名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第三章

祝福

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 爽やかな秋の日が町の広場をゆっくりと暖めてゆく。その中でソフィはひとつ身震いをした。
 ぶどうの汁で汚れた足をタライに張られた水で洗ったが、その水が冷たくて体まで冷えてしまった。足を拭き終えて、ほぼ乾いた頃にはもう他の女の子たちはどこかへ去ってしまっていた。

「うーむ、妾と話そうとするものはおらんのか……」

 何やら急ぎ足で去られてしまったので、ぽつんと取り残されたような格好になってしまった。
 いつまでもここにいても仕方がない。

 あの部屋で着替えた後、マリエというお姉さんから祭りについて色々と説明を受けた。今着ているこの衣装についても説明されたが、どうやら祭りが終わったからといってすぐに返す必要は無いそうだ。
 気に入ったならその格好のままぶらぶらしててもいいらしい。急いで着替えに戻る必要も無いので、ソフィはそのままアデルたちのところへ行くことにした。



 ワインの入った籠を抱えたまま舞台の裏手から広場のほうへ出ると、村のみんながわらわらと出てきた。盛り上がって盛んな様子を見ると、つい怯んでしまう。村人たちの先頭にはアデルがいた。満足そうな笑みを浮かべ、アデルが頷く。

「ソフィよ、よくやった! わしはソフィが勝つと信じておったぞ!」

 自分の勝利を喜んでくれるのは嬉しいが、素直に受け止められなかった。

「フン、妾にとってはたいしたことではないのじゃ。こんなもの、勝って当然」
「ははは、そう言うでないソフィ、勝ちは勝ち、素晴らしいではないか。まったく、ソフィも成長したのう」
「成長はしておる。もはや大人と言っても過言ではないのじゃ」
「まぁそれは言いすぎじゃが、よく頑張った。わしはもうそれが嬉しくて嬉しくて」

 アデルはしみじみと噛み締めるようにそう言って黙ってしまった。そこまで喜ぶようなことだとは思えなかったが、水を差すべきではないだろう。
 他の村人たちも口々におめでとうと声をかけてきた。賞賛の言葉が雨のように降り注いできて、溺れてしまうのではないかと思うほどだった。

 村長もしわがれた声でソフィのことを褒め称えた。その村長を前に、ソフィは軽く視線を落とした。
 こうやって祭りに出られたのも、今まで平和に暮らして来れたのも、村長が暖かく支えてくれたからだろう。
 自分は村のために何も出来なかったが、この村の子どもとして受け入れてくれて、優しくしてくれた。

 ソフィはちらりと村長の顔を見て、話しはじめた。

「村長、妾はこの村の代表として、この村の一員としてこの祭りに参加したのじゃ。妾は村に来て一年ほど、まだ新参じゃというのに、村長も村のみんなも妾を村の代表として送り出してくれたのじゃ。それは、妾にとってとても嬉しいことであった」
「なに、ワシこそソフィちゃんがそう思ってくれて本当に嬉しい」

 村長は白く長いヒゲを手でさすりながらそう言った。こうやっていつも優しくしてもらったのだ。
 自分はまだ幼く、村のために何かをすることは出来なかった。だからこそ、今ここで少しは恩返しをしようと思った。

「村長、妾は村のみんなに支えられ、応援されてこうやってワインを手に入れたのじゃ。妾はこのワインを村のみんなに贈ろうと思うのじゃ。妾は村のことは何も出来ずにおった、これはせめてもの、お礼なのじゃ」
「おお……、ソフィちゃん」

 村長は感動したのか細い目をさらに細めてゆっくりと息を吸い込んでいた。そこに割り込んできたのがアデルだった。

「ソフィ! ちょっと待て、成長しすぎじゃ、止まれ! ほれ、あれじゃ、せっかくワインが手に入ったわけじゃし、わしもご馳走を作ろうかと思っておったし、そこにワインが無ければほれ、あれじゃろ」

 必死な様子を見て、ソフィはげんなりしてしまった。そばにいたロルフも同じように感じたのか、アデルの肩をぽんと叩いた。

「アデル、お前はソフィちゃんを見習って少しは成長したほうがいいぞ」
「ええっ?!」

 村長も同感だったのか、くわっと目を見開いてアデルを睨み上げた。

「馬鹿なことを言っておらんでソフィちゃんの成長を喜ばんか!」
「う、いや、無論わしもソフィの成長は嬉しい」
「まったく、仕方のない奴じゃのう」

 村長は溜め息を吐いて首を振った。それからソフィのほうを見て語りかける。

「ソフィちゃんがそうやって村のみんなに恩返しをしたいという気持ちは痛いほどよくわかった。しかし、ワシはもう年寄りでな、酒に弱くてもう飲めそうもない。ワインはアデルと他のみんなで分けてくれ」


 村長の言葉に、アデルはほっとしたように胸を撫で下ろしていた。自分の分が確保できたと思って喜んでいるのだろう。
 料理にだけ使うよう、後で釘を刺しておかなければいけない。ワインは六本あったが、村長がワインの受け取りを辞退すると、周りはなにやら遠慮の見せ合いのような様子になってきた。リーゼはあっさりと一本貰うことを受け入れたが、他の村人たちは自分が貰ってもいいものか悩んでいるようだった。

