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【我が家の子犬】
8.我が家の子犬は俺様犬②
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父フィリックスの足首に頻繁に噛みついていた事をフィリアナに知られてしまったアルスが、気まずそうに耳をペタンとさせて地面に視線を落とす。それを肯定と受け取ったフィリアナが、両手を腰に当てて大きく息を吸い込んだ。
「アルス!! 血が出ちゃうまで誰かに噛みつくのは悪い子がする事なんだよっ!? もうやっちゃダメっ!! アルス、めっ!!」
ロアルドによって、今までこっそりと行っていた父フィリックスに対する非道な行いを暴露され、フィリアナに叱られてしまったアルスは「クーン、クーン……」と一時的な許しを乞うように切ない声をあげ始める。
しかしフィリアナは、そんな自分に縋りつくようなアルスの態度に絆される事もなく、両手を腰に当てたまま「アルス! めっ!」と再度叱りつけた。すると、流石のアルスも本気で反省し始めたのか、鳴き声をあげながら耳をペタンとさせて地面に伏せる。
そんな妹達のやり取りを見たロアルドが苦笑する。
すると、フィリアナが悲しそうな表情をしながら、アルスの問題行動についてポツリと溢す。
「どうしてアルスは、お父様の事を嫌うのかなぁ……」
『噛み付くのは相手を嫌っているから』という短絡的な思考になっている妹にロアルドが、やや困ったような表情を浮かべる。
「フィー、アルスは父様の事を嫌ってなんかいないよ? むしろ……一番頼りにしているから、全力で噛みついちゃうんだ」
「な、何で? 一番頼りにしてるって事は、アルスはお父様の事が大好きって事でしょ? それなのに噛みついちゃうの!?」
「うん。多分アルスはね、どんなに本気で噛みついても絶対に父様はアルスの事を嫌ったり、見捨てたりしない人だって分かっているんだよ。父様はアルスにとって、唯一この家で怒りや不満をぶつけられる人……ぶつけても許してくれる人だって知っているんだ。それは父様に対して、アルスが『この人になら甘えてもいい』っていう信頼を寄せているって事なんだよ」
ロアルドのその話を聞いたフィリアナが、何故か悲しそうな表情をしながら、涙ぐみ始める。
「じゃあ……フィーがアルスの一番になる為には、血が出るまで噛まれるようにならないとダメって事?」
「そうじゃないよ……。アルスはね、この家で一番頼りにしているのは父様だけれど、別に父様の事が好きって訳ではないんだ。アルスがこの家の中で一番好きなのは、間違いなくフィーだと思う。でも一番頼りになるのは、やっぱり大人で強い魔法が使えて伯爵でもある父様なんだよ。フィーだって危ない目に遭ったら、大好きなアルスじゃなくて、魔力が強い父様や兄様に助けを求めるだろう?」
「うん……。だってアルスじゃ、フィーの事助けられないもん」
「それと一緒。『大好きな人』が『頼りになる人』とは限らない。アルスにとってフィーは、いつも一緒にいたい大好きな人だから嫌われたくなくて、思いっきり噛みついたりはしない。でもアルスが一番信頼を寄せているはずの父様をアルスは、特に好きだとは思っていない。むしろどう思われもいいやって思っているから好きになって欲しいという気持ちはあまり無いんだと思うよ? だから、父様に怒られてもあまり気にならないから、思いっきり噛みつけるんだよ」
「そ、そんなのお父様が、かわいそうだよ!」
「まぁ、多分だけれど、父様はアルフレイス殿下の護衛をしている時にアルスの躾も担当していたんだろうね……。その時にやんちゃなアルスに口うるさく注意してたんじゃないかな? だからアルスに良く思われていないのかも」
「そっかー……。お父様、いっぱいアルスを叱っちゃったから良く思われていないんだね……」
それならば仕方がないと、何故か納得している妹にロアルドが苦笑する。そして先程フィリアナが頑張ろうとしていた事をどうするか確認してみる。
「フィーは、アルスにとって『大好きな人』と『頼りになる人』、どっちになりたい?」
「フィーは絶対に『大好きな人』の方がいい!」
「なら今、そうなっているのだから父様みたいにならなくてもいいんじゃないか?」
兄のその言い分にフィリアナは、大きく頷いた。
だが、また悲しそうな表情を浮かべる。
「でも……血が出ちゃうくらいお父様の足にアルスが噛み付くのは嫌だなぁ……。兄様やお母様達にも噛み付いて欲しくないなぁ……」
