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【我が家の番犬】
41.我が家の番犬は連行される
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「ぎゃぁぁぁぁぁー!!」
「うわぁぁぁぁぁー!!」
アルスから見事な頭突きを脇腹にクリーンヒットされたオリヴィアは、ロアルドの登場に気を取られていた事もあり、盛大によろけて地面に倒れ込んだ。
その状況にフィリアナは淑女とは思えないような叫び声をあげながら、アルスを地面に押さえつけ、またロアルドは慌ててオリヴィアに駆け寄った。
「た、大変申し訳ございません!! オリヴィア様、お怪我はございませんか!?」
駆け寄ると同時に膝をついて手を差し出して来たロアルドにオリヴィアが、分かりやすいくらいに固まる。そんな反応をされたロアルドは更に焦り出してしまい、思わずオリヴィアの顔を覗き込む。
「あの……もしや足をくじかれたりしたのでは……?」
かなり深刻そうな表情で心配してきたロアルドにオリヴィアは、大事にならないよう慌てて否定する。
「い、いえ! その……少し気を抜いていたところに体当たりをされたので、派手に転倒したように見えただけです。ご心配には及びません!」
「それは良かった……。ですが、大変失礼いたしました。アルスは我が家で大分、甘やかしてしまったので……躾があまりなっておらず、本当に申し訳ございません……」
「そ、そんな事ございません! 昔に比べたら、かなり分別があるようにはなっていたので、わたくし驚いてしまいましたもの!」
そう言いつつも、未だにフィリアナによって地面に抑え込まれているアルスに目を向けると、グルグルと喉を鳴らしてやる気満々の態度を見せているアルスにオリヴィアは、挑戦を受けるようにギッと睨みつける。
だが、そんなバチバチと火花を散らす妹の様子を静観していた兄クリストファーは、盛大にため息をついた。
「ヴィア……。いくらアルスと犬猿の仲だとはいえ、今回のように魔法でやり合う事は公爵令嬢として問題があると思うのだけれど?」
すると、オリヴィアがビクンと体を強張らせた後、やや拗ねるように視線を地面に落とす。そんなオリヴィアの手をロアルドがそっと取り、ゆっくりと立たせた。
「クリス様、今回も恐らくアルスの方に非があるかと思います。ですので、オリヴィア様を責められるのは……」
「いいや。今回は確実にヴィアの方が悪かったと思うよ? そもそも、妹は昔からアルスと折り合いが悪くてね……。アルスがリートフラム城で生活していた頃、二人でセルク兄様の取り合いでしょっちゅう喧嘩をしていたんだ。だから今でも不仲なままだとは認識していたけれど。まさか魔法まで使ってやり合うとは思ってもみなかったよ……。ヴィア、昨日アルスは魔法が使えなくなったって僕は伝えたよね? それなのにヴィアだけ一方的に魔法で攻撃するのは、どうかと思うよ?」
説教だけでなく、ロアルドの前でやや気性が荒い部分を兄に暴露されたオリヴィアが、恥ずかしさで顔を赤らめて俯いてしまう。そんな妹に呆れ気味なクリストファーが、珍しく厳しめな口調で言い放つ。
「ヴィア、今すぐ部屋に戻りなさい」
その瞬間、ビクリと肩を強張らせたオリヴィアがロアルドに手を取られたまま、絶望的な表情で自身の兄を見上げた。
「で、でも! これからフィリアナ様にお庭の案内を……」
「この状況で庭の案内なんか任せられないよ……。どうせまたヴィアは、アルスと揉めるだろう?」
「そ、そんな事は!!」
「そもそもお客様のお連れに対して、こんな攻撃的な態度を取った事に全く反省をしていない状態を僕が見過ごすとでも思っているのかい?」
「………………」
「ヴィア。自室に戻って、少しは反省しなさい」
そう言い切られたオリヴィアは、やや涙目になりながら何故か名残惜しそうな眼差しをロアルドに向けた後、取られていた手をそっと外した。そしてその後にチラリとフィリアナを見て、謝罪の意味をこめるような会釈をし、トボトボと公爵邸の方へと歩き出す。
しかし、そんなオリヴィアをフィリアナが、慌てて引き留めた。
「お、お待ちください! あの……わたくし、オリヴィア様よりお庭のご案内をして頂ける事を楽しみにしていたのですが!」
そんなフィリアナの訴えにクリストファーが、困惑するような反応を見せる。
「えっと……それならば今から僕が案内しようか?」
「いえ。是非オリヴィア様にご案内して頂きたいのです!」
そう主張し始めたフィリアナにクリストファーが、更に怪訝そうな表情を深める。だが、フィリアナはどうしてもオリヴィアと二人きりで話がしたかった。何故なら先程からオリヴィアの兄に対する過剰反応が気になって仕方がなかったからだ。
現状、兄に好意を寄せている令嬢達が多い事は認識しているフィリアナだが、その中で自分よりも年下の令嬢というパターンが初めてだったのだ。しかもオリヴィアは、まだ幼さが残るとはいえ公爵令嬢である。そんな爵位の高い相手から婚約の打診をされてしまえば、兄がそれを断る事は難しい。
その事を懸念し、フィリアナはオリヴィアに探りを入れたかったのだ。
「折角、オリヴィア様と親睦を深められる機会を得られたのに……本日このままお別れになってしまうのは、とても心苦しいです……」
「でもこのまま庭を周ったら、また妹とアルスが喧嘩を始めてしまうかもしれないよ?」
「ご心配には及びません。オリヴィア様よりお庭をご案内頂いている間は、アルスを兄に預けますので!」
フィリアナがそう宣言すると、アルスはビクンと雷に打たれたような反応を見せた後、猛抗議するようにバウバウと激しく吠え始めた。
しかし、フィリアナはそんなアルスを厳しく窘める。
「アルス! 私、アルスが三回もオリヴィア様に頭突きをした事、物凄く怒っているのだからね! しかもその内の二回は、明らかに不意をついた卑怯なタイミングでやったでしょう! ただでさえ女性に乱暴な事をするだけでも問題なのに……そんな卑怯な攻撃の仕方をするなんて絶対にダメなんだから!!」
「クーン! クーン!」
「そんな悲しそうな鳴き声を出してもダメ! 今回は大人しく反省しながら、兄様と一緒に待ってなさい!!」
「クーン……」
フィリアナから厳しい叱責を受けたアルスは、耳と尻尾をペタンとさせながら、すり寄ろうとしてきた。それをフィリアナは、バッと両手を前に出して拒む。
「兄様! アルスの事をお願い!」
珍しく毅然とした態度でお説教モードに入った妹に苦笑しながら、ロアルドは後ろからアルスを無理矢理羽交い絞めにする。
「バウッ!! バウッバウッバウッ!!」
「アルス、いいのか~? これ以上フィーを怒らせると、今夜一緒に寝て貰えなくなるぞ~?」
そのロアルドの言葉を耳にしたアルスはピタリと暴れるのをやめ、耳と尻尾をだらりとさせながら項垂れる。すると、何故か驚いた様子のクリストファーが、引きつった笑みを浮かべながらロアルドにある事を確認してきた。
「ロア……。その、アルスは普段フィリアナ嬢と一緒の寝台で寝ているのかい?」
「そうですね。でも少し前までは、妹もアルスもそれぞれの自室の寝台で寝ておりましたよ? ですが、アルスが魔法を封じられてからはフィーが不安がって……。ここ最近は、アルスの部屋にある寝台で一緒に眠っているようですが……それが何か?」
何故かクリストファーがその事で驚いている事に疑問を感じたロアルドが、怪訝そうな表情を浮かべる。だがよく見ると、妹のオリヴィアも兄クリストファーと同じような唖然とした表情を浮かべていた。
そのルケルハイト公爵家兄妹の反応にラテール家兄妹は互いに顔を見合わせた後、不思議そうに首を傾げる。だが、もしかしたら貴族令嬢としては、かなりはしたない振る舞いと感じられたかもしれないと懸念したフィリアナが、恐る恐る探りを入れる。
「あの……アルスと一緒に眠る事に何か問題でもございましたか?」
「い、いや。特に問題はないよ! そうだよね! フィリアナ嬢は、アルスの事をとても可愛がっているのだから、一緒に眠ったりもするよね!?」
「まぁ……そうですね。アルスは抱き心地がいいので」
「へ、へぇ~。アルスって抱き心地がいいんだ? 確かにアルスはホワホワした毛並みだから、抱きしめると気持ちよさそうだものね! いや、本当に気にしないで! その……僕らはペットを飼った事がないから、動物と一緒に寝台を共にするという感覚が珍しくて、それで驚いただけだから!」
「はぁ……」
何故か分からないが、必死で誤魔化すような言動をするクリストファーにフィリアナとロアルドが、またしても首を傾げる。だが、ふとオリヴィアに視線を向けると、何故か蔑むような視線をアルスに向けていた。そんな視線を送られているアルスだが、先程からロアルドの拘束から逃れようと、必死で暴れている。
「バウッバウッバウッ!!」
「こら! ダメだって! お前が一緒に行ったら、また問題を起こすだろう!? お前は僕達と一緒に今後の身の守り方についての話し合いに強制参加だ!」
「クーン! クーン!」
「そんな情に訴える鳴き方をしても僕は、フィーとは違って絆されたりはしないからな!」
「ウゥー……バウッバウッ!」
「ああーもう! 諦めて大人しくしろよ!」
「クーン……」
後ろから羽交い絞めにされるような形でロアルドに抱きかかえられたアルスが、フィリアナに向って悲しそうな声をあげながらズルズルと公爵邸へと連行されて行く。その様子をフィリアナが苦笑を浮かべながら見送っていると、急にオリヴィアに手を掴まれた。
「さあ、フィリアナ様! 邪魔者も消えましたので、お庭をご案内いたしますわ!」
そう言って気合の入った表情を向けてきたオリヴィアは、そのままフィリアナの手を引っ張りながら、ズンズンと自慢だという公爵邸の庭園に入っていく。そんな妹にクリストファーが「あまりフィリアナ嬢を困らせないようにね」と釘を刺す。
その前には、足を地面に引きずって抵抗しているアルスを無理矢理羽交締めにして連行しているロアルドの姿があり、捕縛されているアルスは「クーン! クーン!」と切ない鳴き声をあげながら、フィリアナに訴えかけていた。
その状況に後ろ髪を引かれる思いでフィリアナが何度も振り返っていると、再びオリヴィアにグイっと手を引っ張られ、庭園内へと促される。
そんな目の前をズンズンと歩く愛らしい美少女は、一つ年下と言ってもかなり小柄な様で、フィリアナよりも頭一つ分ほど背が低く、それが一層オリヴィアの愛らしさを引き立てていた。だが、その天使のような銀髪をフワフワさせている美少女は、見た目に反して、かなり手厳しい事を心配して愛犬を振り返っているフィリアナに言い放つ。
「フィリアナ様、アルスの事はお気になさる必要はございません! あれは演技です! どうせ、お邸に連行されれば、手のひらを返したようにお兄様達に反抗的な態度をとって、暴れるのが目に見えております!」
そのオリヴィアの言い分に思わずフィリアナが深く同意しそうになる。
どうやらオリヴィアは、フィリアナ達がアルスと出会う前からアルスの気質を知っていたようだ。そこまでオリヴィアがアルスに詳しいという状況は、幼少期からその飼い主でもあるアルフレイスと頻繁に交流があったのだろう。その状況から、オリヴィアは大分前からリートフラム王家より、第二王子の最有力婚約者候補として見られていた可能性が高い。
だからこそ、フィリアナは気になってしまったのだ。
明らかに兄ロアルドに気がある素振りを見せているオリヴィアが何故、自分と第二王子の仲を過剰に気にしているのだろうかと……。
そんな考えを抱いていたフィリアナは、ズンズンと手を引きながら庭園内を突き進むオリヴィアに思い切って、その事を確認してみる。
「あの、オリヴィア様。大変不躾な質問をしてしまうのですが……先程のやり取りから、オリヴィア様は我が兄ロアルドについての情報を欲しているように感じたのですが……」
そのフィリアナの問いかけにオリヴィアが一瞬だけ肩を強張らせた後、ピタリと足を止めた。
「それなのに何故、わたくしとアルフレイス殿下の仲を過剰に気にされるのですか?」
すると、くるりとフィリアナの方に向き直ったオリヴィアが勢いよく両手を掴み、ジッと瞳を見据えてきた。そんな目力が強い銀髪美少女の気迫に一瞬だけフィリアナが怯む。
「実は……フィリアナ様に殿下の件で折り入ってお願いしたい事がございます!」
神妙な顔つきの美少女にズイっと迫られたフィリアナは、その気迫に思わず一歩後退ってしまった……。
「うわぁぁぁぁぁー!!」
アルスから見事な頭突きを脇腹にクリーンヒットされたオリヴィアは、ロアルドの登場に気を取られていた事もあり、盛大によろけて地面に倒れ込んだ。
その状況にフィリアナは淑女とは思えないような叫び声をあげながら、アルスを地面に押さえつけ、またロアルドは慌ててオリヴィアに駆け寄った。
「た、大変申し訳ございません!! オリヴィア様、お怪我はございませんか!?」
駆け寄ると同時に膝をついて手を差し出して来たロアルドにオリヴィアが、分かりやすいくらいに固まる。そんな反応をされたロアルドは更に焦り出してしまい、思わずオリヴィアの顔を覗き込む。
「あの……もしや足をくじかれたりしたのでは……?」
かなり深刻そうな表情で心配してきたロアルドにオリヴィアは、大事にならないよう慌てて否定する。
「い、いえ! その……少し気を抜いていたところに体当たりをされたので、派手に転倒したように見えただけです。ご心配には及びません!」
「それは良かった……。ですが、大変失礼いたしました。アルスは我が家で大分、甘やかしてしまったので……躾があまりなっておらず、本当に申し訳ございません……」
「そ、そんな事ございません! 昔に比べたら、かなり分別があるようにはなっていたので、わたくし驚いてしまいましたもの!」
そう言いつつも、未だにフィリアナによって地面に抑え込まれているアルスに目を向けると、グルグルと喉を鳴らしてやる気満々の態度を見せているアルスにオリヴィアは、挑戦を受けるようにギッと睨みつける。
だが、そんなバチバチと火花を散らす妹の様子を静観していた兄クリストファーは、盛大にため息をついた。
「ヴィア……。いくらアルスと犬猿の仲だとはいえ、今回のように魔法でやり合う事は公爵令嬢として問題があると思うのだけれど?」
すると、オリヴィアがビクンと体を強張らせた後、やや拗ねるように視線を地面に落とす。そんなオリヴィアの手をロアルドがそっと取り、ゆっくりと立たせた。
「クリス様、今回も恐らくアルスの方に非があるかと思います。ですので、オリヴィア様を責められるのは……」
「いいや。今回は確実にヴィアの方が悪かったと思うよ? そもそも、妹は昔からアルスと折り合いが悪くてね……。アルスがリートフラム城で生活していた頃、二人でセルク兄様の取り合いでしょっちゅう喧嘩をしていたんだ。だから今でも不仲なままだとは認識していたけれど。まさか魔法まで使ってやり合うとは思ってもみなかったよ……。ヴィア、昨日アルスは魔法が使えなくなったって僕は伝えたよね? それなのにヴィアだけ一方的に魔法で攻撃するのは、どうかと思うよ?」
説教だけでなく、ロアルドの前でやや気性が荒い部分を兄に暴露されたオリヴィアが、恥ずかしさで顔を赤らめて俯いてしまう。そんな妹に呆れ気味なクリストファーが、珍しく厳しめな口調で言い放つ。
「ヴィア、今すぐ部屋に戻りなさい」
その瞬間、ビクリと肩を強張らせたオリヴィアがロアルドに手を取られたまま、絶望的な表情で自身の兄を見上げた。
「で、でも! これからフィリアナ様にお庭の案内を……」
「この状況で庭の案内なんか任せられないよ……。どうせまたヴィアは、アルスと揉めるだろう?」
「そ、そんな事は!!」
「そもそもお客様のお連れに対して、こんな攻撃的な態度を取った事に全く反省をしていない状態を僕が見過ごすとでも思っているのかい?」
「………………」
「ヴィア。自室に戻って、少しは反省しなさい」
そう言い切られたオリヴィアは、やや涙目になりながら何故か名残惜しそうな眼差しをロアルドに向けた後、取られていた手をそっと外した。そしてその後にチラリとフィリアナを見て、謝罪の意味をこめるような会釈をし、トボトボと公爵邸の方へと歩き出す。
しかし、そんなオリヴィアをフィリアナが、慌てて引き留めた。
「お、お待ちください! あの……わたくし、オリヴィア様よりお庭のご案内をして頂ける事を楽しみにしていたのですが!」
そんなフィリアナの訴えにクリストファーが、困惑するような反応を見せる。
「えっと……それならば今から僕が案内しようか?」
「いえ。是非オリヴィア様にご案内して頂きたいのです!」
そう主張し始めたフィリアナにクリストファーが、更に怪訝そうな表情を深める。だが、フィリアナはどうしてもオリヴィアと二人きりで話がしたかった。何故なら先程からオリヴィアの兄に対する過剰反応が気になって仕方がなかったからだ。
現状、兄に好意を寄せている令嬢達が多い事は認識しているフィリアナだが、その中で自分よりも年下の令嬢というパターンが初めてだったのだ。しかもオリヴィアは、まだ幼さが残るとはいえ公爵令嬢である。そんな爵位の高い相手から婚約の打診をされてしまえば、兄がそれを断る事は難しい。
その事を懸念し、フィリアナはオリヴィアに探りを入れたかったのだ。
「折角、オリヴィア様と親睦を深められる機会を得られたのに……本日このままお別れになってしまうのは、とても心苦しいです……」
「でもこのまま庭を周ったら、また妹とアルスが喧嘩を始めてしまうかもしれないよ?」
「ご心配には及びません。オリヴィア様よりお庭をご案内頂いている間は、アルスを兄に預けますので!」
フィリアナがそう宣言すると、アルスはビクンと雷に打たれたような反応を見せた後、猛抗議するようにバウバウと激しく吠え始めた。
しかし、フィリアナはそんなアルスを厳しく窘める。
「アルス! 私、アルスが三回もオリヴィア様に頭突きをした事、物凄く怒っているのだからね! しかもその内の二回は、明らかに不意をついた卑怯なタイミングでやったでしょう! ただでさえ女性に乱暴な事をするだけでも問題なのに……そんな卑怯な攻撃の仕方をするなんて絶対にダメなんだから!!」
「クーン! クーン!」
「そんな悲しそうな鳴き声を出してもダメ! 今回は大人しく反省しながら、兄様と一緒に待ってなさい!!」
「クーン……」
フィリアナから厳しい叱責を受けたアルスは、耳と尻尾をペタンとさせながら、すり寄ろうとしてきた。それをフィリアナは、バッと両手を前に出して拒む。
「兄様! アルスの事をお願い!」
珍しく毅然とした態度でお説教モードに入った妹に苦笑しながら、ロアルドは後ろからアルスを無理矢理羽交い絞めにする。
「バウッ!! バウッバウッバウッ!!」
「アルス、いいのか~? これ以上フィーを怒らせると、今夜一緒に寝て貰えなくなるぞ~?」
そのロアルドの言葉を耳にしたアルスはピタリと暴れるのをやめ、耳と尻尾をだらりとさせながら項垂れる。すると、何故か驚いた様子のクリストファーが、引きつった笑みを浮かべながらロアルドにある事を確認してきた。
「ロア……。その、アルスは普段フィリアナ嬢と一緒の寝台で寝ているのかい?」
「そうですね。でも少し前までは、妹もアルスもそれぞれの自室の寝台で寝ておりましたよ? ですが、アルスが魔法を封じられてからはフィーが不安がって……。ここ最近は、アルスの部屋にある寝台で一緒に眠っているようですが……それが何か?」
何故かクリストファーがその事で驚いている事に疑問を感じたロアルドが、怪訝そうな表情を浮かべる。だがよく見ると、妹のオリヴィアも兄クリストファーと同じような唖然とした表情を浮かべていた。
そのルケルハイト公爵家兄妹の反応にラテール家兄妹は互いに顔を見合わせた後、不思議そうに首を傾げる。だが、もしかしたら貴族令嬢としては、かなりはしたない振る舞いと感じられたかもしれないと懸念したフィリアナが、恐る恐る探りを入れる。
「あの……アルスと一緒に眠る事に何か問題でもございましたか?」
「い、いや。特に問題はないよ! そうだよね! フィリアナ嬢は、アルスの事をとても可愛がっているのだから、一緒に眠ったりもするよね!?」
「まぁ……そうですね。アルスは抱き心地がいいので」
「へ、へぇ~。アルスって抱き心地がいいんだ? 確かにアルスはホワホワした毛並みだから、抱きしめると気持ちよさそうだものね! いや、本当に気にしないで! その……僕らはペットを飼った事がないから、動物と一緒に寝台を共にするという感覚が珍しくて、それで驚いただけだから!」
「はぁ……」
何故か分からないが、必死で誤魔化すような言動をするクリストファーにフィリアナとロアルドが、またしても首を傾げる。だが、ふとオリヴィアに視線を向けると、何故か蔑むような視線をアルスに向けていた。そんな視線を送られているアルスだが、先程からロアルドの拘束から逃れようと、必死で暴れている。
「バウッバウッバウッ!!」
「こら! ダメだって! お前が一緒に行ったら、また問題を起こすだろう!? お前は僕達と一緒に今後の身の守り方についての話し合いに強制参加だ!」
「クーン! クーン!」
「そんな情に訴える鳴き方をしても僕は、フィーとは違って絆されたりはしないからな!」
「ウゥー……バウッバウッ!」
「ああーもう! 諦めて大人しくしろよ!」
「クーン……」
後ろから羽交い絞めにされるような形でロアルドに抱きかかえられたアルスが、フィリアナに向って悲しそうな声をあげながらズルズルと公爵邸へと連行されて行く。その様子をフィリアナが苦笑を浮かべながら見送っていると、急にオリヴィアに手を掴まれた。
「さあ、フィリアナ様! 邪魔者も消えましたので、お庭をご案内いたしますわ!」
そう言って気合の入った表情を向けてきたオリヴィアは、そのままフィリアナの手を引っ張りながら、ズンズンと自慢だという公爵邸の庭園に入っていく。そんな妹にクリストファーが「あまりフィリアナ嬢を困らせないようにね」と釘を刺す。
その前には、足を地面に引きずって抵抗しているアルスを無理矢理羽交締めにして連行しているロアルドの姿があり、捕縛されているアルスは「クーン! クーン!」と切ない鳴き声をあげながら、フィリアナに訴えかけていた。
その状況に後ろ髪を引かれる思いでフィリアナが何度も振り返っていると、再びオリヴィアにグイっと手を引っ張られ、庭園内へと促される。
そんな目の前をズンズンと歩く愛らしい美少女は、一つ年下と言ってもかなり小柄な様で、フィリアナよりも頭一つ分ほど背が低く、それが一層オリヴィアの愛らしさを引き立てていた。だが、その天使のような銀髪をフワフワさせている美少女は、見た目に反して、かなり手厳しい事を心配して愛犬を振り返っているフィリアナに言い放つ。
「フィリアナ様、アルスの事はお気になさる必要はございません! あれは演技です! どうせ、お邸に連行されれば、手のひらを返したようにお兄様達に反抗的な態度をとって、暴れるのが目に見えております!」
そのオリヴィアの言い分に思わずフィリアナが深く同意しそうになる。
どうやらオリヴィアは、フィリアナ達がアルスと出会う前からアルスの気質を知っていたようだ。そこまでオリヴィアがアルスに詳しいという状況は、幼少期からその飼い主でもあるアルフレイスと頻繁に交流があったのだろう。その状況から、オリヴィアは大分前からリートフラム王家より、第二王子の最有力婚約者候補として見られていた可能性が高い。
だからこそ、フィリアナは気になってしまったのだ。
明らかに兄ロアルドに気がある素振りを見せているオリヴィアが何故、自分と第二王子の仲を過剰に気にしているのだろうかと……。
そんな考えを抱いていたフィリアナは、ズンズンと手を引きながら庭園内を突き進むオリヴィアに思い切って、その事を確認してみる。
「あの、オリヴィア様。大変不躾な質問をしてしまうのですが……先程のやり取りから、オリヴィア様は我が兄ロアルドについての情報を欲しているように感じたのですが……」
そのフィリアナの問いかけにオリヴィアが一瞬だけ肩を強張らせた後、ピタリと足を止めた。
「それなのに何故、わたくしとアルフレイス殿下の仲を過剰に気にされるのですか?」
すると、くるりとフィリアナの方に向き直ったオリヴィアが勢いよく両手を掴み、ジッと瞳を見据えてきた。そんな目力が強い銀髪美少女の気迫に一瞬だけフィリアナが怯む。
「実は……フィリアナ様に殿下の件で折り入ってお願いしたい事がございます!」
神妙な顔つきの美少女にズイっと迫られたフィリアナは、その気迫に思わず一歩後退ってしまった……。
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