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9.妹の執着
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翌日、クレアとジェラルドはキャストリー農園の視察へと出かけた。
こちらの農園では、メインのレモングラスの栽培の他にジェラルドの目当てであるカモミールの栽培状況を確認しに行ったのだが……。
残念な事にカモミールに関しては、完全にハーブティーに使われる量産型の栽培方法だったので、マウロ農園を視察した後では、どうしてもハーブの質がジェラルドの希望にそぐわなかった。
しかし、レモングラスの方は、現地の人間がいるだけあって、かなり質の良いハーブを育てていた為、キャストリー農園に関しては、新たにレモングラスを取り引きする農園として、すぐに決まった。
しかし当初の目的であるカモミールの取り扱い農園は未だに決まらない……。
その為、後日カモミールを扱っているもう一つのハーブ園であるフィンス農園の視察を検討してから、取り引き先の農園をどこにするか決める事となったのだが、視察可能日がどうしてもジェラルドの滞在期間中に得られない事が判明し、カモミールに関しては、次回検討するという事になってしまった……。
代わりにその翌日、クレアが提案した美容効果に特化したハーブを二種類栽培している農園を視察する事になった。
セリスン農園というその農園は、オーデント家の領地内では二番目に規模が大きく、五年程前までは薬用として効能のあるヤロウをメインで栽培していたが、それ以降は美容効果が高いエルダーフラワーの栽培に力を注いでいる。
その栽培方針が変わったのは、何でも美意識の高いある侯爵夫人が、この農園のエルダーフラワーで入れたハーブティーの残りで入浴したところ、かなり美容効果があったらしく、それを社交界でポロリとこぼしたらしい。
それが火付け役となり、注文が殺到してしまったのだ……。
それ以降、エルダーフラワーがこの農園の7割を占め、栽培されている。
その為、ジェラルドが目を付けたのはヤロウの方だ。
精油に関してはクリーム等に混ぜると虫刺され等にも効くので、美容効果よりも薬用的な用途でと考えている。
そして副産物として得られたハーブウォーターを化粧水として前面的に押そうという考えのようだが……いくら領地内で二番目に大きい農園と言ってもヤロウの栽培量は3割しかない。
その為、現在の正確な栽培量の確認と、今後もし資金援助をした場合に増やせるかの確認をする事が、今回の視察のメインだった。
結果、リーネル農園に対して行う資金援助の半分で、ジェラルドが求めている栽培量を得られる事が分かり、早々に取り引き先農園として契約が結ばれた。
その為、本日の視察は、今まで回ったどの農園よりも早く終了した。
「閣下、お時間がかなり余りましたが、この後の予定はいかがされますか?」
「そうだな……。ならばあなたと一緒にオーデント家に戻り、今まで視察をしたハーブ園についての最終的な意見をまとめたい。昨日あなたに渡した資料を見ながら話し合いたいのだが……構わないか?」
「かしこまりました。それではこのまま屋敷の方へ戻る事に致しましょう」
本来なら夕刻までかかるセリスン農園の視察だったが、取引先候補として早々に決まった事もあり、三時間も早くオーデント家の方に戻る事となった二人。
しかしこの事で、クレアがもっとも恐れていた事態が起こってしまう。
クレア達が屋敷に戻ると、そこには一瞬だけ荷物を取りに戻って来ていたティアラがいたのだ。
姉が戻って来たと知ったティアラは、まさかジェラルドが一緒に馬車に乗っているとは思わず、ご丁寧に屋敷の入り口の外まで出迎えに来た。
そのティアラの姿を確認した瞬間、馬車の中でクレアは顔面蒼白になる。
「お姉様! おかえりなさい!」
そしてティアラは、馬車の中を覗き込む様にしてクレアに元気に声を掛けてきたのだが……出口側に座っていたジェラルドの姿を見た瞬間、時が止まったかの様に固まってしまった。
「あ、あの……もしやジェラルド公爵閣下でしょうか……?」
「ああ。あなたがクレアの妹君か?」
「は、はい! ティアラ・オーデントと申します! どうぞよろしくお願いします!」
ティアラの自己紹介を聞きながら、ジェラルドが馬車から降りた。
