名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第二章

魔王と魔法使いの戦い

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「あら?」
 突然地面が抜けて、リディアは驚いた。魔王まで後もう少しというところで、足元が崩れ去った。
「落とし穴?」
 体が落下する。一体いつの間にこんな罠を仕掛けていたのだろう。すでに夜が訪れ、周囲が見えにくくなっていたとはいえ、こんな罠に引っかかるとは思わなかった。

「うわっ! 気持ち悪っ!」

 落下する中、リディアは穴の底で何体ものモグラがいるのに気づいた。ただのモグラではなく、一体一体が山羊ほどの大きさがあった。前に突き出た豚のような鼻、目があるのかどうかもわからない異形の魔物に、リディアは気持ち悪さを感じてしまう。落ちてきた獲物を貪ろうと、モグラの魔物たちが一斉に長い爪を伸ばした。

 リディアは伸ばされて来た手をすべて切り落とし、魔物の頭の上に着地した。
「この穴ってまだ下まであるのかしら」
 苦痛に喘ぐ魔物の頭を切り落とし、周囲にいたモグラたちもすべて斬り捨てた。魔物が消失し、リディアは穴の底へと降り立った。
 泥に足を取られ、リディアは眉を寄せる。底の土が軟らかい。ただでさえ夜で周囲が見えにくいのに、この穴の中だった。丸く切り取られた夜空しか見ることができない。


「シシィちゃーん! たすけてー!」

 とりあえず叫んでみるが返事は無い。穴の直径は普通の井戸よりも相当大きく、小さな部屋であればそのまま入るのではないかというほどだった。

「自分で出なきゃダメか」

 リディアは足にぐっと力を入れて跳びあがろうとした。その時、上から何かが降ってきた。魔物だった。双頭の犬が数頭飛び込んできたので、リディアはそれを斬り裂いた。
「星が降るような夜に魔物が降ってくるとか、災難だわ」
 薄々予想はしていたが、犬の魔物だけでなく一つ目のトロルやら猪などその種類は様々だった。さすがに小型の魔物ともなるとこれだけ視界が悪い状態では目視しにくい。

「まずいわね」

 何体かの魔物は底に辿り着き、リディアに向かって一斉に襲い掛かった。それらを剣で真っ二つにしながら、リディアは視線を上に向けた。まだまだ落ちてくる。一体どれだけの魔物を落とすつもりなのだろう。
 さすがにこれだけの量が落ちてくるとは思わなかった。落ちてくる魔物の中には、相当重いものもある。それだけでなく、爪や牙を向けてくる。炎を吐くものも、毒を吐き散らすものもいた。どれだけ魔物を始末すればこの魔物の雨は止むのだろう。

「どうしましょ、とりあえず足場を作らないとダメね」

 落ちてくる魔物の中で、とりあえず頑丈そうなトロルに目を付けた。底にずしんと降り立ったトロルが、丸太のような腕を振りかざして迫ってくる。リディアはその顔面を踵で蹴り飛ばした。魔物の顔面が陥没する。すぐさま剣でトロルの両腕を切断し、足も膝から下を切り落とした。

「死なないでよね」

 とりあえず踏みやすそうな魔物たちを半殺しにして敷き詰める。
「シシィは大丈夫かしら? 聖冠がまだ出てるってことは生きてるんでしょうけど」
 降り止まぬ魔物に晒されながら、リディアは相棒のことを思った。









 アデルは思わず右拳を握り締めた。同時に鋭い痛みが走り、歯を食い縛る。緑色の魔物も快哉を叫んでいた。
「やったぞ、奴が落ちた! 魔物たちよ、あの穴に飛び込め、押し潰せ!」
 よほど嬉しかったのか、緑色の魔物のしゃがれ声が弾む。

 もしもの為にと、追加でモグラの魔物を呼んでいた。そいつらに落とし穴をいくつも掘らせ、あの二人を落とすつもりでいた。さすがに二人とも落ちるわけがないと思っていたし、もしかしたらどちらも回避していたかもしれない。
 だが、あの勇者はあっさりと引っかかってくれた。二本足で立つ人間である以上、大地が無ければ動くことなど出来ない。いくら強いとはいえ、重力を振り切ることなど出来ないだろう。
 あの勇者であれば穴に落ちても出てきかねない。そこで魔物たちを次々と穴に飛び込ませ、押し潰す作戦に出た。

 これであの勇者はもう行動できないだろう。後は勇者の相棒である魔法使いを始末すればいい。勇者が落ちた瞬間に、ソフィが魔法を放っていた。炎の蛇は空中を螺旋状に泳ぎながら魔法使いへ向かう。口を開き、あの華奢な体を丸飲みにしようとしていた。魔法使いが慌てて魔法を出し、それで炎の蛇を逸らす。
 まだ魔法が使えるということに、驚かずにはいられない。魔物たちと戦いながら氷の矢を撒き散らしていたというのに、まだ向こうの魔力が尽きる気配がない。

 呆れながら、アデルが呟く。
「あの魔法使い、一体どうなっておるんじゃ」
「俺が知る人間の魔法使いでは、二番目というところだな。さすがあの勇者の相棒なだけのことはある。だがもう終わりだ、いずれ魔力が尽きる。その後は魔物たちに嬲り殺しだ」
 緑色の魔物が濁った目をぎらりと鈍く輝かせてそう言った。

 向こうの魔力が尽きるだろうという意見には同意できた。最初にとんでもない魔法を二発、その後も延々と戦い続けている。ソフィの魔法を防ぐために大きな魔法を出したりもしていた。

 緑色の魔物がしわがれた声で笑い、さらに続ける。
「後は奴の魔力が尽きるように……」
 そこまで言った瞬間だった。敵の魔法使いの頭上に、巨大な炎の鷲が姿を現した。翼も、大きな嘴もすべてが炎で出来ていた。炎の鷲が羽ばたくと、雨覆が抜け落ちて空中に火の子が振りまかれる。
 翼を広げた長さは、アデルの身長でさえも軽々と超えているようだった。その炎の鷲がばさりと羽ばたく度に、熱風が巻き起こる。

 アデルも思わず顎を落としかけた。魔力が尽きかけている者が出すような魔法ではないことは、一目で判断できる。それどころか、あれは普通の魔法使いでは出すことすら出来ない高等魔法だろうと思えた。
 炎の鷲に気づいたソフィが、驚きながらも強気で言う。

「最後の悪あがきに決まっておるのじゃ! あんな鳥など消し去ってくれる!」
 ソフィが杖をまっすぐ魔法使いに向け、呪文を詠唱する。周囲に冷気が漂い、ソフィの杖の前に百近い個数の氷の礫が浮かんだ。ソフィの言葉と同時に、氷たちが矢のように放たれる。もはや散弾と変わりない攻撃だとアデルは思った。さすがにこれだけの攻撃ならば、どれかが魔法使いに直撃するだろう。アデルはそう思って目を凝らした。

 氷の礫が炎の鷲にぶつかり、消滅した。あれだけの攻撃を受けた炎の鷲は、変わることなく羽ばたきを続けている。火の粉を撒き散らしながら、炎の鷲が猛禽の鋭い目でソフィを見据えた。

「お、おのれ! まだあるのじゃ!」

 ソフィがさらに水の束を打ち出す。相手が炎ならばと水を出したのだろう。だが、直線的なその攻撃を魔法使いは走り出すことで回避した。体は小さいようだが、走るのは速い。

「ソフィよ、おぬしは魔力のほうは大丈夫なのか?」
「妾なら大丈夫じゃ! と思う」
 威勢のよさは最後まで続かなかった。

 緑色の魔物が叫んだ。
「馬鹿な! ありえん!」
 どこを見ているのかと、アデルも同じ場所へ視線を向けた。勇者が落ちた穴から、青白い光が溢れていた。あれは魔物が消滅する時に出る光。
 それが何を意味しているのか考えたくもないが、現実に起こっている以上は無視できない。

