名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第三章

天使の髪

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 太陽が少しずつ昇ってきたことで、家の中は段々と明るくなってきた。寒さはまだ厳しいようだが、動いていれば耐えられないほどではないだろう。

 暖炉の炎も段々と弱弱しくなり、今にも消えそうになっていた。もうあれくらい少なくなっていたら、燃えさしを壷に戻す必要もないだろう。



「ふわぁ……、んあ」



 眠気のせいで欠伸が出た。



「あらソフィ、眠たそうね」

「いきなり起こされたせいなのじゃ」



 今朝はもう少しベッドの中でぬくぬくしていたかった。しかしリディアがそれを許さなかったのだ。昨日はリディアの昔の話を聞いていたせいで、寝るのが少し遅くなってしまった。

 それも眠気に拍車をかけている。



「さて、妾たちも行かねば」



 今日は鶏小屋を作ることになっている。しかし自分は大工仕事についてはまったくわからない。手伝うにしても力が足りないから、出来ることにも限りがあるだろう。昨日と同じく見物か簡単な掃除をするくらいのはずだ。

 そろそろ外に出ようという雰囲気になったが、シシィは一人で自分の髪の先を抓んでクリクリとこねまわしている。





 それに気づいたのか、リディアがシシィに声をかけた。



「あら、どうかしたのシシィ?」

「……最近、髪が増えてきた気がする」

「シシィちゃん、髪が増えたとか減ったとかいうのはハゲかけてる人だけよ」



 リディアは冷静にそう言ったが、シシィがそう表現した気持ちもわからないではない。シシィの髪は細い金髪で、ふわふわとしている。そのせいか、伸びてくると頭の体積が膨らんだように見えるのだ。

 この村に来てからシシィは一度も髪を切っていないのだろう。そうなれば以前よりずっと髪が増えて見えるのもわかる。



 シシィは髪の先を指先で弄りながら視線を落とした。



「このまま伸ばすか、切るか、悩んでいる」

「アデルはどっちでもいいって言うでしょ」

「本当はどっちが良いのか、わからない」



 シシィは少しだけ下を向いてそう呟いた。どうやらこのまま髪を伸ばすか、それとも切ってしまうかで悩んでいるらしい。しかもアデルがどう思うかで決めようとしていた。

 そんなもの自分の好みで選べばいいのではないかと思わないでもないが、それでもしアデルが気に入らなかったら困ると考えているのだろう。



 しかし、リディアが言ったようにアデルの場合はそれほど深く気にしないのではないかと思えた。ただ、シシィもそう感じていたように、アデルが気にならないと言ったとしてもそれが本心なのかどうかはわからない。



 しかしアデルならとんでもなく珍奇な髪型にでもしない限り気にするようなことはないだろう。

 だから、シシィの悩みや割とどうでもいい気もした。

 しかしリディアは真剣な表情で頷いている。



「そうね、でも伸ばすにしても少し鋏を入れたほうがいいかもしれないわね」

「かもしれない」

「とりあえず、切る切らないは置いといて、たまにはちょっと髪型を変えるのもいいかもしれないわね」

「髪型……」



 率直な感想として、シシィがそこまで深く気に病むほどの問題だとは思えないし、リディアがそこまで親身になるのもよくわからなかった。もしかすると、リディアはシシィがヘンテコな髪型にしてしまわないかと考えているのだろうか。

 シシィの感性はどうも人と違うから、シシィが良いと思ったものでも普通の人にとっては奇抜に映ったりすることもあるかもしれない。



 そうなったとしてもアデルの場合はとりあえず褒めてしまいそうな気がする。そしてシシィが勘違いしてそれを貫いたりしてしまうかもしれない。

 ここはシシィを制しておいたほうがいいだろう。



「シシィよ、そのままで十分良いのじゃ。焦って伸ばしたり、髪型を変えるのはやめたほうがよいのじゃ」

「でも、もしかしたら長い髪のほうが好きかもしれないから」

「アデルはそんなことは気にせんのじゃ」



 そもそも、シシィのように首筋が見えるほど髪が短い女というのは珍しい。都会にはいるのかもしれないが、このような田舎だと大体の人は長い髪を束ねてしまっている。

 リディアは椅子に座ったまま足を組んだ。



「そうね、アデルはそのままのシシィを好きになったんだから、長くなくちゃダメってことはないでしょ」



 その言葉にシシィが少し目を輝かせた。目から鱗が落ちる思いだったのだろう。

 ただ、リディアがそんなことを言うのは意外だった。

 何かもやもやとした感情が心の底から涌いてくる。それがはっきりと形になる前にリディアがさらに続けた。



「ま、でもたまには髪に変化つけるのもいいかもしれないわね。ほらソフィ、さっき編んでもらったんだからシシィの髪編んであげなさいよ」

「む? 妾がか?」

「そうよ、シシィの腕前にケチつけてないで、自分もやってみるの」

「別に構わんが」



 自分の髪を自分で編むこともあるし、イレーネの髪の手入れもしたことがあるから、髪の扱いについてはシシィより上手い自信がある。

 シシィは今の提案についてどう思ったのだろう。そう思ってシシィの顔を見ると、シシィは目を輝かせていた。どうやら乗り気のようだ。



「ふむ、では妾がちょろっと格の違いを見せ付けてやるのじゃ」



 そう言ってから、シシィの髪を編み始めた。























 シシィの髪は細く、ゆるやかに波打っている。天使の髪がこのようなものだと聞いたことがあった。天使は子どもの姿をしていて、細い金髪を持ち、さらに髪がうねっているらしい。

