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第二部 第三章
ドングリ
しおりを挟む入会地の森が昼の陽光を上から受けている。冬至のほうが近いだけあって、陽光の色合いは夏の白さを失ってやや黄ばんでいた。
木々の放つ芳香よりも、積もった落ち葉の枯れた匂いのほうが勝っている。子どもたちが走り回る度に落ち葉はかき乱されて舞い上がっていた。
未だに緑の残る木々はそれなりに広い間隔を取ってまばらに立っている。
村人たちは長い棒を使って木々の枝を揺らし、枝にぶら下がっているドングリを落として回っていた。
アデルはそんな村人たちのほうへと小走りで駆け寄って片手を挙げた。
「いやーすまんすまん、村長の説教が長くてのう」
そう言って済まなさそうな顔をしてみせると、ロルフは呆れたように大きな体から溜め息をたっぷりと漏らした。
「アデルお前何やったんだよ。また村長を怒らせるようなことしたのか?」
「いやいや、わしは常に品行方正、悪いことなどしとらんよ」
「本当かよ」
「うむ、そんなことよりわしも手伝わねばな。みんなに任せきりじゃった」
キノコの入った籠を地面に置いてから、はしゃぐ子どもたちに視線を移す。アデルは肩をぐるぐると何度か回した。首を傾けてこきこきと鳴らし、拳をグッと握り締めて気合を入れる。
はしゃぎまわる子どもたちにニカッと笑いかけ、アデルは大きな声で言い放った。
「よし! おチビちゃんたちよ、わしの格好良いところを見せてやろう!」
そう声を上げてから、アデルは一本の木へと勢いをつけて走った。その幹に近づいた瞬間に左足で地面を強く蹴り、上へと向かって飛び上がる。
一度右足で木の幹に足をかけてからさらに体を上へと伸ばした。その勢いのままに一本の太い枝を片手で掴み、ぐいっと体を持ち上げる。
硬い樹皮が手のひらに食い込んだ。アデルは木に登ってから、下ではしゃいでいるチビたちを見下ろした。
「はっはっは、どうじゃわしの木登りは?! なかなか達者であろう!」
昔から木登りは得意だった。大人になってからはさすがにやらなくなったが、それでもまだ衰えてはいないようだ。
もっとも体は随分と重たくなってしまったから、枝が折れないように深い注意を払う必要がある。
「そーりゃ!!」
アデルは一本の枝に足をかけて踏みつけた。弾みをつけながら、枝が揺れるように大きく揺らす。がさがさっと大きな音を立てて枝が揺れると、その枝葉からドングリの実が次々と落ちていった。
子どもたちはぼたぼたと落ちてくるドングリに歓声を上げて、地面に落ちた実を拾いはじめる。
村の大人たちは苦笑しながらこっちを見ているし、ロルフなどは呆れているのか仕事の手を止めていた。
「ほーれ! まだまだ行くぞ!」
次の枝に移ってさらに大きく揺らす。それでまたドングリが次々と落ちていった。
子どもたちはドングリを拾いながら、走り回っている。
「はっはっは、どうじゃ!」
「おーいアデル、落ちないように気をつけろよ!」
下からロルフが声をかけてくる。アデルはきゅっと眉を上げてロルフを見下ろした。
「はっはっは! 心配無用じゃ! わしはロルフと違って木から落ちたことなど無い! ロルフなどは昔木から落っこちて泣いておったがのう」
「嫌なこと思い出させるなよ! っていうかお前、アデルが俺のいた枝に乗ってきたから俺が落ちたんだろうが!」
「ん? そうじゃったかな?」
「忘れてるのかよ。まったく……」
ロルフは呆れているのか怒っているのか、眉間にわずかな皺を寄せていた。それから、ロルフが下で走り回っていたチビたちを集める。
怪訝そうにしている子どもたちを見回して、ロルフが明るい口調で言った。
「よし、みんなドングリは拾ったな。それをアデルに投げつけてやれ」
「なんじゃと?!」
こちらの驚きをよそに、チビたちはロルフの提案を楽しげなものとして受け取ったようだった。特にエッケルさんのところの娘、イレーネちゃんなど目を輝かせている。
それからはおチビちゃんたちにドングリを投げつけられ続けた。
「ぎゃーっ! こらーっ! やめんかー、危ない!」
きゃっきゃ騒ぎながら子どもたちがドングリを投げつけてくる。上に向かって投げたところでなかなか当たるものではないし、当たったところでどうということもない。
それでもチビたちのドングリに困っているフリをしてみた。子どもたちがドングリを投げる度に一喜一憂しているのを見ていると、こちらも愉快な気持ちになってくる。
アデルは枝から枝へと移動しながら子どもたちの標的になり続けた。
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