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【我が家の元愛犬】

57.我が家の元愛犬は父親と拳で語り合う

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 母親から7年ぶりに人の姿の状態で抱きしめられたアルスが、切なそうな笑みを浮かべる。

「母上……」
「ああ……。もうこんなに大きくなってしまって、どうしましょう……。アルス、もっと顔をよく見せて頂戴……」

 そう言って、感極まって瞳から涙をこぼす美しい王妃の様子から、今まで犬の姿だったアルスに母親として接する事が出来なかった事が、どんなに辛かったかフィリアナ達にも深く伝わってきた。

「ご心配をお掛けして、申し訳ございませんでした……」
「本当よ! ただでさえこの7年間、あなたの事が心配で仕方なかったのに……。昨日、命を落としかけたという話を聞かされた時、わたくしがどんなに心を痛め、発狂しかけたか、あなたに分かる!? 昔から無茶ばかりする子だったのは、知ってはいたけれど……今後は二度とお母様を悲しませるような行動はしないで頂戴!」

 最後は悲痛な叫びのようになった王妃からの訴えに流石のアルスも母親を酷く悲しませた事に猛反省をしているようだ。いつもの強気で堂々とした態度が身を潜め、悔しそうに唇を噛みながら俯いている。
 そんなアルスに今度は父親である国王リオレスが声をかける。

「アル……。この7年間、私も含め母がどれ程、お前を心配し、心を痛めていたか、分かるか?」
「はい……。本当に申し訳ございませんでした……」

 更に唇を強く噛んだアルスが、項垂れるように視線を床に落とす。
 7年ぶりに本来の姿に戻って帰還し、自分の不甲斐なさに悔しそうにしている息子を今度は慰めるようにルセルティアが、その前髪を優しく梳く。

 そんなアルスは犬の姿でこの城を出た頃とは比べ物にならない程、身長が伸びてしまい、今では王妃よりも背が高くなってしまっている。その状況も7年間、次男の成長を見守る事が出来なかった国王夫妻の辛さを痛感させてくる。
 すると、リオレスも席を立ち、ゆっくりとアルスの元へとやってきた。

「7歳のお前が身を挺し、王太子である兄を庇った事は世間的には称賛に値する行為だった思う……。だがな、それは護衛がする事であって、本来お前が担うべき事ではない。そもそも私達夫妻にとって、お前もセルと同じくらい大切な存在なのだ……。たとえ世間が王太子を優先すべきだと主張しても私達は、それを絶対に認めたくない。私にとってお前達二人は、どちらも欠ける事など許せない事のだから……」
「父上……」

 そんなリオレスの言葉からフィリアナは、登城する度に犬だった頃のアルスを『悪童犬』と呼び、激しい拳骨の攻防を繰り返していた国王が、内心ではアルスの身の安全をかなり心配していたのだろうと察する。
 そしてアルスの方もそんな父親の言葉が心に刺さったのか縋るような視線を向け、涙を溜め出した……ように見えたが、それは全くの見当違いだったという事が、次にアルスが発した言葉で証明される。

「ところで、こちらが早急に身柄を確保するようにお願いしたパルマンをみすみす取り逃したと伺いましたが……父上は一体、何を考えていらっしゃいますか?」

 そのアルスの言葉にリオレスがピクリと片眉を上げる。

「お前は何が言いたい?」
「いえ、特に深い意味はございません。ただ……いつもあれだけ俺に対して『考えなしに行動し過ぎる』と助言してくださる父上にしては、少々迂闊すぎると思いましたので。敢えてパルマンを泳がせる判断をされたのかと思いました」

 しれっとした顔で父親の失態を全力で煽り始めた次男にリオレスが、こめかみ辺りをヒクヒクさせる。

「ほぉ? どうやらこの7年間で、お前は更に性格をひん曲げたらしいな?」
「父上の方は7年間、お変わりなく毎回俺の頭頂部に拳を叩き込む事が多かったですね」
「それは……毎回、お前が後先考えない無茶な行動や振る舞いばかりをしていたからだろう!!」

 そう言って、まだ自身よりも背が低い次男の頭頂部に拳を叩き込もうとしたが、それをアルスが華麗に避ける。

「父上! 7年前と同じ俺とは思わないでください!」
「お前こそ甘いわ!」

 幼少期から犬になった後も毎回くらっていた父の拳骨げんこつを華麗に躱したアルスだが……。勝ち誇った笑みを浮かべた瞬間、リオレスはバサバサの衣装を身に纏っているとは思えない程の素早い身のこなしで、アルスに足払いをかけ地面に転がし、再びその頭頂部に見事な拳骨を叩き込んだ。

