349 / 586
第二部 第三章
祝福
しおりを挟む爽やかな秋の日が町の広場をゆっくりと暖めてゆく。その中でソフィはひとつ身震いをした。
ぶどうの汁で汚れた足をタライに張られた水で洗ったが、その水が冷たくて体まで冷えてしまった。足を拭き終えて、ほぼ乾いた頃にはもう他の女の子たちはどこかへ去ってしまっていた。
「うーむ、妾と話そうとするものはおらんのか……」
何やら急ぎ足で去られてしまったので、ぽつんと取り残されたような格好になってしまった。
いつまでもここにいても仕方がない。
あの部屋で着替えた後、マリエというお姉さんから祭りについて色々と説明を受けた。今着ているこの衣装についても説明されたが、どうやら祭りが終わったからといってすぐに返す必要は無いそうだ。
気に入ったならその格好のままぶらぶらしててもいいらしい。急いで着替えに戻る必要も無いので、ソフィはそのままアデルたちのところへ行くことにした。
ワインの入った籠を抱えたまま舞台の裏手から広場のほうへ出ると、村のみんながわらわらと出てきた。盛り上がって盛んな様子を見ると、つい怯んでしまう。村人たちの先頭にはアデルがいた。満足そうな笑みを浮かべ、アデルが頷く。
「ソフィよ、よくやった! わしはソフィが勝つと信じておったぞ!」
自分の勝利を喜んでくれるのは嬉しいが、素直に受け止められなかった。
「フン、妾にとってはたいしたことではないのじゃ。こんなもの、勝って当然」
「ははは、そう言うでないソフィ、勝ちは勝ち、素晴らしいではないか。まったく、ソフィも成長したのう」
「成長はしておる。もはや大人と言っても過言ではないのじゃ」
「まぁそれは言いすぎじゃが、よく頑張った。わしはもうそれが嬉しくて嬉しくて」
アデルはしみじみと噛み締めるようにそう言って黙ってしまった。そこまで喜ぶようなことだとは思えなかったが、水を差すべきではないだろう。
他の村人たちも口々におめでとうと声をかけてきた。賞賛の言葉が雨のように降り注いできて、溺れてしまうのではないかと思うほどだった。
村長もしわがれた声でソフィのことを褒め称えた。その村長を前に、ソフィは軽く視線を落とした。
こうやって祭りに出られたのも、今まで平和に暮らして来れたのも、村長が暖かく支えてくれたからだろう。
自分は村のために何も出来なかったが、この村の子どもとして受け入れてくれて、優しくしてくれた。
ソフィはちらりと村長の顔を見て、話しはじめた。
「村長、妾はこの村の代表として、この村の一員としてこの祭りに参加したのじゃ。妾は村に来て一年ほど、まだ新参じゃというのに、村長も村のみんなも妾を村の代表として送り出してくれたのじゃ。それは、妾にとってとても嬉しいことであった」
「なに、ワシこそソフィちゃんがそう思ってくれて本当に嬉しい」
村長は白く長いヒゲを手でさすりながらそう言った。こうやっていつも優しくしてもらったのだ。
自分はまだ幼く、村のために何かをすることは出来なかった。だからこそ、今ここで少しは恩返しをしようと思った。
「村長、妾は村のみんなに支えられ、応援されてこうやってワインを手に入れたのじゃ。妾はこのワインを村のみんなに贈ろうと思うのじゃ。妾は村のことは何も出来ずにおった、これはせめてもの、お礼なのじゃ」
「おお……、ソフィちゃん」
村長は感動したのか細い目をさらに細めてゆっくりと息を吸い込んでいた。そこに割り込んできたのがアデルだった。
「ソフィ! ちょっと待て、成長しすぎじゃ、止まれ! ほれ、あれじゃ、せっかくワインが手に入ったわけじゃし、わしもご馳走を作ろうかと思っておったし、そこにワインが無ければほれ、あれじゃろ」
必死な様子を見て、ソフィはげんなりしてしまった。そばにいたロルフも同じように感じたのか、アデルの肩をぽんと叩いた。
「アデル、お前はソフィちゃんを見習って少しは成長したほうがいいぞ」
「ええっ?!」
村長も同感だったのか、くわっと目を見開いてアデルを睨み上げた。
「馬鹿なことを言っておらんでソフィちゃんの成長を喜ばんか!」
「う、いや、無論わしもソフィの成長は嬉しい」
「まったく、仕方のない奴じゃのう」
村長は溜め息を吐いて首を振った。それからソフィのほうを見て語りかける。
「ソフィちゃんがそうやって村のみんなに恩返しをしたいという気持ちは痛いほどよくわかった。しかし、ワシはもう年寄りでな、酒に弱くてもう飲めそうもない。ワインはアデルと他のみんなで分けてくれ」
村長の言葉に、アデルはほっとしたように胸を撫で下ろしていた。自分の分が確保できたと思って喜んでいるのだろう。
料理にだけ使うよう、後で釘を刺しておかなければいけない。ワインは六本あったが、村長がワインの受け取りを辞退すると、周りはなにやら遠慮の見せ合いのような様子になってきた。リーゼはあっさりと一本貰うことを受け入れたが、他の村人たちは自分が貰ってもいいものか悩んでいるようだった。
せっかくなので受け取って欲しいとは思ったが、全員に行き渡るような量でもないので難しい。
結局、ロルフと村人数人、そしてアデルに一本だけという配分になった。
村の人たちと話し終えた後、ソフィはきょろきょろと辺りを見回し、リディアとシシィの姿を探した。どうやら二人は広場の後ろのほうにいるらしい。遠くにその姿が見えた。
リディアには特訓に協力してもらったから、是非とも礼を言わなければいけない。
村の人たちがいつまでも一箇所で固まっていては周りの邪魔になる。それぞれが次第にばらけてゆく中、ソフィは歩き出した。
リディアとシシィは広場の後ろで、何かを飲み食いしながら見物していたようだ。
のんびり歩いて二人の下へと向かった。
リディアはフードの中から笑顔を覗かせている。椅子に腰掛け、足を組んだままリディアが言った。
