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第五章
サファイアのイヤリング
しおりを挟むドレスの布地を選ぶだけで夕方になってしまった。
レインは、これも王都では有名な人気の菓子店でハーブの練り込まれたクッキーを齧り、薫り高い紅茶を口に含みながら、しかし疲れ切った顔でユリウスに向き直った。
「お兄様、どうして私のためにそんなにお金を使うのですか……?」
「それはもちろん、私がレインを着飾りたいからだよ」
「お兄様が私に甘いのは重々承知ですが、それにしたって限度があります……!」
「大丈夫、レインのドレスぐらい、たとえ百着買ったところで我が家の屋台骨は揺らがないよ」
そう言ってユリウスは優雅に紅茶を飲んだ。
「それに、レインを連れ出したのも、学園を休ませたのも、ドレスを注文したのも、私のわがままだよ。レインが気にすることはないんだ」
「お兄様……」
ユリウスがレインの頬に手を伸ばす。そっと頬を撫でられて、レインは自分の顔がかあっと熱くなるのがわかった。ユリウスの、こういうところがずるい。
ユリウスの指先が耳に触れる。柔らかく耳を挟まれる感触がして、レインはゆっくりと目を瞬いた。
「うん、よく似合っている」
「似合う……?」
ユリウスの手が離れていく。それを名残惜しく思いながら、レインはふと窓に視線をやった。
そっと片耳にかかった髪を持ち上げる。――はたして、そこにはきらきらと輝く青い――深い青、群青色をした宝石のついたイヤリングが飾られていた。
たった数年公爵令嬢をしただけのレインでもわかる。これは貴族でもなかなか手に入らないほど、極上の質をしたサファイアだ。大きさは小指の爪ほどもあり、そしてそれはこんなふうに簡単にぽんとつけてよこせるものでありはしなかった。
「お兄様、これは……」
「レインには青が似合うと思って。注文しておいたんだ。卒業式前に完成してよかった」
レインは息を呑んだ。心臓が激しく鼓動して、もうどうしようもないくらいに、今すぐ叫びだしたいような気持になる。サファイアはユリウスの髪の色をしている。
ユリウスは兄妹の情で贈ってくれているのだとわかっているのに、下手にサファイアがユリウスの色彩を持っているせいで、勘違いしそうになってしまう。
今にも爆発してしまいそうな心臓を無理矢理に押さえつけて、レインはなるべくしとやかに見えるように微笑んだ。そっと耳たぶに触れて、ユリウスの目を見つめる。眼鏡越しでもわかる、美しい、ユリウスの琥珀のような目がレインを映している。
レインははにかんで言った。
「嬉しいです、お兄様……大切に、大切にします」
「卒業式、それをつけてくれるかい?」
「もちろんです。作っていただいたドレスに、きっとよく合います」
「ドレスに、じゃなくて、君に、似合うんだよ、レイン」
「まあ、お兄様ったら」
レインは口に手を当ててクスクスと笑う。ユリウスの琥珀色の目も細まって弧を描いている。
それにまた照れてしまって、ごまかすように口に含んだ紅茶はあたたかい。
レインは、何度も何度もユリウスに幸せをもらっている。こんなふうに幸せだから、レインはきっと、もう何が起きても大丈夫だと思った。
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