 この髪はまさにそのようなものだと思えた。直毛ではないので扱うのは難しいかと思ったが、それほど苦労はしない。

 ただ、髪の長さから考えると、大きな房を作るのは難しいだろう。そう思って頭の横のほうへと小さな三つ編みの房を作ることにした。とりあえず適当に髪束を集めて、三つに分けてから編みこんでゆく。



 髪がそれほど長くないのもあって、すぐに終わった。最後に紐で束ねる。



「終わったのじゃ」



 そう言うとシシィは杖を手に取り、魔法で正面に鏡を作り出した。自身の左側頭部から小さな三つ編みの房が垂れているのをまじまじと見ている。

 どうやら気に入ったらしく、シシィの表情には喜びが見て取れた。



 シシィは鏡を消すと、勢いよく椅子から立ち上がった。

 それから一度振り返り、笑みを見せる。



「見せてくる」



 それだけ言ってシシィは外へと出て行った。



 誰に見せるつもりなのかは明白だった。まるで子どもが宝物を親に見せるかのように、シシィは編んでもらった髪をアデルに見せようと出て行ったのだろう。



「浮かれておる」

「いいじゃない、それだけ嬉しかったってことよ」

「む……」



 どうもシシィに甘いような気がするが、考えすぎだろうか。それとも、シシィのああいう行動は普通のことなのだろうか。



「うーむ……」



 腕を組んで考えてみたが、もやもやが晴れそうにない。ここでこうやって考え事をしていても仕方が無い。さっさと鶏小屋作りの手伝いに勤しむとしよう。

 立ち上がり、扉のほうへ向かう。



「さてと、行くとするのじゃ」

「ちょっと待ちなさい」

「ぐえっ」



 いきなり三つ編みを引っ張られた。おかげで首が曲がってしまう。



「おのれリディア、いきなり髪を引っ張るでない!」

「まぁ落ち着きなさい。まだ寒いわ、もうちょっと暖炉でぬくぬくしてから外に出たほうがいいわよ」

「なんじゃ、さすがにもう体はぬくもっておるのじゃ。いきなり起こされた時とは違って」

「そんなに急がなくてもいいでしょ」

「何をそんなにのんびりとしておるのじゃ。シシィはすでに外に……、って、はっ、まさかシシィめ、妾の目が届かぬところでイチャイチャしておるに違いないのじゃ! おのれ、妾が今すぐえっ!」



 再び三つ編みを引っ張られて首が折れそうになった。

 振り返って怒鳴る。



「だから妾の髪を引っ張るでない!」

「まぁ落ち着きなさいソフィ。シシィも折角ソフィに編んでもらった髪をもうちょっと自慢したいでしょ」

「なんじゃとーっ!」



 まさかとは思うが、リディアは最初からそんなことを考えていたのだろうか。シシィがアデルに髪のことを話している間、二人きりにさせてやろうと考えていたのか。



「おのれ、リディア、妾の邪魔をするでない。シシィはここぞとばかりにイチャイチャしておるに違いないのじゃ」

「別にそんなにイチャイチャはしてないでしょ。とりあえず髪の自慢とかして、髪切ったほうがいいかどうか聞いたりしてるんじゃない」

「いや、最近のシシィはいやらしいのじゃ。隙あらばイチャイチャしようとするのじゃ」

「まったく疑り深いわねぇ。ま、いいわ。それじゃあたしたちもそろそろ行きましょ」

「うむ、しかし髪を引っ張られてはかなわんのじゃ。妾は後ろ向きで扉まで行くのじゃ」

「もう引っ張らないって、そんなんじゃ危ないわよ」

「髪を引っ張られるほうが危ないのじゃ」





 後ろを確認しつつ、後ずさりで扉のほうへと進む。リディアはこれ以上邪魔をする気はないようで、溜め息を吐いてからのんびりとこちらに歩いてきた。

 扉を開けると冷たい風がするりと入り込んできた。鼻の奥に冷たい冬の匂いが入り込む。肌の表面がキンと音を立てるような心地だった。



 ここはリディアの言葉に従ってもう少しぬくぬくしておくべきだっただろうか。

 いや、まずは先にシシィとアデルの様子を見なければいけない。



 意を決し、外へと体を乗り出した。

















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