名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第三章

知られざりし魔法

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「ふーむ、魔物を呼び出すことなどもう無いと思っておったが……」

 程よい太さの丸太に腰掛けて、家から持ってきたカフェを飲む。カフェからは白い蒸気があがっていて、周囲の気温が低いことが伺い知れる。体をそれほど動かしたわけではないが、あまり寒さは感じなかった。
 カフェが胃袋の中に入ると、体の中央からじんわりと温かくなっていくのが感じられた。

 魔物はもうこの世から消え去ってしった。昔はあちこちにいたのだが、自分がもうすべての魔物を消し去った。
 もう魔物がこの世に現れることは無いはずだったが、今は哀れなことに労働力としてこき使われている。

「他に役に立ちそうな魔物はおったかのう……」

 すべての種類の魔物を呼び出したことがあるわけではないので、はっきり言ってどんな魔物がいるのかは自分もよく知らない。リディアとシシィとの戦いでは、適当に呼び出した。あの中に、労働力になりそうなものが他にいたのかどうか考えてみる。
 狼や火蜥蜴はなんの役にも立ちそうにない。モグラはもしかしたらどこかで役に立つかもしれないが、現在は出番はなさそうだ。

「こう考えてみると意外に役に立たぬものたちなのじゃ」

 どうやら魔物は人を傷つけることしか能が無いようだ。戦争ともなれば大活躍かもしれないが、戦争を望まない自分にとっては役に立つ状況が思いつかない。


「ってソフィ、何よそれ」
「んあ?」

 座って休んでいたところに、リディアがやってきて訪ねてきた。それというのはどれのことだろう。
 リディアの視線から察するにカフェのことかもしれない。

「これはカフェなのじゃ。牛乳と砂糖が入っておるので、大人な妾でも飲みやすいのじゃ」
「そんなの見ればわかるわよ。そうじゃなくて、そんなのどこから持ってきたのよ」

 リディアの質問にそんな意味が含まれていたとはまったく気づくことができなかった。気付けるはずもない。
 文句のひとつやふたつ言ってやりたい気にもなったが、それをしたところでリディアが今後そういう悪癖を改めてくれるとも思えなかった。



「家から持ってきたのじゃ」
「そんなの持ってなかったでしょ。湯呑なんか持ってるようには見えなかったし」
「ふむ……、魔法で持ってきたのじゃ。寒くなりそうな気がしておったからのう」
「魔法で? どういうことよ」
「うむ、妾はこのような魔法を使うことができるのじゃ」

 杖を持ち、それから魔法で体の前にふたつの黒い輪を浮かび上がらせた。輪の直径は自分の前腕ほどで、幅は指一本分もない。
 ふたつの輪は肩幅ほど離れて縦に浮かんでいる。

「さて、飲み終えたこの湯呑をじゃな」

 安物の湯呑を胸の前に持ってくる。すると、ふたつの黒い輪の間で浮かんだ。次にこの空中に浮かぶ湯呑を横へと押して、輪の中へと入れる。
 湯呑は暗闇の中へと吸い込まれ、目前から消失した。

「このように、妾は持ち物をこの中へ入れておくことができるのじゃ」

 そう説明すると、リディアが大袈裟にのけぞった。

「なによそれ、凄いじゃない!」

 突然の大声に思わず体がビクッとしてしまう。
 リディアは目を見開き、それからズイッと顔を近づけてくる。突然美しい顔が目の前に迫ってきて、思わず後ろに倒れそうになってしまった。しかしリディアが両肩を掴んできたので、丸太から後ろへ倒れ込むことはなかった。


「なによソフィ、そんな魔法があるなら早く言いなさいよ。なにそれ、すごい便利じゃないの! ちょっとシシィ、こっち来て、緊急姉妹会議よ!」

 そう声をかけられてシシィが少し嫌そうに眉をしかめたのが見えた。しかし放っておくこともためらわれたようで、ゆっくりと歩いてくる。
 近づいてきたシシィに、リディアが早口でまくしたてる。

「ちょっと聞きなさい、あのねソフィったらね、凄い魔法使いなのよ。なんかね、ソフィ持ち物を黒い輪の中にひゅーんて入れて、それで後から出せるのよ」
「よくわからない」

 確かに今の説明ではなんのことかわからないだろう。こうなったらシシィにも実際に見せてやったほうがいいのかもしれない。


「うむ、妾はこういう魔法を使えるのじゃ」

 再び黒い輪をふたつ浮かび上がらせた。それから暗闇の中へと手をつっこみ、引っ張ってみる。どうやらお目当てのものが見つかったようだ。
 少し滑らせると、暗闇の中から湯呑が胸の前に現れた。湯呑は空中に浮かんだまま微動だにしない。

「このように、妾は物を運べるのじゃ。しかしこれには欠点が」
「ソフィ、その魔法は、すごい」

 シシィが目を丸くしている。それから現れた湯呑をまじまじと見て、再び言った。

「ソフィはすごい魔法使いだと思っていたけれど、これは本当にすごい。こんなことができるとは知らなかった」
「でしょー」

 何故かリディアが偉そうに胸を張った。リディアは何もしていないはずなのだが、気にするべきではないのだろう。


「シシィ、作戦変更よ。ソフィのこの力を使えば、丸太でも石でも粘土でも炭でも運び放題じゃない。しかも場所を取らないのよ。最高じゃないの」
「いや待つのじゃ。この魔法には欠点があるのじゃ」
「欠点? なによそれ」
「うむ、入れておいたものが何故か無くなるのじゃ。妾は昔何か色々と入れておったのじゃ。しかし、保管しておいたはずのものがドンドンと無くなってしまった。それ以来、妾はこの中に大切なものは入れぬようにしておる」

 そのため、自分はあの神殿からこの村へと来る時も、荷物をこの魔法で運ぶことはなかった。消え去ってしまうと困るものが色々あったからだ。

「消える? なにそれ、時間が経つと消えるってこと?」
「いやそれはわからんのじゃ」
「わからないの?」

 消えるのはわかっているが、どうして消えるのかは自分でもわからない。
 そういえばどうして消えたのだろう。リディアが言うように、時間が経つと消えるのだろうか。

 少し考えていると、シシィが話しかけてきた。

「経過時間によって消えるのであれば、試してみることで時間がわかるかもしれない」
「ふむ……」










 死の森と呼ばれるようになった由来をアデルから聞いたことがある。確か、特定の品種の木だけが大量に大きく育った結果、陽光が地面に落ちなくなった。陽光がなければ新芽が健やかに育つこともなく、それらを食べる動物もいなくなっていったという。
 さらに、果実も無いので鳥は寄らず、ただ老木だけが地上を覆い尽くすことになってしまった。
 それに加えて魔物も出るとあっては、誰も近寄ろうしない。魔物がいなければ人が木々を倒すことによって空が開け、新芽が太陽の恵みを受けてすこやかに育ち、森の生命が循環していく。

 そんな死の森でも、開けた場所はある。リディアとシシィはそこを拠点として、倒した木々を丸太にして集めたり、何やら窯を作ってなにかを焼いたりしていたようだ。
 その開けた場所で、今、合計十体ほどの魔物が赤く光る目でこちらをじっと見つめていた。


「入らん! そんな太くて大きなものは入らんのじゃ! この穴はこんなに狭いのじゃ!」
「大丈夫よソフィ、やってみなきゃわからないわ。穴なんて案外広がるのよ!」

 リディアは大きな声でそう言った。冬の弱々しい陽光の中でさえ、リディアの顔貌の美麗さは際立って輝いている。神の作り給いし造形は、今は無邪気な子どものように笑みに満ちている。
 紅の長い髪は後頭部で丸くまとめられていて、今はそのうなじさえ陽光を受けていた。

