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ガーデンパーティー編
君を守りたいのにから回ってしまうの
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「もう一度聞こう。リーゼロッテ・リズ・ティーゼを養子風情と、そう言ったのか」
氷のようなーーいいや、氷など生ぬるい、絶対零度といった方が正しくすらある、冷え冷えとした声が、しいんと静かになったその場に落ちた。
濃い緑の目に射抜かれ、哀れなほど震えて、リーゼロッテの手を掴んでいた男はその場にへたり込む。
「い、いえ……」
「僕は確認しているだけだ。ケヴィン・バーデ。やましいことではないのなら言うがいい」
「お、おれ、わたし、は」
「言えないのなら、僕はそれが彼女を傷つける目的で発せられた言葉だと認識する」
「ヒッ……」
空気が重い、立っていられないくらいだ。
その重みが、 クロヴィスの言葉によるものなのだとわかるから、リーゼロッテは震えを止めることができなかった。
クロヴィスが怖い顔をするのが嫌なんじゃない。
クロヴィスが周囲から嫌われるのが怖いのだ。
リーゼロッテはクロヴィスが悪役の片鱗を見せることこそに怯えていた。
「リーゼロッテ」
クロエが囁いて、リーゼロッテのもう片方の手を握る。両手が輪になるようにクロエと繋がれて、リーゼロッテは少しだけ息を吐いた。
どうしよう、どうしよう。ヴィーが私のために怒っている。
自意識過剰?いいや、そう思えたらどれだけいいだろう。クロヴィスは、ガーデンパーティーの主催の1人のはずだ。たしか、このパーティーでの主催の行動は採点され、クロヴィス自身の評価にもなる。そういう試験だと聞いていた。
リーゼロッテは、助けを求めるように周囲に視線を巡らせた。
そうして、見てしまった。
クロヴィスを見て、顔をしかめている生徒の姿。それはごくごく一部の生徒だったかもしれない。それでも、迷惑そうに眉間にしわを寄せている人は確かにいて、リーゼロッテはパニックに陥った。
ーーやめて、ヴィーをそんな風に見ないで。
後から考えると、この時のリーゼロッテの反応は過剰だった。それでも、この時は冷静さを欠いていて、だからリーゼロッテはクロエの手を抜け出し、クロヴィスの前に躍り出たのだ。
「リズ、」
「ヴィー!」
クロヴィスの胸に、しがみつくように抱きついた。やっと来た助けにすがりついたのだと、結果として、周囲からはそう見えたらしい。
リーゼロッテは手を広げ、母親が子を守るように周囲から隠そうとしていた。
これは、もう本能みたいなもので、リーゼロッテの混乱した頭には、「ヴィーを守らねば」と、その考えしか残っていなかった。
「リズ……」
クロヴィスが、うろたえたように呟く。
おそるおそるリーゼロッテの手を撫でる手が優しくて、リーゼロッテは泣きそうになった。
「クロヴィス、お姫様が怖がってるぞ」
「ヴィルヘルム」
背後から声がした。聞いたことのない声だ。
ヴィルヘルムとクロヴィスに呼ばれた声の主は、茶化すようにパン、パン、と手を叩いた。
「いやあ、家族愛って麗しいね。可愛い妹が絡まれてたからお兄様がすっ飛んできたんだ。俺も妹がいるからわかる!かわいいよな、妹!」
その声に、周囲の人間はなるほど、と緊張の解けた声で笑ったようで、リーゼロッテは圧力の強かった周囲の空気が、その一声でふわっと軽くなったのを感じた。
「なんだ、妹可愛さか」
「まあ、しかたないよな、あんなに可愛らしい妹御じゃあ」
そんな声が聞こえる。
やがてまばらに散らばった生徒たち。
リーゼロッテは今もどきどきと鳴る心臓を抑え込むのに必死で、まだうまく息ができない。
それを察したのか、クロヴィスがポンポンとリーゼロッテの背を叩いてくれた。
手があったかくて。温度ではなく、気持ちがあったかくて、リーゼロッテはぎゅっとクロヴィスの胸元を握りしめる。
「リーゼロッテ!大丈夫?」
クロエが、まだクロヴィスに抱きついたままのリーゼロッテに駆け寄ってくる。
リーゼロッテは、もう落ち着いたはずなのに息ができなくて、どうしたらいいのかわからなくて、 クロヴィスとクロエの2人を交互に見た。
指が白くなって、息を吸っても吸っても苦しくて、だけど、クロヴィスが心配でーー。
頭がごちゃごちゃで、苦しい。
「リーゼロッテ、どうしたの……?」
「リズ、ゆっくり、ゆっくりでいい」
そんなリーゼロッテの尋常じゃない様子に、クロエが心配そうにリーゼロッテを覗き込む。
同時に、何かに気づいた様子のクロヴィスが、リーゼロッテの口をその手で塞いだ。
クロヴィスの手のひらの中で呼吸をすると、息が少しずつ楽になっていく。リーゼロッテの呼吸が元に戻ったのを確認して、クロヴィスは手を離した。
「少し休むといい。クロエ・アーデルハイト。リズをたのむ」
「わかりました。あの、リーゼロッテは」
「過呼吸だ」
短くクロヴィスが答える。
もう、周りにはクロヴィスやリーゼロッテの様子を注視しているものはいなかった。
あの上級生と、取り巻きも。
氷のようなーーいいや、氷など生ぬるい、絶対零度といった方が正しくすらある、冷え冷えとした声が、しいんと静かになったその場に落ちた。
濃い緑の目に射抜かれ、哀れなほど震えて、リーゼロッテの手を掴んでいた男はその場にへたり込む。
「い、いえ……」
「僕は確認しているだけだ。ケヴィン・バーデ。やましいことではないのなら言うがいい」
「お、おれ、わたし、は」
「言えないのなら、僕はそれが彼女を傷つける目的で発せられた言葉だと認識する」
「ヒッ……」
空気が重い、立っていられないくらいだ。
その重みが、 クロヴィスの言葉によるものなのだとわかるから、リーゼロッテは震えを止めることができなかった。
クロヴィスが怖い顔をするのが嫌なんじゃない。
クロヴィスが周囲から嫌われるのが怖いのだ。
リーゼロッテはクロヴィスが悪役の片鱗を見せることこそに怯えていた。
「リーゼロッテ」
クロエが囁いて、リーゼロッテのもう片方の手を握る。両手が輪になるようにクロエと繋がれて、リーゼロッテは少しだけ息を吐いた。
どうしよう、どうしよう。ヴィーが私のために怒っている。
自意識過剰?いいや、そう思えたらどれだけいいだろう。クロヴィスは、ガーデンパーティーの主催の1人のはずだ。たしか、このパーティーでの主催の行動は採点され、クロヴィス自身の評価にもなる。そういう試験だと聞いていた。
リーゼロッテは、助けを求めるように周囲に視線を巡らせた。
そうして、見てしまった。
クロヴィスを見て、顔をしかめている生徒の姿。それはごくごく一部の生徒だったかもしれない。それでも、迷惑そうに眉間にしわを寄せている人は確かにいて、リーゼロッテはパニックに陥った。
ーーやめて、ヴィーをそんな風に見ないで。
後から考えると、この時のリーゼロッテの反応は過剰だった。それでも、この時は冷静さを欠いていて、だからリーゼロッテはクロエの手を抜け出し、クロヴィスの前に躍り出たのだ。
「リズ、」
「ヴィー!」
クロヴィスの胸に、しがみつくように抱きついた。やっと来た助けにすがりついたのだと、結果として、周囲からはそう見えたらしい。
リーゼロッテは手を広げ、母親が子を守るように周囲から隠そうとしていた。
これは、もう本能みたいなもので、リーゼロッテの混乱した頭には、「ヴィーを守らねば」と、その考えしか残っていなかった。
「リズ……」
クロヴィスが、うろたえたように呟く。
おそるおそるリーゼロッテの手を撫でる手が優しくて、リーゼロッテは泣きそうになった。
「クロヴィス、お姫様が怖がってるぞ」
「ヴィルヘルム」
背後から声がした。聞いたことのない声だ。
ヴィルヘルムとクロヴィスに呼ばれた声の主は、茶化すようにパン、パン、と手を叩いた。
「いやあ、家族愛って麗しいね。可愛い妹が絡まれてたからお兄様がすっ飛んできたんだ。俺も妹がいるからわかる!かわいいよな、妹!」
その声に、周囲の人間はなるほど、と緊張の解けた声で笑ったようで、リーゼロッテは圧力の強かった周囲の空気が、その一声でふわっと軽くなったのを感じた。
「なんだ、妹可愛さか」
「まあ、しかたないよな、あんなに可愛らしい妹御じゃあ」
そんな声が聞こえる。
やがてまばらに散らばった生徒たち。
リーゼロッテは今もどきどきと鳴る心臓を抑え込むのに必死で、まだうまく息ができない。
それを察したのか、クロヴィスがポンポンとリーゼロッテの背を叩いてくれた。
手があったかくて。温度ではなく、気持ちがあったかくて、リーゼロッテはぎゅっとクロヴィスの胸元を握りしめる。
「リーゼロッテ!大丈夫?」
クロエが、まだクロヴィスに抱きついたままのリーゼロッテに駆け寄ってくる。
リーゼロッテは、もう落ち着いたはずなのに息ができなくて、どうしたらいいのかわからなくて、 クロヴィスとクロエの2人を交互に見た。
指が白くなって、息を吸っても吸っても苦しくて、だけど、クロヴィスが心配でーー。
頭がごちゃごちゃで、苦しい。
「リーゼロッテ、どうしたの……?」
「リズ、ゆっくり、ゆっくりでいい」
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同時に、何かに気づいた様子のクロヴィスが、リーゼロッテの口をその手で塞いだ。
クロヴィスの手のひらの中で呼吸をすると、息が少しずつ楽になっていく。リーゼロッテの呼吸が元に戻ったのを確認して、クロヴィスは手を離した。
「少し休むといい。クロエ・アーデルハイト。リズをたのむ」
「わかりました。あの、リーゼロッテは」
「過呼吸だ」
短くクロヴィスが答える。
もう、周りにはクロヴィスやリーゼロッテの様子を注視しているものはいなかった。
あの上級生と、取り巻きも。
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