我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助

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【我が家の番犬】

32.我が家の番犬は公爵令息も嫌っている

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 王族専用のプライベートガーデンにて、異様な雰囲気をまとった上級の大型魔獣8体の襲撃を第二王子が受けたという状況に城内は騒然となる。

 しかし襲撃を受けたアルフレイスは「最近は日常的な事だから……」と、力無い笑みを浮かべていた。
 むしろ今回、フィリアナ達を巻き込んでしまった事に責任を感じているようで、謝罪までされてしまう。そんなアルフレイスを取り巻く環境にフィリアナは、やや同情的になってしまった。

 すると、すぐに調子を取り戻したアルフレイスが「もし僕に同情してくれるのであれば、先程のドレスを贈らせて貰う件を承諾してくれると、少しは元気が出るんだけどなー」と、念をおされるように催促されてしまった為、フィリアナはその要望を受け入れるしかなかった……。

 そんなフィリアナは、顔と全身がすすまみれになってしまった為、城内の一室で湯浴みと着替えを用意してもらい、今では令嬢らしい姿を取り戻していた。
 すると突然扉がノックされ、セルクレイスの婚約者でもあるルゼリアが勢いよく入室してくる。

「フィー! 怪我は!?」
「ルゼリアお姉様、ご心配お掛けして申し訳ありません。ですが、この通り! フィーは無事でございます!」
「良かった……。あなた逹が、魔獣に襲われたと聞いたから、思わず加勢しようと剣を掴んで部屋を飛び出そうとして……。セルに止められる程、心配したのよ?」

 そう言って苦笑するルゼリアにフィリアナは、やや引きつった笑みを返す。
 国内最強とも言われている騎士団を持つアークレイス辺境伯の令嬢でもあるルゼリアは、凶悪な魔獣が出没する領地の生まれでもある為、魔獣討伐には慣れているだけでなく、火属性魔法剣のかなりの使い手だ。

 もし先程の襲撃された場にルゼリアが援護に駆けつけていたら、魔獣達は一掃されてはいたが、同時に未来の王太子妃の返り血まみれな姿を多くの者達が目にする事になっていただろう……。
 勇ましく駆けつけようとした自身の婚約者を引き止めた王太子セルクレイスの一瞬の判断力は、流石である。

 しかしフィリアナは、ある事に気付く。
 先程からルゼリアはフィリアナの事は心配しているが、第二王子であるアルフレイスに関しては、特に口にしていない事に。その状況に違和感を覚えたフィリアナは、思い切ってルゼリアに聞いてみる。

「あの……恐らく今回は、アルフレイス殿下のお命を狙った襲撃になるかと思うのですが……」
「そうでしょうね。でもアルであれば、魔法攻撃で魔獣達を一掃してしまったのではないかしら?」

 そう言ってルゼリアは、何故か茶目っ気のあるような口調で、フィリアナの抱いた違和感部分の答えとも言える返しをしてきた。確かに現在のアルフレイスの実力であれば、魔獣に襲われても余裕で対処出来るだろう。しかし、だからと言ってこんなにも簡単に魔獣が襲撃してくる状況にアルフレイスだけでなく、ルゼリアも慣れきっているのは、かなり違和感がある。

 そもそもこの城は、王太子セルクレイスの光属性魔法による結界が張られている為、魔獣が侵入してくるなど、まずあり得ないのだ。それと同じ不可解なのが、先程の濃紺の禍々しいモヤのようなものをまとった魔獣達の状態だ。まるで何者かに操られているようにアルフレイスに襲いかかってきた状況は、明らかに普通の魔獣ではなかった。

 その事について、ルゼリアから詳しい話を聞こうとフィリアナが口を開きかけると、またしても部屋の扉がノックされ、着替えを手伝ってくれた侍女が対応する。すると、今度は同じく着替えを済ませた兄ロアルドが部屋に入ってきた。

「フィー、着替え終わったか?」

 そう妹に声をかけたロアルドだが、すぐにルゼリアの存在に気づき、丁寧に礼をとる。

「これはルゼリア様。お久しぶりでございます」
「お久しぶりです、ロアルド様。フィーと共に大変な目に遭われたと伺っております。また城内に現れた凶悪な魔獣の撃退にもご協力頂いた事も。アル……アルフレイス殿下をお守りくださって、ありがとうございます」
「いえいえ。僕達はあまりお役に立つ事は出来ませんでした。殆どの魔獣は、殿下ご自身で対処されていたので……」

 そう言って気まずそうな表情を浮かべるロアルドだが……。
 それは自分達があまり役に立たなかったからではなく、不仲であるはずのアルスと第二王子が、即席で見事な連携攻撃をやってのけた困惑から、そのような表情になっている事を妹のフィリアナだけは知っていた。やはり先程の息の合ったアルフレイス達の連携攻撃には、兄も相当思う事があるらしい。

「フィー、殿下が今回の件についてご説明くださるそうだから、一緒に来てくれ。もう着替え終わったんだろう?」
「うん。でも……」

 そう言ってチラリとルゼリアに視線を向ける。
 わざわざ心配して駆けつけて来てくれたルゼリアに申し訳ない気持ちになったからだ。そんなフィリアナの気持ちを察したのか、ルゼリアはにっこりと微笑む。

「わたくしは、フィーの無事な姿が確認出来ただけで十分だわ。わたくしの事は気にせず、早くアルのもとへ行ってあげて。フィーも今回の件に関しては、あの子に聞きたい事がたくさんあるのでしょ?」

 武芸に秀でているだけでなく機転もきくルゼリアは、今回の魔獣襲撃に関してフィリアナが、かなり疑問を抱いている事がお見通しのようである。そんなルゼリアの気遣いに甘え、兄と共に礼を述べたフィリアナは、アルフレイスが待つ客間に向う。

 すると、どこからかアルスがひょっこりと現れ、フィリアナに擦り寄ってきた。
 そんなアルスをフィリアナは、しゃがみこんでわしゃわしゃと撫で回す。

「アルス! さっきは私達を守ってくれて、ありがとう! ところで……レイは一緒じゃないの?」

 アルスに問い掛けるとキョトンとした様子で首を傾げられてしまった。
 すると、代わりにロアルドがその質問に答える。

「レイは遊んで欲しそうにしていたから、殿下に預けてきた」
「レイは今、アルフレイス殿下に遊んで貰っているの?」
「ああ。殿下は何故か動物に警戒されやすいタイプみたいだから、人懐っこいレイはお気に入りみたいだぞ?」
「大丈夫かなー。アルスの代わりに今度は、レイを自分の聖魔獣にとか言い出さないかなー」
「もしそんな事を殿下が言い出しても聖魔獣契約は無理じゃないか? だって現状レイが一番慕っているのは、同じ聖魔獣のアルスなのだから」
「そっか。だったら大丈夫だよね!」

 そう言ってフィリアナが立ち上がって歩き出すと、その横にピッタリくっつくようにアルスも歩き出す。その様子に苦笑を浮かべながらロアルドは、フィリアナ達を第二王子が待つ応接の間に連れ立った。

 しかし、そこにはアルフレイスの姿はなく、代わりにレイを膝上に乗せて撫で付けている王太子セルクレイスと、もう一人初めて見る銀髪の美少年がいた。
 その状況にフィリアナはロアルドと同時に首を傾げる。
 すると、セルクレイスが申し訳なさそうにその理由を口にしながら、二人に席に着くように促した。

「弟本人からの説明を期待していたところ大変申し訳ないのだけれど、実は先程の戦いで弟は魔力を使いすぎたみたいで……。つい先程、気絶するように眠りに落ちてしまった。恐らく少し前まで寝たきり状態でもあったから、現状まだ体力面では本調子ではないようで……。大量に魔力を使いすぎると弟は、すぐにエネルギー切れを起こしてしまう……。だから代理として私と――――」

 そう言ってセルクレイスは、自分の隣に座っている銀髪の美少年に目を向ける。

「ちょうど登城していた従兄弟のクリスと共に、今回の魔獣襲撃の経緯を君達に説明したいのだけれど……構わないか?」

 王太子からのその申し出に二人は了承する。
 今年で18歳となり成人した王太子は、やや話し方に威厳が出てきており、一人称も『僕』から『私』に変わっていた。

 そんな王太子から紹介された銀髪の美少年の同席について、二人はどうも腑に落ちない気持ちになる。もし説明だけであれば、セルクレイス一人でも十分ではないかと思ってしまったからだ。しかし、何故か今回はその隣に座っている天使のような容姿の銀髪の美少年も説明要員として必要らしい。

 そのクリスと呼ばれた美少年は従兄弟と言うだけあって、顔立ちがセルクレイスとアルフレイスに似ていた。ただ雰囲気は、アルフレイスから毒気を全て抜いたような印象で、腹黒そうな様子は殆ど感じられなかった。

 それは彼の美しくサラサラな銀髪と透き通るような水色の瞳が、そう思わせてくるのかもしれないが、向かい合わせで座ってもアルフレイスのようにコチラを品定めするような不躾な視線は、一切飛んでこなかった。
 そんな事をフィリアナが感じていると、目の前の美少年が自己紹介を始める。

「初めまして。僕はクリストファー・ルケルハイトと申します。ご存知かと思いますが、父は現国王リオレス陛下の弟です」

 その自己紹介内容に思わずフィリアナとロアルドが、顔を見合わせる。
 現在目の前に座っている銀髪の美少年は公爵令息であり、セルクレイスとアルフレイスに続いて特殊な王位継承権を持つ一人という事だ。

 年齢はアルフレイスと同じくらいなのだろうか……。
 柔らかそうな笑みから少し幼さも感じるが、体格や身長はアルフレイスとほぼ同じくらいである。すると、少しはにかみながらクリストファーは、ロアルドの方に視線を向ける。

「実はロアルド君とは、アカデミーでは同学年なのだけれど、僕はアルとは違って本当に病弱体質で実技の授業は免除してもらっているから……。君と顔を合わせるのは初めてだよね? でも来年の高等部からは同じ学科の授業で顔を合わせる事も多いと思うから、今後は是非僕とも仲良くしてくれると嬉しいな。僕は体調の関係で休みがちだから、あまり友人が出来なくて……」

 そう言って自身が病弱な事を恥じらい始める。
 どうやらクリストファーは兄ロアルドと同じ15歳で、アルフレイスよりも二つ年上のようだ。だがその様子は、作られた儚い王子を演じる腹黒いアルフレイスとは違い、正真正銘の箱入り王子様という印象が強かった。

 その為、クリストファーの方がアルフレイスよりもセルクレイスの弟だと言われた方が、とてもしっくりくる。そんな事を考えていたら、今度はフィリアナに向かってクリストファーが、にこりと微笑んだ。

 すると、フィリアナの横に引っ付いていたアルスがカチャカチャと爪音を立てながら、ゆっくりとクリストファーに近づく。しかし今回は、クリストファーの印象が柔らかそうだった為、フィリアナ達は「きっと懐いているセルクレイスと雰囲気が似ているから、アルスに気に入られたのだろう」と呑気に構え、その状況を微笑ましいと感じながら傍観してしまった。

 しかし……。
 次の瞬間、既視感を抱かずにはいられない光景が目の前で繰り広げられる。
 なんとアルスは、優しく撫でようと出されたクリストファーの手に思いっきり噛みついたのだ。
 その瞬間、クリストファーが「うわっ!」と驚きの声をあげる。
 対してラテール兄妹の顔からは、一気に血の気が引いた。

「うわぁぁぁぁぁぁー!! お前、何でまた!!」
「バカバカ! アルスのバカァァァー!! なんで高貴な方ばかりに噛み付くの!?」

 顔面蒼白となったロアルドとフィリアナが、大慌てでクリストファーからアルスを引き離す。すると、幼犬だった頃より多少大人になったと思われるアルスが、今回はすぐに噛み付くのを止め、大人しく引き下がった。

 しかし、その後はフィリアナを背に庇うようにクリストファーの前に立ちはだかり、グルグルと喉を鳴らして威嚇するのは、毎度お馴染みのパターンである……。
 そんな愛犬の頭をロアルドは、無理矢理下げさせるように押さえつける。

「も、申し訳ございません! アルスはその……妹に対して異常に執着心が強く、嫉妬深いというか……。と、とにかく誰にでもすぐに噛み付く傾向があるのです! その為、クリストファー様に限って噛みついてしまったという訳では……」

 以前と同じように涙目になっている兄と同様にフィリアナも瞳に涙を溜めて、何度も何度も謝罪の言葉を口にする。しかし、肝心のアルスは全く反省する素振りがなく、自分を押さえつけているロアルドの手を振りほどき、再びクリストファーを威嚇し始めた。

 そんなアルスの口を下からガッと掴み、自分の方に顔を向けさせたフィリアナは、珍しくアルスを叱りつけた。

「アルス! どうしてあなたは、いつも世間的に素敵だと思われやすい男性ばかりに噛み付くの!!」
「あっ! バカフィー! アルスの怒りを煽るような言い方をするなよ!」
「だって!」
「バウ! バウ、バウ、バウ!」
「ほら、見ろ! ますますアルスがへそを曲げて、反抗的になったじゃないか!」
「アルスゥ~~~~~!」

 現在ではすっかり成犬とも言える大きさに成長したアルスをロアルドとフィリアナは、二人がかりで押さえつける。そんな二人の様子を初めはキョトンとした表情で眺めていたクリストファーだが、しばらくすると、ブハッと吹き出してしまった。

「だ、大丈夫だよ。僕もアルスには、昔からよく噛みつかれていたから慣れているというか……。むしろ今回は血が出る程、噛まれなかったからまだマシな方かな。だから僕が噛まれてしまったのは、フィリアナ嬢のせいでは無いよ。そんなに気にしないで?」

 噛まれた手を摩りながらもフィリアナを気遣ってくれるクリストファーは、兄妹達にとって慈愛に満ちた天使のように見えてくる。その辺りの人間性は従兄弟同士とはいえ、腹黒いアルフレイスとは違うのだろう。

 それどころか、二人に押さえつけられて未だにグルグルと喉を鳴らし、威嚇してくるアルスに対して「むしろ、これだけ元気になれて良かったね!」と微笑みかけている。まさに癒しの大天使様と言った雰囲気だ。

 だが、何故その癒しの大天使様が何故、今回の魔獣襲撃の件についての説明で同席させられているのかが、やはりよく分からない。そんな疑問を抱き始めたフィリアナにセルクレイスが気づいたようで、やや苦笑を浮かべながら、仕切り直すように今回の魔獣襲撃について語り始めた。

「さて、アルスも落ち着いたようなので、そろそろ話に戻ってもいいか? でもその前に……今回弟に巻き込まれるような形で君達も魔獣に襲われてしまい、本当に申し訳ない……。この件については、後日謝罪の意味も込めてお詫びの品を贈らせてほしい。ところで……」

 そこでセルクレイスは何故か、一度言葉を溜めた。

「二人は今回襲ってきた魔獣達を見て、何か違和感を抱かなかったか?」

 その質問に二人は深く頷きながら、魔獣達の様子が通常とは違っていた部分を口にし始める。

「はい。実は僕だけでなく妹も今回襲ってきた魔獣が発していた禍々しい濃紺のモヤのようなものが、一体何だったのか非常に気になっております」
「そうだろうな……。恐らく今回襲ってきた魔獣達は、君達にはヘルウルフの突然変異種みたいに見えたと思う……。だが、あれは一般的な上級魔獣のヘルウルフだ。ただし……」

 そこでまたしてもセルクレイスは、言い淀むように言葉を溜める。

「闇属性魔法で操られて暴走状態だったが……」

 呟くように王太子の口から発せられた『闇属性魔法』という言葉にロアルドとフィリアナが、同時にビクリと肩を震わせた。
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