小さな殿下と私

ハチ助

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【殿下視点】

小さな僕の裏の顔①

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 ユリオプスには、聡明で慈愛の女神の様な優しさを持つ美しい婚約者がいる。
 今年で12歳になる宰相フェンネルの次女セレティーナだ。

 セレティーナは、柔らかいはしばみ色の艶やかなストレートヘアーにアクアマリンの様な淡い水色の澄んだ瞳を持つ慈愛の女神の様な美少女だ。
 しかし控えめな彼女の性格から、その美しさに周りの人間はあまり気づかない。
 そんな彼女は、容姿だけでなく中身も非常に優秀な少女だった。
 記憶力がいい彼女は、僅か6歳にして宰相である父フェンネルの資料整理などを手伝う為、登城していた。
 その合間を縫って王太子である幼いユリオプスの相手までしてくれた。

 初めて会ったセレティーナは、全身から優しさを滲み出している様な慈愛に満ちた少女で、物心ついた頃から策略と陰謀を張り巡らせている大人達ばかりを見てきたユリオプスにとって、何の見返りもなく優しさを振りまくセレティーナは、憩いのオアシスの様な存在だった。
 そして僅か3歳にしてユリオプスは、あっという間に彼女に心奪われてしまう。

 しかし、そんな素晴らしいセレティーナは自分よりも6歳も年上だった。
 どんなに望んでも歳の差の所為で婚約者としては選ぶ事は出来ない……。
 ならばこの幼さを最大限に利用して、可能な限りセレティーナを独占しようと、ユリオプスは彼女が登城してくる度に付きまとった。
 そんなユリオプスをセレティーナは鬱陶しがるどころか、全力で可愛がってくれた。

 そんな中、国王でもある父クリオプスと母ユーフォルビアが謎の奇病に掛かり、生死の境を二週間彷徨う。そしてそんな父は、家臣でもあり親友でもある宰相フェンネルにもし自分達に何かあった場合、一人残されたユリオプスの後ろ盾になって欲しいと、瀕死の状態で必死に訴えた。
 宰相であるフェンネルが王太子であるユリオプスの後ろ盾になる一番簡単で有効的な方法は、自身の娘の誰かをユリオプスの婚約者にしてしまう事だった。

 そこで絶望の未来しかなかったユリオプスの将来に光が差す。
 フェンネルから娘の誰かと婚約して欲しいという話が出た際、ユリオプスは真っ先に次女セレティーナを指名した。
 しかしセレティーナは、フェンネルにとって一番の自慢の娘だった。
 そんな娘を6歳も歳の差があり、しかも王太子の婚約者にする事をフェンネルは望んでいなかった。
 別の娘にしないかと必死で説得してきたのだ。

 そんなフェンネルにユリオプスは、自身の愛らしい容姿を最大限に利用した。
 大きなエメラルドの瞳にこれでもかと言うばかりに涙を溜め、同情心を掻き立てる上目遣いで、必死にセレティーナに救いを求める幼子の様な演技をする。

「セレを選んではいけないの……?」

 その効果は絶大で、まだユリオプスの本性に気付いていなかった宰相フェンネルは、コロっと騙され、哀れな王太子である幼いユリオプスと愛娘セレティーナの婚約を決断した。

 その後、両親の奇病が過激王弟派による毒殺未遂だった事が判明する。
 それを解決したのが、渦中の人物でもある叔父のセルノプスだった。
 父と叔父は世間的には不仲と言われているが、実はそれは反国王派をあぶりだす為の仮の姿だった。
 今までその仮の姿によって何度も反国王派撲滅に成功してきたのだが……今回はその仮の姿が裏目に出てしまったケースだったのだ。

 そして叔父の得た解毒剤によってユリオプスの両親は、あっという間に回復する。
 しかし、完治の公表は一ヶ月後にされた。
 その間に叔父が今回の騒動を起こした過激王弟派の包囲網を万全の態勢で行い、完全に壊滅させた。
 それ以降、父と叔父は不仲である振りをやめ、良好な関係である事を公にした。