すると、耳をペタンとさせたアルスが、悲しげに鼻をピスピス鳴らしながらフィリアナに擦り寄る。そのアルスのあからさまなフィリアナ至上主義な様子が面白すぎたロアルドが、思いっきり吹き出した。
「兄様?」
「だ、大丈夫だよ。今のフィーの言葉で、アルスはもう父様の足を血が出る程、強く噛みつかないって反省しているから。でも……歯形が残ってしまう程度の噛みつきは許してあげて欲しいな」
「な、何で?」
「だってそれも我慢したら、アルスは嫌な事をされても嫌だって訴えられなくなるじゃないか。フィーだって気に食わない事があって兄様と喧嘩する時は、兄様の事を全力でポコポコ殴ってくるだろう? アルスの噛みつきは、それと一緒だよ。まだ小さいフィーとは違って、兄様達の手は丈夫だから少し歯形がついてしまう程度の噛みつきなら平気だ。だから、ちょっと強めに噛んじゃう事くらいは許してあげよう?」
「うん……」
そう返事をしたフィリアナだが、あまり納得していないようだ。
先程から許しを乞うように自分の足に縋り付くアルスをそっと抱き上げ、その青みがかった薄灰色の瞳をじっと覗き込む。
「でもね、フィーには絶対にガブッてしちゃダメだよ?」
その瞬間、妹が何を懸念していたのかが分かったロアルドが、今日一番の盛大な吹き出しを見せる。
「そ、そうだよな! フィーはアルスにガブッとされたら、ショックで赤ちゃんみたいに大泣きしちゃうもんな!」
「フィー、もう6歳になったから赤ちゃんみたいに泣かないもん! もうお姉さんだもん!」
「知ってるか? お姉さんは言葉の最後に『もん』って付けないんだぞ?」
「お姉さんでも『もん』って付けるもん!!」
兄に揶揄われたフィリアナが、両手で握り拳を作りながらムキになって訴えていると、邸の方から二人を呼ぶ母の声が聞こえた。
「ロアルドー! フィー! 大切なお話があるから、ちょっとこっちに来てくれるぅぅぅー!?」
淑やかさに定評がある母ロザリーの大きな呼び声を聞いた二人がキョトンとする。
「お母様があんなに大声でフィー達を呼ぶの、珍しいね?」
「そうだな……。怒っている時しか、ああいう大声は出さないよな?」
呑気にそんな会話をしていた二人だが、再度母から催促がかかった。
「ロアルド! フィー! 聞こえていないの!?」
母の呼び声に苛立ちが混じり始めている事に気付いたロアルドが慌て出す。
「まずいぞ……。早く戻らないと、本当に母様に目の前で大声を出される!」
「アルス! お邸に戻るから、今すぐ走って!」
「キャン!」
二人と一匹は、ラテール家の影の最強人物であるロザリーからのお叱りを受けないように慌てて、邸の方へと駆け出した。
「アルス!! 血が出ちゃうまで誰かに噛みつくのは悪い子がする事なんだよっ!? もうやっちゃダメっ!! アルス、めっ!!」
ロアルドによって、今までこっそりと行っていた父フィリックスに対する非道な行いを暴露され、フィリアナに叱られてしまったアルスは「クーン、クーン……」と一時的な許しを乞うように切ない声をあげ始める。
しかしフィリアナは、そんな自分に縋りつくようなアルスの態度に絆される事もなく、両手を腰に当てたまま「アルス! めっ!」と再度叱りつけた。すると、流石のアルスも本気で反省し始めたのか、鳴き声をあげながら耳をペタンとさせて地面に伏せる。
そんな妹達のやり取りを見たロアルドが苦笑する。
すると、フィリアナが悲しそうな表情をしながら、アルスの問題行動についてポツリと溢す。
「どうしてアルスは、お父様の事を嫌うのかなぁ……」
『噛み付くのは相手を嫌っているから』という短絡的な思考になっている妹にロアルドが、やや困ったような表情を浮かべる。
「フィー、アルスは父様の事を嫌ってなんかいないよ? むしろ……一番頼りにしているから、全力で噛みついちゃうんだ」
「な、何で? 一番頼りにしてるって事は、アルスはお父様の事が大好きって事でしょ? それなのに噛みついちゃうの!?」
「うん。多分アルスはね、どんなに本気で噛みついても絶対に父様はアルスの事を嫌ったり、見捨てたりしない人だって分かっているんだよ。父様はアルスにとって、唯一この家で怒りや不満をぶつけられる人……ぶつけても許してくれる人だって知っているんだ。それは父様に対して、アルスが『この人になら甘えてもいい』っていう信頼を寄せているって事なんだよ」
ロアルドのその話を聞いたフィリアナが、何故か悲しそうな表情をしながら、涙ぐみ始める。
「じゃあ……フィーがアルスの一番になる為には、血が出るまで噛まれるようにならないとダメって事?」