「…………っ!」
「全く、人が真面目な話をしているというのに……。お前はどうして、そう空気が読めないのだ!」
「…………辛気臭いのは、あまり好きではないので」

 違う意味で涙目になったアルスがボソリと呟くと、リオレスが盛大にため息をつく。そんな久しぶりに見た父親と弟の交流に苦笑しながら、セルクレイスが本来の目的である今後についての話し合いを始めようと場を仕切り直す。

「父上、久しぶりにアルスと親子の交流が出来る状況を楽しまれたいお気持ちは分かりますが、そろそろ本題に入って頂けませんか?」
「楽しんでなどいない!!」
「はいはい。そうですね。では、さっさと本題に入らせて頂きますよ? 現状パルマンが逃走しているとの事ですが……少し前に私から提案させて頂いたパルマンの聖魔獣から、その潜伏場所を割り出す方法は、すでに行っておりますか?」

 すると、何故かリオレスが押し黙る。
 そんな父親の反応にすかさずアルスが押し黙った理由を追求する。

「父上……まさかあの黒猫も取り逃したのですか!?」
「違う! しっかりと捕えておるわ!」
「では何故、気まずそうに黙りこくったのです?」
「それは……」

 何故かモゴモゴとしながら近況報告をしない夫に代わり、王妃ルセルティアが両眉を下げながら苦笑気味にその真相を語る。

「実はね、あなた達が来るまでにパルマンの潜伏場所を黒猫ちゃんから引き出そうと陛下が張り切りすぎたら、黒猫ちゃんがブライアスの圧に耐えかねて、恐怖で一歩も動けなくなってしまったの……」

 その母からの話にセルクレイスとアルスが呆れるように盛大なため息をつく。
 対してフィリアナ達は『やはりアルスの父親だ……』と何故か納得してしまった。
 すると、国王がやや不貞腐れたような様子でボソリと呟く。

「お前達が戻る前に早くパルマンの居場所を把握しておこうと思ったのだ……」
「父上……」
「何をなさっているのですか……」

 息子二人から憐れむような目を向けられたリオレスが、ますます居心地が悪そうに眉間の皺を深める。すると、ずっと後ろで控えていたフィリックスがコホンと咳払いをし、アルスに話しかける。

「アルフレイス殿下、本日レイも登城しておりますか?」
「ああ。先程、馬車を降りた際にシークに預けて来たので、今は兄上のシルに遊んで貰っていると思うが……それがどうしたんだ?」
「実は今回、レイにパルマン殿の聖魔獣に居場所の案内を働きかけて頂きたいのですが」
「兄上のシルではダメなのか?」
「恐らくセルクレイス殿下の聖魔獣でもあの黒猫は、怯えてしまうかと……」
「父上は、一体どれほどの強烈な圧をかけるようブライに指示されたのです?」
「そこまで強烈な圧を指示した訳ではない……。そもそもパルマンの聖魔獣が臆病過ぎるのだ!」
「父上基準でのお考えだと、この世の全ての生き物が臆病な性格になりますよ?」
「アル……。お前、一体誰からその減らず口を学び取った……」
「ロアです」
「なっ……!」

 急に責任転嫁されたロアルドが、唖然としながら口をパカンと開く。
 そんな兄にフィリアナが憐憫の眼差しを向けていると、またしても話が脱線しかけている状況を察したセルクレイスが、再び場を仕切り直す。

「ようするにブライとシルでは、強すぎる魔力でパルマンの聖魔獣にかなりプレッシャーを与え過ぎてしまうので、魔力がそれなりに高く、人懐っこいレイにその黒猫を宥めさせ、居場所を引き出させたい……という事でいいか? フィリックス」
「はい。その方がパルマン殿の捜索に国王陛下や王太子殿下が出向かずとも済みますし」

 フィリックスに何食わぬ顔で雑に扱われたアルスが、ピクリと片眉をあげ反応する。

「待て。それは俺なら兄上と違い、使い走りにしやすいという事か!?」
「どうやらアルフレイス殿下は、被害妄想が激しようですねー。ご安心ください。息子のロアルドも同行させますので」
「フィーも一緒でないと嫌だ!」
「…………」

