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第二部 第二章
魔王、面白くない
しおりを挟むソフィは前を歩くアデルと魔法使いの背中を眺めながら、今日何度目かわからない溜息を吐いた。
昨日の平原を目指して森の中を進むが、二人の歩く速さは自分のものより随分と速くて付いていくのがやっとだった。その速さだけで、アデルの頭の中から自分の存在が抜け落ちているのがわかって苛立ちを覚える。
何よりも、アデルとあの魔法使いが仲良くお喋りに興じているのも腹が立った。
魔法使いの前では二頭の馬が大きな尻尾を振りながらのんびりと歩いている。そのうちの一頭には、魔法使いの私物らしき荷物が提げられていた。
アデルは肩に縄とシャベルを掛け、腰にはナイフを差している。器用なことに、アデルは歩きながら縄に一定間隔で輪を作っていた。硬そうな枝を拾っては、その輪の中に差し込んで輪をぎゅっと締めている。
何のためにそんなことをしているのかはわからない。
それだけのことをしながらも、アデルはまったく問題なく魔法使いとの会話を続けている。時々大きな声を出したり、笑ってみせたり、体の動きをつけて話を盛り上げていた。
アデルが大袈裟に体を仰け反らせて、魔法使いの言葉に驚きをあらわした。
「なんと! あの白いモジャヒゲのお爺さんはあの村の村長であったのか!」
「そうらしい。元は戦働きをしていたと言っていた」
「ほー、なるほど。それでわしが軍靴を履いておるのにすぐ気づいたのか」
「おそらく、あの村は伝統的に元軍人が村長を務めているのだと思う」
「ふむ、あの辺りは昔は国の境じゃったというからのう……。あの村自体、壁なんぞを持っておったしのう」
「村を作り、そこを自分の領土だと主張して実効支配する。そういう行為があった」
「と、なると、壁を作るための石切り場が近く、防御に優れた土地という好条件を満たさねばならんというわけか」
「それに合致したのがあの村のある場所だったのだと思う。おそらく他の村と比べれば税金の面で優遇されているのかもしれない」
「なるほど、その土地を得たい領主にとっては、そこに村人が、そして戦の経験を持つ村長がいるというのは少しばかり心強いということか」
「あの壁では敵を防ぎきるのは難しいと思うけれど、多少の時間を稼ぐことは出来るかもしれない」
会話を弾ませている二人の背中を眺めて、ソフィは再び溜息を吐いた。もう二人の話を盗み聞く気にもなれない。
何故こんなことになっているのだろうと思わずにはいられなかった。
「まったく、アデルめ……」
あんな小娘にデレデレとしているのにも腹が立つ。確かにあの小娘はちょっとやそっとではないくらい可愛い。表情の変化は乏しいが、妖精か何かのように美しい少女だった。
男ならずとも目を惹かれずにいられないのは理解できる。
「しかし、それでもじゃな」
本当なら、あんな小娘に構っている場合ではないはずだ。
あの激戦をくぐりぬけ、命がけで自分を守ってくれた。ソフィはアデルに惚れ直したし、この男と一緒にいられて本当によかったと心の底から思った。
二人の絆はより深くなったと思えたし、愛も深まったはずだ。アデルのためなら何でもしてあげたいと思える。しかし、その愛しい人は他の可愛い女と楽しくお喋りなどしていた。
ふと、アデルが後ろを振り返ってソフィの姿を見た。ようやくこちらを見たと、ソフィは嬉しい気持ちになった。しかしその感情を素直に見せるのが躊躇われて、ソフィはむっとした表情を作ってしまう。
心配しているのか、アデルがソフィに優しい口調で話しかけた。
「大丈夫かソフィ? 歩き詰めで疲れたであろう」
「……少し疲れた」
「ふむ、やはり馬に乗るか? この馬たちはソフィが気に入ってるようじゃし、大丈夫じゃろ」
あの魔法使いは、連れていた馬に乗って平原まで行こうと提案をした。アデルもそのつもりでいたが、ソフィは頑なにその提案を拒否した。
もう馬には乗りたくない。昨日は馬の魔物に乗ったせいで、体の節々が痛くなってしまった。あの速さも恐ろしくてたまらない。
魔法使いも振り返ってソフィの顔を見た。馬鹿にされているような気がして、ソフィが表情をさらに険しくする。
「妾は馬の乗り方など知らんし、荷台に乗るのならともかく馬に乗っても疲れるであろう」
「確かにそうかもしれんな。そうなるとやはり自分の足で歩くしかない、ソフィ、もう少し頑張ってくれ」
「……わかったのじゃ」
素直に返事をすることができなくて、ソフィは視線を落とした。森ではまだ木々が燃えているのか、白っぽい煙が遠くで上がっているのが見える。
昨日の帰りと同じく遠回りをしなければいけなかったので、その道程はソフィにとっては長いものだった。
少し離れて先を行く二人は、やはり会話に花を咲かせている。アデルは大袈裟に手を動かしたり、驚いたりしながら魔法使いの話に付き合っていた。
「……面白くないのじゃ」
ソフィの呟きは真冬の吐息のようにすぐ消えた。
アデルは森の中を歩きながら、ひたすら魔法使いの話に耳を傾けた。もう正午に差しかかろうとしている。朝の好天が続き、日が昇るにつれて気温が上昇しているようだった。
森の中でいくらか涼しいとはいえ、少し汗をかいてしまう。魔法使いから情報を引き出そうと、アデルはそれとなく魔法使いに色々と尋ねていた。警戒されるかと思ったが、特にその様子も見られない。
魔法使いはどのような旅をして、どのように魔王にまで辿り着いたのかを隠そうともせず話してくれている。
アデルは一際大きな声を出して驚きを表した。
「なんと! あの神殿に地下があったとは!」
「知らなかったの?」
「うむ、全然気づかんかった……。魔法のランタンは見つけたんじゃがのう。罠があってな、炎がこう、ぼわーっ!と出てきてのう」
アデルは空中にシャベルを持っていないほうの腕で大きく円を描いてみせた。
「あんな罠があってのう、もうさすがにあちこち見て回るのは躊躇われた」
「リディアも引っかかっていた」
「ははは、あの勇者であればちょっとやそっとの罠は回避できたのであろう」
「一瞬で跳び下がっていた」
「さすがじゃのう」
魔法使いの歩く速さは、アデルが普通に歩いた時とほぼ変わりが無かった。その速さはソフィにとっては少し辛いだろうとアデルは思わざるを得ない。普段ソフィと一緒に歩く時は、ソフィの歩く速さに合わせているが、この魔法使いにはまったくその気はないようだった。
そもそも、他人と歩く速さを合わせようと考えもしないのかもしれない。後ろにソフィがいるかどうか時々振り返って確認しながら、アデルは努めてゆっくり歩こうとする。
正午までにはあの平原に辿り着きたいが、ソフィの歩く速さではもう難しいかもしれない。
今更ながらアデルは自分の計画性の無さを呪った。自分の頭がもう少し良ければ何事も上手く運ぶのだろうが、まったく上手くいかない。
この魔法使いが赤色砂岩の村を訪れてからの話を聞いていると、自分がやってきたことが色々と裏目に出ていたことがわかった。
「それでシシィさんよ、その神殿の地下には何があったんじゃ? お宝か?」
「それは……」
魔法使いが何か言おうとした時に、ちょうど平原が見えてきた。アデルは少し早足で歩いて、魔法使いの先を行く。あの勇者の体がまだ残っているか確認しなければいけない。
目を凝らしてみると、勇者の体はまだ平原に立っているのが見えた。誰かが持ち去ったわけではないのを見てひとまず安心した。
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