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鐘の音と怪しい人物1
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王宮で、エリスティナの寝かされていた場所は、歴代の竜王の番が暮らす部屋だった。
王宮の中でも広い面積を誇るその場所は、広いわりに王宮の奥まった場所に存在する。
それは竜王の番を守るためでもあるし、竜王の番に対する独占欲ゆえである……というのは、知識としては持っていても、実際にそこに来るのは初めてだった。
エリスティナだった時に使うことを許されなかった番の間は、以外にも殺風景で、まるで、部屋を一度壊して作り直したかのようで。
調度の類は高価ではあったけれど、エリナ……番を迎え入れるには、準備が足りないように思える。整えられた回廊や、通りがかったほかの部屋に比べてあたらめてそう思った。
これでは、まるでエリナを衝動的に迎え入れたようだった。なにか、焦っているような……。
エリナをもともと番として遇し、王宮に呼び寄せるなら、あれだけ時間があったのだから、その準備をしてしかるべきだろう。
少なくとも、クーはそういうことに手を抜くタイプではない、と思う。
だから、エリナはクーに何か理由があるのでは、と思って――ゆるゆるとかぶりを振った。
それでも、突然連れてこられたのは事実だから。
エリナは回廊を少し進み、三つほど部屋を通り過ぎた向こうに見える中庭へと歩を進めた。
背後に視線を感じる。ダーナだ。エリナの頼み通り一人にしてはくれているのだが、それでも遠くからエリナを見守っている様子がわかった。
振り返ったエリナは、驚くダーナに手ぶりで「もう大丈夫よ」と伝えた。
案内が必要かと思っていたのだろう。目的地に着いたのだから大丈夫、という意図を込めると、ダーナはエリナの意思を汲んで頷いてくれた。
ダーナがエリナの部屋に姿を消す、と同時に、中に数人のメイドが入っていくのが見えた。
おそらく、今のうちに部屋を整えたり、エリナが汚してしまったシーツを片付けたりするのだろう。
エリナは人気のなくなったことにほっと胸をなでおろした。
これで、ゆっくり考えられる。
クーのこと、番のこと、それから、どうしてエリナは急にここに連れてこられたのかということ。
だっておかしいじゃないか、竜種の番に対する執着心は、人間が人間の恋人に向けるものとはけた違いに重い。
エリナがクーの番だと言うのなら、エリナはクーと出会ったその日に攫われていたっておかしくはなかった。
カヤのように、出会ったその日に王宮へ連れてこられ、王宮の奥深くへ隠されて、女性以外との接触を断たれて……そういう生活を送ることになっても、まったく不思議ではなかった。
ふいに、からん、からん、と音がする。王宮の、時を告げる鐘だろうか。それにしてはずいぶんと近く感じる。
――番だと気づかなかった?そんなわけはない。
竜種は己の番を一目見た瞬間に把握する。エリナが番だということを、クーが気付かぬはずはないのだ。
考え込んで、眉間にしわを寄せるエリスティナの前に、ふわりと、白い綿毛が飛ぶ。
はっとそちらを仰ぐと、エリスティナの近くをふわり、ふうわりと風と遊ぶように浮かんでいる、タンポポの綿毛があった。
エリスティナの髪に流れ着いてきた綿毛の一つを手に取って、目を瞬く。
貴族の家では好まれない、いわゆる雑草であるタンポポ。
生命力が強く、どこにでも自生するこの花は、不帰の森にもいくらか生えていた。
――春、クリスが摘んできてくれたのを、食卓に飾っていたっけ。
エリナが周囲を見渡すと、中庭だと聞いていたはずのそこは、一面のタンポポ畑だった。
雑草がはびこっている、というていではない。
きちんと世話をされ、花が美しく咲くようにと調整されて植わっているタンポポに、エリナは驚く。
「どうして……?」
王宮の中でも広い面積を誇るその場所は、広いわりに王宮の奥まった場所に存在する。
それは竜王の番を守るためでもあるし、竜王の番に対する独占欲ゆえである……というのは、知識としては持っていても、実際にそこに来るのは初めてだった。
エリスティナだった時に使うことを許されなかった番の間は、以外にも殺風景で、まるで、部屋を一度壊して作り直したかのようで。
調度の類は高価ではあったけれど、エリナ……番を迎え入れるには、準備が足りないように思える。整えられた回廊や、通りがかったほかの部屋に比べてあたらめてそう思った。
これでは、まるでエリナを衝動的に迎え入れたようだった。なにか、焦っているような……。
エリナをもともと番として遇し、王宮に呼び寄せるなら、あれだけ時間があったのだから、その準備をしてしかるべきだろう。
少なくとも、クーはそういうことに手を抜くタイプではない、と思う。
だから、エリナはクーに何か理由があるのでは、と思って――ゆるゆるとかぶりを振った。
それでも、突然連れてこられたのは事実だから。
エリナは回廊を少し進み、三つほど部屋を通り過ぎた向こうに見える中庭へと歩を進めた。
背後に視線を感じる。ダーナだ。エリナの頼み通り一人にしてはくれているのだが、それでも遠くからエリナを見守っている様子がわかった。
振り返ったエリナは、驚くダーナに手ぶりで「もう大丈夫よ」と伝えた。
案内が必要かと思っていたのだろう。目的地に着いたのだから大丈夫、という意図を込めると、ダーナはエリナの意思を汲んで頷いてくれた。
ダーナがエリナの部屋に姿を消す、と同時に、中に数人のメイドが入っていくのが見えた。
おそらく、今のうちに部屋を整えたり、エリナが汚してしまったシーツを片付けたりするのだろう。
エリナは人気のなくなったことにほっと胸をなでおろした。
これで、ゆっくり考えられる。
クーのこと、番のこと、それから、どうしてエリナは急にここに連れてこられたのかということ。
だっておかしいじゃないか、竜種の番に対する執着心は、人間が人間の恋人に向けるものとはけた違いに重い。
エリナがクーの番だと言うのなら、エリナはクーと出会ったその日に攫われていたっておかしくはなかった。
カヤのように、出会ったその日に王宮へ連れてこられ、王宮の奥深くへ隠されて、女性以外との接触を断たれて……そういう生活を送ることになっても、まったく不思議ではなかった。
ふいに、からん、からん、と音がする。王宮の、時を告げる鐘だろうか。それにしてはずいぶんと近く感じる。
――番だと気づかなかった?そんなわけはない。
竜種は己の番を一目見た瞬間に把握する。エリナが番だということを、クーが気付かぬはずはないのだ。
考え込んで、眉間にしわを寄せるエリスティナの前に、ふわりと、白い綿毛が飛ぶ。
はっとそちらを仰ぐと、エリスティナの近くをふわり、ふうわりと風と遊ぶように浮かんでいる、タンポポの綿毛があった。
エリスティナの髪に流れ着いてきた綿毛の一つを手に取って、目を瞬く。
貴族の家では好まれない、いわゆる雑草であるタンポポ。
生命力が強く、どこにでも自生するこの花は、不帰の森にもいくらか生えていた。
――春、クリスが摘んできてくれたのを、食卓に飾っていたっけ。
エリナが周囲を見渡すと、中庭だと聞いていたはずのそこは、一面のタンポポ畑だった。
雑草がはびこっている、というていではない。
きちんと世話をされ、花が美しく咲くようにと調整されて植わっているタンポポに、エリナは驚く。
「どうして……?」
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