そしてそのままクレアに下車を促す様に手を差し伸べる。
クレアも青い顔をしたまま、その手を取って馬車から降りる。
「今回の滞在中にあなたの姉君には大変世話になった。もうしばらく彼女の力が必要なので、私はこの屋敷に訪れる事が多いと思うが、こちらこそよろしく頼む」
「もうしばらく!? 閣下は、いつまでご滞在予定なのですか?」
「今のところ後5日程滞在予定だが……」
グイグイくるティアラの様子にジェラルドが、やや困った様な表情を浮かべた。
しかしそんな様子に気付かないティアラは、目をキラキラと輝かせながら、ジェラルドに無遠慮な視線を送っている。
その状況を目の当たりにしたクレアは、思わず左手で顔半分を覆った。
これはもう完全にティアラが、ジェラルドに興味を抱いてしまっている……。
「ティアラ。これから閣下は、わたくしと今日視察に行かれたハーブ園の件で、仕事の話をしなくてはならないの。だからあまり公務の邪魔を……」
「でしたらその話合い、私もご一緒します!」
頬を紅潮させて、そう堂々と宣言したティアラにクレアだけでなく、ジェラルドも唖然とした表情を浮かべる。
「ま、待ちなさい! あなたが話し合いに参加してどうするの!?」
「嫌だわ、お姉様。私だってオーデント家の娘よ? お姉様とはまた違った視点で、領内で栽培されているハーブについて閣下に提案出来る話があるかもしれないでしょ? だから私も是非ご一緒させて?」
そう言ってニコニコしながら、話し合いに参加しようとしてくるティアラにクレアが盛大にため息をつく。
「ティアラ……。これからわたくしと閣下は、今後、閣下が取り引きをお考えのハーブ園を決める大事な話合いをするの! 視察に同行してない上に領内で生産されているハーブの事をあまり知らないあなたが来ても仕方ないでしょ!?」
「そんな事ないわ? 確かにお姉様はお父様のお仕事を手伝っているから、領内のハーブについては詳しいけれど……。私だってそれに負けないくらいお花に詳しいのよ? ハーブだけでなくお花からだって精油は作れるでしょ? 私はその事について閣下に良い提案が出来ると思うの!」
自信満々にそう答えたティアラの言葉に今度は、こめかみに手を当てるクレア。
そもそもジェラルドがオーデント家の領地に興味を持った理由は、ここの特産がハーブだからだ。よって花ではない……。ハーブの生産はあっても花の生産をあまりしていないオーデント領では、ティアラのその話は、一切意味のない内容だ。
だが妹にとっては、精油の抽出が出来る物に詳しければ、この話し合いに参加してもいいと思っているらしい。
このティアラの見当違いな部分に観点が行ってしまう所が『空気の読めない令嬢』と言われてしまう所以である……。
「お願い! お姉様! 邪魔するよう事はしないから!」
愛らしい顔で必死に懇願してくる妹にクレアは、盛大にため息をつく。
邪魔しないと言っても絶対に邪魔してくるのは、目に見えている。
しかもティアラの場合、真っ直ぐ過ぎる故、その事に一切悪気がないのだ。
その分かりやすい例が、数人と談笑している際、皆が話している内容と掠りもしない自分の得意な話題をぶち込む事をよくやってしまうティアラ。
その瞬間、その場が一瞬の静寂を起こしても空気が読めないので、その事に気付かず、その自分の好きな話題を延々と話してしまう。
そんな行動が多いティアラが、この後の話し合いに同席等したら、確実にジェラルドを苛立たせてしまう……。
「ダメよ! そもそもあなたは今日、荷物を取りにきたのでしょ? 早くイアルの所に戻らないと……」
「いいえ。それはもう必要ないわ! 私、今日から家に戻るから!」
そうニッコリしながら宣言してきたティアラだが……ジェラルドと、どうこうなりたいというまでの打算的な考えは恐らくない。
ただ単純に自分が親睦を深めたいと感じたジェラルドと、もっと話をしたいという目先の欲しかないのだ。
ただこれが、それだけでは留まらない事をクレアは知っている。
相手の社交辞令的な振る舞いをティアラは、自分が受け入れられていると勘違いする事が多いのだ……。
だからジェラルドが、やんわりと咎める様な言葉を掛けてもティアラには、それが優しい拒絶だとは気付けない。妹はそのジェラルドの社交辞令的な振る舞いを鵜呑みにし、自身に親しみを感じてくれていると思ってしまうのだ。
