女神様の赤い糸

ハチ助

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【番外編】

秘密の文通(前編)

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【※こちらは姉のセルフィーユ視点の話になります】


 6歳の頃、初めて参加させられたお茶会は、セルフィーユにとって苦痛でしかなかった。そしてこの時ほど、妹のシャーロットの存在を欲した事はない……。

 そんなセルフィーユは、父の後ろに隠れるように後ろをくっ付いていた。
 すると同じ年頃の令嬢達が、セルフィーユの事をチラチラみながら、何かを囁きクスクスと笑ってくる。そして同じ年頃の令息達もセルフィーユの事を遠巻きにしながら、ニヤニヤと何か企むような笑みを浮かべていた。

 今回のお茶会は、織物関連の事業を売りにしている伯爵クラスから男爵クラスまでの爵位の人間が参加しているものだ。
 クスクス笑いやニヤニヤ顔をした自信満々の表情の子供達は、恐らく伯爵クラスの家の子供だろう。

 そしてセルフィーユと同じように息を殺し、この状況をやり過ごそうとしている子供達もいるが、それは男爵家の子供達のようだ。
 彼らは下手に目立って、伯爵家の子供達に絡まれる事の恐ろしさを知っている。
 そして同じ男爵家の子達と身を寄せ合って、防御に徹していた。

 セルフィーユも同じように自分と同じ立場で孤立している子がいないか、辺りをキョロキョロしてみた。
 しかし……今回初めて参加したのは自分だけのようで、男爵家の方でも殆どグループが出来ていて、入れそうにもない……。
 例えそういう同じ境遇の子がいたとしても人見知りの激しいセルフィーユでは、声など掛けられはしないだろう。

 そんな不安に押しつぶされそうなセルフィーユに三人の伯爵令嬢と思われる少女達が声を掛けてきた。
 一瞬、同情して声を掛けてきてくれたのかと思ったが、彼女達が浮かべている笑みを見て、セルフィーユは落胆する。

「あなた、参加は今回初めて?」
「は、はい……」
「良かったら、あっちで私達とお話しない?」

 そう誘って来た令嬢達だが、明らかに好意的な意味合いからではない。
 見下すような表情で、お互いにクスクスと忍び笑いをしている。
 正直、セルフィーユは行きたくないと思い、思わず父の服を引っ張る。

「おや? セフィ、もうお友達が出来たのかい?」

 呑気な父はそう言い、セルフィーユに一緒に遊んでくるように勧めてきた。
 仕方なくその令嬢達に連れられ、ケーキが並んでいるテーブルの方へと誘導される。すると、急に後ろから髪を一房引っ張られた。

「お前、新参者だろ?」

 そう言って髪を引っ張って来たのは、先程セルフィーユを見てニヤニヤしていた伯爵令息と思われる男の子4人組だった。
 その瞬間、セルフィーユは身を強張らせた。
 そしてそのセルフィーユの怯えている反応をそのリーダー格の男の子は、すぐに読み取り、更に威圧的な態度で髪を何度か引っ張って来る。

「お前、アデレード家の人間だろ? 知っているか? 子爵家は伯爵家より下なんだぞ?」

 当たり前の事を勝ち誇りながら口にしたそのリーダー格の男の子は、更に何度も掴んでいるセルフィーユの髪を引っ張った。
 勢いはなないが、地味に痛い。

「やめて!! どうして髪を引っ張るの!?」

 やや涙目になったセルフィーユが、必死にその男の子の手から自分の髪を引き抜こうとするが、男の子はニヤニヤしながら、全く解放してくれる気がない。
 そしてセルフィーユを誘って来た令嬢達もその様子見て、ニヤニヤしている。

「お前、子爵令嬢の癖に目立って生意気なんだよ!」

 そう言って、男の子はセルフィーユの腕をも掴もうとしてきた。
 それをセルフィーユは必死にかわし、父の元まで逃げ切りしがみつく。

「セフィ? どうした? 皆と遊んでこなかったのか?」

 その父の言葉にセルフィーユはイヤイヤをしながら、更にしがみついた。
 そして気付かれないように先程の7人の伯爵家の子供達の方に目をやると、まだセルフィーユの事を見ており、やはりニヤニヤしている。
 その様子に恐怖を感じたセルフィーユは、このお茶会が終わるまで、父にしがみついていようと決めたのだが……。
 父も父で商談に繋がりそうな交流をしなければならないので、セルフィーユに構ってはいられなかった。

