天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第14章 会いたい人

4.日焼けも火傷

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スノリーを出てから1週間。私達は何度か街道沿いにある町を訪ね歩き、治療院を開きながら首都へと順調に足を進めた。
今までは背の高い木々に見下ろされた森の中を通る道を進んできたけど、首都の直前でその森は途絶えてしまった。久しぶりに森の外に出てみれば、そこは一面真っ白の雪に覆われた世界が広がり、遠くには背の高い塔や家、王宮らしき立派な建物がある随分と大きな街並みが見えた。



「久しぶりの森の外だ~!でもやっぱりどんより空ね。青空なんて随分ご無沙汰な気がする」

「雪国だからしょうがない。それにしても、この辺は随分と雪が落ち着いてるな。山から離れているから風もないし、雪も今までみたいには降ってないのかもしれないな」

空を仰げば白灰色の雲が天を覆っているけど、降っている雪の量はチラチラ舞い落ちるくらいだ。寒いのは変わらないけど、雪の降り方はアネシスの方が激しいと思う。


「確かにそうね。山が随分と遠くにあるもんね。アネシスからここまで随分と歩いてきたんだなぁ」

振り返ってみても背の高い森しか見えないけど、周囲を見渡してみれば山が近くにない。地図を見てみれば、この場所は広大な平野の真ん中辺りのようだ。


「普通は馬で行く距離だ。時間をかけているとはいえ、よく徒歩で移動してると感心するよ」

「馬もいいけど、歩いたほうが旅って感じがして好きなんだよね」

歩いているとこうして手を繋ぐことだって出来るし、お喋りだって出来る。馬だと馬車じゃない限りそういうことは出来ない。ルクトとこういうほのぼのした触れ合いは、私にとっては心がぽかぽかする嬉しい事だった。


ルクトと手を繋いで足首くらいまで積もった雪を踏みしめながら歩くと、だんだん見えてきた黒灰色の城壁の一部が欠けていることに気付いた。
欠けているのは街の西側の城壁で、そこからさほど距離を空けずに、終わりが見えないくらい先まで背の高い木々に覆われた森が広がっている。


「ねぇ、城壁が欠けてるけどなんでかなぁ?」

「城壁は街の防衛の要だから、壊れたらすぐに修理するはずなんだが。でも、そのわりには端が綺麗に整えられているから、意図的にそこで城壁を止めてるって感じだ。
それに、そこから街に入ったところに何かあるな。明かりが見えるから軍事施設かもしれないな」

ルクトには、端の部分の造りや欠けた場所の内側から漏れる光までちゃんと見えているらしい。
私には城壁が欠けている事実しか見えないし、いくら早く暗くなるとはいえ、まだ曇り空でも明るさが感じられる時間帯だから城壁内の光なんて分からなかった。彼のその視力の良さがとても羨ましい。


普通なら警備のためにいるはずの衛兵すらいない威圧感を与えるような黒灰色の立派な石造りの城壁をくぐると、そこはやはり首都なのか、今まで立ち寄った街とは比べ物にならないくらいの規模と人で賑わっていた。


「すっごい広いね!他国の首都の3倍はあるね!」

「だなぁ。でもそのほとんどが王宮管理の温室と貴族の屋敷みたいだな」

城門の横にあった地図を2人で眺めてみれば、東側にある背の高い塔が立ち並んでいるのは王宮と軍の施設。今、私達が入ってきた城門がある南側には市場や道具屋、宿屋が集まる商人街。北側は王宮が管理する温室があり、さっき見た城壁が欠けた西側にある立派な建物は、軍事施設ではなく貴族の屋敷のようだ。
ルクトの言う通り、その地図のほとんどが北側の温室と西側の貴族の屋敷がこの広大な街を占拠しているような状況だった。


「首都でこんだけ広大なお屋敷があるなら、大貴族なんだろうね」

「貴族なんざ、どいつもこいつも驕り高ぶった奴ばっかだ。国が平和でもロクな奴じゃねぇだろうな」


城壁と同じ黒灰色の石で整備された石畳の道には薄く雪は積もっているものの、しっかり雪かきされているらしく、路地の片隅に雪山が出来ていた。

大通りから一本路地を入った時、どこからともなく男性の低い声だけど楽しそうな歌が聞こえてきた。


「バルドのしょーぐん、暇だ暇だと小麦を作る~♪」「あ~ありがてぇ~♪」

「雪山で、シジェが泣~いたら雪崩がおきたぁ~♪」「あ~ちょーおんぱぁ~♪」

「炎は使うな火傷をするぞ。雪かきベソかき熱いの嫌だよ、手間はかかるが手でかき出せ~♪」「あ~そりゃそりゃ♪」


歌と合いの手のリズムが面白くて声のする方に向かうと、そこには赤の生地に白と緑色のチェック柄のコートを着た色白で身体の大きな兵士達が、歌いながら雪かきをしていた。


「ねぇ!歌いながら雪かきしてる!すごく楽しそう!」

「随分呑気な兵士だな。たるんでるんじゃないのか?」

「平和って感じで良いじゃない」



雪かき中の兵士達のいる路地から大通りに戻ると、トナカイの毛皮のコートを着た人の波に乗って大きな三角屋根の建物の中に入った。


「ねぇ、ここって市場なんだね!」

扉が開け放たれているので建物の中にある市場も寒さはあるけど、人の活気のおかげかほんのりとあったかい。建物の中には、木の枠に張られた布で小さな間仕切りがされたお店が建ち並んでいて、それを見ながらゆっくりと歩いた。八百屋さんお菓子屋さん、パン屋さん、お肉屋さん、お魚屋さん。他国の市場と何ら変わりのない光景に、ここが食糧が限られている雪国であることを忘れてしまいそうなくらいのお店の種類がたくさんある。
市場の一角にはお店じゃなくてテーブルセットやベンチが置かれた場所があって、そこでは何か食べている人や、湯気の上がる飲み物を飲んでいる人がいた。


ーーこういうまったりした雰囲気って、なんか落ち着くなぁ。故郷の町もこんな感じでのんびりした空気が流れていた。里帰りは止められているから出来ないけど、今度、久しぶりにフィラを飛ばしてみようかな。

故郷に思いを馳せながら売られているものをよく見ると、聞いたこともないお魚や野菜が多かったし、パン屋さんで売られているパンは他の国で売られている価格の倍以上もする。ここではパンは高級品のようだ。


「おや、『白い渡り鳥』様がいらっしゃったのかい!?」

私が1軒の八百屋さんの前で立ち止まって馴染みのない野菜を見ていると、お店で元気に接客していたおばさんが嬉しそうに話しかけてきた。
色白のおばさんはルクトと同じように燃えるような赤い髪をショートカットにしていて、笑うとえくぼが出来てかわいい。ルクトは笑ってもえくぼは出来ないけど、おばさんになったらこんな感じかなぁと思ったのは内緒だ。


「ええ。明日から治療院を開かせていただく予定です」

「まぁまぁ!それはありがたいことだよ!うちの野菜、何か買っていくかい?」

「あ、この野菜って何ですか?」

おばさんの豪快で陽気な雰囲気につられて、今見ていた手のひらサイズのプニプニと柔らかい、トマトのような形をしたクリーム色の野菜を指差した。


「これは王宮の温室で作っているカスケという野菜だよ。野菜だけど果物みたいに甘いんだ。絞ってホットミルクと混ぜるのがオーソドックスな食べ方だよ。ここで作ってあげれるんだけど1杯いかが?」

「じゃあ、2杯お願いします」

「まいどあり。銅貨5枚お願いね」


おばさんから木のコップを受け取ると、近くにあったベンチにルクトと隣り合って座った。そして2人で同時に一口飲むと、これまた同時に『ふぅ』と口の中に広がった熱を吐き出した。

「これ、美味いな」

「ピーナッツミルクとバニラを混ぜたみたい!すっごい美味しい!」

匂いはホットミルクの香りしかしないのに、味はピーナッツみたいな濃厚な味とバニラのような甘い風味が、あったかさと一緒に口いっぱいに広がる。外が寒いから、これを飲むと身体の芯からポッカポカになってくる。
温かいコップを両手で持って、じんわりと伝わってくる熱を感じながらおばさんのお店を見ていると、来る人のほとんどがこれを買っているから人気のドリンクのようだ。


「雪かきの兵士はいたけど、城門にも街の中にも見回りの兵士がいないなんて平和だね」

「だな。今までの国とは大違いだな」

「うん。やっぱり平和が一番だよ。アビテードってなんか良いな」

温かいドリンクを飲みながらほのぼのとしていると、私達の間にまるでお爺ちゃんとお婆ちゃんになったみたいな空気が流れた気がした。

ずっと遠い未来。歳を取っても、ルクトと一緒にこんな風に日向ぼっことか出来ると良いな。




市場を出ると、街にある安宿に部屋を取った。街を活気づけている人は住民ばかりらしく、首都と言ってもやっぱり観光客や商人はいないのか、この宿もガラガラだった。
 

「さて。宿も取ったし、国王に挨拶に行こうか」

私達は街の東側にある王宮に行くと、立派で豪華な門の前に控えている兵士の前で立ち止まった。


「『白い渡り鳥』のシェニカ・ヒジェイトと申します。国王陛下にご挨拶をしたいのですが、取り次いで頂けますか?」

「え?『白い渡り鳥』…様?え、本当…?」

私が名乗って声をかけると、兵士はポカンと口を半開きにして固まってしまった。

ちなみにだが、どの国でも王族や貴族、身分の高い『白い渡り鳥』の身分を騙って悪いことをすれば、詐欺などの罪状に不敬罪が加えられる。
程度にもよるが、身分を貴族と偽って犯罪を起こせば強制労働の刑が加えられ、王族や『白い渡り鳥』と偽って犯罪を犯そうものなら程度に関係なく即刻死刑だ。
王宮の前で堂々と身分を偽る人間はそういないので、大体は名乗って額飾りを見せれば信用してもらえるのだが。この兵士の現実についていけていない感じを見ると、どうやら随分と久しぶりに『白い渡り鳥』が来たらしい。


「ええ。この額飾りだけで不足ならばネームタグを出しましょうか?」

「しっ、『白い渡り鳥』様…!?あ、ネームタグはケッコーです。い、急いで行ってきます!」

私がコートの襟元を緩めてネームタグを見せようとすると、固まっていた兵士が驚いたように目を見開いて王宮に走って行った。

王宮からやって来たさっきとは違う兵士の案内で城壁と同じ黒灰色の王宮の中に入り、謁見の間の隣にある豪華な控え室に案内された。


「やっぱり控え室も豪華だね」

私がまず目を引かれたのが、部屋の中央に置かれた見るからにフカフカの座面の高いソファとテーブルの応接セットだった。そのソファは、雪かきしていた兵士のコートと同じで赤の生地に白と緑色のチェック柄になっていて可愛い。


「肖像画ばっかりで落ち着かねぇ」

ルクトの視線の先には、沢山の肖像画が壁を半周するくらいビッシリと飾られている。凛々しいその肖像画の下にある細かい柄が彫られた木製のプレートには、その人の名前と功績が書いてあった。


「温室普及に尽力したマクベス・アバイン。旅人小屋を整備したバーシュ・スメトナ。この肖像画の奴らは国王から表彰されたらしいが、ほとんど軍人や貴族じゃない奴ばっかりみたいだな」

「国に貢献した人を表彰しているんだね。こっちは温室野菜の品種改良をした人、街道の整備、石切り場の道具改良…。いっぱいいるね」

「おまたせいたしました。謁見の間へご案内します」

隣に繋がる豪華な扉を入ると、煌びやかな宝石が嵌め込まれた玉座に座る国王がいて、国王と対峙するように部屋の真ん中に私の座る椅子がドドンと置いてあった。
国王の周囲には、深緑色の生地に白と黄色の細い縦線で作るカッコいいチェック柄の軍服を着た将軍や副官が立ったまま控えている。他国で見るような王族らしき人は誰一人いない。

宰相らしき人は脇に控えているけど、なんだか貴族らしくないというか…。首にタオルをかけた質素な作業服を着ているし、普通のおじさんみたいだ。


「ようこそお越しになった。儂は国王のバーシュ・スメトナだ」

この名前、さっき隣の控え室で旅人小屋を整備した人と同じだ。肖像画は若い感じで描かれていたけど、目の前の白髪の短髪の王様と似ている。同一人物だろうか。でも国王が自分で旅人小屋を整備して自分を表彰した?父王に王子である自分を表彰してもらった?なんか変な感じだ。


「はじめまして。『白い渡り鳥』のシェニカ・ヒジェイトです」

「寒く険しい中、ようこそおいで下さった。『白い渡り鳥』殿が最後に来たのは、もう6年も前だったかなぁ。他の国に比べて食事も粗末でがっかりしたのではないか?」

「そんなことあるはずありません。町の人が丹精込めて作った野菜や料理は絶品でした。
立ち寄った町で治療をさせて頂きましたが、どの町の方も優しい方ばかりでとても穏やかな気持ちで旅が出来ました。治療の時に見せてもらった方の手は、しもやけやアカギレがあって働き者の手をしていらっしゃいました」

「そうかそうか。このような不毛の地だからこそ、人々の結び付きなどが濃いものだと自負していてね。
幸いこの国に領土を拡大しようと侵攻してくる国もないしの。仮に来ても強い国民が黙っておらんからな。
シェニカ殿にそう言ってもらえると儂も国民も嬉しいぞ」

「陛下のお考えは素晴らしいですね。戦争ばかりしている他国も見習ってほしいです」

私が思ったままのことを言うと、国王は豪快な笑い声を上げた。
周囲にいた宰相らしきおじさんも将軍達も、声を忍ばせながら笑っていた。そんなに変なことを言っただろうか。


「あっはっはっ!この国の王は世襲制ではなく5年おきの国民の選挙で決まるし、国王は名誉職みたいなもんで、あんまり偉くないんだよ」

「え、そうなのですか?」

国王が世襲制じゃなくて選挙で選ばれるなんて初耳だ。やはり『戦争から忘れられた国』は、国のトップを選ぶところから違うのだろうか。



「儂は小さな村の木こりだったが、若い頃からテントで寝泊まりする旅人達を見兼ねてコツコツと旅人小屋を整備してたんだよ。そしたらそれを当時の国王から表彰されてね。
旅人小屋を全部整備し終えた頃に、その後の国王選挙に出させられたら見事に当選しちゃって。こうして木こりが国王なんてやってるんだ。謁見の間の控え室に肖像画があったろう?あれは儂のような国王に表彰された未来の国王候補なんだよ」

「そうだったんですか。陛下が整備して下さった旅人小屋のお陰で、ここまで安全に旅することが出来ました。本当にありがとうございます」

この国王が旅人小屋を整備してくれなかったら、アビテードへ行く旅路はとても辛く険しいものだったと思う。私が心からのお礼を言うと、国王は嬉しそうに笑った。



「そうかそうか。最近は観光客も減って、あまり旅人小屋を利用することも少なくなってきたが、シェニカ殿にそう言ってもらえると手入れをしている者達も喜ぶだろう」

「それにしても国王を選挙で選ぶなんで珍しいですね。貴族からの反対はないのですか?」

「この国は随分昔に王族がいたらしいんだが、この寒い気候に嫌気が差してどこかへ行ってしまったらしくてね。そのあと貴族が国王になったんだが、民衆からの信頼が得られなくて、決めたことに誰一人従わなかったんだ。
それから何だかんだと揉めた結果、腕っ節の強さで人気で誰からも尊敬されていた者を国王にして、国に尽力した者を表彰するようになった。
そして、尊敬される国王から表彰された者達の中で、人気と人望を集めた者が5年置きの選挙に出るんだ。だから名ばかりの貢献では国王になれないから、貴族は名誉職の国王には興味がなくてね。そこの宰相も一応貴族だが権力に興味はないし、内政の仕事は適度に放ったらかして、今じゃ王宮の温室の手入れが仕事だからのぉ。最近では身だしなみにも興味がなくなったらしい。あっはっは!」

宰相のおじさんは国王に名指しで笑われても特に気を悪くすることもなく、『そんなにおかしな格好してるかなぁ?』くらいの感じで自分の身だしなみをチェックし始めた。


ーー宰相のおじさん。私は作業着とタオルの似合う温室手入れが仕事の貴方がとても素敵に見えます。

私は宰相のおじさんに心の中でそうエールを送った。



「最近の貴族の興味といえば、ギルキアみたいにこの国にでも温泉が出ないか湯脈を探すことだからのんびりしたもんだ。おかげで他国とは違って政争なんてこともないから、平和なものだよ」

「この国は本当に素敵な国ですね。私はこの国がとても気に入りました」

「世界中を旅する方にそう言ってもらえるとは、本当に光栄なことだな。では、シェニカ殿。明日からの街での治療、どうかよろしく頼む」

「はい!精一杯治療させて頂きます」



翌日、私達は国王から紹介された空き家で治療院を開いた。 
治療を求める人は多くいたが、ほとんどの人が民間人でたまに軍人が軽い怪我や古傷の治療に来るくらいだった。順調に治療をしていると、顔が真っ赤になった青年が部屋に入ってきた。

おでこやまぶた、鼻や頬に特にその症状が出ているが、なにかの毒にでも冒されているのだろうか?でも、毒だと皮膚に症状が出る時は、紫色が混じっていることがほとんどだから毒じゃないのかな?


「先生、日焼けの治療をお願い出来ますか?」

「これが日焼けですか?こんなになるまで日焼けしちゃったんですか?」

目の前に座った男性の顔をよく見ると、日焼けというよりは所々に水泡が出来ていたり、皮がむけたり、真っ赤っかで火傷のようにしか見えないけど…。本当に日焼けだろうか?


「この国の者は雪に閉ざされた環境で育つためか、日焼けや火傷は重症化しやすいんです。この前、行商隊を組んでゆっくりジナまで行ったんですけど、それだけでこうして日焼けしたんです」

4強の1つの大国ジナは、山と同じくらいの巨人が剣で大きな山を一直線で切り落としたかのような、ほぼ一直線な台地の上にある。その首都にある1番高い王宮からは、ジナから比較的近い大国ドルトネアの首都を囲む山々、台地の下に広がる小国や、遠く離れた平原にある大国ウィニストラまで見晴らせると言われている。
ちなみに、ルクトの祖国ドルトネアの首都は、高い山々に囲まれた小さな平原を切り拓いた場所にあるから、周辺国よりも標高が高い場所にあるが、ジナはドルトネアの首都よりも更に高い場所にある。


寒さには強いけど太陽の強い光は苦手のアビテードの人だからこそ、高地にあるジナで強い日の光を浴びただけでこうして酷い火傷のような日焼けをしたのだろう。
ドルトネアやジナの人はそういう標高の高い場所で育つからか、ルクトのような浅黒い肌だったり、肌色だけど日焼けしないという特徴があるらしい。私も日焼けはするけど、ここまで酷い日焼けはしたことがない。育つ環境で随分と違うんだなぁ。


「ジナですか。ということは随分と険しい旅だったんですね。どれくらい旅をしていたんですか?」

「馬だったので往復1ヶ月半でしたね。ジナはここよりも高い場所にあるのに雪なんて降らないし、みんな日焼けしているからこんがり色の肌をしていて新鮮でしたよ。
新鮮だけど滞在すればするほど肌が痛くなるから、日焼けしないジナの人が羨ましくて仕方ありませんでした」