そんな妹の性格を知るクレアは、流石にこの件に関しては譲らないと決めた。
「ティアラ! いい加減にしなさい! そもそもお父様に了承も得ず、勝手にそういう事を決めてはならないでしょ!」
「お父様には後でお話するわ。大丈夫! お姉様は何も心配しないで?」
何が大丈夫なものか。
もうティアラがジェラルドと鉢合わせした時点で、大惨事だ……。
この状況に片頭痛を起こってしまったクレアが、右こめかみを軽く手で押さえた。それを見たジェラルドが、困った様な表情を浮かべる。
「ならば今回だけ妹君を同席させてはどうだろう? そうすれば妹君も我々が、深い話をしている事で参加を咎められている事に納得出来るのではないか?」
「か、閣下! 妹にそのようなお気遣いは……」
「ありがとうございます、閣下! 是非話し合いに同席させてください!」
そうしてニコニコしながら、ジェラルドを屋敷内に案内するティアラ。
その様子にクレアは更に片頭痛が悪化し、目頭辺りをギュっと摘まんだ。
こうして三人は、客間にてジェラルドが取り引きを検討しているハーブ園の話し合いを始めたのだが……結果は散々たるものだった。
ジェラルドとクレアが美容効果の高いハーブの話をし始めると、横からティアラが自身の好きな花を精油にと勧めてくるのだ。
「ティアラ……。閣下はハーブでの精油をご検討されているのよ? そもそも花はうちの特産品ではないでしょう?」
「でもターゲット層は女性なのでしょう? ならばお花の方が良いと思うの! 花の香りを嫌う女性なんてこの世にはいないわ! ハーブだとスッキリする香りばかりで甘い香りはあまりないでしょ?」
そう言って自身の好きな花の名前をツラツラと花言葉付きで、得意げに説明を始めてしまう。そんなティアラの説明をジェラルドは、やや扱いに困ったような笑みを浮かべて、頷きながら聞いてくれている。
クレアにとっては、もう最悪な展開だ……。
そんなティアラの独壇場と化した話し合いだが……その状況が一時間後に帰宅した父の耳に入り、早々にティアラは父によって回収されて行った。
ジェラルドと二人きりになったクレアは、申し訳ない気持ちで一杯になり、思わず顔を両手で覆ってしまう。
「閣下、本当に申し訳ございません……。妹がとんだ無礼を……。あの子は周りの状況を察する事があまり上手くないので、どうしても自分本位の振る舞いを無意識に行ってしまうのです……」
「なるほど。あなたとお父上が、私に必死に会わせない様に配慮していた意味が、やっと分かった」
そう言ってジェラルドが苦笑する。
「本当に……本当に申し訳ございません……。ですがあの子には、悪気は一切無いのです。そこがまた相手に不快感を与えてしまう部分なのですが、本人は単純に関係醸成を図りたいだけでして……。その、例えるなら飼い主に過剰に構って欲しがっている子犬の様な……そういう純粋な気持ちが、全て相手の負担になってしまうというか……」
一生懸命言葉を選んで妹の性格を説明しようとしているクレアだが……途中から自分でも何を言っているのか、分からなくなってきた。
そんなクレアの様子に思わず、ジェラルドが吹き出す。
「あなたは本当に妹思いの方なのだな。だがあの様子では、きっとまた私に絡みに来るだろう」
「それだけは父の力を借り、何としてでも阻止致します!」
珍しく厳しい表情を浮かべて、そう言い切ったクレアについに堪えきれなくなったジェラルドが、声を上げて笑い出した。
その反応にクレアが恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまう。
そんな騒々しい一日を過ごした二人だったが、この時のクレアがした宣言は一度も守られる事は無かった……。
この日以降、ティアラはジェラルドがオーデント家を訪れている事を知ると、どこから抜け出してくるのか、すぐに二人の話し合いに参加するようになってしまう。
そしてその都度、父セロシスか母クリシアに連行されて行くのだが……。
30分もしない内にすぐに戻って来てしまい、何事も無かったような顔で平然として居座り続け、会話に参加する体で、すぐに自分の得意な分野の話を披露してしまう。
ジェラルドに対して過剰な執着心をむき出しにしてくるティアラの事をある程度、予想していたクレアだが……。