 しかし幸運な事にユリオプスとセレティーナのその場しのぎで交わされた婚約だけは、しっかりと残った。
 周りの大人達から、その婚約の解消を何度も説得されるユリオプスは、お得意の幼い子供特有の愛らしさを最大限に活用して拒み続けた。
 ユリオプスは、物心付いた頃から自身のこの愛されやすい容姿の利点をしっかり理解していたのだ。

 それはセレティーナに対しても同じ事だ。
 セレティーナは、天使の様な容姿のユリオプスの虜となっていた。
 ユリオプスがふわりと微笑むと、セレティーナは心底幸せそうな表情を浮かべた。上目遣いで小首を傾げると、思わずニヤケない様に口元を抑えてしまう程、喜んでくれた。小さな手を伸ばし、手をつなぐと優しく微笑みながら、全力でユリオプスに愛情を注いでくれた。

 しかし、それはあくまでも母性的な意味での愛情だ……。
 ユリオプスが欲しい愛情は、それではなかった。
 そんな事で幼いながらも悶々と悩む日々を過ごしながらもセレティーナを独占する事だけは、やめなかったユリオプス。


 それから二年経ったある出来事で、ユリオプスはある活路を見出しかける。
 それは父クリオプスより、幅広い年齢層でのお茶会の開催を提案された時。
 その茶会では、ユリオプスと同世代の令息と令嬢がかなり参加していた。

 正直、この茶会はユリオプスにとって忌々しいものでしかなかった。
 何故なら大好きなセレティーナを傷つけようとする人間が、多いからだ。
 その為、なるべくセレティーナの傍を離れないようにしていたのだが……。ユリオプスとの友人関係を求める令息達に捕まり、一瞬セレティーナの傍を離れてしまった。

 そしてその瞬間を目ざとく狙った令嬢がいた。
 遠目からの確認では、鉄サビ色のような赤毛に近いブロンドにバカみたいな大きなピンクのリボンを付けた令嬢が天狗になってセレティーナに絡んでいる。
 それを確認した途端、ユリオプスは急いで二人のもとに近づいた。
 ちょうど自分よりも先にその状況を見ていた一つ年上の友人クリナムがいたので、現状を確認してみる。

「それが……あのご令嬢が、殿下とセレティーナ様の身長差を理由に自分が殿下のエスコート役を引き受けるとか訳の分からない事を言い出して……」
「はぁ!? なんだ……その頭の悪い絡み方は……」

 あまりの低レベルなその令嬢の発言につい素が出てしまったユリオプス。
 それを説明してくれたクリナムの方もかなり呆れた目をその令嬢に向けている。
 しかしセレティーナの方は、年上の余裕で優雅にその令嬢の嫌がらせに反撃をしていた。

「まぁ! なんて素晴らしい淑女のお考えなのかしら! 確かにおっしゃる通りでございますね! ではユリオプス殿下には、あなた様からその様な素晴らしいご助言を受けた事をお伝えしつつ、エスコートの辞退を進言させて頂きますわ。ええと……確かストレリチア家のバーネット様でございますよね?」

 セレティーナの言葉から相手の令嬢の名前が出る。

「ストレリチア家のバーネット嬢……。よし! 覚えた!」
「殿下……。あまり惨い報復をなさらないでくださいね……?」

 クリナムが白い目を向けて忠告して来たが、ユリオプスはそれを無視した。
 そしてあどけない表情を作り、セレティーナの後ろからひょこりと姿を現す。

「バーネット嬢……。あなたは先程から何を訳の分からない事を言っているの? そもそも婚約者がいる身の僕が、セレ以外の女性をエスコート等したら僕の紳士としての品位が問われるのだけれど……あなたは、その事は気づかなかったのかな?」

