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エリナのシチュー2
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塩の量も、具も、何もかもが違う。
けれどエリスティナのそれと同じ、心を砕かれた味。
クリスは、何度も何度もお代わりをした。
呆れたように、けれど嬉しそうに笑うエリナ。
その表情が愛しい。エリナは番だ。だからと言って、無理に連れてゆこうとは思わない。
ただ幸せになってほしい。ただ、その隣が自分だったらいい、そう思う気持ちは確かにある。
「クー、私の分も食べていいわよ」
「それは、さすがに」
「ふふ、変なところで遠慮するのねえ、あなた」
「女性の食事を奪うような教育は受けていませんよ」
「教育、教育、ねえ」
エリナにじっとりとした目で見られて、クリスは鍋から目をそらした。
食べ過ぎた自覚はある。申し訳ない気持ちで、クリスは気まずい笑みを浮かべた。
まあいいわ、とエリナが笑う。
その時、エリナが食べているシチューが冷めているのに気付いた。
クリスが泣き止むまで待っていたせいだ。エリナはそうやって、自分が損をしても相手をおもんばかってしまうのか。
クリスは、エリナの手もとのシチュー皿に手を添えた。
そうして、手にふわりと力を集中させる。魔法陣も、呪文もいらない。古典的なものは竜王の魔法には必要なく、ただ力のコントロールができればそれでいい。
まばゆい金の光がテーブルを包み込み、光が収まると、シチューの皿からは再び湯気が出ていた。
「あったかい……」
「炎の魔法を少し使いました。その、焦げたりはしていないはずです」
「あなた、魔法上手なのねえ……」
エリナが感心したように言う。
練習したのだ、ということは言わず、クリスはただ微笑んだ。
エリスティナを守れなかった、あの日に後悔したからこそ、必死で魔力の使い方を学んだのだ。
「魔力のコントロールは得意なんです」
「ふうん。難しいって聞くわよ?クー、がんばったのねえ」
エリナに褒められていると、エリスティナに褒められているような心地になる。
クリスは錯覚だとわかっていても、それが嬉しかった。
不意に、エリナの手がクリスの頭上に伸びる。
わしゃわしゃと撫でられたその行為に、クリスは目を見開いた。
こっそりと上目遣いで見たエリナも不思議そうにしていて。
ああ、と思った。
エリスティナは、確かにここにいる。エリナとして、生きなおして。
けれど、エリスティナという存在が消えたわけではないのだ。
その在り方が同じで、それが番というつながりによって、エリナの体に発露した。
エリナはきっと無意識にクリスの頭を撫でた。
クリスは、エリナに恋をしている。エリスティナを愛している。エリナの中には、エリスティナがいる。そういう、精神的なものに対する思いを、たしかな確信とともに、クリスは抱いた。
ここにいるのは、エリナだけれど、間違いなく、エリスティナなのだ。
クリスが愛した、エリスティナ――エリーなのだ。
「エリナ」
「うん?」
「また、食べにきていいですか?」
「クー、あなた以外と図々しいわね」
「だめですか?」
子どもみたいな顔をして、エリナにすがる。
エリナが好きだ。逃がしてやらないと、と思っていた。
けれど、その隣に、少しでも自分がいられるなら、と思って、次を望んでしまう。
エリナに恋をすることに、もう迷いはなかった。
「いいわ。その時はまたシチューを作ってあげる」
「本当ですか!?」
「ふふふ!何よ、その顔。断わられると思ってた?」
「それは、その、まあ、はい」
「まあ確かに常識知らずではあったけど」
「ええ……」
エリナが茶化して言う。クリスはわざとらしくうなだれて見せた。
そうやって、楽しげに会話をできることが、ただただ嬉しい。
「なんでかしら、あなたのこと、嫌いになれないのよ。これからよろしくね、クー」
エリナがそう言って手を差し出す。その手を取って、握手をした。
手の柔らかさは、エリスティナとは違う。肌の色だって、違う。
でも、そのまなざしは、たしかに「エリー」のものだった。
ここにいたのだ。ここに。
ここに――いてくれたのだ。
どうしようもない気持ちになって、クリスは笑った。
愛しくて、幸せで、泣きたいような、叫びたいような気持ちになる。
「……やっと、見つけた、僕のエリー……」
番として、結ばれなくともいい。エリナが幸せなら、それがクリスの隣でなくてもいい。
クリスのエリーが笑っている。それだけで、クリスは満たされている。
