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第二話 聖女暗殺未遂という濡れ衣⑥
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「邪竜ではない。聖女の生まれるこの国から災いを払う神竜様は、破邪竜なのだと、君は教わったはずだ!」
「し、しらな、知らない……!」
「知らないでは済まされない! 破邪竜様に攻撃をする、ということは、この国を滅ぼしかねない大逆罪だ!」
「知らない、知らない、知らないわよ! ゲームにはそんな設定なかったもの!」
「君は何を言っているんだ!?」
絶叫するルキウスがセレナを詰る。しかし、セレナは耳をふさいで首を横に振るばかりだ。
そんな混乱のなか、王太子の隣に立つ青年──宰相だ──が、ふいに、宙に浮かんだままのユアンとミリエルを振り仰いだ。
「神竜様! どうかお許しを……この無礼、王族が意図したことではございません。生贄となるのはこの聖女もどきだけに……」
「もどき、ですって!?」
「セレナ! 君は黙っていろ! アトルリエ国の一大事なんだ!」
許しを乞う宰相に、反射のようにまなじりを吊り上げるセレナ。そしてそれを叱責する王太子ルキウス。
聖職者たちは右往左往していて、騎士団長はそれを落ち着かるのに手いっぱいなのだろう。
一向に収まる様子のない状況に、ユアンが赤い目を細める。
「ユアン……大丈夫?」
ミリエルはユアンの鱗をそっと撫でた。ユアンの静かな怒りが伝わってきたからだ。
──収まりがつかないな。
ユアンはそう、ひとつ鳴くと、ミリエルを抱いたまま目を閉じた。ふわりとあたたかな光がミリエルとユアン自身を包み込む。
漆黒の鱗を糸にして、しゅるり、とそれをほどくように姿を現したのは、長い黒髪を後ろで束ね、深紅の瞳を煌々と輝かせる青年、ミリエルのよく知るユアンだった。
「あ、あ、ああっ!」
現れたユアンの姿を目にしたセレナが叫ぶ。
「あ、あんた……あの騎士!? 今朝処刑した……。黒髪、赤目、あ、たしかに、たしかに、スチル通りの……!」
「セレナ! ……ッ! 騎士団長、いや、誰でもいい! この女を黙らせろ!」
顔を真っ赤にしながらルキウスがセレナを怒鳴りつける。
それを見ながら、ミリエルは不思議と心が凪いでいくのを感じていた。
(どうして、私、この人たちが怖かったのかしら)
ミリエルを虐げた周りの人が怖かったし、権力者も全員セレナの味方だから恐ろしかった。それなのに、今、その記憶がどうでもいいもののように思えてくる。
だって、こうしてユアンの登場に怯えて、あるいはユアンへしたことに対する叱責を受けている人たちの、どこに怯える必要があるのだろう。
もちろん、悲しかった何もかもが本当のことで、ミリエルを傷付けたことに変わりはないのだけれど、それでも、彼らに怯えていたことがばかばかしく思えてきているのだ。
「し、しらな、知らない……!」
「知らないでは済まされない! 破邪竜様に攻撃をする、ということは、この国を滅ぼしかねない大逆罪だ!」
「知らない、知らない、知らないわよ! ゲームにはそんな設定なかったもの!」
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絶叫するルキウスがセレナを詰る。しかし、セレナは耳をふさいで首を横に振るばかりだ。
そんな混乱のなか、王太子の隣に立つ青年──宰相だ──が、ふいに、宙に浮かんだままのユアンとミリエルを振り仰いだ。
「神竜様! どうかお許しを……この無礼、王族が意図したことではございません。生贄となるのはこの聖女もどきだけに……」
「もどき、ですって!?」
「セレナ! 君は黙っていろ! アトルリエ国の一大事なんだ!」
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「ユアン……大丈夫?」
ミリエルはユアンの鱗をそっと撫でた。ユアンの静かな怒りが伝わってきたからだ。
──収まりがつかないな。
ユアンはそう、ひとつ鳴くと、ミリエルを抱いたまま目を閉じた。ふわりとあたたかな光がミリエルとユアン自身を包み込む。
漆黒の鱗を糸にして、しゅるり、とそれをほどくように姿を現したのは、長い黒髪を後ろで束ね、深紅の瞳を煌々と輝かせる青年、ミリエルのよく知るユアンだった。
「あ、あ、ああっ!」
現れたユアンの姿を目にしたセレナが叫ぶ。
「あ、あんた……あの騎士!? 今朝処刑した……。黒髪、赤目、あ、たしかに、たしかに、スチル通りの……!」
「セレナ! ……ッ! 騎士団長、いや、誰でもいい! この女を黙らせろ!」
顔を真っ赤にしながらルキウスがセレナを怒鳴りつける。
それを見ながら、ミリエルは不思議と心が凪いでいくのを感じていた。
(どうして、私、この人たちが怖かったのかしら)
ミリエルを虐げた周りの人が怖かったし、権力者も全員セレナの味方だから恐ろしかった。それなのに、今、その記憶がどうでもいいもののように思えてくる。
だって、こうしてユアンの登場に怯えて、あるいはユアンへしたことに対する叱責を受けている人たちの、どこに怯える必要があるのだろう。
もちろん、悲しかった何もかもが本当のことで、ミリエルを傷付けたことに変わりはないのだけれど、それでも、彼らに怯えていたことがばかばかしく思えてきているのだ。
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