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【本編】

8.二人は微妙な空気で手を繋ぐ

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 二人は成績に問題もなかったので、無事に高等部に上がる事が出来た。
 だが、リュカスは高等部に上がる際、魔道士科から魔法騎士科へと専攻を変えたので、現在一緒に授業を受ける事はない。

 この魔法学園では、中等部から魔道士科と魔法騎士科で専攻を選べるようになるのだが……。リュカスの場合、ロナリアと一緒でなければすぐに魔力切れを起こしてしまう為、中等部までは魔道士科を専攻し、高等部から魔法騎士科に変更する事を教員達から勧められていた。

 ちなみに三年遅れで魔法騎士科に入ってもリュカスは、授業で戸惑う状況には一切なっていない。
 魔法剣に関しては、長期休暇中に毎年アーバント家の別荘でロナリア一家と一緒に過ごしていた際、ロナリアの父ローウィッシュより指南を受ける事で、ある程度の予習を行っていたからだ。
 その為、現在は早くも魔法騎士科で上位成績者の仲間入りを果たしている……。
 そんな状態だったので、当然リュカスは学園内では人目を惹く存在だった。

「リュカス先輩! 先日行われた剣術大会の準優勝、おめでとうございます!」
「とても素晴らしい試合でした!」
「わたくし、もう感動してしまいまして!」

 そして恋する乙女達の猛攻撃とも言える積極的なアプローチが再開する……。
 中等部時代は、女子生徒から受けるその迷惑行為を学園側に訴えたリュカスは、しばらくの間はその被害を免れていた。
 しかし高等部に上がって再熱したその被害は、更に悪化の一途を辿る……。
 その主な原因は、高等部から魔法学園に入学してくる生徒が多いからだ。

 レムナリア王国の貴族は、魔力資質の高い子供でも王立魔法学園への入学は特に義務付けられてはいない。しかし、ロナリアやリュカスの様に領主自らが表立って領地の魔獣討伐を行う家の子供達は、殆ど初等部から入学する事が多い。

 だが政権交代前から続く歴史ある家柄では、魔力を持っていてもその力を領地管理に活用しない貴族も中にはいる。
 高等部から入学してくる生徒達は、大体がそういう家の令息令嬢達だ。
 それまでの彼らは、社交関係の楽しさを学ぶ事を重視しているようで、魔法スキルを高める為に入学してくる訳ではない。学園に在籍している高位貴族や、中には王族との繋がりを求める野心満ち溢れた状態で入学してくるのだ……。

 そしてそれは平民クラスの方でも言える。
 高等部から入学してくる平民の生徒の半数は、容姿に恵まれている事が多い。
 だが、彼らも魔法を真剣に学びたい訳ではない。
 その恵まれた容姿を武器に貴族や裕福な商家の人間に見初められる事を目的にしているのだろう……。
 そしてそういった特徴の平民の生徒の大半は、貴族の家に養子として引き取られた経歴を持つ生徒ばかりだった。

 そんな高等部入学組の生徒達にとって、ロナリアという婚約者がいるリュカスは何故か大人気だった。その原因が、リュカスの特殊な魔力体質だ。
 どうやら彼女達は、少しでもリュカスに魔力を与えられる事が出来れば、ロナリアの代わりになれると思っているらしい……。
 それに加えて先日の魔法騎士科で行われた剣術大会で、リュカスは準優勝をしたという事も彼女達を群がらせる要因となっている。

「リュカス様! その……よろしければわたくしと、握手していただけませんか? わたくし、先日の試合を拝見した際、すっかりリュカス様のファンになってしまったので……」
「で、では、わたくしも!」
「わ、私も!!」

 5人程の身分ごちゃ混ぜの女子生徒達に囲まれてしまったリュカスは、盛大にため息をつく。やっと中等部の頃に学園側に相談した事で減少した『握手攻撃』が、また再加熱してしまった今の状況に呆れ果てているようだ。

「申し訳ないのだけれど、あなた方と手を触れあってしまうと、僕の特殊な魔力体質では体調不良を起こしてしまうんだ……。だから握手は遠慮したい」

 やや苛立ちを含んだ声でリュカスが断るが、何故か女子生徒達の瞳が輝き出す。

「その場合、わたくし達の魔力でもリュカス様は受け入れられると言う事ですわよね!?」
「でしたら、魔力を譲渡される役割は、何もロナリア様でなくてもいいという事では?」
「もしかしたらロナリア様以上にリュカス様と魔力相性が良い女性が、この中に存在しているかもしれませんよ!?」

 リュカスが体調不良を起こす事よりも、自分達の目的を満たす可能性を優先しようとする彼女達の態度に隣にいたロナリアが苛立ちを感じ、思わず彼女達からリュカスを庇うように間に割って入ろうとした。
 しかしその瞬間、彼女達を一喝するような小気味よい音がパシンと鳴り響く。

「あなた方! 先程のリュカス・エルトメニアの言葉を聞いていなかったのですか!? 彼は誰かに不用意に触れられると『体調不良を起こす』と言ったはずです! それでもあなた方は彼の手に触れようとなさるのですか!?」

 小気味よい音を立てたのは、ロナリアの親友でもあり、この学園の生徒会役員でもあるオークリーフ侯爵家の令嬢ティアディーゼの扇子だ。
 怒りを表す際、ティアディーゼは乱暴に扇子を閉じる癖がある。そんな彼女は中等部終了と同時に正式に第三王子エクトルの婚約者となっていた。

「ティ、ティアディーゼ様……。わ、わたくし達は何もリュカス様の体調不良を誘発させようとした訳では……」
「その……憧れの気持ちから握手を求めただけで……」

 5人の女子生徒達は、初対面であるはずなのに何故か互いに顔を見合わせながら、ティアディーゼに言い訳を始めた。
 だが、ティアディーゼは追撃の手を緩めない。

「相手が迷惑がっている状況であるのに? そもそも女性から男性に握手を求める等、あなた方の中には恥じらいと言う言葉は存在しないのですか!?」

 その言葉に全員が沈黙してしまう。
 するとティアディーゼは、今度はリュカスの方に向き合う。

「リュカス・エルトメニア! あなたもあなたです! 毎日無駄に婚約者を隣に侍らせているのだから、他の女性からのアプローチはしっかりと拒否なさい!!」
「無駄って……。ロナが僕の隣にいるのは必須事項です」
「それをハッキリと彼女達に宣言すべきだと言っているのです!!」
「そうするとロナが色々と言われて嫌な思いをするので嫌です」

 リュカスのその言葉にロナリアが驚く。

「リュカ? 私、特に何も言われていないし、嫌な思いもしてないよ?」
「だろうね。そうならないように僕は毎回握手を断る理由として、ロナを使わないようにしていたから。婚約者がいるからという断り方をしてしまうと、彼女達は婚約者である君の方に怒りの矛先を向け出すだろう?」

 そう言ってリュカスは、チラリと握手を求めてきた女子生徒達を一瞥する。
 どうやら先程、彼女達が口にしていた「ロナリア様でなくても」という部分に対して、腹を立てている様子だ。
 そのリュカスの言葉に女子生徒達は、全員恥じらうように俯き出す。

「この件に関しては、わたくしの方より学園側に問題点として抗議の声を上げておきます! 一部の女子生徒達が、特定の男子生徒の学生生活に支障をきたす迷惑行為を行っていると。あなた方も今後は恋愛等に夢中になるのではなく、学生の本質でもある学業に専念するようになさい!」

 持っていた扇子をピシャっと開き、口元を覆いながらティアディーゼが、リュカスを囲んでいた女子生徒達を一喝する。
 すると女子生徒達も素直に自分達の行いを恥じている様で、深々とリュカスに謝罪をした後、去って行った。

