名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第三章

やわらかい温度

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 全身の筋肉が短く震えた。それで急に意識が覚醒する。しばらく瞬きを忘れて眼前に見える梁を眺めた。

「わしの体が動かん……」

 ベッドの上でそう呟いた瞬間に、自分がどのような状況にあるのかを理解した。そうだった、昨夜はリディアとベッドを共にしたのだった。体が動かないのは、リディアの体が左半身に被さっているからだ。
 首を曲げてリディアへと視線を移す。自分の左肩の位置にリディアの顔が乗っている。近すぎるせいであまりはっきりとは見えない。

 リディアから伝わってくる温かさが心地よい。季節は段々とめぐり、その針先は冬を指そうとしている。夜ともなれば寒さに震えてしまいそうだ。
 暖炉から光が漏れているようで、家の中はまだ完全に暗くなっていない。最後にくべた薪の量から逆算すれば、どれくらいの時間が経ったのかが計算できた。

「ふむ……」

 リディアの顔に視線を移す。暗い上に近いこともあってはっきりとは見えなかったが、それでも息を飲むような美しさだ。
 長い睫毛は伏せられていて、微動だにしない。高い鼻梁の向こう側に、血色のよい唇が見えた。

 今夜も夢中になってその唇を吸った。この美しい体を組み敷いて、己の猛りをリディアへ叩きつけた。背骨が灼けるような快楽の中で、体の境目がわからなくなるほど交じりあった。
 リディアの甘い声を聞いていると耳の奥がじんじんと疼き、頭の中身が白くなってしまう。理性の綱はまるで細い糸のように容易く千切れ、醜く強大な欲望が体を突き動かした。


 眠っているリディアの髪を優しく撫でる。起こしてしまってはいけない。リディアは自分の側で安心して眠ってくれている。その事実がとても嬉しい。眠りというもっとも無防備な時間をこうやって過ごしてくれているのだ。
 


「しかし困ったのう」

 リディアの頭が腕に乗っているのだが、おかげで腕への血流が阻害されてしまっている。そのせいで左腕の感覚が殆ど無かった。おそらく左の前腕を思い切り抓ったとしても大した痛みは感じないだろう。

 一旦リディアの頭を腕の上からどける必要があるのだが、それをするとリディアを起こしてしまうかもしれない。しかしこのままリディアの頭を乗せ続けるわけにはいかなかった。


「よし、ゆっくりと……」

 腕を一気に引き抜くとリディアが起きてしまう。まずはゆっくりと腕をずらしていく。左腕に力が入らないので、どうにか右手を持ってきてリディアの頭を軽く持ち上げた。
 その隙に左腕を抜こうとしたのだが、左腕にも力が入らないのでなかなか辛い。どうにか左腕を引き抜いたが、左手が痺れていて何も感じなかった。


「いかんのう、まぁしばらくすれば治るじゃろうが」

 以前も同じ体験をしたことがある。最初は焦ったものだが、時間が経てば治ることを知ってからはそれほど焦らなくなった。
 どうやらリディアは起きなかったらしく、今は枕の上に顔を乗せて穏やかな寝息を立てている。


「どうなんじゃろう……、このまま横を向かせるのはまずいか」

 リディアの頬が枕と密着している。このままだと変な跡がついてしまうかもしれない。
 しかしリディアの体を仰向けにしようにも、まだ左腕に力が入らない状況では難しいかもしれない。

「うーむ」

 そう唸った瞬間、リディアがもぞりと動いた。起こしてしまったかと思ったが違った。リディアはこちらの体にぎゅっとしがみついてきた。リディアの長い脚がこちらの下腹部に乗ってくる。
 体が近づいてきたことで温かさを強く感じた。

 今は二人とも服を着ているが、リディアが密着してくると色々とリディアの柔らかい箇所がこちらの体に触れて、男としては強烈な刺激を受けてしまう。
 特にリディアの胸がこちらの体に密着している。その豊かな膨らみはこちらの体で形を変えている。胸元が緩いせいで、リディアの胸の谷間が一望できた。
 暗くてよく見えないのが却ってもっと見たいという気持ちを湧き上がらせてしまう。



