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【本編】

7.二人は無自覚なまま手を繋ぐ

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 魔法学園に入学してから7年が経った頃、二人は14歳になっていた。

 現在中等部二年生となった二人は、実技の授業以外は別々の授業を受けている。何故なら中等部になると座学は男女別々に分けられるからだ。
 ただし、行っている授業内容はほぼ同じだ。
 しかし、年頃の男女が同じ室内で並んで授業を受けると色々とトラブルが起きやすいと、15年前から別々で受けさせるように改善されたらしい。

 特に貴族の場合、その家の存続にも関わる程の愚行に走ってしまう恋に狂った若者達が続出するので、王家より生徒達の成長と共に男女別々の授業スタイルを推奨するよう要望があったそうだ。
 恐らく15年前に貴族クラスでは王族絡みの男女間での大きなトラブルがあったのだろう。その対策の効果なのか、女子生徒内で発生しやすい恋愛関係でのトラブルが、かなり激減した。

 逆に男子生徒内では、生徒同士の暴力沙汰のトラブルが激増した。
 しかし、その殆どが魔法騎士科の血気盛んな若者同士なので「むしろそのぐらいの勢いがなければ騎士など務まらない」と、あまり問題視されていない。
 ちなみにリュカスも高等部から魔法騎士科を専攻する予定なので、殴り合い等に巻き込まれてしまうのではないかと、ちょっとロナリアは心配だった。
 そんな魔法騎士科には、年に数回ロナリアの父が講師として学園に招かれている。恐らくこの時に父の『鬼教官』という印象が浸透するのだろう……。

 そんな王立魔法学園は、敷地内に5つの建物がある。
 一つ目は貴族が授業を受ける貴族用の校舎。
 二つ目は平民が授業を受ける平民用の校舎。
 三つ目は男子学生寮。
 四つ目は女子学生寮。
 五つ目は性別身分に関係なく利用できる図書館だ。

 現状ロナリアは、初等部から今日まで母レナリアと一緒にタウンハウスに滞在し、通学している。
 だが、リュカスは中等部に上がったのを切っ掛けに学生寮での暮らしを始めた。
 そんなリュカスの体調管理を気にしたロナリアの母は、頻繁にリュカスを自分達のタウンハウスに招くので、正直なところ授業時間以外の二人が一緒に過ごす時間は初等部の頃から変わらず、いつも一緒だ。

 本日も授業が終わった放課後に幼少期から変わらぬ様子で手を繋ぎながら、二人はロナリアの家の馬車へと向かう為、構内を歩いていた。
 すると、二人の目の前に淡い金色の髪をした愛らしい少女が現れる。服装からして貴族クラスの生徒ではあるようだが、二人は見た事のない顔だったので、どうやら一つ下の後輩らしい。
 その少女は赤い顔をしたまま、リュカスの前で俯き動かなくなる。だが、しばらくすると勇気を振り絞るようにスッと右手を差し出してきた。

