我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助

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【我が家の愛犬】

26.我が家の愛犬は嫉妬深い

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 「アルスー! レイー! ごはんだよー!」

 フィリアナがそう叫ぶと、廊下の方からカチャカチャというリズミカルな音が近づいてくる。そして一番音が大きくなったタイミングで食堂の扉が開かれ、尻尾をブンブンと振ったアルスと、その後に引っ付いていた銀色の毛玉ことレイが食堂に姿を現した。

 すると、レイが自分用の餌皿が乗ったアルスからのお下がりでもあるミニテーブル目掛けて突進する。
 対するアルスの方は、まずフィリアナの方にやってきて甘えるように体をひと擦りした後、特注で作られた自分専用のミニテーブルの方へとゆっくり歩みを進め、餌皿を前にまるで食事前の感謝の祈りをするように20秒ほど俯き気味になる。
 そんなアルスの様子にフィリアナが、にっこりと微笑む。

「アルスは偉いね~。毎日、お食事前のお祈りが出来て!」

 そう言って、やっと食事を始めたアルスの頭を優しく撫でる。
 アルスはラテール家に来てから、ずっとフィリアナ達と同じタイミングで食事をしているのだが、その際に皆が食前の感謝の祈りを捧げている様子を見て、いつの間にか真似るような動きをするようになっていた。

 しかし、そのアルスの行動が実際に食前の祈りなのかは、フィリアナ達には判断がつかない。それでもすぐに餌に口を付けずに頭を垂れているアルスの様子は、本当に祈りを捧げているように見えるので、フィリアナは毎朝その事でアルスを褒めている。

 そんなアルスの隣では、小さな頭を餌皿に突っ込んでガツガツと食事をしている子狐のレイがいた。その首にはアルスと同じ形の大きな青いリボンが着けられているのだが、その中心にはブローチように加工された母狐の魔石が装飾されている。

 あの後、母狐の亡骸は御者のハンクの機転で腕の良い魔獣素材の加工職人の元に運ばれ、なるべく亡骸を傷つけないように魔石を取り出してもらい、レイが形見として身につけられるようにその魔石を加工して貰ったのだ。
 そして魔石を取り出された母狐の亡骸は、フィリアナの希望で子供用の棺桶に収められ、その後はラテール家のタウンハウス敷地内にある小さなプライベートガーテンの一角に埋葬された。

 レイがこの屋敷に来てから10日経った現在だが、フィリアナは毎日食事の後の散歩と称してレイとアルスを伴い、その墓前に花を供えている。それだけレイを助けた時に救えなかった母狐の死は、フィリアナの心に深い傷と後悔の念を刻みこむような出来事だった。

 しかし一番の被害者であるレイの方は、まだ幼すぎる事もあり、母親の死を理解していない様子だ。保護されてからは、アルスの後ろをビッタリと付いて回っているが、食欲が無くなるなどの健康面での問題は今のところ出ていない。現に目の前では、かなりの勢いで朝食をガツガツと食べている。

「レイ~。ごはん、美味しい?」
「キャウ!」

 フィリアナが尋ねると、大変満足そうな返事が返ってきた。
 その元気の良い返事を聞いたフィリアナが、にっこりしながらレイの頭も撫でようと手を伸ばす。しかし、フィリアナのその行動は、いきなりニョキっと頭を出してきたアルスによって妨害されてしまった……。

「もう! アルスは、さっき撫でてあげたでしょ!?」
「クーン……」

 すると、注意されたアルスが悲しげな鳴き声をあげる。
 その様子にフィリアナが、深いため息をついた。

「レイはまだ赤ちゃんなのだから、お兄さんのアルスはレイに色々と譲ったり優しくしてあげたりしなくちゃいけないんだよ? その事をちゃんと分かっているの?」
「クーン、クーン……」

 分かってはいるが、それでもフィリアナを独占したそうなアルスにフィリアナが呆れながら、もう一度頭を撫でてやる。すると、アルスが嬉しそうに尻尾をブンブンと振り始めた。