「おめでとうソフィ、圧勝だったわね」
圧勝と呼べるものかどうかはわからなかった。エルナ以外の娘にやる気が無かっただけだから、勝利の実感というものは今ひとつ湧いてこない。
しかし、リディアがこうやって褒めてくれているのだから、素直に受け取るほうがいいだろう。
「うむ、なんとかなったのじゃ。それもこれもリディアの特訓のおかげなのじゃ」
「あら、そんなことないわよ。ソフィが頑張ったからに決まってるじゃない」
リディアが明るい笑顔でそう言った後、近くに座っていたシシィも賛辞の言葉を述べた。
「おめでとうソフィ」
「シシィも見ておったのか」
「見ていた。ソフィが頑張っているところ」
「うむ、どうにかなったのじゃ」
「近くでは応援できなかったけれど、ここでアデルちゃんと一緒に応援してたから」
「おお、あの小さなアデルも妾を応援しておったのか」
そう言うと、同じテーブルに座っていたユーリとジルヴェスターが笑みを見せた。
どうやら小さなアデルは眠ってしまったらしく、ユーリの膝の上で目を閉じている。ユーリは少し声を小さめにして言った。
「おめでとうございますソフィちゃん。今年のワイン娘ですね」
「妾はワインなど飲まんのにのう」
おそらくこれから先もあまり飲むことは無いだろう。そんなことを考えていると、ジルヴェスターもやや小さな声で言った。
「いやぁ、さすがソフィちゃん。いい動きだった」
「親方のパンを食べて体を鍛えたのじゃ」
「お? いい事言ってくれるな、こりゃ俺もソフィちゃんのために頑張ってパンを捏ねないとな、ガッハッハ」
その親方の隣には、三歳か四歳くらいになる息子が座っていた。ジルヴェスターの息子はパチパチと手を叩いてソフィに示して見せる。
こうやって沢山の人に祝福の言葉を貰うと、なんとも言えない気恥ずかしさが生まれてきた。
実際、あの祭りで勝ったとはいっても、親方のように日々努力した技術で勝ったわけでもない。
少しばかり運動を続けたのと、他の女の子たちにやる気が無かったからこうなっただけだ。
きっと、自分が子どもだからこうやって褒めてもらえるのだろう。
そして、エルナや他の女の子のように、自分と同じ立場の者たちが相手では今の自分は通用しないのだ。
結局のところ、幼いということで大人たちから色々と情けを貰っている。
いつまでも自分は子どもではいられない。成長しなければいけない。そのためには、やはりエルナのような女の子との交流が欠かせないのだろう。
対等で、自分と同じ場所にいる者からも色々と学ばなければいけない。
やはりあのエルナともう少し関わりを持つ必要がある。向こうは嫌がっているが、なんとかなるはずだ。
アデルはワインの瓶を手に一本持ったまま、観客席の端に腰掛けて大きく頷いた。
白い光が晴天の中から降り注ぎ、日の暖かさがアデルの茶色い髪をじんわり暖めてゆく。
「ソフィよ、なんと成長したことか……」
再び頷き、アデルはしみじみと喜びを噛み締めた。
ソフィと出会ってから一年近くが経ったが、今でもよい関係を築けている。最初はお互い殺し合いをしたというのに、今では中のよい兄妹のように過ごすことが出来ていた。
まったく想像も出来なかったことが、自分のすぐ傍にある。
アデルは舞台のほうをちらりと見て、息をひとつ吐いた。
視線はその舞台よりももっと遠く、空よりも遠い場所に置かれている。過ぎ去ってもう見えなくなった何かを見つめながら、アデルは過去の記憶を辿った。
もし妹が生きていたなら、妹もこうやってこの祭りに参加していたかもしれない。
あの可愛い妹のことだから、きっと大人気になっただろう。変な男が寄ってこないか心配することになったに違いない。
妹はもう天の国の住人になってしまったから、この祭りに出ることは出来なかった。ソフィはその代わりを果たしてくれた。
妹とソフィを重ねてしまうのは間違っているが、それでも大切な誰かが成長してくれていることが嬉しくてたまらない。
酒をかっくらい、酔いの中で過去の記憶と睦みたくなってしまう。
霞のような感傷の中で何も見ずにられたなら、それはそれで幸福なひと時かもしれない。だが、自分はそこに留まるわけにはいかないのだ。
これからも色々なことが起こるだろうが、大切な人たちの幸せのために頑張らなければいけない。
「よし、わしもみんなのところへ戻るか」
一人酒でもしたい気分だったが、さすがに今はその状況ではない。
アデルはみんなのところへ向かって歩き出した。
0
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
チートな幼女に転生しました。【本編完結済み】
Nau
恋愛
道路に飛び出した子供を庇って死んだ北野優子。
でもその庇った子が結構すごい女神が転生した姿だった?!
感謝を込めて別世界で転生することに!
めちゃくちゃ感謝されて…出来上がった新しい私もしかして規格外?
しかも学園に通うことになって行ってみたら、女嫌いの公爵家嫡男に気に入られて?!
どうなる?私の人生!
※R15は保険です。
※しれっと改正することがあります。
婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?
Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」
私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。
さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。
ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる