名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第三章

お喋りなお姉さん

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 ソフィとリーゼが家の中でお喋りをしていると、家の扉がぎしっと小さな音を立てた。冬の匂いが風と共に入り込んで来る。
 昼間だというのに気温は上がらず、冷やりとした空気が村に満ちていた。その空気と共に、シシィが家の中に入ってきた。
 短い金髪を揺らしながら、シシィが椅子に座る三人を順番に見渡す。肩にショールを掛けたシシィは、右手にいつもの大きな杖を持っていた。
 普段よりも若干体型がこんもりとしている。どうやら肌着をワンピースの下に重ねて着ているらしい。それだけでなく、スカートの下にはタイツのようなものも穿いているようだった。

 シシィが入ってきたのを見て、リディアが気の無い挨拶を放った。

「あらシシィおはよう、随分と遅かったわね。寝すぎでしょ」
「……起きていた。ただ、外が騒がしかったから蔵の中で掃除をしていた」

 この言葉を聞いて、リーゼが立ち上がる。それからシシィのほうへと歩いていって、その背後へと回り込んだ。

「もう、シシィさん何言ってるの。外が騒がしいなら出てこればよかったのに」
「その発想は無かった」
「なんで?!」

 リーゼにとっては理解しがたかったらしく、眉を吊り上げながら口を大きく開いている。
 つい先ほどまでこの家の周りに村の人たちが集まっていた。
 ソフィはその時の様子を思い出しながら視線をやや上へと向けた。確かに人が集まったせいで騒がしかったかもしれない。
 外に沢山人がいることに気づいて、シシィは外に出るのを躊躇ったのだろう。一方リーゼはその気持ちがわからないから、外に人がいるのなら出てきて混ざればよかったのではないかと思っている。

 リーゼはシシィの後ろからシシィの両肩に手を置いた。そのまま小柄なシシィを押して椅子に座らせようとしている。

「ほらほら、シシィさんも一緒にお喋りしよ。聞いたよ、アデルが家建てるんだって? 今その話題で盛り上がってたから、シシィさんも」

 シシィはリーゼのなすがままになって椅子に腰掛けた。手に持っていた杖を椅子の背もたれに引っかかるように置いてから、シシィがテーブルの上にあった焼き菓子に目を向ける。
 その首の動きを見たのか、リーゼが嬉しそうに声を上げた。

「いっぱい焼いてきたから、シシィさんも食べて食べて。ほらほら」
「わかった」

 そう言ってからシシィが一口大の焼き菓子に手を伸ばした。それからゆっくりとした仕草で口の中へと放り込む。
 リーゼはもぐもぐと咀嚼しているのを見てすぐさま尋ねた。

「どう? どんな感じ? 美味しい?」
「……」

 シシィはまだ口を動かしていて、何かを喋れるような状態ではない。ソフィは軽く手を上げてリーゼに向かって話しかけた。

「リーゼよ、落ち着くのじゃ。シシィは未だにもぐもぐしておる身、何かを喋ったりは出来んのじゃ」
「あ、そっかー。ごめんごめん、なんか急いじゃって」

 リーゼが自分の頭を拳でコツンと叩く。二十歳も過ぎているのにその仕草は如何なものかと思ったが、ソフィはわざわざそれを口にしなかった。
 シシィはゆっくりと焼き菓子を飲み込み、軽く顔を上げた。リーゼのほうを見ながら表情も変えずに言う。

「美味しい」
「ほんと? よかったー」

 褒められたリーゼがほっと胸を撫で下ろしている。
 どうも見た限りでは、リーゼはシシィに強い興味を示しているようだった。以前、リーゼが魔法使いに憧れているという話を聞いたことがある。
 だからシシィに対して興味があるのだろう。リーゼは立ったままシシィの後ろでシシィの杖に視線を落としている。