 どうして今日に限ってシャーロットは、いないのだろう……。

 そう思ったセルフィーユは、更に父にしがみ付く。
 妹シャーロットは、昨日から熱を出し寝込んでいるのだ……。
 そしてその看病で母もこのお茶会には参加していない。
 その母の代わりに長女のセルフィーユが、本日人生で初のお茶会に参加しているのだが……やや内気な性格のセルフィーユは人見知りをする。
 そんなオドオドしているセルフィーユは、あの伯爵家の子供達にとって、いい玩具的な存在なのだろう。

 その為、セルフィーユは交流関係の醸成に励んでいる父に必死に引っ付いていた。少しでも父から離れてしまうと、先程の男の子達に囲まれてしまう……。
 そう身の危険を感じたからだ。

 しかし、しばらくするとこのお茶会の主催者である伯爵夫妻からの挨拶が始まる。
 会場の視線が一斉にその伯爵夫妻に注目した。
 それはもちろん、セルフィーユに絡んで来た子供達も同様だ。
 その隙をつき、セルフィーユはこっそり会場から離れて中庭へと逃げ出す。
 幸いな事に先程の伯爵家の子供達は、誰一人その事に気付かなかったようだ。

 中庭まで逃げ切ったセルフィーユは、全力疾走してしまった所為で荒くなってしまった息を整える。
 誰もいない中庭には、何個かのベンチが設置されていたので、その一つにセルフィーユは腰を下ろし、やっと安堵した。

 そして先程、髪を引っ張って来た男の子の事を思い返す。
 どうして初対面の自分に対して、急に嫌がらせをしてきたのだろうか……。
 そんなに自分は嫌われやすい人間なのだろうか……。
 6歳のセルフィーユには、まだ複雑な人間関係がよく分からない。
 相手が意地悪をしてくるという事は、その相手は自分の事を嫌っているという単純な考えしか出来ないのだ。
 まだ会ったばかりの相手から、自分は一瞬で嫌われてしまう存在なのだと考えてしまったセルフィーユは、急に悲しくなった。

 そして同時にあの男の子達がいる会場に戻る事も怖いと感じてしまう……。
 そんな恐怖心を抱いてしまったセルフィーユは、このままお茶会が終わるまで、誰も来ないこの場所でやり過ごそうと思い、時間が過ぎるまでここで耐え凌ごうと瞳を閉じた。
 だが次の瞬間、心臓が飛び出しそうな程、驚く。

「こんな所で何をやっているの? 一人でいたら危ないよ?」

 急に声を掛けられたセルフィーユは、慌てて逃げ出そうとした。
 しかし、その声のした方に視線を向けると、まるでお姫様のように美しい顔立ちの男の子が不思議そうな表情を浮かべて立っている。
 華奢で色白のその男の子は、どうやらセルフィーユより少し年上のようだ。
 今にも壊れてしまいそうなその美しい少年にセルフィーユは、釘付けとなった。

「早く会場の方に戻った方がいいよ?」

 再度、男の子に声を掛けられて我に返ったセルフィーユだが、男の子のその助言に対して、駄々をこねるように首を左右に振った。

「どうして戻りたくないの?」
「戻ったら……意地悪してくる男の子達がいるから……」

 そう言ってセルフィーユは、悔しそうにギュッとドレスを握りしめる。
 すると男の子が近づいてきて、セルフィーユの隣に座った。

「その子達とは知り合い?」
「今日初めて会った子達……」
「それなのに君に意地悪してきたの?」
「うん……。きっと会っただけで、私の事を嫌いになったんだわ……」

 人懐っこい妹のシャーロットと違い、セルフィーユは人見知りをする。
 その為、親戚等での集まりでも周りがセルフィーユを気遣い、あまり声を掛けてこない。しかし妹のシャーロットは、笑顔を向けられ声を掛けられていた。
 その状況を6歳のセルフィーユは、自分の人見知りが原因とは気付けず、ずっと自分は周りからよく思われない存在だと勘違いしてしまっていた。
 しかし隣の男の子は、そのセルフィーユの考えに疑問を抱いたようだ。