「ティアディーゼ様……ありがとうございます」

 ロナリアが感謝の言葉を伝えると、ティアディーゼが盛大なため息をついた。

「彼が学園側に訴えるより、わたくしが進言した方が角は立たないでしょう……。リュカス・エルトメニア、これは一つあなたへの貸しにしておきます」
「貸しって……。僕にはお返し出来るものが思い付かないのですが……」
「あら、あるでしょう? 卒業後にエクトル殿下の側近として忠義を尽くすと言う返済の仕方が」
「うっ…………」
「そうなればロナも登城する事になるので、わたくし、とても楽しみだわ!」

 そう言って扇子を口元にあて、高笑いをするティアディーゼをリュカスが恨めしそうに睨みつける。ロナリアは初等部の頃からティアディーゼのお気に入りなので、この学園に入学してからは、ずっとリュカスと取り合いになっていた。

「そっか……。リュカがエクトル殿下の側近になれば、魔力を譲渡している私も自動的にエクトル殿下付きになるから、卒業してもティアディーゼ様と毎日会えるんだ! リュカ! 殿下の側近になりなよ!」
「どうしてロナは、僕がずっとそれを拒み続けている事を知っているのに、そういう事を言うの……?」
「えっ、だってティアディーゼ様と卒業後もお茶したりしたいもの」
「自分が楽しむ為に簡単に僕を王家に売らないでよ……」

 ガックリと肩を落とすリュカスをロナリアが苦笑しながら、「冗談だよ」と繋いでいた手を慰める様に軽く振る。
 その様子を眺めていたティアディーゼが、ふと気が付いたように二人にある質問をしてきた。

「そう言えば、ずっと気になっていたのですが……。あなた方は卒業後、どうなさるの? ご婚約されているのだから、すぐに挙式されるのかしら?」
「ええっ!? まさかそんなすぐには……」
「僕はそうしたいのですが、エクトル殿下の所為で先延ばしにされそうです」

 ティアディーゼの問いを笑い飛ばそうとしていたロナリアだったが、予想外なリュカスの返答に大きく目を見開く。

「あ、あの……リュカ?」
「だって今の状態で卒業したら、僕達は夫婦でもないのに公の場で常に手を繋ぐ状況になるんだよ? 学生ならまだ許されるかもしれないけれど……。一人前と扱われる年齢でそういう態度をしていたら、非常識で節操がない人間だって僕だけじゃなくて、ロナも周りから誤解される可能性があるじゃないか。だったら、さっさと挙式してしまった方が、まだ体裁的にいいかと思う」
「あ、うん。そ、そうだよね。確かにその場合は、結婚して夫婦になっていた方が周りからの冷たい視線は、少し軽減出来そうだよね……」
「ロナ? どうしたの?」
「いや、その、何でもないから! き、気にしないで!」
「う、ん……。でもロナ、何か様子が変だよ?」
「変じゃないよ!? リュカの気のせいだよ!!」
「そうかなー……」

 そんなロナリアの様子を見ていたティアディーゼが、呆れたように息を吐く。

「どちらにしてもお二人には、エクトル殿下の側近のお話は受けて頂きたいとは思っておりますけどね!」
「嫌です」
「リュカ……。それ、下手したら不敬罪になるよ?」
「でも嫌なものは嫌だ。僕は早々にアーバント家に婿入りする!」

 そう言い切ったリュカスにロナリアが苦笑した。
 だが……そんな冗談めいた雰囲気の中でもロナリアは、ある不安をひっそりと抱えていた。実はここ最近、リュカスと手を繋ぐ行為が、自分にとって少し負担になってきているのだ……。

 その原因は、ロナリアがリュカスに対して変に意識し始めるようになってしまった事が、大きく関係している。
 ロナリアにとって、今までリュカスと手を繋ぐ行為は、空気を吸うように当たり前の日常だったのだが……。ここ最近のロナリアは、何故かリュカスと手を繋いでいると動悸が早くなり、顔が火照る症状が出るようになってしまったのだ。
 それもこれも全ての原因は、高等部に上がってからのリュカスが急激に成長してしまったからだ。

 リュカスは、中等部三年の後半から一気に身長が伸びてしまった。
 それこそロナリアより頭一つ半分くらいの差が現在ではある。
 更に高等部からの魔法騎士科の授業は、座学よりも体力作りや魔獣討伐の演習がメインとなってくる為、魔法騎士科の男子生徒達は、体つきが男性特有のガッシリさが出てくる。それはリュカスも例外ではない。

 幼少期は可憐な少女のような容姿で、初等部の頃はロナリアよりも少し背が低かったリュカス。だが、中等部に上がってからは、あっという間に身長を抜かされ、現在では着やせする所為で細身にも見えてしまうが、実はかなり筋肉質な体型にもなってしまっている。声もいつの間にか低くなっていた……。
 何よりもリュカスのその変化を一番感じさせたのが、ずっと繋いでいる手だ。
 その手が、いつの間にか大きく骨ばったゴツゴツとした男性らしい手になっている事が、嫌でもリュカスを異性として意識させてくるのだ。

 だがリュカスの方は、あまりロナリアを異性とは意識する事がないようで、今まで通り普通に手を繋いでいる感じだ。
 だからなのか、会話をしている時の近い距離感も、夜会等で密着度が高いエスコートをする際もリュカスは顔色一つ変えず、今まで通り接してくる。
 ずっと繋いでいる手もリュカスのように骨ばったりするような大きな変化は、ロナリアの手にはない。
 自分の方ばかりがリュカスを男性として意識してしまい、心臓がバクバクしてしまうその状況が、何故かロナリアに大きな敗北感と疲労感を与えていた。

 そんな状態になってしまったロナリアは、最近自分の方からリュカスと手を繋ぐ事を率先して行わなくなった。
 その事で一度リュカスに咎められた事があったが、その時は「女性から男性に手繋ぎを求める事は、はしたないから」と言って逃げ、現在では毎回リュカスの方から「ロナ、手」と催促されている。

 だが、正直なところ、この状態はかなり辛い……。
 今まで隣にいて一番安心出来る存在だったリュカスが、今では一番ロナリアを動揺させ、心的負担を無自覚に与えてくる存在になってしまったのだから。
 覗き込めば安心感を与えてくれた空色の瞳は、今ではロナリアの心音を急激に上げてくる。触れると心地よい体温を感じさせてくれた手は、今ではロナリアの皮膚を火傷させるのではと言うぐらい火照らす。横を向けばすぐに合った目線は、今ではロナリアが見上げないと合う事はない。

 少し前まで全く同じ作りをしていたリュカスは、ここ二年程で全く違う生き物になってしまったような感覚なのだ……。
 その自分との新たな違いを発見する度にロナリアの心音は、うるさくなる。
 それなのにリュカスの方は、幼少期と同じようにロナリアに接してくるのだ。
 その状況に少し苛立ちを感じてしまう自分もロナリアは嫌だった。

 正直、どうすれば以前のようにリュカスと接する事が出来るのか、現在のロナリアには全く打開策が見つからない……。
 しかもロナリアがそんな状態になっているとは、一切気付いていないリュカスは、毎日近い距離感で話しかけ、しっかりとロナリアの手を握ってくる。

 このままでは自分の心臓が持たない……。

 そう思ったロナリアは、高等部に上がってから更に熱心に魔力譲渡に関しての知識向上や訓練に励み、そして王立魔法研究所にも足繁く通うようになった。
 しかし、どうしても一瞬で大量の魔力譲渡が出来る方法を習得できない……。
 もしこの方法さえ習得出来れば、常にリュカスと手を繋いでいなくても、その都度その方法で、大量の魔力を一瞬でリュカスに補充出来るようになる。
 そうすれば、常にリュカスと手を繋ぐ必要もないので、無駄に心臓をバクバクさせずに済む。

 自分が変に意識している所為で、リュカスとの関係が気まずくなる事を恐れたロナリアは、放課後の殆どを魔力譲渡に関する知識を深める為に費やし始めた。
 だが、逆にその事でリュカスとの距離が遠くなってしまっているとは、この時のロナリアは全く気付かなかった……。
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