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この世界で一番あなたが2
しおりを挟むドオオオン……!
森の、太い木が倒れる音。
次に、何かの割れる音。それが、小さな家の窓ガラスだとわかった瞬間、衝動的に、エリスティナの体はクリスの、自分よりわずかに小さな体を覆うように動いていた。
ドン、と二人そろって床に倒れる。
爆発音はそれ一つではなく、ドオオオン、ドオオン、と何度も繰り返された。
シチューが零れて床にびしゃりとぶちまけられる。柱からみしみしという音がして、まもなく、ばきりと言う音とともに、エリスティナの頭上へと、なにか大きなものが落ちて来た。
「エリー!!」
「クリス……!」
エリスティナは、自分を跳ねのけてエリスティナをかばおうとするクリスを押しとどめるようにぎゅっと抱きしめた。
誰かから攻撃されているのだ、と、一拍置いてわかった。
どうして攻撃を受けているのかはわからない。でも、クリスは――クリスのことは、何があっても守らなければいけない。
今のエリスティナには、それしかなかった。
「エリー、離して、エリー!……クソッ……」
火事場の馬鹿力、なんて言葉を思い出すわ。エリスティナはふふ、と吐息だけで笑った。
普段なら絶対にクリスの力にかなうわけがないのに、こんな時にはちゃんと力が出せるのだ。
ふと、エリスティナは自身の平凡な赤毛が赤いものによって濡れるのを見た。――これは、なにかしら……?
背中が燃えるように熱い。
エリスティナに思考力はもはやほとんど残っていなかった。おびただしい血が床へ広がる。それは、エリスティナの細い体を串刺しに貫いた瓦礫のせいで。
けれどエリスティナにはそんなことももうわからなかった。
背中は熱いのに、指先が凍ったように冷たくなっていく。
エリスティナは、抱きしめた腕の中のクリスに傷一つないことを確認して、ほっと笑った。
「クリス……だい、じょうぶ?」
「僕のことはどうでもいい!エリー!エリー!気をしっかり持って!」
「ふふ……大丈夫……私、あなたを守ってあげるからね……」
誰にも傷つけさせない。何からも守りたい。
そんな相手がここにいる。たとえいつか離れてしまうとしても、持てる愛をすべて注ぎたい。
そんなひと――そんな、クリスという存在に、エリスティナは微笑んだ。
「エリー!死なないで……!」
「クリス……、ごめん、ね、シチュー、こぼしちゃ、て」
「エリー!目を開けて、エリー!」
エリスティナの目から涙が落ちる。
うっすらと開けた目の前に、泣いているクリスが見える。泣かないでほしいのに、涙のせいか、視界が煙っていくばかりだ。
ああ――、そういえば、さっきの、クリスの言葉、結局、聞かないまま終わってしまったわ、なんて。そんなことを思ったりして。
エリスティナは、最後の力を振り絞ってクリスの額にキスを落とした。
どうか、この子が、この先も、ずっと生きて、幸せになりますように。そう、祈りを込めて口付ける。
だって、クリスはエリスティナの一番大切なひとだから。
「あいさせて、くれ、て、ありがと……」
愛していい相手はいなかった。
家族も、形だけの夫も、誰も好きになってはいけなかった。
そんな中で、エリスティナの全身全霊で愛していい存在が生まれてくれた。
心から、愛させてくれた。無償の愛を捧げることを教えてくれた。愛することを許してくれた。
……愛している、愛しているわ、クリス。ずっと、ずっと、あなたを――。
「あいして……る……」
最後に聞いたのは、誰かの、絶望に満ちた嘆きの叫び。
泣かないで、と手を伸ばしたくてももう届かない。エリスティナの意識は、暗い、暗い闇の底へとゆっくり沈んでいった。
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