 突然登場したユリオプスから投げかけられた言葉にバーネットが、狼狽え出す。
 その様子にユリオプスは、こっそりと意地の悪い笑みを浮かべた。
 セレティーナを傷付ける人間は、絶対に許さない。
 だが、ここでつるし上げるだけでは、またセレティーナに絡むかもしれない……。
 そこでユリオプスは、バーネットに一瞬の飴を与える。

「そうだ、バーネット嬢。よく分からないけれど、あなたが僕の事を気遣ってくれた事は凄く感じたよ? どうもありがとう」

 その対応に遠巻きで見ていた来場者達が感嘆の声を上げる。
 バーネットの方もユリオプスのその対応にうっとりした表情を浮かべた。
 これで今日のお茶会では、セレティーナに嫌がらせはしないだろう。
 しかしセレティーナへの嫌がらせを許す気はない。

「今日のお茶会、是非最後まで・・・・楽しんで行ってね!」

 ユリオプスが更に告げた言葉は、文字通り「これが最後の参加になるから、精々楽しんで」という意味だった。これ以降、バーネットはユリオプス主催の茶会や夜会には一切招待されなくなる……。
 そんな黒い事を目論んでいたユリオプスだが、その対応を素直に受け取ったセレティーナが、頬を紅潮させてユリオプスにある言葉を掛けてきた。

「殿下、流石でございますね! 見事な紳士的ご対応でございます」

 その瞬間、ユリオプスはセレティーナに対するあるアプローチ方法に気付く。

 紳士的な大人の対応!

 今まで全力で子供らしい愛くるしさを売りにセレティーナの気を引いてきたユリオプスだが、この方法は思い付かなかったのだ。これならばセレティーナにただ天使の様な愛らしさだけではなく、紳士的な部分で自分を男性として売り込む事が出来るかもしれない……。
 これ以降、ユリオプスはセレティーナに過剰に付きまとう事を控え出した。

 しかし、そのアプローチ方法はユリオプスにかなりのストレスを与えた……。
 今までは無邪気なふりをして抱き付いたり、必要以上に手をつないだり、挙句の果てには怖い夢を見たと言ってセレティーナと一緒に寝たりと、幼い事をいい事にやりたい放題でセレティーナを満喫していたユリオプス。
 しかし新しく始めたこのアプローチ法では、それが一切出来ない……。

 そして一度そういう姿を見せてしてしまうと、セレティーナはユリオプスが、少し成長したという目で見てくる様になった。
 しかしそれは、ユリオプスが望んでいた評価ではない……。
 セレティーナが向けてくる眼差しは、子供の成長を喜ぶ母的な物だったのだ。
 これならば幼い愛くるしさを最大限に活用し、セレティーナとたくさんスキンシップが出来た頃の方がマシだ。
 しかし今更、無邪気な幼子の様に甘えるふりをしてセレティーナを堪能出来る訳もなく……ユリオプスは後退してしまった気分になった……。


 そして三年の月日が経った頃、ユリオプスの身長がセレティーナの肩くらいまで成長する。
 この頃になると、ユリオプスはセレティーナと並ぶ事に抵抗を感じていた。
 それはセレティーナが嫌だと言う訳ではなく、ユリオプス自身の身長の低さが目立つ事が不快だったからだ……。
 せめて並んだ時に少し低いくらいの身長差なら、あまり気にしなかったのだが……。
 この頃のユリオプスでは、セレティーナよりも頭一つ分低い身長だった。

 逆に17歳になったセレティーナの方は、ほぼ成長期が終わった様で身長が165cmほどになっており、更にスレンダーな体型だったので、尚更身長が高く見えた。顔立ちも品位を感じさせる優しげで包容力のある落ち着いた雰囲気がある美女となりつつあったので、尚更ユリオプスと並ぶと完全に姉と弟という印象を周囲に与えた。
 それがこの時期のユリオプスの大きなコンプレックスとなっていた。