 あの穴に落ちてなお、勇者は上から落ちてくる何十体もの魔物たちを屠り続けているのだ。魔物に押し潰されるどころか、魔物たちがのこのこやって来ているとでも思っているのかもしれない。
「いや、こちらにはゴーレムがいる! いくらあの勇者が強いとはいえ、奴を一撃で倒すなど不可能!」
 緑色の魔物がそう言うと、ゴーレムの巨体が穴へと向かって歩き始めた。動きは遅いが、ゴーレムが到達するまでの間に勇者があの穴を抜け出てくることはないはず。

 甘い期待は炎の鷲によって焦がされ苦味を帯びた。あの魔法使いの指示によってか、炎の鷲はその嘴の奥から炎を吐き出し、それがゴーレムの胸を貫通する。
「まだだ!」
 緑色の魔物が声を張り上げる。ゴーレムは胸を貫かれてなお歩みを止めていなかった。あれだけ頑丈な魔物であれば、勇者といえども押し潰されて身動きができなくなるだろう。
 体中から炎を吹き出しながら、ゴーレムが重たい一歩を前へ踏み出した。もう少し。

 魔法使いがさらに何かの魔法を繰り出していた。魔法使いにずっと視線を向けていたソフィが驚愕に声をあげる。
「ななな、なんじゃあの巨大な猫は」
「虎か?! 実物を見たことはないが、話に聞いたことがある」

 魔法使いの傍に、巨大な猫科の動物が現れていた。その体表は白く、周囲の空気を凍らせるかのような冷たい霜を噴き上げている。何かの本で読んだ、虎という生き物にそっくりだった。
 虎というのは獅子のように強い動物だという。

 白い虎が跳び出すように駆け出した。一直線にゴーレムへと向かう。馬よりも走るのが速いのではないかと思えた。その白い虎が牙を剥き出し、その口から青白い光線を吐き出す。

 バキバキバキッ、と枝をいくつも折るような音が轟き、ゴーレムの体表が氷で覆われる。
 その音が一際大きくなったかと思うと、ゴーレムの体が粉々に砕けた。青白い光の粒だけを残して、ゴーレムの巨体が消滅する。

 アデルは思わず言葉を無くしてしまった。あの魔法使いの魔力はもうすぐ尽きるだろうというのは、ただの甘い幻想だったのだろうか。あれだけの魔法を使えるというだけでも、世の中に存在する魔法使い達とは比べ物にならないというのに、あの女は平気で次から次へと強力な魔法を繰り出してくる。
 これが勇者の相棒。


 ソフィが声を震わせながら言う。
「ま、まだ妾の魔法があるのじゃ!」

 いくつもの魔法を同時に放つソフィだったが、その表情はすぐに落胆に染まる。あの魔法使いは魔法すら使わず、ただ自分の体を走らせることで攻撃を避けた。ソフィは声が滲ませる。
「おのれ、あの小娘! なんとすばしっこい!」
 ソフィのほうが相当に幼いと思ったが、アデルはわざわざ口にしなかった。

 白い虎が駆け回り、三人の背後へと向かう。炎の鷲が高く舞い上がり、翼を広げた。
 緑色の魔物が大声で言う。
「まずい、囲まれるぞ」

 アデルは背後に回りこんだ白い虎に首を向けた。魔法使いの動向にも注意が必要になる。さらに上空には炎の鷲。
 もはやどれに対しても対策が無い。

 走り回っていた魔法使いが足を止める。その杖の周囲に、拳大ほどの火の球が十個ほど浮かび上がった。魔法使いが口を開くと、そのすべてがこちらに向かって放たれた。

 アデルの正面に、ソフィが躍り出る。ソフィは杖をまっすぐに掲げ、歯を食い縛った。放たれた火の球がソフィの防御魔法ですべて弾かれる。爆炎がソフィのすぐ先でもうもうと立ち上がった。視界が煙に遮られ、魔法使いの姿が見えなくなる。あの魔法使いが出したにしては、それほど強い魔法ではない。魔力を節約したいのか、そう思った瞬間だった。
 横に回りこんでいた魔法使いが、緑色の魔物に向かって氷の矢を数本放っていた。

 氷の矢の一本が、緑色の魔物の太ももを貫いた。
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