 そんなやり取りを横で繰り広げられたレイだが、フィリアナに撫でて貰えなかった事は、全く気にしていないようで、先ほどから夢中になって朝食を堪能していた。そんな二匹の様子から、案外相性が良いのではと思ってしまったフィリアナが苦笑する。

「今日はこの後、お城に行ってアルスが魔法を使えるようになった事の報告と、レイをうちで預かりたいと陛下にお願いしに行くからね? だからお城では、お行儀よくするんだよ?」
「わふっ!」
「キャウ!」
「特にアルスは、この間みたいにいきなり陛下に飛びかかったりしたら、絶対にダメだからね!」
「クーン……」

 前科のあるアルスは反省しているのか、弱々しい鳴き声で返事をする。そんな反応を見せてきたアルスに念を押すように、フィリアナはアルスの両頬を包み込み、額をくっつき合わせた。

「陛下はアルスの事を嫌って怒った訳じゃないからね? アルスの事が凄く心配だから、危ない事をしないで欲しくて怒ったんだからね?」

 フィリアナがそう言い聞かせると、アルスは返事の代わりにフィリアナの鼻の頭をペロリと舐めた。そのアルスの反応から、フィリアナが伝えたい事がアルスに全く伝わっていない事が見て取れ、盛大にため息をつく。

 すると、いつの間にか朝食を終えていたレイが、遊んで欲しそうにフィリアナ達の周りをグルグルと周り始めた。その為、フィリアナは片方の手でレイをあやし、もう片方の手でアルスを撫でながら、早く朝食を済ませるように促す。

 そんな忙しない対応を二匹にしていると、兄のロアルドがフィリアナ達を呼びに食堂に入ってきた。

「フィー、そろそろ出るけれど……支度は出来たか?」
「もうそんな時間? 待って! 今、アルスとレイの口元をキレイにするから!」

 そう言ってフィリアナは近くに控えていたシシルと一緒になって、二匹の口元を拭い出す。すると、先にきれいにして貰ったレイがロアルドの方へ駆け寄り、遊んで欲しそうにピョンピョンと跳ね出す。そんなレイをロアルドが抱き上げた。

「レイはどっかの誰かさんと違って、誰にでも人懐っこいなー」

 そう言って当てつけるようにアルスにチラリと視線を送ると、アルスが開き直るようにフンッと鼻を鳴らした。そんな俺様犬の様子にロアルドが、盛大に呆れる。

「お前なぁ……。僕らには、その態度でもいいけれど王家に対しては、もう少し礼儀正しく接しないとダメだからな?」

 そうロアルドに窘められたアルスだが、フイっと目を逸らした後、フィリアナの足元にすり寄る。そんなアルスの様子にロアルドとフィリアナは、顔を見合わせた後、苦笑する。

 10日前に登城した際に二人が同時に感じた事は、何故かアルスが国王リオレスと第二王子アルフレイスに対して、非常に反抗的だったという部分だ。特に第二王子に関しては、あからさまに敵意をむき出しにしており、最近ではアルフレイスの名が会話に出るだけで不機嫌そうに吠え出す。

 そんな愛犬の反応に「もしやアルスは城滞在中に第二王子から酷い扱いを受けていたのではないか……」と、フィリアナは勘ぐり始めていた。
 しかし、前回アルスがアルフレイスに噛みついた際の状況では、どう見てもアルスが一方的に嫌っているという感じで、アルフレイスの方は特にアルスに執着している様子はなかった。

 もっと言ってしまえば、アルスが反抗的になる人物にフィリアナの父であるフィリックスも含まれるので、この第二王子によるアルス虐待説の可能性は、かなり低そうである。

 ならば何故アルスは、あそこまで第二王子を毛嫌いするのか……。
 その疑問を城に向かう馬車の中で父と兄にぶつけてみると、二人とも何故か微妙な表情を浮かべた。

「フィー……。本当にその理由が分からないのか?」
「お前……今までアルスに噛み付かれた人間をよぉ~く思い出してみろ。皆、お前が懐いている『男性』じゃなかったか?」

 呆れた表情でそう告げてきた父と兄の話にフィリアナが一瞬だけ、過去を振り返ったあと「あっ……」と声を漏らした。そして自分の膝の上でゴロゴロしながら頭を擦り付けてくるアルスをジッと見つめる。

「アルス……。もしかして今までお父様やシーク様に反抗的だったのって、ずっとやきもちを焼いていたの……?」

 すると、アルスが急にスクっと四本足で立ち上がり、肯定するかのように一声なく。そんな愛犬の返答にフィリアナが、盛大にため息をついた。

「今までそんな理由で、お父様やシーク様の靴に噛み付いていたの……? もうぉ~! 前にも言ったけれど、私にとって一番はアルスなんだから、そんなやきもち焼かなくてもいいんだよ?」

 フィリアナがそう伝えると、アルスが嬉しそうにブンブンと尻尾を振り、甘えるように頭を擦り付けてきた。だが、この事が本当ならば、尚更アルフレイスに対して敵意をむき出しにする理由が分からない……。何故ならアルスは、ラテール家にくる前から第二王子には反抗的な態度をとっていたからだ。 
 その事をフィリアナは、父と兄に訴えてみる。

「確かにそうだが……以前はいきなり噛み付くという行動はしなかったぞ?」
「じゃあ、この間アルスがかいきなりアルフレイス殿下に噛み付いたのは、フィーが殿下に見惚れていたからだ! それでアルスが嫉妬したんじゃないのか?」

 その兄の解釈にフィリアナが、眉を顰めて反論する。

「私、別に殿下に見惚れてなんていないもん!」
「でもアルフレイス殿下は、物凄い美少年だっただろう?」
「うっ……。た、確かに殿下はとても綺麗なお顔立ちではあるけれど……」
「わふっ!! わふっ、わふっ、わふっ!!」

 兄の指摘に思わずフィリアナが同意してしまうと、急にアルスが不機嫌そうな鳴き声で喚き出した。そんなアルスを慌ててフィリアナは、宥め始める。

「ち、違うよ!? 確かにアルフレイス殿下は見た目がとても素敵な方ではあるけれど……」
「わふっ、わふっ、わふっ!!」
「だから違うの! 大体、あの時は私、殿下にアルスを取られるかもしれないって不安で、必死にアルスにしがみついていたでしょ!?」

 フィリアナが全力で否定するように訴えてみたが、アルスはどこか疑わしそうな視線を向けてくる。すると、フィリアナが助けを求めるように父と兄にも訴え始める。

「お父様も兄様もあの時、私が必死でアルスを取られないようにしていたのを見ていたよね!?」
「まぁ、確かにあの時、フィーは必死にアルスにしがみついていたが……」
「それでもアルフレイス殿下のお顔立ちは、少女と見間違ってしまうほどの美少年顔だったよな?」

 今の状況を面白がった父と兄が、更にアルスを煽るような事を口にする。すると、二人に対してアルスがグルグルと不機嫌そうに唸り出した。

「ほら! 二人が変な言い方するから、アルスがすっかり不貞腐れてしまったでしょ!! もし登城してアルスが、またアルフレイス殿下に思いっきり噛みついてしまったら、お父様と兄様のせいだからね!!」
「待て、フィー。父様は、特にアルスを煽るような事は言っていないぞ?」
「その前にまずアルスが殿下と接近する機会がないんじゃないのか? 前回登城した時だって、殿下抜きでの話し合いだったし。だからアルスが殿下に噛み付くような事は、今回はないと思うぞ?」

 無責任にそう口にしたロアルドだが……その兄の予想は大きく外れてしまう。
 登城後、何故かフィリアナだけアルスとレイと共に王族専用の中庭へ案内されたのだ。

 そしてその案内された中庭には、なんと第二王子アルフレイスが天使のような笑みを浮かべながら、フィリアナ達を待ち構えていたのだ。
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