「それは……ちょっと違うのではないかな?」
「え?」
「だって本当に嫌いならば、わざわざ君に声を掛けてきたりはしないだろ?」
「で、でも……いきなり髪を引っ張られたし……」
「それこそ変だよ。君は嫌いな相手の髪の毛に平気で触れるの? 僕はちょっと嫌だな……」

 そう言われたセルフィーユは、大きく目を見開く。
 確かに自分も嫌いな相手の髪になど、触れたくない。
 それどころか会話すらしたくない。
 それなのにあの男の子は、あまりいい感情を抱いていないはずの自分に必要以上に絡んできたのだ。

「じゃ、じゃあ! どうしてあの子達は、私に意地悪してきたの!?」
「それはその子じゃないから僕には、分からないなー。だったら、その子に直接聞けばいいのではないかな?」
「ど、どうやって……?」
「『どうしてあなたは、わざわざ嫌いな私に声を掛け、平気で髪に触れるの?』って。多分、向こうは君の事が気にくわないとか言ってくるだろうから、その時は君が思った疑問を彼にぶつければいいと思う。『私は嫌いなあなたの髪には触りたくないし、話もしたくもないのに何故あなたは、自分が嫌な思いをしてしまう事をわざわざしてくるの?』って。そうすれば、彼はきっとその理由を教えてくれるはずだよ?」

 そう言って、その男の子は天使のような微笑みを浮かべた。
 しかしその原因追及方法はセルフィーユにとって、かなり勇気がいる方法だ。

「で、でも……それって『私はあなたの事が嫌いです』って言っているから、そんな酷い事を言われた男の子は、ますます怒って意地悪してきそう……」

 セルフィーユがポツリと零すと、その男の子は一瞬だけ驚いた表情をし、そのすぐ後に優しそうな笑みを浮かべ直した。

「君はとても優しい子だね。だからこそ僕は、その男の子の行動は許せないな。だって何もしていない初めて会ったばかりの君にその子は、いきなり意地悪な事をして来たのだろう? そっちの方が酷いと思うよ?」
「そ、それは……」
「それにその男の子は、もしかしたら自分が君の事を嫌いだって事に気付いていないのかもしれない。見ているだけでイライラするから、意地悪したくなるだけとしか思っていないのかも……。ならば君がその事を教えてあげれば、その子も君が嫌いだから、そう思ってしまうって気付けるし。そうなれば君もその子もお互い嫌いな者同士なのだが、話す必要がないって分かるだろ?」
「で、でも……」

 それでも相手に『嫌いです』という事を伝える行為に抵抗があるセルフィーユ。
 いくら気にくわない相手からとは言え、言われたらいい気分はしないはずだ。
 そうなれば、きっともっと酷い意地悪をされてしまうかもしれない……。
 そんな不安を読み取ったのか、その男の子はセルフィーユの頭を撫でてきた。

「大丈夫。その子は絶対に怒ったりはしないはずだよ。だから君は、しっかりと自分がその子に対して感じている気持ちを正直に伝えてごらん? そうすればその子は、もう君に意地悪をしてこなくなるから」
「本当……?」
「うん。だからほんの少し……勇気を出して頑張ってみて?」

 まるでその勇気を与えてくれるように頭を撫でてくるその男の子にセルフィーユは、小さく頷いた。
 そのセルフィーユの反応に男の子の方も微笑みを深める。
 しかし、男の子が急に何かに気付いた様子を見せた。

「そういえば……今日のお茶会に君のお友達は来ていないの?」
「私……今日、初めてお茶会に参加したの……」

 普段でも内気なセルフィーユには、友人と呼べる存在がいない。
 逆に妹のシャーロットは、その人懐っこさで友人をすぐに作ってしまう。
 自分に友人がいない事に引け目を感じたセルフィーユは、思わず言葉を濁した。
 すると、その男の子がニッコリと微笑む。

