名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第三章

エルナの家2

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 エルナの屋敷は随分広いようで、人が居ない場所まで行くのに迷うほどだった。暖炉から離れたことで冷たい空気が体にまとわりついてきたが、屋敷の中なのでそれほど寒さは感じない。むしろ冷たさが肌に心地よいと思えるほどだった。
 ソフィはエルナの背を押して屋敷の端のほうへとやってきた。どうやら台所が近いらしく、煮込み料理の匂いが漂ってくる。


「これエルナよ、しっかりするのじゃ」

 エルナは意気消沈している。それもそのはずだろう。想い人のカールはエルナにまったく興味が無かったのだ。カールもぶどう踏みの場面をしっかり見ていたはずだが、自分の隣にエルナがいたことに気づいていなかったらしい。
 あの男、注意力も記憶力も無いようだ。

「これ、しっかりするのじゃ」
「しっかりしてますわ」

 エルナは気を取り直したようだ。歯を食いしばり、眉の間に皺を作ってこちらを睨んできた。まったくどうしてそれほど喧嘩腰なのだろう。
 ここは大人としてエルナを宥めてやらなければいけない。


「エルナよ、そう怒るでない。いや、そもそも妾に怒っても仕方がないのじゃ」
「もうっ、なんなんですのあなた!」
「妾か、妾はソフィという。カールと同じ村に住む可愛い村娘なのじゃ。エルナと友達になりにきたのじゃ」
「友達? ハンッ」

 思いっきり鼻で笑った。この女はなぜこんなに性格が悪いのだろう。これと友達になりきたのが間違っていたような気がしないでもないが、しかしこういう勝ち気な部分は嫌いにはなれない。
 きっと、友達にするならこうやって遠慮の無い女のほうが良い。

 今の自分には対等に付き合える相手がいない。村のみんなは自分より年上か年下だし、カールはあんな可愛い顔だが男の子だ。
 みんな優しくて親切だが、それに甘えていては自分はきっと自分の姿を見誤ってしまう。 自分にはエルナのような女が必要なのだ。

 やはりエルナをもう少し落ち着かせるべきだろう。気丈に胸を張ってはいるが、瞳は小さく揺れていた。やはりカールに興味を持たれていなかったことに衝撃を受けている。
 どうすればいいだろう。回りくどいことはやめて正面から切り出したほうがいいのかもしれない。


「エルナよ、大切な話があるのじゃ」
「はぁ?」
「妾が思うに、エルナよ、おぬしはカールのことを好いておるのではないか?」
「は、はぁ?! な、なにをいきなり、そ、そんな」
「うろたえずともよい、妾にはわかっておるのじゃ。態度を見ておればわかるのじゃ」

 最初に気づいたのはリディアだったが、そのことは内緒にしておこう。リディアに指摘されなければ自分はなかなか気づかなかったかもしれない。
 エルナがカールを好いているかもしれないと知ってからこうやって接していると、あまりにも露骨だった。

「わたしは別に、カールくんのことを」
「なんじゃ嫌いなのか。ならばカールにそう伝えてくるのじゃ」

 踵を返して去ろうとすると、後ろからガシッと肩を掴まれた。

「誰がそんなことを言いましたかこのおバカさん!!」
「そんなに大声を出すでない」

 肩に置かれた手を払い除けて、もう一度エルナのほうへと向き直る。
 好きなら好きと認めてしまえばいいのに、どうして隠そうとしているのかさっぱりわからない。

「やはりカールに好意を抱いておるのではないのか? 妾から見れば火を見るよりも明らかなのじゃ」
「あ、あなた、まさか」
「なんじゃ?」
「あなた、カールくんのことが好きなのでは?!」
「全然そんなことはないのじゃ」
「そんなことを言ってわたしを騙そうとしても無駄ですわ」
「いやなぜ騙さねばならんのじゃ。大体、妾にはもう決まった男がおる。つまり、妾にはすでに夫となる男がおるのじゃ」
「は、はぁ? あなた、その歳で」
「妾はこう見えてそれなりに大人なのじゃ。恋愛についてもそんじょそこらの小娘よりよく知っておる」

 そうだ、自分はリディアやシシィより先にアデルのことを好きになった。あの二人だって恋を知ってから日は浅い。それに比べて自分は一年以上前からアデルのことを好いていた。
 その間に色々な経験をしてきた。いわば先達なのだ。

 エルナは疑わしげに目を細めている。こちらの一挙手一投足まで見逃さないといった様子だ。
 もう少し言葉を重ねてエルナの誤解を解いたほうがいいかもしれない。


「そもそも、妾がカールのことを好いておるのであればどうしてカールを連れてエルナのところへ来る必要があるのじゃ」
「はっ、確かに……。好きな男の子をわたしのような可愛い女の子の前に連れてくるなんて普通では考えられませんわ」
「なんじゃその自信は」

 思わず文句が口から出たが、エルナは特に気にしなかったようだ。エルナは自身のことを随分高く評価しているらしい。
 そのことについては今は触れなくていいだろう。

「さて、エルナよ、本題はここからなのじゃ。妾はカールと同じ村に住んでおって、カールと話す機会もそこそこあるのじゃ」
「なんですのそれは、自慢ですの?!」
「いや自慢ではないのじゃ。今のどこが自慢に聞こえるのか妾にはさっぱりわからんのじゃ」
「ならなんですの」
「うむ、妾はエルナのような者が妾の友であったらと思っておるのじゃ。妾は同世代の女の友達がおらん。しかし、ぶどう踏みで争ったエルナならと思ったのじゃ」
「はぁ?」

 実に愛想の無い返事だった。エルナは自分に興味が無いらしい。それは別に構わない。エルナにそこまでの人格を期待してはいなかったし、そこで気を利かせてくるような相手ではいずれ甘えてしまうだろう。

「うむ、妾と友達になってくれたら、こうやってカールを連れ出してエルナに引き合わせてやるのじゃ」
「親友ですわ!」

 いきなり右手をガッと掴まれたかと思ったら握手された。結構強い力で握られたので手が痛むが、ここは我慢しておこう。
 とりあえず、親友ができた。喜びは無かった。


「さて、我が友エルナよ。さらに妾はカールとエルナがもっと仲良くなって、カールがエルナを好きになってくれればと思っておるのじゃ」
「な……」

 そう言うとエルナは目を輝かせた。それから優しげに微笑み、こちらの肩にポンと手を置いた。

「わたし、あなたのことを誤解していましたわ。変な子だと思って……、今も思ってますけど、とにかく、性格は悪くないようですわ」
「妾は変な子ではないのじゃ。なんと失礼な」
「でもどうしてそこまで協力を? わたしと友達になったからといって、わたしの家の財産で美味しい思いはできませんわ」
「そんなものはいらんのじゃ。妾は同世代の友がおらん。色々な人と付き合ってゆかねば、妾の世界は狭くなる。これからは色々な体験をして、人として大きく成長するつもりなのじゃ」
「まぁそれはどうでもいいとして、ともかく、協力していただけるんですね」
「どうでもいいとはなんじゃ。まったく、なんと良い性格をしておるのじゃ」

 さすがに呆れて溜息が出た。








 屋敷の端のほうとはいえ、お手伝いさんが何度か廊下を通っていった。自分はその度に道を譲ったのだが、エルナは屋敷の主人の子だからか、まったく道を譲ろうとしない。
 この辺りはあまり見習わないほうがいいだろう。

「ともかくじゃ、エルナよ、重大なことを伝えねばならん。よいか、他言無用なのじゃ。約束できねば話すことはできん」
「なんですの?」
「エルナよ、今は黙って聞いてほしいのじゃ。誰にも言ってはならん、約束してほしい」
「はぁ……、別に構いませんが」

 エルナは不審そうだが、そうなる気持ちはわからないでもない。自分でも少し重々しい言い方だったと思う。
 ここはもう少し軽い口調で言ったほうがいいかもしれない。

「うむ、実はカールは男が好きなのじゃ」
「……は?」
「カールは妾のよく知る逞しい男に惚れておるのじゃ」
「あわわ……、そ、そんなわけありませんわ! あなたわたしのことを騙そうとしてますわね!!」

 エルナの両手が伸びてきて、こちらの胸元を掴んだ。そしてエルナが引っ張ってくる。

「これエルナ! 引っ張るでない、服が伸びるのじゃ!」
「はっ?!」

 エルナも正気に戻ったのか、目を大きく見開いて動きを止めた。エルナの手を払い、それから服を整えた。喉の調子を整えるために一度咳払いをする。

「こほん、うむ、エルナが動揺する気持ちもわかるのじゃ。しかし落ち着いて聞いてもらわねば困る」

 そう言ってちらりとエルナを見ると、エルナが眉を寄せて唇を強く結んでいるのが目に入った。おそらく信じがたいのだろう。そう思う気持ちはわからないでもない。
 ここはエルナに信じてもらうためにもう少し話したほうがいいかもしれない。


 とりあえず、ここ最近のカールの言動について話してやった。カールがアデルという逞しい男についてどのような態度をとっていて、どのようなことをしているのかなど。
 さらにカール自身の口からアデルのことを好きだという言葉を聞いたことも話した。


「そ、そんな……、カールくん」

 エルナはようやく信じる方向に傾いたらしい。小さく震えているのは受けた衝撃の余震なのだろう。とりあえず、このあたりでエルナに問わなければいけないことがある。

「エルナよ、このようなことを聞いてまだカールのことを好いておると言えるのか?」
「も、もちろんですわ!」
「その言葉が聞きたかったのじゃ」

 大きく頷いてみせた。エルナがここでカールに興味を無くすようではこちらが困るのだ。

「よいかエルナよ、男が男を好きだというのはよくないと聞いておるのじゃ。カールもこのようなことが知られてしまえば、多くの人に責められてしまうに違いない」
「それは、確かに」

 エルナも神妙な顔で頷いた。実際のところ、男が男を好きになることがどれほど悪いことなのかはよく知らない。ただ、そういうことは間違ったことだとは聞いたことがある。
 こうやってエルナも同意しているところを見ると、概ね間違っていなかったようだ。

 ここでようやく本題に入ることができる。

「我が友エルナよ、ここはじゃな、エルナの魅力でカールをメロメロにしてじゃな、それでカールに男よりも女のほうが良いと教えるのが良いと思うのじゃ」
「なるほど……、わかりましたわ」
「そうすれば、カールは女を好きになり、エルナはカールに好きになってもらって、カールが妾の知る男を諦めてと、実に良いことづくめなのじゃ」
「あなた、なかなか頭が良いようですわね」
「うむ、妾は頭が良いと村でも評判なのじゃ」

 エルナは少し胸を張り、鼻からフンと勢いよく息を吐いた。

「とにかく、わたしがやるしかないようですわ」
「その通りじゃ、エルナよ、おぬしの魅力でカールを虜にするのじゃ」
「そうと決まれば善は急げですわ、さぁ戻りますわよ!」

 エルナは突然大股で歩き出した。肩をいからせて歩く様は後ろから見ているとやる気が十分なのはよく伝わる。ただ、そのやる気に見合うだけの策を持ち合わせているのかどうかわからなかった。
 しかし、ここまで来たらエルナに賭けるしかない。

 自分も出来るかぎりエルナの手伝いをして、エルナの魅力をカールに伝えてやればいい。

「エルナの魅力……?」

 エルナは自分を放ってずんずん歩いていく。するとエルナが立ち止まり、こちらに向かって声をあげた。

「ソフィさん、何をしてるんですの! 早く行きますわよ!」
「む? うむ、わかったのじゃ。そんなに慌てるでない」

 自分もエルナのほうへ向かって歩き始めた。
 今のところエルナの魅力は自分にもよくわからないが、友達になったのだからこれから探していけばいいだろう。

 そう考えながら大股で歩くエルナの後ろ姿に続いた。

 
 
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