あまりの酷さに頭を悩ませ、かなり酷い片頭痛を発症してしまう。
そんな姉を悩ませる妹のこの行動は、この後二日間も続いた。
こちらの農園では、メインのレモングラスの栽培の他にジェラルドの目当てであるカモミールの栽培状況を確認しに行ったのだが……。
残念な事にカモミールに関しては、完全にハーブティーに使われる量産型の栽培方法だったので、マウロ農園を視察した後では、どうしてもハーブの質がジェラルドの希望にそぐわなかった。
しかし、レモングラスの方は、現地の人間がいるだけあって、かなり質の良いハーブを育てていた為、キャストリー農園に関しては、新たにレモングラスを取り引きする農園として、すぐに決まった。
しかし当初の目的であるカモミールの取り扱い農園は未だに決まらない……。
その為、後日カモミールを扱っているもう一つのハーブ園であるフィンス農園の視察を検討してから、取り引き先の農園をどこにするか決める事となったのだが、視察可能日がどうしてもジェラルドの滞在期間中に得られない事が判明し、カモミールに関しては、次回検討するという事になってしまった……。
代わりにその翌日、クレアが提案した美容効果に特化したハーブを二種類栽培している農園を視察する事になった。
セリスン農園というその農園は、オーデント家の領地内では二番目に規模が大きく、五年程前までは薬用として効能のあるヤロウをメインで栽培していたが、それ以降は美容効果が高いエルダーフラワーの栽培に力を注いでいる。
その栽培方針が変わったのは、何でも美意識の高いある侯爵夫人が、この農園のエルダーフラワーで入れたハーブティーの残りで入浴したところ、かなり美容効果があったらしく、それを社交界でポロリとこぼしたらしい。
それが火付け役となり、注文が殺到してしまったのだ……。
それ以降、エルダーフラワーがこの農園の7割を占め、栽培されている。
その為、ジェラルドが目を付けたのはヤロウの方だ。
精油に関してはクリーム等に混ぜると虫刺され等にも効くので、美容効果よりも薬用的な用途でと考えている。
そして副産物として得られたハーブウォーターを化粧水として前面的に押そうという考えのようだが……いくら領地内で二番目に大きい農園と言ってもヤロウの栽培量は3割しかない。
その為、現在の正確な栽培量の確認と、今後もし資金援助をした場合に増やせるかの確認をする事が、今回の視察のメインだった。
結果、リーネル農園に対して行う資金援助の半分で、ジェラルドが求めている栽培量を得られる事が分かり、早々に取り引き先農園として契約が結ばれた。
その為、本日の視察は、今まで回ったどの農園よりも早く終了した。
「閣下、お時間がかなり余りましたが、この後の予定はいかがされますか?」
「そうだな……。ならばあなたと一緒にオーデント家に戻り、今まで視察をしたハーブ園についての最終的な意見をまとめたい。昨日あなたに渡した資料を見ながら話し合いたいのだが……構わないか?」
「かしこまりました。それではこのまま屋敷の方へ戻る事に致しましょう」
本来なら夕刻までかかるセリスン農園の視察だったが、取引先候補として早々に決まった事もあり、三時間も早くオーデント家の方に戻る事となった二人。
しかしこの事で、クレアがもっとも恐れていた事態が起こってしまう。
クレア達が屋敷に戻ると、そこには一瞬だけ荷物を取りに戻って来ていたティアラがいたのだ。
姉が戻って来たと知ったティアラは、まさかジェラルドが一緒に馬車に乗っているとは思わず、ご丁寧に屋敷の入り口の外まで出迎えに来た。
そのティアラの姿を確認した瞬間、馬車の中でクレアは顔面蒼白になる。
「お姉様! おかえりなさい!」
そしてティアラは、馬車の中を覗き込む様にしてクレアに元気に声を掛けてきたのだが……出口側に座っていたジェラルドの姿を見た瞬間、時が止まったかの様に固まってしまった。
「あ、あの……もしやジェラルド公爵閣下でしょうか……?」
「ああ。あなたがクレアの妹君か?」
「は、はい! ティアラ・オーデントと申します! どうぞよろしくお願いします!」
ティアラの自己紹介を聞きながら、ジェラルドが馬車から降りた。
そしてそのままクレアに下車を促す様に手を差し伸べる。
クレアも青い顔をしたまま、その手を取って馬車から降りる。
