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第2章

双子の狼犬令嬢

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「どうしたのシャルロット!」
「泣いていたのねシャルロット!」

 あれから少しして、アルブレヒトはシャルロットを横抱きにしたまま、姉たちの待つ部屋に向かった。
 扉を開け――なぜかドアノブがおかしな形にひしゃげた――双子の姉の待つ部屋に入る。
 赤い目をしたシャルロットを抱いたアルブレヒトを目に留めるや否や、姉たちはよく似た顔で眉を顰め、すぐにシャルロットに向き直った。

「お姉さまたち、わたしはどうもしない」
「――シャロと、恋人になった」

 ――わ、最後の一音を口にする前に、アルブレヒトがきっぱりと言った。
 一瞬呆けた様子の姉たちが、すぐさまきっ、とアルブレヒトをにらむ。

「シャルロットを想ってくれるのはうれしいですわ。アルブレヒト王太子殿下」
「それでももっとロマンティックな報告を期待していましたの。アルブレヒト王太子殿下」
「君たちは本当に僕のことが嫌いだね……不敬だとは思わな……いけれど」

 途中で軌道修正したような言葉でアルブレヒトは苦笑いする。が、その両腕にはシャルロットがしっかりと抱かれたままだ。
 無言でソファを指し示し、クリスティーネが不機嫌そうに顔を背ける。
 ぱんぱん、と手を鳴らして侍女を呼ぶアレクシアが、「かわいいシャルロット、お姉さまのお膝にいらっしゃい」とシャルロットに微笑んだ。

「アレクシアお姉さま、わたし、お膝に乗るような子供ではないのよ」
「ひさびさなんだもの、ねえ、お姉さまへのプレゼントだと思って」
「アレクシア、君は相変わらず陰険だな?」
「あら、情緒不安定なアルブレヒト先輩とは違うんですの。ねえ、ティアナ?」

 呼ばれたクリスティーネはにっこりアレクシアに笑いかける。

「そうねアリア、アルブレヒト先輩は本当に……学園時代からシャロシャロシャロシャロ!かわいそうだからシャルロットをあげましたけど、シャルロットが言えばいつでも連れ」
「アルブレヒトさま、そんなにわたしのことを?」
「そうだよ、シャロ」
「……帰りはしないけれど」

 シャルロットにとろけるような微笑みを浮かべるアルブレヒトは、いつになく輝いて見える。
 ――すごい、これが両想いの力なのね。
 などとシャルロットが思っている間に、アルブレヒトはシャルロットに見えない角度で、勝ち誇った笑みを浮かべた。
 これはシャルロットが平均的な体のサイズよりずっと小さいからできることだが、すらりと背の高い双子にはもちろんばっちり見えていた。

「クリスティーネ・ティアナ・ヒュントヘン。アレクシア・アリア・ヒュントヘン。何か?」
「いいえ、先輩」
「なにもありませんわ、先輩」

 ぶすくれる双子の姉を不思議に思いつつ、そういえば、とシャルロットは疑問を口にした。

「お姉さまたちは、アルブレヒトさまと仲良しでいらっしゃったの?」
「ええ」
「仲良しよ」

 シャルロットを目の前にするや、そっくりの顔をにこやかに形作り声をそろえる後輩たちの面の皮は、きっと足の裏ほどあるだろう。アルブレヒトは心の底からそう思ったが、シャルロットの前で真実などつげられようもない。
 あの頃――学園にいたころ、アルブレヒトはシャロを喪ったことで大変に荒れていて、それを抑えるために、ヴィルヘルムに白羽の矢が立った。
 ヴィルヘルムと過ごし、時に悪態をつき、時に殴り合いの喧嘩をし――アルブレヒトはそれでだいぶ立ち直りはしたのだが、ヴィルヘルムになついていた双子が入学してきたとき、アルブレヒトは双子にこてんぱんにのされたのだ。
 双子は王家の血が強く出ているらしく狼犬のような腕力と、双子ながらの連携でアルブレヒトをぼこぼこにした。

 ――お兄さまをとらないで、先輩。
 ――情けないわね、先輩。
 ――そんなんじゃあ、仔犬姫の生まれ変わりに会えないわよ。
 ――ねえ、建国王の生き写しの先輩。

 アルブレヒトだって、怪力の持ち主だが、さすがに二人相手はきつかった。ヴィルヘルムは妹相手はいやだと参戦しなかったし。
建国王は怪力の持ち主で、その力は末裔に受け継がれる。
 本当かどうか知らないが、その怪力もあって、投げやりかつ高慢になっていたアルブレヒトは、双子にのされたとき、はっと我に返ったのだ。
 それがあって、今、シャルロットに好かれるような男になれたのだから感謝はしているが……正直、複雑である。

「お姉さまたちはね、シャルロットが産まれる前の少し、王太子殿下の通う学園の後輩だったの」
「まあ」
「あの頃の王太子殿下、大変に若くていらして」
「まあ!」

 暗に、情けない黒歴史量産人間と言われた気がした。
 だが、賢明なアルブレヒトは貝のように口を閉ざした。なにか言い返せばシャルロットに何を吹き込まれるか分かったものではない。
 両想いになった今、シャルロットに情けない姿を見せたくはないのだ。

 ――そういえば、先ほどまでこんな余裕はなかったな。

 ふいに思って、アルブレヒトは苦笑した。

「それで、それで?」
「そうねえ、あら、もう夕暮れ?」
「ごめんなさい、シャルロット、明日、ひとと約束があって、行かないといけないの」

 ふと、双子が席を立つ。
 この双子がシャルロットを最優先しないだなんて珍しい。
 アルブレヒトが尋ねる前に、忌々しそうに双子が顔をゆがめた。

「お見合いなのよ」
「そう。私たち二人で」
「お姉さまたち、結婚なさるの?」
「お見合い、よ。かわいいシャルロット」
「相手が嫌なのよ、めんどくさいったら。騎士団長の長男だなんて、無下にできないからますます腹が立つわ」
「え……」

 シャルロットが茫然とつぶやく。
 当たり前だ。なぜなら、騎士団長の長男、それは。

「クロヴィス・ティーゼ……」

 一瞬震えたシャルロットに、なにかを感じ取ったのだろう。
 アレクシアはシャルロットの頭をなで、クリスティーネは頬をなでる。

「安心して」
「断るから」

 頼もしくも断言した双子は、そのままあわただしく部屋を退出する。
 直前、名残惜し気にアレクシアがシャルロットをぎゅうと抱きしめ、そのとき、クリスティーネがアルブレヒトに小さく耳打ちした。

「ティーゼ侯爵家周辺が、きな臭いの。だから私たち二人で行くのよ。気を付けて、先輩。……私たちの、大事なシャルロットを、守ってね」
 
 驚いて見つめ返すと、クリスティーネの背後、シャルロットを抱きしめているアレクシアとも目が合う。
 真剣な目で頷く双子に、アルブレヒトは当然だ、と返した。
 思い出すのは先ほど見た男の顔。
 ――クロヴィス・ティーゼ。
 記憶の中の、あの目――泥のようなあの男の瞳に底知れぬものを感じて、アルブレヒトは握った手を見つめた。

「守るさ――必ず」

 何が来ても、もう、失いはしない。そうあるために、強くなったのだから。
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