「アビテードの人は日焼けに慣れたりしないんですか?」

「その環境に居続けて日焼けする状況に慣れれば重症化しなくなるらしいんですけど、火傷が重症化しやすいのはそのままみたいなんです」

「そうなんですか…。それは大変ですね。はい、治療終わりました」

「ありがとうございます。この後も、一緒に行商隊を組んだ連中が来ますけど、どうぞよろしくお願いします」

それからは行商隊に参加した十数人の男女が日焼けの治療に訪れた。


ーー日焼けかぁ。人によってはその日焼けすら火傷のような深い怪我になるんだなぁ。『日焼け』と言えば占いにもあったな。


私は日焼けの治療をしながら、ギルキアの首都でラニアお婆ちゃんから言われたことを思い出していた。


『先生の周りには燦々と照らす太陽の様な存在と、欠けることのない月の様な存在がある。
その月と太陽は、そのうねる渦の脅威から先生を守るだろう。

まず太陽だが、眩しいほどに強く明るい光をしているが、太陽にずっと照らされていれば日焼けするだろう?
太陽は自分が先生を傷付けるとは思っていないのだが、結果的に先生を傷付けてしまうのじゃ。だから、太陽だけが守ってくれると思っていると怪我をすることがあるから注意が必要じゃな』



あれから、ちょっとの時間に『月』と『太陽』のことを考えてみるようになった。
私を守ってくれるらしい『月』と『太陽』が何のことかは分からないけど、ルクトは太陽をいっぱい浴びた洗濯物のにおいがするから、きっと『太陽』はルクトだと思う。
でも、太陽の強い光で『日焼け』するらしい。その『日焼け』は私を傷つけるらしいけど、なんだかんだで優しいルクトは私に酷いことをしたりはしないと思う。きっとその『日焼け』は、ルクトとエアロスの揉み合いで大事なラピンの花が燃えてしまったことだろう。
だから、今後は彼の近くで貴重なものは出さないようにしておこう。



『一方の月は、決して傷付けることのない優しい光をしているが、太陽の出ている時間に照らしていても、通常は太陽の差さない夜の時間でしかその光ははっきりと見ることが出来ない。
遠く離れていても、太陽が煌々と照らしていても、その月の光は先生だけを見て静かに照らしているだろう。
だから先生はその月の存在を常日頃から忘れず、慈しみ、大事にすることを忘れてはいけないよ』


『月』って何だろうか。全然見当がつかないけど、守ってくれる存在ならば人間だろうか。
占いじゃ随分と静かな感じの存在みたいだけど、今まで会った人の中でそういう人はいたかなぁ。静かと言えばカーランかな?もしかしてイルバ様だろうか?よく分かんないなぁ。

でも、『それと出逢えば必ず惹きつけ合うだろう』と言っていたから、違うのだろう。



「次の方、どうぞ~!」

私が次の人を部屋に呼ぶと、ごく普通の足取りで入ってきたおばさんが私の前に座り、左腕の服を二の腕辺りまで捲り上げ始めた。


「先生、ここの火傷の治療をお願いします」

「これは酷い火傷ですね…。炎の魔法のせいですか?」



さっきまで治療していた日焼けと違い、おばさんの色白のひじの辺りは赤黒く焼けただれていた。日焼けより明らかに酷い火傷に思わずそう尋ねたのだけど、おばさんは苦笑まじりで答えてくれた。

「いいえ。熱い鍋がちょっと触れたんです」

「触れただけでこんなに…?あ、治療始めますね」

「不思議ですか?」

私が肘に手をかざして治療魔法をかけていると、おばさんが不思議そうな顔をして私をジッと見てきた。


「ええ。こういう深い火傷は炎の魔法の影響のことが殆どなので。はい、終わりましたよ」

「ありがとうございます。この国の者はみんな同じような火傷が重症化しやすい体質ですから、先生みたいに言われるのって初めてです。先生も火や炎、日焼けも注意して下さいね」

「はい、そうします」

色白で火に弱い体質はみんな共通みたいだけど、兵士や傭兵だと弱点になるから大変だなぁ。でも、あの人は火どころか炎も日焼けも全く気にしてなかったけど、どうやって克服したのかなぁ?今度聞いてみなきゃ。


それからも続々とやってくる患者を相手に、順調に治療を続けた。
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