「今回の滞在中にあなたの姉君には大変世話になった。もうしばらく彼女の力が必要なので、私はこの屋敷に訪れる事が多いと思うが、こちらこそよろしく頼む」
「もうしばらく!? 閣下は、いつまでご滞在予定なのですか?」
「今のところ後5日程滞在予定だが……」
グイグイくるティアラの様子にジェラルドが、やや困った様な表情を浮かべた。
しかしそんな様子に気付かないティアラは、目をキラキラと輝かせながら、ジェラルドに無遠慮な視線を送っている。
その状況を目の当たりにしたクレアは、思わず左手で顔半分を覆った。
これはもう完全にティアラが、ジェラルドに興味を抱いてしまっている……。
「ティアラ。これから閣下は、わたくしと今日視察に行かれたハーブ園の件で、仕事の話をしなくてはならないの。だからあまり公務の邪魔を……」
「でしたらその話合い、私もご一緒します!」
頬を紅潮させて、そう堂々と宣言したティアラにクレアだけでなく、ジェラルドも唖然とした表情を浮かべる。
「ま、待ちなさい! あなたが話し合いに参加してどうするの!?」
「嫌だわ、お姉様。私だってオーデント家の娘よ? お姉様とはまた違った視点で、領内で栽培されているハーブについて閣下に提案出来る話があるかもしれないでしょ? だから私も是非ご一緒させて?」
そう言ってニコニコしながら、話し合いに参加しようとしてくるティアラにクレアが盛大にため息をつく。
「ティアラ……。これからわたくしと閣下は、今後、閣下が取り引きをお考えのハーブ園を決める大事な話合いをするの! 視察に同行してない上に領内で生産されているハーブの事をあまり知らないあなたが来ても仕方ないでしょ!?」
「そんな事ないわ? 確かにお姉様はお父様のお仕事を手伝っているから、領内のハーブについては詳しいけれど……。私だってそれに負けないくらいお花に詳しいのよ? ハーブだけでなくお花からだって精油は作れるでしょ? 私はその事について閣下に良い提案が出来ると思うの!」
自信満々にそう答えたティアラの言葉に今度は、こめかみに手を当てるクレア。
そもそもジェラルドがオーデント家の領地に興味を持った理由は、ここの特産がハーブだからだ。よって花ではない……。ハーブの生産はあっても花の生産をあまりしていないオーデント領では、ティアラのその話は、一切意味のない内容だ。
だが妹にとっては、精油の抽出が出来る物に詳しければ、この話し合いに参加してもいいと思っているらしい。
このティアラの見当違いな部分に観点が行ってしまう所が『空気の読めない令嬢』と言われてしまう所以である……。
「お願い! お姉様! 邪魔するよう事はしないから!」
愛らしい顔で必死に懇願してくる妹にクレアは、盛大にため息をつく。
邪魔しないと言っても絶対に邪魔してくるのは、目に見えている。
しかもティアラの場合、真っ直ぐ過ぎる故、その事に一切悪気がないのだ。
その分かりやすい例が、数人と談笑している際、皆が話している内容と掠りもしない自分の得意な話題をぶち込む事をよくやってしまうティアラ。
その瞬間、その場が一瞬の静寂を起こしても空気が読めないので、その事に気付かず、その自分の好きな話題を延々と話してしまう。
そんな行動が多いティアラが、この後の話し合いに同席等したら、確実にジェラルドを苛立たせてしまう……。
「ダメよ! そもそもあなたは今日、荷物を取りにきたのでしょ? 早くイアルの所に戻らないと……」
「いいえ。それはもう必要ないわ! 私、今日から家に戻るから!」
そうニッコリしながら宣言してきたティアラだが……ジェラルドと、どうこうなりたいというまでの打算的な考えは恐らくない。
ただ単純に自分が親睦を深めたいと感じたジェラルドと、もっと話をしたいという目先の欲しかないのだ。
ただこれが、それだけでは留まらない事をクレアは知っている。
相手の社交辞令的な振る舞いをティアラは、自分が受け入れられていると勘違いする事が多いのだ……。
だからジェラルドが、やんわりと咎める様な言葉を掛けてもティアラには、それが優しい拒絶だとは気付けない。妹はそのジェラルドの社交辞令的な振る舞いを鵜呑みにし、自身に親しみを感じてくれていると思ってしまうのだ。
そんな妹の性格を知るクレアは、流石にこの件に関しては譲らないと決めた。
「ティアラ! いい加減にしなさい! そもそもお父様に了承も得ず、勝手にそういう事を決めてはならないでしょ!」