 リーゼは何か思いついたかのように手を打った。

「ちょっと寒いから暖炉に火を入れよ。こっちの薪使っていいんだよね?」
「なぬ?」

 突然暖炉に火を入れると言い出したので、ソフィは驚いてしまった。このぐらいの寒さなら暖炉を使わなくても平気だし、何よりも人の家でいきなり薪を消費しようとするリーゼに驚いてしまう。
 リーゼは積んであった薪を暖炉の中へと並べていった。炉床の上で薪がほどよく隙間を空けた状態で並べられる。

 薪を積んだ後でリーゼは手を叩いて木屑を落とし、シシィのほうへと視線を向けた。

「ねぇねぇシシィさん、魔法で火を点けられる?」
「……できる」
「ほんと?! ねぇ、見せて見せて!」

 リーゼは興奮した様子で体を乗り出し、シシィの顔を覗き込んだ。その様子を見ていると、ソフィは他人事ながらはらはらしてしまった。
 火打石代わりに使われてシシィは気分を悪くしないのかどうかが気になったが、シシィは表情ひとつ変えずに杖を掴んで立ち上がる。
 それから杖の先を暖炉へと向けると、その杖の先に炎を浮かべた。その炎が炉床の上にある薪を覆い尽くし、やがて薪自身を燃やしてゆく。

 シシィはそれで十分だと思ったのか杖を暖炉から外して再び椅子に腰掛けた。これを見てリーゼが嬌声を上げる。

「うわーっ!! すごい! さっすがシシィさん!」

 リーゼは両手を胸の前で合わせてシシィに賞賛を送っている。しかし、シシィはそれに対してどう反応していいのかわからないようだった。
 言葉も無くリーゼの顔を表情ひとつ変えずに見つめている。シシィほどの魔法使いからすればこの程度のことは大したことはないはずだ。それを褒められても反応に困るのだろう。
 リーゼは感動がまだ収まらないのかシシィの顔を見て嬉しそうにしていた。

「すっごーい、うわぁ、いいなー」

 シシィが反応に困っているのを見て、ソフィは少し助け舟を出すことにした。
 軽く咳払いをしてから話しかける。

「リーゼよ、落ち着くのじゃ。この程度のこと、シシィからすれば大したことではないのじゃ。そこまで褒める必要は無いのじゃ」
「そんなことないよ!」

 大きな声で反論されてソフィは軽く仰け反った。リーゼが両手を胸の前で合わせたまま、どこか遠くへと視線を向ける。

「いいなー、魔法使いいいなー」
「いやリーゼよ、確かに魔法使いが羨ましいのはわかるが」
「うん、羨ましいなぁ。あたしもね、実は魔法使いに憧れてたから」
「それは聞いたことがあるのじゃ。しかし」
「あたしね、魔法のことには結構詳しいんだよ。ソフィちゃん知ってる? あのね、魔法って属性とかいうのがあってね、4つか5つくらいあるんだよ」
「ほ、ほう……、いやそれは知らんかったが」
「えっとね、火、水、土……、あとなんか」
「なんか?!」

 結構詳しいと述べておきながら思い切り忘れている。それで何故自分が魔法に詳しいなどと言えるのかさっぱり理解できなかった。
 リーゼはこちらの驚愕をよそにさらに続ける。

「それでね、魔法使いはそういう属性の魔法が使えるんだって。シシィさんは火を出したから火の属性の魔法使いってこと」
「ふ、ふむ……?」
「意外だよねー、なんかシシィさんって水とかそんな感じの人なのに」
「いやどういう印象に基づいておるのかわからんが、なんじゃ失礼な気が」

 その属性とやらを見た目で判別できるのかどうかは知らない。ただ、リーゼは火の属性というものに何かしらの偏見を持っているようだった。
 ソフィが腕を組んでわずかに目を伏せる。魔法や魔法使いに属性があるなどという話ははじめて聞いた。そもそも火でも水でも魔法で扱えるから、そんな分類が果たして正しいのかどうかわからない。


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