小さなつぶやきは、どこに届くこともなく、エリナの皿を洗う音にかき消されていった。
■■■
けれどエリスティナのそれと同じ、心を砕かれた味。
クリスは、何度も何度もお代わりをした。
呆れたように、けれど嬉しそうに笑うエリナ。
その表情が愛しい。エリナは番だ。だからと言って、無理に連れてゆこうとは思わない。
ただ幸せになってほしい。ただ、その隣が自分だったらいい、そう思う気持ちは確かにある。
「クー、私の分も食べていいわよ」
「それは、さすがに」
「ふふ、変なところで遠慮するのねえ、あなた」
「女性の食事を奪うような教育は受けていませんよ」
「教育、教育、ねえ」
エリナにじっとりとした目で見られて、クリスは鍋から目をそらした。
食べ過ぎた自覚はある。申し訳ない気持ちで、クリスは気まずい笑みを浮かべた。
まあいいわ、とエリナが笑う。
その時、エリナが食べているシチューが冷めているのに気付いた。
クリスが泣き止むまで待っていたせいだ。エリナはそうやって、自分が損をしても相手をおもんばかってしまうのか。
クリスは、エリナの手もとのシチュー皿に手を添えた。
そうして、手にふわりと力を集中させる。魔法陣も、呪文もいらない。古典的なものは竜王の魔法には必要なく、ただ力のコントロールができればそれでいい。
まばゆい金の光がテーブルを包み込み、光が収まると、シチューの皿からは再び湯気が出ていた。
「あったかい……」
「炎の魔法を少し使いました。その、焦げたりはしていないはずです」
「あなた、魔法上手なのねえ……」
エリナが感心したように言う。
練習したのだ、ということは言わず、クリスはただ微笑んだ。
エリスティナを守れなかった、あの日に後悔したからこそ、必死で魔力の使い方を学んだのだ。
「魔力のコントロールは得意なんです」
「ふうん。難しいって聞くわよ?クー、がんばったのねえ」
エリナに褒められていると、エリスティナに褒められているような心地になる。
クリスは錯覚だとわかっていても、それが嬉しかった。
不意に、エリナの手がクリスの頭上に伸びる。
わしゃわしゃと撫でられたその行為に、クリスは目を見開いた。
こっそりと上目遣いで見たエリナも不思議そうにしていて。
ああ、と思った。
エリスティナは、確かにここにいる。エリナとして、生きなおして。
けれど、エリスティナという存在が消えたわけではないのだ。
その在り方が同じで、それが番というつながりによって、エリナの体に発露した。
エリナはきっと無意識にクリスの頭を撫でた。
クリスは、エリナに恋をしている。エリスティナを愛している。エリナの中には、エリスティナがいる。そういう、精神的なものに対する思いを、たしかな確信とともに、クリスは抱いた。
ここにいるのは、エリナだけれど、間違いなく、エリスティナなのだ。
クリスが愛した、エリスティナ――エリーなのだ。
「エリナ」
「うん?」
「また、食べにきていいですか?」
「クー、あなた以外と図々しいわね」
「だめですか?」
子どもみたいな顔をして、エリナにすがる。
エリナが好きだ。逃がしてやらないと、と思っていた。
けれど、その隣に、少しでも自分がいられるなら、と思って、次を望んでしまう。
エリナに恋をすることに、もう迷いはなかった。
「いいわ。その時はまたシチューを作ってあげる」
「本当ですか!?」
「ふふふ!何よ、その顔。断わられると思ってた?」
「それは、その、まあ、はい」
「まあ確かに常識知らずではあったけど」
「ええ……」
エリナが茶化して言う。クリスはわざとらしくうなだれて見せた。
そうやって、楽しげに会話をできることが、ただただ嬉しい。
「なんでかしら、あなたのこと、嫌いになれないのよ。これからよろしくね、クー」
エリナがそう言って手を差し出す。その手を取って、握手をした。
手の柔らかさは、エリスティナとは違う。肌の色だって、違う。
でも、そのまなざしは、たしかに「エリー」のものだった。
ここにいたのだ。ここに。
ここに――いてくれたのだ。
どうしようもない気持ちになって、クリスは笑った。
愛しくて、幸せで、泣きたいような、叫びたいような気持ちになる。
「……やっと、見つけた、僕のエリー……」
番として、結ばれなくともいい。エリナが幸せなら、それがクリスの隣でなくてもいい。
クリスのエリーが笑っている。それだけで、クリスは満たされている。
小さなつぶやきは、どこに届くこともなく、エリナの皿を洗う音にかき消されていった。
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