「お父様には後でお話するわ。大丈夫! お姉様は何も心配しないで?」
何が大丈夫なものか。
もうティアラがジェラルドと鉢合わせした時点で、大惨事だ……。
この状況に片頭痛を起こってしまったクレアが、右こめかみを軽く手で押さえた。それを見たジェラルドが、困った様な表情を浮かべる。
「ならば今回だけ妹君を同席させてはどうだろう? そうすれば妹君も我々が、深い話をしている事で参加を咎められている事に納得出来るのではないか?」
「か、閣下! 妹にそのようなお気遣いは……」
「ありがとうございます、閣下! 是非話し合いに同席させてください!」
そうしてニコニコしながら、ジェラルドを屋敷内に案内するティアラ。
その様子にクレアは更に片頭痛が悪化し、目頭辺りをギュっと摘まんだ。
こうして三人は、客間にてジェラルドが取り引きを検討しているハーブ園の話し合いを始めたのだが……結果は散々たるものだった。
ジェラルドとクレアが美容効果の高いハーブの話をし始めると、横からティアラが自身の好きな花を精油にと勧めてくるのだ。
「ティアラ……。閣下はハーブでの精油をご検討されているのよ? そもそも花はうちの特産品ではないでしょう?」
「でもターゲット層は女性なのでしょう? ならばお花の方が良いと思うの! 花の香りを嫌う女性なんてこの世にはいないわ! ハーブだとスッキリする香りばかりで甘い香りはあまりないでしょ?」
そう言って自身の好きな花の名前をツラツラと花言葉付きで、得意げに説明を始めてしまう。そんなティアラの説明をジェラルドは、やや扱いに困ったような笑みを浮かべて、頷きながら聞いてくれている。
クレアにとっては、もう最悪な展開だ……。
そんなティアラの独壇場と化した話し合いだが……その状況が一時間後に帰宅した父の耳に入り、早々にティアラは父によって回収されて行った。
ジェラルドと二人きりになったクレアは、申し訳ない気持ちで一杯になり、思わず顔を両手で覆ってしまう。
「閣下、本当に申し訳ございません……。妹がとんだ無礼を……。あの子は周りの状況を察する事があまり上手くないので、どうしても自分本位の振る舞いを無意識に行ってしまうのです……」
「なるほど。あなたとお父上が、私に必死に会わせない様に配慮していた意味が、やっと分かった」
そう言ってジェラルドが苦笑する。
「本当に……本当に申し訳ございません……。ですがあの子には、悪気は一切無いのです。そこがまた相手に不快感を与えてしまう部分なのですが、本人は単純に関係醸成を図りたいだけでして……。その、例えるなら飼い主に過剰に構って欲しがっている子犬の様な……そういう純粋な気持ちが、全て相手の負担になってしまうというか……」
一生懸命言葉を選んで妹の性格を説明しようとしているクレアだが……途中から自分でも何を言っているのか、分からなくなってきた。
そんなクレアの様子に思わず、ジェラルドが吹き出す。
「あなたは本当に妹思いの方なのだな。だがあの様子では、きっとまた私に絡みに来るだろう」
「それだけは父の力を借り、何としてでも阻止致します!」
珍しく厳しい表情を浮かべて、そう言い切ったクレアについに堪えきれなくなったジェラルドが、声を上げて笑い出した。
その反応にクレアが恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまう。
そんな騒々しい一日を過ごした二人だったが、この時のクレアがした宣言は一度も守られる事は無かった……。
この日以降、ティアラはジェラルドがオーデント家を訪れている事を知ると、どこから抜け出してくるのか、すぐに二人の話し合いに参加するようになってしまう。
そしてその都度、父セロシスか母クリシアに連行されて行くのだが……。
30分もしない内にすぐに戻って来てしまい、何事も無かったような顔で平然として居座り続け、会話に参加する体で、すぐに自分の得意な分野の話を披露してしまう。
ジェラルドに対して過剰な執着心をむき出しにしてくるティアラの事をある程度、予想していたクレアだが……。
あまりの酷さに頭を悩ませ、かなり酷い片頭痛を発症してしまう。
そんな姉を悩ませる妹のこの行動は、この後二日間も続いた。
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