 せっかくなので受け取って欲しいとは思ったが、全員に行き渡るような量でもないので難しい。
 結局、ロルフと村人数人、そしてアデルに一本だけという配分になった。





 村の人たちと話し終えた後、ソフィはきょろきょろと辺りを見回し、リディアとシシィの姿を探した。どうやら二人は広場の後ろのほうにいるらしい。遠くにその姿が見えた。
 リディアには特訓に協力してもらったから、是非とも礼を言わなければいけない。

 村の人たちがいつまでも一箇所で固まっていては周りの邪魔になる。それぞれが次第にばらけてゆく中、ソフィは歩き出した。
 リディアとシシィは広場の後ろで、何かを飲み食いしながら見物していたようだ。


 のんびり歩いて二人の下へと向かった。
 リディアはフードの中から笑顔を覗かせている。椅子に腰掛け、足を組んだままリディアが言った。

「おめでとうソフィ、圧勝だったわね」

 圧勝と呼べるものかどうかはわからなかった。エルナ以外の娘にやる気が無かっただけだから、勝利の実感というものは今ひとつ湧いてこない。
 しかし、リディアがこうやって褒めてくれているのだから、素直に受け取るほうがいいだろう。

「うむ、なんとかなったのじゃ。それもこれもリディアの特訓のおかげなのじゃ」
「あら、そんなことないわよ。ソフィが頑張ったからに決まってるじゃない」

 リディアが明るい笑顔でそう言った後、近くに座っていたシシィも賛辞の言葉を述べた。

「おめでとうソフィ」
「シシィも見ておったのか」
「見ていた。ソフィが頑張っているところ」
「うむ、どうにかなったのじゃ」
「近くでは応援できなかったけれど、ここでアデルちゃんと一緒に応援してたから」
「おお、あの小さなアデルも妾を応援しておったのか」

 そう言うと、同じテーブルに座っていたユーリとジルヴェスターが笑みを見せた。
 どうやら小さなアデルは眠ってしまったらしく、ユーリの膝の上で目を閉じている。ユーリは少し声を小さめにして言った。

「おめでとうございますソフィちゃん。今年のワイン娘ですね」
「妾はワインなど飲まんのにのう」

 おそらくこれから先もあまり飲むことは無いだろう。そんなことを考えていると、ジルヴェスターもやや小さな声で言った。

「いやぁ、さすがソフィちゃん。いい動きだった」
「親方のパンを食べて体を鍛えたのじゃ」
「お? いい事言ってくれるな、こりゃ俺もソフィちゃんのために頑張ってパンを捏ねないとな、ガッハッハ」

 その親方の隣には、三歳か四歳くらいになる息子が座っていた。ジルヴェスターの息子はパチパチと手を叩いてソフィに示して見せる。
 こうやって沢山の人に祝福の言葉を貰うと、なんとも言えない気恥ずかしさが生まれてきた。

 実際、あの祭りで勝ったとはいっても、親方のように日々努力した技術で勝ったわけでもない。
 少しばかり運動を続けたのと、他の女の子たちにやる気が無かったからこうなっただけだ。
 きっと、自分が子どもだからこうやって褒めてもらえるのだろう。
 そして、エルナや他の女の子のように、自分と同じ立場の者たちが相手では今の自分は通用しないのだ。

 結局のところ、幼いということで大人たちから色々と情けを貰っている。
 いつまでも自分は子どもではいられない。成長しなければいけない。そのためには、やはりエルナのような女の子との交流が欠かせないのだろう。

 対等で、自分と同じ場所にいる者からも色々と学ばなければいけない。
 やはりあのエルナともう少し関わりを持つ必要がある。向こうは嫌がっているが、なんとかなるはずだ。









 アデルはワインの瓶を手に一本持ったまま、観客席の端に腰掛けて大きく頷いた。
 白い光が晴天の中から降り注ぎ、日の暖かさがアデルの茶色い髪をじんわり暖めてゆく。

「ソフィよ、なんと成長したことか……」

 再び頷き、アデルはしみじみと喜びを噛み締めた。
 ソフィと出会ってから一年近くが経ったが、今でもよい関係を築けている。最初はお互い殺し合いをしたというのに、今では中のよい兄妹のように過ごすことが出来ていた。
 まったく想像も出来なかったことが、自分のすぐ傍にある。

 アデルは舞台のほうをちらりと見て、息をひとつ吐いた。
 視線はその舞台よりももっと遠く、空よりも遠い場所に置かれている。過ぎ去ってもう見えなくなった何かを見つめながら、アデルは過去の記憶を辿った。

 もし妹が生きていたなら、妹もこうやってこの祭りに参加していたかもしれない。
 あの可愛い妹のことだから、きっと大人気になっただろう。変な男が寄ってこないか心配することになったに違いない。
 妹はもう天の国の住人になってしまったから、この祭りに出ることは出来なかった。ソフィはその代わりを果たしてくれた。

 妹とソフィを重ねてしまうのは間違っているが、それでも大切な誰かが成長してくれていることが嬉しくてたまらない。
 酒をかっくらい、酔いの中で過去の記憶と睦みたくなってしまう。


 霞のような感傷の中で何も見ずにられたなら、それはそれで幸福なひと時かもしれない。だが、自分はそこに留まるわけにはいかないのだ。
 これからも色々なことが起こるだろうが、大切な人たちの幸せのために頑張らなければいけない。


「よし、わしもみんなのところへ戻るか」

 一人酒でもしたい気分だったが、さすがに今はその状況ではない。
 アデルはみんなのところへ向かって歩き出した。



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