 そのリディアが持っているのは、アデルの長い腕でも抱けるかどうかという太い丸太だった。そんな太い丸太を、リディアは細い体で持ち上げている。いや、もう一端は地面についているので完全に持ち上げているわけではないが、それでも凄まじい力だと思わざるをえない。

 リディアが何を望んでいるのか。
 それはその丸太を、自分が魔法で出した穴の中に入れようとしているのだ。

「妾の穴はそんなに広くないのじゃ! 無理があるのじゃ!」
「大丈夫、広げればいいのよ!」

 自分は魔法でなにもない空間に物を出し入れできる。そのことを知ったリディアは、早速丸太を突っ込もうとしてきた。何故もっと小さなものから始めないのかと疑問が湧いてしまう。
 おそらく、リディアとしては丸太を運べるかどうかが重要な問題なのだ。確かに、丸太を運ぶとなれば相当な大仕事になる。

 そのため、リディアとシシィの二人は、自分が出した魔物の力で森の外のほうまで運び、そこからは二頭の馬で引っ張っていくつもりだったようだ。
 馬で運ぶにしても、雪の降った後などが良いらしい。雪の上であれば滑らせることができるので、一度に沢山運べるのだという。

 そんな手間を省けるかもしれないとあって、リディアは強引に試そうとしてくる。
 しかし問題があった。自分が魔法で出した穴は、直径がせいぜい自分の前腕ほどの長さであって、アデルでも抱けないような太さの木材が入るとは思えない。

 リディアは何故か楽観的なようだ。

「大丈夫よ! やってみれば案外入るのが穴なのよ!」
「そんなことを言われてもじゃな。うーむ……」

 迷った末に、とりあえず試してみることにした。入らないことがわかれば、リディアも諦めるだろう。
 そう思ったのだが、不思議なことに丸太は黒い穴の中へすんなりと入っていった。


「ええええ?」

 自分で驚いてしまう。いきなり穴の直径が広がったのだ。どうやら入ってくるものに合わせて広がったらしい。
 丸太は完全に黒い穴の向こう側にいってしまって、その姿は地上から消え失せてしまった。


「入ったじゃない! 凄いわソフィ! さすが大魔法使い!」

 リディアがすかさずそう褒めてくるが、素直に受け取ることができない。今の褒め言葉は、自分をおだてて思い通りに動かすためのものだ。きっと、もっと入ると言うに違いない。

「じゃあソフィ、次いきましょ、もっと入るわよ」
「妾の思った通りなのじゃ」
「うんうん、やっぱりソフィも入るって思ってたので、さぁ、ドンドン入れるわよ!」
「そういうわけではないのじゃ……。しかし、まぁよい、どうせ妾など大して役に立たぬ。こういうところで役立つのであれば、妾も一肌脱ぐのじゃ」
「さすがソフィ、頼りにしてるわよ」


 近くで見ていたシシィが声をあげた。

「ソフィ、次はこれを入れてみて」
「うむ? 炭の入った袋か」
「そう、無くなっても惜しくはないから」

 もしかすると失敗作なのだろうか。それはわからないが、とりあえずシシィの頼みとあればやるしかないだろう。
 シシィに言われた通り、その袋も穴の中に突っ込んだ。袋の大きさはイレーネの体より大きかったが、問題なく穴に吸い込まれる。

「うーむ、自分でも恐ろしいのじゃ」
「さぁソフィ、次よ次」

 リディアが乗り気になっている。また新しい丸太を持ってきたようだ。
 自分は魔法使いではあるが、生活の中で家の役に立つようなことはあまりしていない。アデルがそれを望んでいないというのもある。
 一方で、自分は別に魔法を求められてもそれはそれで構わないのではないかと思っていた。

 普段は役に立ってないのだから、こういうところで役立つのも良いだろう。
 


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