「なら僕と一緒だ。僕も今日のお茶会が初めてなんだ」
「そうなの? 私よりも年上なのに?」

 そのセルフィーユの言葉に何故か男の子が、悲しそうな笑みを浮かべた。

「僕は体が弱くてね……。あまりこういう場には今まで参加させて貰えなかったんだ。いつもは僕の代わりに弟が参加させられていたのだけれど、今日は、嫌がってどこかに隠れてしまって……。それで急遽僕が参加する事になったんだ」
「あなたにも弟がいるの? 私にも可愛い妹がいるの!」
「へぇ~。どんな妹なの?」
「私と違って、明るくて元気いっぱいで、凄く可愛いの! でもこの間からずっと絵本の『女神様の赤い糸』ばかりを読んで欲しいとおねだりしてきて……。一日に5回も読まされるから、それはちょっと大変なの……」
「妹さんは絵本が好きなんだ」
「いいえ。好きなのはその『女神様の赤い糸』の絵本だけ。他の絵本も面白いお話がたくさんあるのに……妹は、その絵本しか好きではないの」

 妹の話になると、つい瞳をキラキラさせて語り出してしまうセルフィーユ。
 それだけ妹のシャーロットは、セルフィーユにとって太陽のような存在なのだ。
 そんなセルフィーユの様子に男の子は、更に目を細めて微笑む。

「それでは君の方が絵本を好きなの?」
「ええ。絵本だけでなく、絵のない普通の物語の本も読むのは大好き!」
「そうか。じゃあ『ミシェルの魔法の靴』は読んだ事ある?」
「あの空飛ぶ靴を履いて冒険するお話でしょ!? 私、あのお話大好き!」

 今まで自分の周りには本好きな子がいなかったセルフィーユは、嬉しさのあまり初めて会ったその男の子に夢中になって、今まで読んだ本の話を語った。
 そして男の子は、セルフィーユ以上に読書家で、まだセルフィーユが読んでいない面白い本をたくさん教えてくれた。
 人見知りで初対面の人間と話す事が苦手なセルフィーユだが、何故かこの少年だけは、スッと心の中に入って来て、すんなりと打ち解けられた。

 しかしそんな楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう……。
 二人で本の話で盛り上がっていると、男の子の後ろから二十代前半くらいの品のある美しい貴婦人が姿を現したのだ。

「まぁ、シス! こんなところにいたのね!? 迷子になってしまったかと思って、お屋敷中を探したのよ!?」

 呆れと優しさも感じられるような困った笑みを浮かべた貴婦人に窘められ、その男の子が少し肩をすくめた。

「叔母上、申し訳ございません……。少し人の多さに酔ってしまい、こちらで少々休んでおりました」
「そうだったの……。ごめんなさいね。あなたの体調不良に気付けなくて……。ところで……そちらの愛らしいお嬢さんは?」
「先程、ここで偶然一緒になり、彼女も読書好きだったので、つい本の話で盛り上がってしまいました。叔母上には、ご心配をお掛けしてしまい、本当に申し訳ございません……」

 すると何故か、その貴婦人が瞳を煌めかせながらセルフィーユを見つめてきた。

「まぁまぁまぁ! こんな美しくて愛らしいお嬢さんと、ずっとここでお話をしていたの!? シス、あなたは本当に運がいいのね! こんな愛らしいお嬢さんが一人でいる場所に偶然出くわすなんて!」
「ええ。本当に」

 例え社交辞令とは分かっていてもセルフィーユは、思わず顔を赤らめてしまう。
 同時に叔母とは言え、大人と対等に会話をしているこの男の子の利発そうな雰囲気から、自分よりもずっと爵位の高い家柄の子ではないかとも思った。

「でもね……。とても残念なのだけれど、あなたのお父様があなたの事を血眼になって探しているの。早く連れ戻さないと血管が切れそうな程、取り乱しているから……」
「分かりました。すぐに戻ります」

 苦笑しながら、自身の叔母にそう伝えた男の子は、改めてセルフィーユの方に向き直る。

「今日は僕の話し相手になってくれて、ありがとう。それじゃあ……」
「待って!!」

 叔母と一緒に立ち去ろうとしていた男の子をセルフィーユが引き留めた。

「あ、あの……。またどこかで会える……?」

 そのセルフィーユの言葉に男の子が、大きく目を見開いた。
 しかし次の瞬間、男の子は酷く悲しそうな笑みをすぐに浮かべる。

「ごめんね……。恐らく僕がこういう社交場に参加するのは、今日が最初で最後だと思う。だから、もう会う事は難しいかも……」
「そ、そんな……。折角お友達になれたのに……」

 それを聞いたセルフィーユは、ギュッとドレスを握りしめ、今にも泣き出しそうな表情で俯いてしまった。そして男の子の方も悲しそうに目を伏せる。
 すると、そんな二人の様子を察した貴婦人が、ある事を提案した。

「それならば二人でお手紙のやり取りをしたら、どうかしら?」
「叔母上……そのような事、父が許しくれるはずが……」
「そうね。でも間にわたくしが入れば、どうかしら?」

 まるで、いたずらでも企むような楽しそうな笑みを浮かべた貴婦人の提案に男の子の瞳に光が宿る。
 だがセルフィーユには、まだ貴婦人の言葉の意図がよく分からない。

「いいのですか……? もし父に気付かれでもしたら……」
「大丈夫よ! だって今日からあなたはわたくしの元で生活するのだから。流石にその状況ならば、あなたのお父様も監視は出来ないでしょう?」

 二人の秘密の話し合いに一人参加出来ていないセルフィーユは、少し戸惑う。
 そんなセルフィーユに気付いた貴婦人が、ニッコリと微笑みかけてきた。

「今お話しているのはね、あなたと甥がお手紙のやりとりをする際、わたくしが二人のお手紙の送り先になるという事なの。甥の父は、とても厳しい人だから、見知らぬお嬢さんとお手紙のやり取りをする事にいい顔をしないの。そしてあなたの方でも見ず知らずの男の子とのお手紙のやりとりをする事は、あなたのお父様が、あまりいい顔をなさらないと思うわ。でも手紙の送り先が、お茶会で親しくなった伯爵夫人ならば、安心してくださるでしょ?」

 その話で、初めてセルフィーユが、この貴婦人が伯爵夫人である事を知る。

「もしよければ、わたくしの甥とお手紙のやりとりをして頂けないかしら?」

 その伯爵夫人の申し出にセルフィーユが頬を紅潮させる。

「は、はい! 是非!」
「まぁ。それではあなたのお名前を教えてくださる?」
「わたくしは……」
「叔母上、少しお待ち頂けますか?」

 セルフィーユが名乗ろうとした際、急に男の子が被せる様に口を挟んできた。

「その……お互いの素性は、内密のままでやり取りをした方が良いかと……」
「シス? でも折角……」
「この先、僕に何が起こるか分かりません。それに今は幼い身なので問題はございませんが、時が経てばこちらのご令嬢もしかるべきお相手が現れるかと。その事を考えれば、このままお互いの事は知らぬ状態の方が、手紙のやりともりもやりやすいのではと思いまして……」

 男の子のその言葉に伯爵夫人が、酷く悲しげな表情を浮かべた。

「シス……あなた、まだそんな事を……」
「手紙のやり取りは、僕にとってはこの上なく喜ばしいご提案です。ですが、彼女がどこの誰かを知ってしまえば、色々と覚悟しなければならない未来がやって来てしまう気がして……。ですから、そのようにご配慮頂けませんか?」

 そう伯爵夫人に告げながら、自分に視線を向けてくる男の子の様子から、何か深い理由があると感じ取ったセルフィーユ。
 そしてその理由は、何故か深く追及してはならないと感じてしまった。

「わたくしは、構いません。シス様とお手紙のやり取りが出来るのであれば、そちらの条件を守るとお約束いたします」
「でも……」
「叔母上、どうかお願い致します」

 その甥の願いをどこか悲しげな笑みを浮かべながら、伯爵夫人が受け入れる。

「二人共、本当にそれでいいのね……? 分かったわ」

 そう言って伯爵夫人は、再びセルフィーユに向き直る。

「お嬢さん。わたくしにだけ、あなたのお名前を教えてくださる?」

 少し寂しさをまとった笑みを浮かべながら、優しくそう尋ねて来た伯爵夫人にだけ、セルフィーユはそっと自身の名前を告げ、そのまま三人は別れた。
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