「そうじゃないよ……。アルスはね、この家で一番頼りにしているのは父様だけれど、別に父様の事が好きって訳ではないんだ。アルスがこの家の中で一番好きなのは、間違いなくフィーだと思う。でも一番頼りになるのは、やっぱり大人で強い魔法が使えて伯爵でもある父様なんだよ。フィーだって危ない目に遭ったら、大好きなアルスじゃなくて、魔力が強い父様や兄様に助けを求めるだろう?」
「うん……。だってアルスじゃ、フィーの事助けられないもん」
「それと一緒。『大好きな人』が『頼りになる人』とは限らない。アルスにとってフィーは、いつも一緒にいたい大好きな人だから嫌われたくなくて、思いっきり噛みついたりはしない。でもアルスが一番信頼を寄せているはずの父様をアルスは、特に好きだとは思っていない。むしろどう思われもいいやって思っているから好きになって欲しいという気持ちはあまり無いんだと思うよ? だから、父様に怒られてもあまり気にならないから、思いっきり噛みつけるんだよ」
「そ、そんなのお父様が、かわいそうだよ!」
「まぁ、多分だけれど、父様はアルフレイス殿下の護衛をしている時にアルスの躾も担当していたんだろうね……。その時にやんちゃなアルスに口うるさく注意してたんじゃないかな? だからアルスに良く思われていないのかも」
「そっかー……。お父様、いっぱいアルスを叱っちゃったから良く思われていないんだね……」
それならば仕方がないと、何故か納得している妹にロアルドが苦笑する。そして先程フィリアナが頑張ろうとしていた事をどうするか確認してみる。
「フィーは、アルスにとって『大好きな人』と『頼りになる人』、どっちになりたい?」
「フィーは絶対に『大好きな人』の方がいい!」
「なら今、そうなっているのだから父様みたいにならなくてもいいんじゃないか?」
兄のその言い分にフィリアナは、大きく頷いた。
だが、また悲しそうな表情を浮かべる。
「でも……血が出ちゃうくらいお父様の足にアルスが噛み付くのは嫌だなぁ……。兄様やお母様達にも噛み付いて欲しくないなぁ……」
すると、耳をペタンとさせたアルスが、悲しげに鼻をピスピス鳴らしながらフィリアナに擦り寄る。そのアルスのあからさまなフィリアナ至上主義な様子が面白すぎたロアルドが、思いっきり吹き出した。
「兄様?」
「だ、大丈夫だよ。今のフィーの言葉で、アルスはもう父様の足を血が出る程、強く噛みつかないって反省しているから。でも……歯形が残ってしまう程度の噛みつきは許してあげて欲しいな」
「な、何で?」
「だってそれも我慢したら、アルスは嫌な事をされても嫌だって訴えられなくなるじゃないか。フィーだって気に食わない事があって兄様と喧嘩する時は、兄様の事を全力でポコポコ殴ってくるだろう? アルスの噛みつきは、それと一緒だよ。まだ小さいフィーとは違って、兄様達の手は丈夫だから少し歯形がついてしまう程度の噛みつきなら平気だ。だから、ちょっと強めに噛んじゃう事くらいは許してあげよう?」
「うん……」
そう返事をしたフィリアナだが、あまり納得していないようだ。
先程から許しを乞うように自分の足に縋り付くアルスをそっと抱き上げ、その青みがかった薄灰色の瞳をじっと覗き込む。
「でもね、フィーには絶対にガブッてしちゃダメだよ?」
その瞬間、妹が何を懸念していたのかが分かったロアルドが、今日一番の盛大な吹き出しを見せる。
「そ、そうだよな! フィーはアルスにガブッとされたら、ショックで赤ちゃんみたいに大泣きしちゃうもんな!」
「フィー、もう6歳になったから赤ちゃんみたいに泣かないもん! もうお姉さんだもん!」
「知ってるか? お姉さんは言葉の最後に『もん』って付けないんだぞ?」
「お姉さんでも『もん』って付けるもん!!」
兄に揶揄われたフィリアナが、両手で握り拳を作りながらムキになって訴えていると、邸の方から二人を呼ぶ母の声が聞こえた。
「ロアルドー! フィー! 大切なお話があるから、ちょっとこっちに来てくれるぅぅぅー!?」
淑やかさに定評がある母ロザリーの大きな呼び声を聞いた二人がキョトンとする。
「お母様があんなに大声でフィー達を呼ぶの、珍しいね?」
「そうだな……。怒っている時しか、ああいう大声は出さないよな?」
呑気にそんな会話をしていた二人だが、再度母から催促がかかった。
「ロアルド! フィー! 聞こえていないの!?」
母の呼び声に苛立ちが混じり始めている事に気付いたロアルドが慌て出す。
「まずいぞ……。早く戻らないと、本当に母様に目の前で大声を出される!」
「アルス! お邸に戻るから、今すぐ走って!」
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