「リュ、リュカス様! そ、その……ずっと憧れておりました! 一度だけで良いので握手をして頂けないでしょうか!」

 その要望を聞いたリュカスは、小さく息を吐く。

「一度だけで……いいんだね?」
「は、はい!」
「それでは、どうぞ」

 そう言ってリュカスは、その少女の前にスッと左手を差し出した。すると少女は「あ、ありがとうございます!!」と言って、物凄い勢いでリュカスの左手を両手で握り締める。

 だが……その後、なかなか手を離さない……。

 その状況に呆れた表情を浮かべたリュカスが、盛大にため息をつく。

「失礼。そろそろ手を離して頂きたいのだけれど?」
「え……? あ、その……申し訳ございません……」

 そう口にするも少女は、なかなかリュカスの左手を離さない。その様子にリュカスが、やや苛立つ様に咳ばらいをした。

「申し訳ないのだけれど、君の魔力は全く僕とは相性は良くないよ? だから僕が体調不良を起こす前に早く手を離してもらいたいのだけれど?」

 冷たい口調でリュカスにそう告げられた少女は、顔を真っ赤にした。

「あ、あの! わたくし、そういうつもりでは……」
「最近、こうやって握手を求めて来ては、僕との魔力相性を確認したがる女子生徒が多くて困っているんだよ……。僕は婚約者である彼女以外の魔力は、受け付けない体質だ。それなのに頻繁に握手を求められて、無理矢理体質に合わない魔力を体内に流し込まれると、その都度体調不良を起こして迷惑なんだよね……。近々、学園側にその事で苦情を入れようかと思っているから、もし君の周りで同じような事を考えているご友人がいたら、やめるように忠告してくれないか? 僕が訴えた後だと、恐らく学園側から彼女達に他の学生の学業の妨害行為を行っているという扱いで、それなりのペナルティーが下されてしまうと思うから」

 淡々とした口調で語ったリュカスは、最後にニッコリと微笑んだ。その静かに怒りを含んでいるリュカスの様子に、目の前の少女の顔色は真っ青になる。

「も、申し訳ございませんでした!! 二度とこのような行為は致しません!! ゆ、友人達にもそのように注意を促しておきます!!」

 そして少女は叫ぶ様に謝罪したかと思うと、脱兎のごとく走り去った。その様子にリュカスは、もう一度盛大なため息をつく。

「今日で三人目だよ? もういい加減にして欲しい……」
「仕方ないよ……。リュカ、人気者なんだもの」
「同級生や先輩方は昔から僕らの事を知っているから、この状況はなかったけれど……。中等部に後輩が入って来てからは、こんなのばっかりだ……。そもそも何故、隣にロナがいるのに堂々と、ああいう事をお願いしてくるのかな?」
「うーん……。恋する乙女のパワー?」
「恋する乙女恐怖症になりそうだよ……」

 そう嘆いたリュカスは、何故か急にロナリアの方へと寄りかかって来た。

「リュカ?」
「ごめん……。物凄く気分が悪い……。少しだけ横になりたい……」

 どうやら先程の少女の魔力が少量とはいえ体内に入って来た影響で、気分が悪くなってしまったらしい……。

 常に魔力漏れを起こしているリュカスは、ロナリアの魔力で体内が満たされていない状態の時に自分の魔力と少しでも似た性質のある魔力の持ち主に触れられてしまうと、本人の意志とは関係なく、その魔力が体内に流れ込んで来る。
 初等部の頃は、いつでもロナリアと手を繋げていたので、リュカスの体内は常にロナリアの魔力で満たされていた。その為、このような不具合は殆どなかった。

 だが中等部に上がってからは、男女別々で過ごす時間が増えてしまったので、ロナリアの魔力で満たされている状態を維持出来ない事が増えた。
 その為、先程の様にロナリアの魔力を補充中の時に魔力の性質が少しでも似ている人間に触れられると、その魔力が勝手に体内に入ってきてしまい、体調不良を起こす事が多いのだ。
 基本的に今現在でもロナリアの魔力しか、リュカスの体は受け付けない。

「リュカ……。馬車まで我慢するのは無理?」
「無理……。今すぐ横にならないと吐きそう……」

 そう言って口元を押さえたリュカスの状態を見たロナリアが慌てだす。
 辺りに視線を巡らせると、中庭風になっている場所にあるガゼボが目に入った。そこに誘導しようと、自分の肩にリュカスの右腕を掛ける。
 すると、リュカスの腕がしがみつくように体に巻き付いてきた。

「大丈夫……? あそこで横になれるから、もう少し我慢してね?」
「うん……。ごめんね……ロナ」

 何とかガゼボまで誘導し、中に設置してあるベンチにそっとリュカスを下ろす。
 その隣にロナリアも腰を下ろすと、隣のリュカスがそのままロナリアの膝の上にうつ伏せで倒れ込んで来た。もはやお馴染みな状況なのだが、毎回リュカスがこのように辛そうな状態になるので、ロナリアの方も辛い気持ちになってしまう。

「本当に大丈夫?」
「大丈夫じゃない……。久しぶりに中途半端に相性が合う魔力だったから……予想以上に魔力が大量に流れ込んできて気持ち悪い……」
「なら、握手しなければ良かったのに……」
「まさかここまで体調不良になるなんて思わなかったんだ……。それに握手して無駄だと分からせた後にああいう警告をした方が、効果があるから……」
「だからって毎回、こんな風に体調不良を起こしていたら体が持たないよ?」
「うん……。だから来週辺りに学園の方へ苦情を入れるよ……。それよりロナの魔力、もっと頂戴……」
「ええ~!? 私、今全力でリュカの方に自分の魔力を流し込んでるよ!?」
「全然足りないよ……」

 不満を口にしながらリュカスは、更にロナリアの腰の辺りに抱き付き、その腹部に顔を埋める。かなり辛そうなリュカスの頭をロナリアが労わるように、撫で始めた。艶やかで少し癖のある柔らかいリュカスの漆黒色の髪は、幼少期の頃から撫で心地がいいのだ。

 そんなロナリアは、この8年間の魔力譲渡の訓練のお陰で、リュカスへ流す魔力量をかなり微調整出来るようになっていた。だが、リュカスの体内魔力を一瞬で全開まで満たす方法は、まだ習得していない……。
 その為、現在一番手っ取り早くリュカスの魔力を回復させる方法が、密着度が高いこの膝枕体勢となる。

 だが現状のリュカスは、異物の様に感じてしまうロナリア以外の魔力を取り込んでしまった為、なかなか気持ち悪さは軽減されないようだ。すると、先程リュカスが言っていた握手を求めてきた他二人の事も気になり始める。

「リュカ、さっき『三人目』と言っていたけれど……他二人はどんな子?」
「えっと、確か一人目は寮を出た時に声を掛けてきた平民の子で、二人目はロナと待ち合わせしていた食堂に行く途中に声を掛けてきた……この子も平民クラスの子だったかな。で、最後はさっきの貴族クラスの子」
「待って! 何で平民クラスの子が貴族クラスの校舎にいるの!?」
「あー……。平民クラスって、殆どは将来の事を真面目に考えている特待生の子なんだけれど、たまに貴族との接点を求めている子もいるんだよね……。今日、僕に声を掛けてきた子達もそういう目的を持って入学したんだと思う」
「ええ!? 折角、魔力に恵まれて魔法学園に入れたのに、ここで結婚相手を探してるって事!?」
「そうみたいだね。そういう意味だと彼女達は、ここに何しに来たんだろう……」
「信じられない……。だったら、その魔力性質、私と交換して欲しい!」
「ダメだよ……。そんな事になったら僕が困る」
「あっ、そっか」

 そんな会話をしていたら、カツカツと甲高い靴音が二人に近づいてきた。
 その音がする方に二人がそっと視線を向けると、見事な巻き毛の金髪に淡い水色の大きな瞳を持つ美少女が、鬼気迫る表情で近づいて来る。

「あなた方!! このような公共の場で、年頃の男女が過剰に触れ合うなど、はしたない行為だと思わないのですかっ!?」

 こちらに近づきながら、そう忠告してきた美少女の顔を確認出来た二人は、その少女の名前を見事に声を重ねて口にした。

「「ティアディーゼ様」」

 すると、目の前まで近付いてきた少女が大きな瞳を更に大きくし、その後盛大にため息をつく。

「あなた方でしたか……。先程、数名の女子生徒から、公共の場で破廉恥な触れ合いをしている男女がいると報告を受けたのですが……とんだ無駄足でしたわね」
「破廉恥って……酷い。私はただ具合が悪くなったリュカを介抱していただけなのに……」
「本当にねー」