「いかんいかん……」


 リディアは安心して眠っているのだ。そのリディアに対して邪な視線を向けるのは決して褒められたことではないだろう。もっとも無防備な瞬間を、男からいやらしい目で見られていると知ったなら、どんな女でも不愉快な気持ちになるに違いない。

 リディアの谷間へ落ちそうな視線をどうにか上昇させる。梁を下から眺めた。まずは落ち着こう。そう思ったのだがリディアの体がモゾモゾと動くので嫌でも意識してしまう。

「ここは我慢じゃ」

 眠っているのだから、リディアの胸の谷間を見てもバレることはない。
 それどころか、体に触っても気づかれないかもしれない。しかし、そんなことをしてはリディアの信頼を裏切ることになってしまう。


「大体、さっきもリディアと散々……」


 リディアとの睦み合いを脳裏に思い描いてしまった。今のはまずい。そんなことを思い出してしまったら、さらに我慢が効かなくなってしまう。
 慌てて目を閉じ、何か違うことに意識を向けようとした。何かこう、難しくて理解できないような何かがあったはずだ。

 哲学的な問いにでも思いを馳せよう。そう思った時、リディアがさらにしがみついてきた。リディアはこちらの左脇の下に頭を突っ込んでいるような状態で、しかも脚をこちらに絡ませてきている。

 これはまずい。リディアを起こさないように一旦離すべきだろうか。しかし伝わってくるリディアの熱はこの冷たい夜の中であまりにも尊く、離し難いものだった。


「なんと情けない」


 思わず自嘲してしまう。リディアがこうやって眠りながらも安心して体を預けてくれているのに、自分は眠っているリディアにいやらしい目を向けてしまいそうになっている。
 

「いかんぞ、実にいかん」
「別にいいわよ」
「いやいかん、我慢じゃ、ってうおわっ?!」

 独り言に反応されて思わず目を見開いた。脇のあたりにリディアの顔があるが、その目はぱっちりと開いていた。暗いせいかリディアの瞳孔は大きく開いていて、まるで虚ろな洞窟のようだ。そこへ吸い込まれてしまいそうになったが、一度歯を食いしばって耐えた。


「な、なんじゃリディア、起きておったのか」
「うん……、なんだか寒くて」
「なぬ?! 寒いじゃと、それはいかん。薪を足さねば」
「もー、違うでしょ。アデルがね、もっといっぱいくっついて、それで温めてくれたらいいの」

 薪をくべるために起き上がろうとしたのだが、リディアに制された。リディアは自身のそのしなやかな体をスリスリと擦りつけてくる。甘美な感触。眠りに落ちるまでリディアと体を重ね合わせていたというのに、今になっても体が反応してしまう。


「ねぇアデル、あのね、アデルがあたしに触りたかったら、触ってもいいからね」
「む……、まぁ触りたいと思うことは多々あるでのう。そんなことを言われるとじゃな、いつも触ってしまうではないか」
「いつも触ればいいじゃない。あたしはいいわよ」
「ははは」

 触れるといっても、そこには色々な意味があるだろう。リディアの背を撫でるのとリディアの胸を揉むのとでは違いがある。自身の獣欲のためにリディアに触れるのであれば、リディアを物として扱っているのと変わらなくなってしまう。

 そういうのはよろしくない。


「ねぇアデル、さっき、我慢してなかった?」
「なんのことじゃ?」
「あたしの胸、見てたのに、目、逸したでしょ」

 リディアは暗い瞳でそう問いかけてきた。微動だにしない睫毛と、暖炉の炎に合わせて揺れる瞳の輝き。
 どう答えるべきなのかわからず言葉に詰まってしまう。リディアはその時にはもう起きていたのか。

「ふむ、まぁなんじゃ、リディアに目が行ってしまったのは事実じゃが、そこは我慢じゃ」

 そう言えばリディアも感心してくれるだろうと思ったが、リディアは眉間に皺が寄るほど眉を寄せた。鋭い視線で見上げられて、横になっているのによろめいてしまいそうになる。


「なんで?」
「な、なんじゃ」

 リディアは少し息を吸い込んでから、体を滑らせてこちらの体の上にまたがってきた。そのまま体を前に倒しているのだから、うつ伏せになったリディアが体の上に乗っている状態になった。
 リディアの体重など大したことは無いので圧迫感は無いが、リディアの鋭い視線で見下されると高い場所に立っている時のような不安を覚えてしまう。