 捜索に協力する代わりに娘を要求されたフィリックスが、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「殿下は娘を敢えて危険な場所に連れ回したいのですか?」
「何を言っている? フィーにとって一番安全な場所は俺の隣だぞ?」
「どの口がそのような事を? 昨日まで7年間も犬として生活されていた上に現状は、送り狼になる可能性が高い殿下の隣が安全とは、とても思えませんが?」
「確かに昨日までの俺は犬の姿だった為、動きは制限され、魔法も封じられていたが……。現状は魔法も使えるようになったし、物理攻撃も可能だ。そもそも魔法が使えるのであれば、俺は最強だぞ?」
「殿下……。闇属性魔法は光属性魔法以外の属性魔法の干渉は、一切受けないという事をお忘れではないですか?」
「その時は物理攻撃でぶっ飛ばす!」
「…………」

 狂犬王子と呼ばれていたアスルの中身が、現在もあまり変わっていない事にフィリックスが残念な子供を見るような目を向ける。そして何とか暴走を止めてもらおうと、国王リオレスにチラリと視線を向けるが……巻き込まれたくなかったのか、リオレスはフッと目を逸らした。
 そんな無駄なやり取りを呆れながら見ていたロアルドとフィリアナが、父親をせっつくように話を進め始める。

「それで父上、問題のパルマン殿の聖魔獣は今どこに?」
「お父様! 早くレイに居場所を引き出して貰わないと遠くに逃げられてしまうわ!」
「あ、ああ。そうだな。今からその黒猫のところへ案内する」

 すっかりアルスにペースを乱されてしまっている大人達が、フィリックスを筆頭に慌てて本来の目的の為に動き出す。

「リオレス陛下、この件はアルフレイス殿下と、うちの子供達に一任して頂いても?」
「ああ。それが一番、効率が良さそうだな。ただし、アルスはしばらくラテール家の魔導士の格好でいるように! 恐らく刺客側はお前が死んだと思っている可能性があるからな。しばらくは、その状況を利用したい」
「分かりました。フィリックス、問題の黒猫の部屋に案内してくれ」
「かしこまりました。それではリオレス陛下、ルセルティア王妃殿下、パルマン殿の捜索の為、失礼いたします」

 フィリアナとロアルドも父親と共に退室の挨拶をすると、さっさと部屋を出て行くアルスの後ろに慌てて続く。尚、セルクレイスは室内に残り、今後の対策や、パルマンが犯人でなかった場合などについて、リオレス達と話し合うらしい。

 その為、父フィリックスと騎士団長のマルコムが三人を案内してくれている。どうやら、今はパルマンの部屋に向かっているようだ。すると、途中から合流してきたシークにアルスが、レイを連れてくるように指示を出す。
 そんなシークの後ろ姿を見ながら、フィリアナがボソリと不安をこぼした。

「レイで大丈夫かな……」
「大丈夫だ。あいつは昔から人懐っこい事もあって、他の聖魔獣ともすぐに馴染める。父上が追い込んでしまった黒猫も心を開いてくれるはずだ」

 自分の聖魔獣なら上手くやれるはずだと、何故か勝ち誇ったように宣言するアルスにロアルドとフィリアナが顔を見合わせた後に苦笑する。どうやらアルスにとって国王リオレスは、父親である前に自身の好敵手ライバルという存在のようだ。
 その二人の関係に微笑ましさを感じながら父達の後に続いていると、ある部屋の前でフィリックスがピタリと足を止めた。そして神妙な顔つきで振り返る。

「いいか、二人とも。中はかなり凄い事になっているから心して入ってくれ……。殿下も浅はかな好奇心で室内の物にやたらとお手を触れるのは、極力お控えくださいね。でないと、また犬の姿に逆戻りしてしまうような呪いを受けるかもしれませんよ?」
「俺はもう子供じゃない!! そんな迂闊な行動をするわけないだろう!?」

 やや厳しめに釘を刺されたアルスが、不貞腐れながらフィリックスを押し除け、真っ先に部屋に入ろうと扉を開ける。だが何故かアルスは、そのままピタリと動きを止めてしまった。

「何だ……この部屋……。足の踏み場も無いじゃないか!!」

 アルスの怒りの叫びにロアルドとフィリアナもその背後から室内を覗き込み、唖然とする。その部屋は、床に大量の魔法関連の本や書類が散乱し、本当に足の踏み場が無い状態だったのだ。

 そんな大惨状な室内だが、何故か窓際にある棚の上に乗っている籠周辺だけ、やけに物がなくスッキリとしていた。その事に気づいたアルスが散乱物をかき分け、その場所までズイズイと向かう。

 すると、籠の中から立派な魔法石が施された首輪を付けた美人顔の黒猫が、ひょっこりと顔を覗かせる。そして大きく吊り上がった金の瞳で、こちらを警戒するようにじっと見つめてきた。
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