 そしてこの年のユリオプスの誕生祝いの夜会ほど、この微妙な身長差が悪目立ちした年はなかった……。
 この夜会の開始時にユリオプスは、婚約者であるセレティーナとのダンスの披露をしなければならない。
 恐らく二人のダンスを見た来場者達は、子供らしさが微妙に残るユリオプスの婚約者に選ばれた結婚適齢期目前のセレティーナに同情の目を向ける者が多かった……。
 そしてその後の反応は男女によって別れるが、どちらの反応もユリオプスが許せるものではなかった。

 男性の場合、いずれ王太子であるユリオプスから婚約解消される可能性が高いと思われている為、その優良物件となるセレティーナに狙いを定めるような視線を向けている。逆に女性からは婚約者がいるにも関わらず、他の男性達の目を惹きつけるセレティーナに嫉妬心を燃やすよう視線を浴びせていた。
 その状況を自身の年齢が若過ぎる事が招いていると思うと、ユリオプスは悔しくてたまらなかった……。

 ただこれらの好奇な眼差しに関しての対策は、ユリオプスがどちらの行動を取ってもいい結果は出ない……。
 ユリオプスがセレティーナから離れれば、彼女に言い寄ってくる令息が群がってくる……。
 逆に一緒にいれば、二人のその微妙な身長差で嫉妬の眼差しを向けている令嬢達が、セレティーナの事を嘲笑うかのようにヒソヒソを陰口を叩き出す……。
 セレティーナを守りたいのに守れないもどかしさから、この年の誕生日会はユリオプスにとって苦痛でしかなかった……。

 もうどちらに転んでもセレティーナは誰かしらに絡まれてしまうのなら、少し離れた所で見守り、絡まれ出したらすぐに助けに行く事にしたのだが……。
 そういう時に限って、立場上席を外せないような来賓に捕まってしまう。
 その間にもセレティーナは、4人程の年の近い令嬢に囲まれてしまっていた。
 それに気が付き、すぐにでも助けに行きたい衝動に駆られたユリオプス。
 しかしその時、自身が談笑していた相手は、自国と交易が盛んな領土を持つ隣国の公爵夫妻だった。とてもではないが、その場を離れる事は出来なかったのだ……。

 そんなヤキモキした気持ちでセレティーナを見守る事しか出来なかったユリオプスだが、しばらくすると救世主の様にセレティーナの親友ブローディアが現れる。
 そしてすぐ後にその4人の令嬢達は、逃げる様に二人のもとから去った。
 恐らく、ブローディアが強烈な一言を放って追い返してくれたのだろう……。
 その事にユリオプスは、安堵した。

 しかし、しばらくするとユリオプスの神経を逆撫でする事態が起こる。
 先程セレティーナに絡んでいた令嬢4人が、自分の許にやって来て、やたらとセレティーナを褒め出したのだ……。
 その行動にうんざりしたユリオプスは、リーダー格の令嬢の名前をしっかり覚え、心の中にあるブラックリストに記録した。後に自滅という形で自身の婚約者から婚約破棄を言い渡されたイライザというその令嬢にユリオプスは、持参金目当ての落ちぶれ伯爵との縁談を持ち掛けた。
 その後、彼女がどうなったかは知らないが、幸せな結婚は出来なかっただろう。

 そのようにセレティーナに対して危害を加えてきた人物を陰で密やかに制裁していたユリオプスだが、この時は微妙な身長差を過剰に気にしてしまい、セレティーナと過ごす事を控える事が多くなる。
 しかしこの夜会後、セレティーナの部屋である本を数冊見かけたユリオプスは、愕然とする事になる。
 その本のどれもが『思春期に起こる反抗期』について解説している本だったからだ……。
 その瞬間、それが対自分用の本だと気付いたユリオプスは、身長差によるコンプレックスに対する自尊心をかなぐり捨て、その誤解を解く為に以前の様にセレティーナと交流する時間を再び捻出する事に躍起になる。

 しかし三年後、本当の反抗期がユリオプスにもやって来てしまい、それが後に大いに自分を苦しめる結果を招いてしまうとは、この時のユリオプスは夢にも思っていなかった……。
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