「ねぇアデル、あたしね、やっぱり、アデルには満足してほしいの」
「は、はぁ……」
「はぁじゃなくて、だってね、アデルがあたしでいっぱい気持ちよくなって、それで満足してほしいって思ってるの。でも、アデル、満足してなかったの? 気持ちいいって言ってくれたのに」
「いやいやいや、満足しておるし気持ちよかったし、わしって本当に幸せ者じゃと思っておるし」
「あたしはね、アデルを満足させてあげたいの。なのに、アデル、我慢してるの? おんなじベッドにいるのよ、なんであたしのことを叩き起こさないの? おんなじベッドにいるってことは、あたしはね、アデルのこと満足させなくちゃいけないの。アデルは我慢なんかしなくていいの」

 リディアの紅の髪は今はうなじのあたりでゆるく一つに括られている。
 こちらの顔を見下ろしながらリディアは少しだけ首を傾げた。

「リディア、そこまでわしのことを思ってくれるのは嬉しいが、別にわしは静かに寝ておるリディアを起こしてまでどうこうしたくはない」
「なんで?」
「何故って……、わしにとってはリディアがわしの側で安心して眠ってくれていることも嬉しいでの」
「……そう?」

 リディアがゆっくりと体を倒してきた。こちらの体の上に覆いかぶさってくる。柔らかな感触が胸元に伝わってきた。やはり人肌の温かさは心地がよい。
 柔らかな重みもまた愛おしい。












 暖炉から漏れる光は少しずつ小さくなっているようだった。木々の爆ぜる音ももう止んでしまっている。このままでは家の中は夜の闇に覆われてしまうはずだ。

 淡い光の中で、リディアの紅の髪が今は黒々として見えた。







 右手をリディアの背中に回し、ぽんぽんと軽く叩いた。





「そうやってわしのために一生懸命になってくれるのは嬉しい。リディアのような女がこうやってわしといてくれるだけで、わしの身には余るほどじゃ」



 リディアは一度もぞりと体を動かしてから顔を上げた。



「でも、あたしにはわからないもの。その、男の人のこう、なんていうの。欲望っていうか、どういう所で興奮するのかとか、どうすると気持ち良いのかとか。アデルが、あたしの体に飽きたりとかしないかって」

「いや飽きることは無い。飽き足りないというべきか」

「飽き足りないって何? 満足できてないってこと?」

「いや満足はしておるが」



 いけない、なんだか支離滅裂なことを言ってしまっている。リディアも不満そうにしていた。



 そもそも、女に興奮するというのは男の自分にとってはわざわざ説明するまでもない当然のことなので、リディアがそれを理解できないと言ったのが意外だった。これを意外と思う時点で自分が浅はかな男だという気もしてしまう。

 よく考えるまでもなく、女は男がどう女を見ているのかを理解するのは難しいはずだ。



「ともかく、わしが如何にリディアに、その、なんじゃ、興奮しておるかはリディアも身をもって知っておるじゃろう」

「……でも、アデル、加減してるじゃない。テーブルに並んだ料理をゆっくり食べるみたいに。本当に興奮してたら、手掴みで食べるみたいに必死になるものじゃないの?」

「料理ならガツガツ食べても傷つくものはおらんが、リディアは違うであろう」

「そう?」



 リディアは顔を伏せた。リディアの息が首のあたりに当たって少しくすぐったい。じわじわと伝わってくる熱が寒さを押しのける。

 右手でリディアの背を撫でた。こうやって体を預けてくれるだけで嬉しいのだが、その気持はなかなか伝わらない。



 とりあえず、女には男の欲望がどういうものか分からないというのは考慮する必要があったかもしれない。いや、それはお互い様かもしれない。

 男にだって女のことはよくわからない。わからないまま結びついて、誰にも見せない弱い場所を擦り合って気持ちよくなる。



 余計なことでリディアを不安にさせるのは望むところではない。どうしたものか。

 そんなことを考えていると、リディアがずいっと首を伸ばしてきた。リディアの顔がこちらの首の下へと入る。



「うおっ?!」



 喉仏のあたりを急に舐められた。リディアは顔を横にしながらこちらの喉仏を舌先でペロペロと舐めている。



「これ、くすぐったい」



 リディアはさらに体を乗り出してきた。そんなところを舐められたのは初めてだ。あまりにくすぐったい。刺激のせいで体から力が抜けてしまう。

 今度はリディアが口を開いてこちらの喉仏に唇を当ててきた。

 何をするのかと思えば、リディアはそのまま声を出した。



「んーっ」

「うおおっ?!」



 喉仏に声を当てられて、くすぐったさがさらに倍増した。しかも、リディアが出した声が首の中に入ってきて、そのまま頭に響いた。こんな体験は初めてだ。

 自分の喉からリディアの作った音が出てくるというのは奇妙な刺激だった。



「ちょっ、リディア、くすぐったい」



 そう言いながら背中を叩くとリディアが顔を起こした。その顔はわかりやすいくらいに不満そうだ。



「まったく、何の遊びじゃ」

「前からね、おっきい喉だなぁって思ってたの。きっと大きなリンゴが詰まってるんだわ」

「ははは」



 随分と古いおとぎ話だ。もちろん、男の喉にリンゴが詰まっているというわけではない。

 そのくらいはリディアも分かっているだろう。



「ねぇアデル知ってる? 声ってその喉の出っ張ったところから出てるんだって」

「ほう、そうか。似たようなことは聞いたことがあるが本当かどうかはよく知らんのう」

「でね、男の人は喉が大きいから大きくて低い声が出るんだって。だからアデルは声が低いのよ」

「なるほど、確かにわしは少々声が低いところがあるでのう。なるべく低くならんように気をつけておる」

「いいじゃない低くても。アデルの低い声好きよ」

「そう言ってもらえるのはありがたい。しかし低いとあれじゃ、なんというか、暗いというか相手が聞き取りにくいことがあるようでのう」



 そういえば声変わりをしたのはいつだっただろう。まったく思い出せない。何か体に不調を来した覚えもなければ、喉に痛みを感じたりもしなかった。

 ただ、村の人たちに話しかけると、父の声にそっくりだと言われるようになった。それが嬉しかったような気がする。





 リディアがもぞもぞと体を滑らせて、その耳をこちらへと向けてきた。



「アデル、耳元で、低い声で、何か言って」

「なんじゃいきなり、そう言われても何を言えと」

「言いたいことでいいじゃない」

「では……」



 リディアの耳の辺りに手を添えた。さすがに大声など出すわけにはいかない。布一枚隔てれば聞こえなくなるほど小さな声で囁く。



「リディア、わしの可愛いリディア、そろそろ眠る時間じゃ。わしの隣でゆっくり眠るとよい」

「あんっ」



 リディアの体がビクッと震えた。しかも何故か艶めかしい声まで出すものだから驚いてしまった。

 もしかすると耳に息が当たってくすぐったかったのかもしれない。



 それ以上何も言わずにいると、リディアが首をまわしてこちらを見た。

 口元にはかすかな笑みが浮かんでいる。



「もー、そんな優しい声で囁かれたら」



 リディアはそこで言葉を切った。何を言うつもりなのかと待っていたが、リディアは口を閉ざしたまま何も言わない。

 そのまま体を滑らせてこちらの左脇へと移動した。眠るつもりになったのだろう。

 ただ、もう一度左腕を貸すとまた左腕が痺れて動かなくなってしまうかもしれない。どうにか枕をずらしてリディアを促した。

 しかしリディアは自分から動こうとはしてくれない。



 リディアはもぞもぞと体を動かしている。おそらく自分の納得いく体勢を探しているのだろう。リディアの蠢きが今は体に触れて熱を持つ。

 目を開けていても、暖炉から漏れる淡い光だけでは昼のようにすべてをつぶさに見ることはできない。



 自分の呼吸の音ですらも今は大きく感じられる。リディアと触れ合う場所はまるで湯の入った革袋を押し付けたかのように熱い。

 二人の間には沈黙。リディアはようやく良い感じの体勢が見つかったのか、動きを止めた。





 このまま沈黙を保てば再び眠りへと落ちることだろう。音がしないように静かに息を吐いた。ゆっくりと腹部が沈んだその瞬間、脇腹をくすぐられた。



「おふっ、な、なんじゃ、これ」



 くすぐられたというか、リディアが指先で撫で回してきたのだ。

 しかし、人にそんなことをされればくすぐったくなるのも当然だろう。



「ねぇアデル」

「ん?」

「子どもは何人くらい欲しいの? 前は沢山欲しいって言ってたけど」

「何人と言われてものう」



 そもそも沢山欲しいと言った覚えはない。

 リディアがさらに続ける。



「あたしとシシィとソフィが産むんだから大家族ね。賑やかで大変だわ」

「いやソフィは産まんが」

「何言ってるの、ソフィだっていつかは大人になるじゃない。その時、ソフィだってアデルの子を産みたいって思うわ」

「思うわと言われてもじゃな」



 ソフィに自分の子を産ませようとは思わない。自分にとってソフィはそういう対象ではないのだ。

 いつかソフィが立派な大人になり、自分の元から巣立ってくれればと思っている。この村はソフィには狭すぎるだろう。もっと広い世界を見せてやりたい。





「アデルったら、まだそんなこと言ってるのね」

「まだって」

「心配いらないわ。全部、上手くいくもの。アデルがね、もうあたしたちと絶対に離れたくないって思うから」

「いやもちろん離れたくないとは思っている。しかし」

「もっと強く思うようになるの。そうしたら、きっと、ソフィを手放さなくなるわ」



 リディアはまるで知っているかのように言う。もしリディアの言うようなことが起こるのなら、自分は心の弱さをまったく克服できていないに違いない。そのようなことを望んではいない。

 もし自分の心の弱さがソフィをこの村に、そして自分に縛り付けるようなことがあってはならないと思う。



「そろそろあたしもね、お金を作らなきゃって思ってるの」

「ん?」



 急に話が飛んで少しだけ戸惑った。



「ほら、これからね、家も建てるし、家族も増えるし、お金いるでしょ。だからね、シシィと相談して色々考えてるの。森で薬草探したりとか、薬にして売ったりとかすればいいんじゃないかって」

「ふむ、なるほど」

「アデルはどう? 嫌じゃない?」

「別に嫌なことなどないが。ただ森で薬草を探すにしても、危ないことの無いよう気をつけて欲しいとは思うがのう」

「そういうことじゃなくて、女がお金を稼ぐとかそういうことに抵抗とかある?」

「あるわけなかろう」



 どこの価値観だろう。この村の女たちは機織りやそれに類することでお金を稼いでいる。それを見て育ったから、女が稼ぐことが悪いことだとは思えない。

 リディアが言っているのは、都会の価値観ではないかと思えた。こんな田舎ではむしろ働いて生産に寄与しない女のほうが困りものなのだ。



「ほんと? よかった」

「とはいえ、ほれ、こういう田舎には田舎のやり方があるわけでじゃな、わしにも色々と相談してくれんか?」

「うん、わかってるわ。ほら、これからあたしもシシィも妊娠したりするでしょ。そうなった時、やっぱり今までみたいに身軽に動けないから」

「ふむ、余計な心配をかけてすまんのう。リディアにこうやって苦労をかけたくはないが」

「いいの、あたしが好きでやってるんだから。それにね、アデルの支えになれたら、あたしも嬉しいもの」

「おお、なんと可愛いことを言ってくれる」



 リディアはこう言ってくれているが、その好意に甘えすぎてはいけないだろう。自分ももっとしっかりしなければいけない。

 なんとなくリディアの肩を撫でていると、リディアがさらにこちらへ体を寄せてきた。



「あのねアデル」

「ん?」

「あたしの抱き心地ってどうなの?」

「また妙なことを訊いてくるのう……」



 答えを考えるより、どうしてリディアがそんな質問をするに至ったのかを考えるほうが良いかもしれない。しかし、少し考えたくらいでは思いつかなかった。

 ここは素直に答えたほうがいいだろう。



「わしはリディアを抱いておると幸せな心地になる。リディアをとても愛おしく思う。この世でもっとも幸せなのはわしではないかと思うほどじゃ」

「本当に?」

「本当じゃとも。身に余るほどの幸福じゃ」



 自分のような田舎者には釣り合わない。いや、リディアと釣り合う男というものがいるのかどうかすら疑わしい。



 きっと、それなりの才に恵まれたものでさえ名を残すのに苦労するだろう。自分のような小物ではどれだけ望んだとしても自分の名を残せないはずだ。名も無き農夫として歴史の渦に飲み込まれ消える。



 しかしリディアは違う。王侯貴族ですら名を残すことができるかどうか怪しいだろう。リディアは名を残すどころか轟かせている。何世代を経たとしても、リディアは英雄として人々がその名を口にするはずだ。

 歴史上の英雄のように、あの赤髭王のように、誰もがリディアを敬愛するに違いない。



 国を救い、竜を殺した。今自分の隣にいる女は、神話の英雄にも匹敵する。

 そう思うと自分の側に置いておくことが深い罪のように思えてしまう。リディアはもう勇者として活躍するつもりは無いらしい。この村で、こんな男と一緒に暮らしていくことを望んでいる。



 例え罪だとしても、もはやリディアを手放す気はなかった。



「うむ、わしはリディアを手放したりはせん。ずっと一緒じゃ」

「ほんとに?」

「もちろん本気じゃ。はっはっは、愛想を尽かされぬように頑張らねばのう」



 そう言うと、リディアが再び体を押し付けてきた。それからずりずりと体を押し付けながら移動する。リディアはこちらの体の上にうつ伏せになった。

 胸元が緩いせいで、リディアの豊満な乳房が作る谷間がくっきりと見える。暗いせいで谷間が深い。もっと光があればリディアの肌を覗けたはずだ。



「ふふ、アデルがあたしのおっぱいを見てるわ」

「仕方がなかろう、どうしても目が行くでのう」

「うん……、見て」



 リディアは胸元を指で軽く引っ張った。それだけでリディアの大きな胸がほぼ露わになる。そこを見るだめだけに瞳孔が大きく開いたような気がした。

 それだけでなく、リディアの長い足がこちらの足に絡んでくる。リディアの太ももがこちらの太ももに触れる。それだけでなく、リディアは体をわずかに捩らせていた。



 その動きが男の欲望を愛撫する。今日も散々したというのに、欲望の鎌は再びその首をもたげようとしていた。



 リディアがするりと体を滑らせた。顔をこちらの前へ持ってくる。暖炉から漏れる光だけでは光量が足りない。もっとはっきり見たいと思ってしまう。

 まじまじとリディアの顔を見ていると、リディアが目を閉じた。リディアの唇が迫ってくる。



 二人に横たわっていた距離が消え失せる。唇の触れ合いに甘美な火花が肌を走った。

 指先が強張る。指先がリディアの肌を求める。理性で押し留めた。



 ふっとリディアが唇を離す。

 それからこちらの耳元に唇を寄せてきた。リディアの舌が外耳の端をつーっと伝った。それだけで全身の肌が粟立つ。



「おおっ」

「ねぇ? 気持ちいい? あのね、あたし、アデルを気持ちよくしてあげたいの。何が気持ちいいのか、教えて」

「教えてと言われても」



 もはや抗えそうになかった。何度も肌を合わせたが、その度に病みつきになるような快楽を得てきたのだ。それを思うだけで、体の奥底はリディアを求めてしまう。

 そして、その力はもはや御しきれないほどに強く、激しい。





「あのね、あたし、もうすぐ出来ない日が来るから、だから、アデル、我慢しなくちゃいけないから、今のうちに、いっぱいあたしで気持ちよくなって」

「う、うーむ」



 耳元で囁かれる言葉は甘く、まるで頭蓋の中をとろとろに溶かしてしまうかのようだった。

 もはや耐えられそうになかった。



 脈拍が段々と速く強くなる。衝動は荒れ狂う嵐のように吹きすさび、理性の戸を吹き飛ばそうとしていた。

 あれだけリディアの体を求めておいて、今もまた湧き上がる欲望に翻弄されている。





「アデル、あたしね、もっとアデルと繋がってたいの」

「そこまで言われてはもはやわしは耐えられん」



 体の上のリディアを強く抱きしめた。





 明日の朝は起きるのが辛いかもしれない。

 それでも、今はリディアの体を求める気持ちが抑えられなかった。













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