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第四章

イリスレイン誘拐事件(ユリウス視点)

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 それは、それから三年後。ユリウスが十歳になり、アンダーサン公爵に伴われて城に行ったときのことだった。
 イリスレインが何者かに攫われたのだ。

 手引きをしたのは城の侍女だった。当時十歳だったユリウスはイリスレインと、王配である彼女の父と過ごしていた庭園に、暴漢が入ってくるのを止めることができなかった。剣術を習って間もない少年だ。それは、他者から見れば仕方のない結果だった。

 イリスレインを奪われまいと暴漢に立ち向かっていったユリウスは返り討ちにあい、瞼に深い打撲を負った。
 目が開けられず、まともに動けなくなったユリウスは、必死でその目を開ける。そうして、ようやっと目が明いたとき、ユリウスはユリウスをかばい、暴漢の剣に貫かれる王配を見た。

「イリスレイン……!」
「ああん、ああん!」

 イリスレインの泣き声と、彼女を守ろうとした青年の声が庭園に響く。助けはまだ来ない。
 メイドの手により、周囲から使用人が離れていたのだった。

「イリス、レイン、殿下……!」

 這いつくばるようにして王配のもとへ向かう。彼はすでにこと切れていた。
 美しいだけと揶揄されていた青年だった。子爵家の次男だった。先代女王の希望のみで王配になった男だった彼は、城での立場は弱く、よく陰口をたたかれていた。女王のその美貌で女王に取り入ったのだと。

 けれど、彼は勇敢だった。優しい男で、ユリウスにも親切だった。こころから女王と娘を愛していた。
 そして、イリスレインを救おうとし、ユリウスを守って死んだのだ。

「ああ、ああああ……!」

 ユリウスは、最初、その煩わしい声が自分のものだと気付かなかった。
 絶叫に近い慟哭、それを聞きつけて護衛兵がやって来た時には、もう暴漢の姿も、イリスレインの姿もありはしなかった。

 立て続けに愛するものを失った先代女王は心を病み、床に臥せて間もなく儚くなった。
 王位は平凡だった末の王弟が継いだ。その日から、あの雨の日、イリスレインを――レインを見つけるまで、ユリウスの心は死んだままだった。

 あの時自分が死ねばよかったと何度も思った。そうしなかったのは、イリスレインを探して、必ず幸せにせねばと思ったからだった。

 ユリウスには、それしかなかった。

 ――だから、レインが第一王子を望むなら、そうしてやる以外、ユリウスには考えのつかないことだったのだ。

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