3 / 65
竜王の王宮
しおりを挟む
王宮に入ると、すぐに謁見の間に通される。
エリスティナは緊張しながらも、美しい所作でもって、竜王に礼をとった。
「お目にかかれて光栄です。竜王陛下。ハーバル伯爵家が娘、エリスティナが参上いたしました」
「人間貴族か、ふん、なるほど、代替品としてはまあまあのものを選んできたな、大臣」
「は、ありがたきお言葉です」
エリスティナの言葉を丸々無視して大臣と話し始める竜王。たしか名前はリーハとかいうはずだ。
でも、その名前を呼んではいけないことはこの国では子供だってわかる。
竜種の名前を呼んでいいのはその番、あるいは同じ竜種だけなのだ。
人間貴族如きが呼んで良い名前はありはしない。
優雅なカーテシーをして、頭を下げて腰を折ったまま、エリスティナは待ち続けた。
(そろそろ顔を上げて良い、とか言ってくれないかしら)
この体勢はひどく疲れるのだ。
けれど、竜種は人間を家畜だと思っているので、そんな気遣いはされようもない。
「我の番はいつ見つかるのだ……」
「申し訳ありません、平民も人間貴族も、片っ端から探しているのですが……」
「平民にまで視野を広げねばならぬとは、なんのための人間貴族か」
(知らないわよ!)
子は授かり物だ。
番が生まれやすい理由もわからないくせに、番のよく生まれる血筋を掛け合わせて無理矢理に貴族にした、その上でこの国から出られないように監視をつけている竜種は、なんと傲慢なのだろう。
そんな品種改良した牛のような言い方をしないでほしい。
エリスティナは、不要品だと言われて2度と会えなくなった、まだ目も開いていなかった弟たちを思った。
エリスティナは、もう一度、竜種なんて大嫌い、と思った。
「おい、そこの」
「はい、私でございますか?」
「お前以外に誰がいる。おい、大臣、この娘、頭がどうかしているんじゃないか」
どうかしてるのはあんたよ!
そう大声で叫んで、その見目だけはいい横っ面を引っ叩いてやりたい。
いちいち大臣に話すな。そんなに大臣を信頼してるならその大臣とくっつきなさいよ!
そんなことを思って、けれどそれを顔に出せばどんなお咎めが来るかわからない。
エリスティナは奥歯を噛み締めながら、必死に笑顔を貼り付けた。
「申し訳ありません……」
「全く。大切なことを言うが、お前とは閨を共にしない」
「……は」
「二度言わねばわからぬか?お前と子作りをしないと言っている」
「……理由を、お聞きしても?」
エリスティナは呆然と尋ねた。
だって、子を作るために呼ばれたのでなければ、エリスティナは何のためにこんなところまでやってきたのか。
エリスティナのそんな表情をどうとったのか、竜王はフン、と鼻を鳴らして、いまいましそうに言った。
「今回お前を娶ったのは、重鎮たちがそろそろ子を作れとうるさいからだ。しかし我はまだ番を見つけていない。だが体裁だけでも整えねば奴らは納得しないだろう」
「私を……隠れ蓑にすると?」
「フン、先ほどの言葉は訂正してやろう。まあまあ頭が回るようだ。そうだ。お前は形ばかり私の伴侶としてここにいてもらう。我の番が見つかるまでな」
なんだそれは。
エリスティナは思った。こんなにも、沢山の幸せをあきらめて、大好きな家族とも別れて来たのに、そんな空虚な場所にいなければならないのか。
竜種は千年も生きるという。だから番が見つかるまで何百年でも待つと聞く。
……下手をすれば、エリスティナの命が終わるのが先かもしれない。
エリスティナは泣きたい気持ちになった。
姉たちもこんなことがあったのだろうか。この国の人間には嫌なことを拒否する権利もないのだ。
エリスティナは……けれど、エリスティナは笑った。
奥歯が砕けそうに、みしみしと鳴っている。
力を込めて、笑顔を作る。
エリスティナが拒否をすれば、きっとエリスティナは処断されるだろう。死ぬならまだましだ。
けれど、その罰が家族に及ぶ可能性を考えるなら、エリスティナはこうする以外になかった。
エリスティナは、深く、深く、頭を下げる。
潤んだ目が、この男ーー竜王に、決して見られることのないように。
「謹んで、拝命いたします」
エリスティナの地獄は、ここから始まった。
エリスティナは緊張しながらも、美しい所作でもって、竜王に礼をとった。
「お目にかかれて光栄です。竜王陛下。ハーバル伯爵家が娘、エリスティナが参上いたしました」
「人間貴族か、ふん、なるほど、代替品としてはまあまあのものを選んできたな、大臣」
「は、ありがたきお言葉です」
エリスティナの言葉を丸々無視して大臣と話し始める竜王。たしか名前はリーハとかいうはずだ。
でも、その名前を呼んではいけないことはこの国では子供だってわかる。
竜種の名前を呼んでいいのはその番、あるいは同じ竜種だけなのだ。
人間貴族如きが呼んで良い名前はありはしない。
優雅なカーテシーをして、頭を下げて腰を折ったまま、エリスティナは待ち続けた。
(そろそろ顔を上げて良い、とか言ってくれないかしら)
この体勢はひどく疲れるのだ。
けれど、竜種は人間を家畜だと思っているので、そんな気遣いはされようもない。
「我の番はいつ見つかるのだ……」
「申し訳ありません、平民も人間貴族も、片っ端から探しているのですが……」
「平民にまで視野を広げねばならぬとは、なんのための人間貴族か」
(知らないわよ!)