 ロナリアの腹部に引っ付いたまま、同意するように相槌を打ったリュカスの頭にティアディーゼと呼ばれた美少女の扇子が、パシンと打ち込まれる。

「痛っ!! ティアディーゼ様、酷い!!」
「酷いのは、今のあなたの現状です!! リュカス・エルトメニア!! いくらあなた方が婚約者同士で、更に特殊な魔力体質とはいえ、後輩達はその事を知らないのですよ!? それなのにこのような目立つ場所で、ひ……膝枕など――っ!!」

 ティアディーゼは、この学園に入学した初日にロナリアが一番最初に親しくなった侯爵令嬢だ。入学式の際、ずっと手を繋ぎ合っていた二人を注意してきたのも彼女である。だがそれが切っ掛けで、ロナリアは彼女と友人になり、今では同性の中で一番仲が良い。そんな彼女は現在、第三王子の婚約者候補の筆頭でもある。

「大体、ロナもロナです!! あなたは婚約者に対して、少々甘すぎるのではありませんか!?」
「でも……リュカ、他の子の魔力が体内に入って具合悪くなっちゃったから」

 それを聞いたティアディーゼは、大きな瞳をキッとつり上げた。

「またですの!? リュカス・エルトメニア!! あなた、いい加減にその件で学園の方に抗議申請をするべきだわ!!」
「週明けにそうするつもりです……」
「対応が遅すぎます!! もしこの事であらぬ噂が立てば、ロナの淑女としての素養が、疑われるかもしれないのですよ!? もう少し危機感をお持ちになった方が、よろしいのではなくて!?」

 まるで母親のように小言を言ってくるティアディーゼだが、これは初めて出会った時からなので、二人共慣れてしまっている。
 ちなみに彼女は自分よりも身分が下の男子生徒は、全員フルネームで呼ぶ。恐らく同学年の生徒全員の名前と爵位を全て覚えているのだろう。
 それだけ彼女は、幼少の頃から真面目な性格なのだ。

 だが、主にその小言対象になる事が多いリュカスは、正直面倒な人物と感じている。その為、追い払い方も心得ていた。

「あっ、ティアディーゼ様。あちらでエクトル殿下が、数名のご令嬢達に囲まれて困惑されてますよ?」
「何ですって!? 全く!! また殿下はっ!!」

 そう言って再びカツカツと高らかに靴音を立てながら、ティアディーゼはリュカスの教えた場所の方へと、突進していった。

 ちなみにエクトル殿下とは、この国の第三王子で三人とも同学年である。
 リュカスが遠目で確認した光景は、数名の令嬢達に囲まれ、非常に困惑しているエクトルの姿だったのだが、そこへティアディーゼが突撃して行くと、あからさまにエクトルは安堵の表情を浮かべた。
 その様子を見たロナリアが、ボソリと呟く。

「あれは……男性という立場で考えた場合、いいのかな?」
「男性の前に王族として、どうかと思うよ?」
「リュカって、将来的にエクトル殿下の側近候補じゃなかった?」
「まぁ、一応。でもさっさとアーバント家に婿入りして逃げるけど」
「どうして? 第三王子の側近の経歴があれば箔が付くよ?」
「嫌だよ……。だってオマケでティアディーゼ様が付いて来るじゃないか」
「ティアディーゼ様は良い人だよ。私とも仲良くしてくださるし」
「ロナにとってそうでも僕にとっては、口うるさい親戚のおばさんだ」
「あんな美少女に対して酷い……」
「顔の良さなら僕も負けてないから」
「リュカって成長する毎に性格が悪くなってる気がする」
「ロナには絶対、意地悪しないから大丈夫だよ?」
「そういう問題じゃないから……」

 そんな二人も何も知らない後輩達からは、公共の場で過剰にスキンシップを繰り返す傍迷惑なカップルとして見られているのだが……。この時の二人は、自分達がそんな風に周囲から見られているとは、一切気付いていなかった。

 だがその感覚は、お互い無意識にそう思い込もうとしていただけだったのかもしれないと、後に思い返す事となる。
 それだけ二人の関係は親密になり過ぎていたので、自分達が抱き始めていた感情に対して、盲目になってしまっていたのだ。
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