……そうか……あのちい姫は……イリスレインは、生きていたのだなあ……」

 涙声になって、国王の唇から嗚咽が漏れる。ユリウスから、国王は穏やかな人だと聞いていた。きっと、だからこそ、心が疲れてしまったのだろう。王というものは、大変な仕事だから。

「陛下……」
「父上! そいつはきっと偽物です!」

 レインが労わるように国王に声をかけると、オリバーがいきり立って叫ぶ。
 けれど、国王は取り合わなかった。

「黙りなさい。……私をもう、父と呼ぶことは許さん。オリバー。ここまでの騒ぎ、そのきっかけを作っただけでは飽き足らず、公式記録の改ざんをしてまで保身をしようとしたことは王族として許されない」

 落ちくぼんだ目、やつれた面差し、こけた頬。そのどれもが国王の心労を表しているにもかかわらず、その声に込められた怒りは本物だった。国王は、厳しい声でオリバーに告げる。

「今この時を持って、お前を王族から排斥する。そして、後ほど公式に発表するが、私はこの責任をとり、王位を退く。次の王は、第二王位継承者の前アンダーサン公爵だ。……隠居したのに頼むのは、申し訳ないと思うがね」

 国王がユリウスを見上げると、ユリウスは静かに礼をとって言った。

「いえ、父も、弟君である国王陛下のお役に立てて喜ぶと思います」
「ふふ、兄上はいつでも私のことを慮ってくださるからな……」

 国王が何かを思い出すようにして目を細める。

「そ、んな、父上! 父上! 俺が王でしょう!? 俺は国王になれないのですか!」
「……オリバー、パーティ―のあと、お前を立太子する気でいたのだ。だから私もここに来ていた。イリスレインを隠そうとしたのは、その立太子を危ぶんでか?」

 オリバーの言葉に、国王は声を硬くした。

 オリバーに振り返ったから、レインには背中しか見えない。けれど、それがレインには、ひどく小さく見えた。

「悲しいよ、オリバー。私は、お前を王にしようと思っていたのに」

 その言葉の、意味、が。意味を、理解してしまったのだろう。理解しないようにと思っていたのかもしれない。悲しい、いう国王の言葉に、オリバーは今度こそ目を見開き、頭を抱えて座り込んだ。

「う、うわああああ……!」

 目から涙を流して、口からは悲鳴のような泣き声をあげながら、オリバーはその場で啼き伏せる。国王はそれを痛々しく見やり、小さく、こぼすようにユリウスに言った。

「あとのことは頼む。……ユリウス」
「は」

 ユリウスは会場を振り返って、朗々とした声で、安心してほしい、と告げた。

「皆、騒がせてしまってすまない。パーティーは後日また行うから、今日は解散とする。何かあればアンダーサン公爵家が用立てるから、相談してほしい。パーティーの費用もアンダーサン公爵家が受け持つ」

 ほっとしたような声が広がる。レインも胸に手を添えて息をついた。
 パーティーにはお金がかかるものだ。それが、オリバーたちが元凶とはいえ、だめになれば学生たちの家にはどれほど負担がかかるかわからない。それを、簡単に解決してしまったユリウスに、レインは尊敬のまなざしを向けた。
 ユリウスが、今度はベンジャミンを振り返って言う。

「コックス子爵夫人と令嬢は詳しい取り調べに連れて行け。オリバーは部屋に」
「はい、お任せください」

 ベンジャミンが頷き、ユリウスはオリバーの背後で呆然と座り込むコックス子爵夫人とヘンリエッタを見やった。レインもその視線を追う。ヘンリエッタは何が起きたのかわからない、という表情でぼんやりしているが、コックス子爵夫人は頭を掻きむしりながら「どうして、どうして」とつぶやいている。

「レイン、帰ろう」
「……はい、お兄様」

 それに背を向けるように、ユリウスがレインの背を優しくなでたから、レインは頷いて踵を返した。気づけば、空は群青に染まりきっていた。
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