子は授かり物だ。
番が生まれやすい理由もわからないくせに、番のよく生まれる血筋を掛け合わせて無理矢理に貴族にした、その上でこの国から出られないように監視をつけている竜種は、なんと傲慢なのだろう。
そんな品種改良した牛のような言い方をしないでほしい。
エリスティナは、不要品だと言われて2度と会えなくなった、まだ目も開いていなかった弟たちを思った。
エリスティナは、もう一度、竜種なんて大嫌い、と思った。
「おい、そこの」
「はい、私でございますか?」
「お前以外に誰がいる。おい、大臣、この娘、頭がどうかしているんじゃないか」
どうかしてるのはあんたよ!
そう大声で叫んで、その見目だけはいい横っ面を引っ叩いてやりたい。
いちいち大臣に話すな。そんなに大臣を信頼してるならその大臣とくっつきなさいよ!
そんなことを思って、けれどそれを顔に出せばどんなお咎めが来るかわからない。
エリスティナは奥歯を噛み締めながら、必死に笑顔を貼り付けた。
「申し訳ありません……」
「全く。大切なことを言うが、お前とは閨を共にしない」
「……は」
「二度言わねばわからぬか?お前と子作りをしないと言っている」
「……理由を、お聞きしても?」
エリスティナは呆然と尋ねた。
だって、子を作るために呼ばれたのでなければ、エリスティナは何のためにこんなところまでやってきたのか。
エリスティナのそんな表情をどうとったのか、竜王はフン、と鼻を鳴らして、いまいましそうに言った。
「今回お前を娶ったのは、重鎮たちがそろそろ子を作れとうるさいからだ。しかし我はまだ番を見つけていない。だが体裁だけでも整えねば奴らは納得しないだろう」
「私を……隠れ蓑にすると?」
「フン、先ほどの言葉は訂正してやろう。まあまあ頭が回るようだ。そうだ。お前は形ばかり私の伴侶としてここにいてもらう。我の番が見つかるまでな」
なんだそれは。
エリスティナは思った。こんなにも、沢山の幸せをあきらめて、大好きな家族とも別れて来たのに、そんな空虚な場所にいなければならないのか。
竜種は千年も生きるという。だから番が見つかるまで何百年でも待つと聞く。
……下手をすれば、エリスティナの命が終わるのが先かもしれない。
エリスティナは泣きたい気持ちになった。
姉たちもこんなことがあったのだろうか。この国の人間には嫌なことを拒否する権利もないのだ。
エリスティナは……けれど、エリスティナは笑った。
奥歯が砕けそうに、みしみしと鳴っている。
力を込めて、笑顔を作る。
エリスティナが拒否をすれば、きっとエリスティナは処断されるだろう。死ぬならまだましだ。
けれど、その罰が家族に及ぶ可能性を考えるなら、エリスティナはこうする以外になかった。
エリスティナは、深く、深く、頭を下げる。
潤んだ目が、この男ーー竜王に、決して見られることのないように。
「謹んで、拝命いたします」
エリスティナの地獄は、ここから始まった。
1
お気に入りに追加
2,946
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています
今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。
それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。
そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。
当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。
一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
身に覚えがないのに断罪されるつもりはありません
おこめ
恋愛
シャーロット・ノックスは卒業記念パーティーで婚約者のエリオットに婚約破棄を言い渡される。
ゲームの世界に転生した悪役令嬢が婚約破棄後の断罪を回避するお話です。
さらっとハッピーエンド。
ぬるい設定なので生温かい目でお願いします。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる