名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第三章

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 立ち上る炎と煙にシシィは一歩後へと下がった。



「けほっ……」



 喉の奥がヤスリで削られたように痛む。目前では炭が火を立てながら燃え上がっていた。

 炎と同時に煙も大量に立ち上る。



「失敗した」



 一人でそう呟いた。

 今日は朝から一人で森へと出かけ、炭を回収してきた。昨日は森に行き、リディアと二人で色々な作業を行っていた。その副産物として、建材には使えないような太い枝などが大量に出たのだ。

 そのまま置いておくのも勿体ないので、それらを炭に加工できないかと考え、リディアと二人で炭作りに取り掛かった。



 木材を円錐状に並べ、その上から短い草の根ごと土を被せる。後は円錐の頂点から火を入れた。粗雑な作り方だったが、日常で使う分には問題ない質の炭が出来ると思っていた。

 しかし、出来上がった炭はまだ生の木が少しばかり残っているようで、燃やすと普通の炭より多くの煙が出てしまった。



「はぁ……」



 一人で溜め息を吐き、灰の中に埋もれた炭を火かき棒で引きずり出す。

 わずかに赤さが灯っているが、やがて消えうせるだろう。



 わずかに肌寒さを感じて、魔法の杖を手に取った。冬が近づく中、寒さを凌ぐ手段は確保しておきたい。もちろん、自分の魔法で蔵全体を暖めることはできるが、さすがに寝ている間まではどうしようもない。

 そこで炭を使えばよいのではないかと思った。



 さすがに薪を蔵の中で燃やすと煙で燻されてしまうので避けたい。炭ならば燃やしても煙は出ないし、長時間燃やすことが出来る。

 そう思って適当な桶に灰を敷き詰め、即席の火鉢を作った。これで炭さえ揃えばとりあえず夜の間に燃やしておけると思ったのだ。この蔵の容積から考えると火鉢の火など焼け石に水程度のことかもしれないが、無いよりは良い。それに程よい明るさが蔵の中に保たれる。

 しっかりした炭さえあれば、火鉢の数を増やすかもしくは火鉢を大きくして炭を長く燃やせる環境を作れるはずだ。

 ただ、炭というものは空気を暖めるのには向いていない。量があっても効果は期待できないかもしれない。



 こうなってくると、温石を用意するしかないのだろうか。

 石を暖めて布などでくるみ、それをベッドに入れて眠るのだ。これでも十分に暖まるだろう。しかし、温石に向いた石を用意しなければいけない。石によっては加熱すると割れてしまう。





 椅子に座ったまま即席火鉢に視線を向けていると、蔵の外で足音がした。蔵の扉が開き、リディアとシシィが滑り込んできた。ただそれだけで蔵の中が随分と明るくなったような気がしてしまう。



「あら、もう炭回収してきたの? 早いわね」



 リディアは頭の後で髪をひとつにくくっていたが、こちらへ歩み寄りながら髪を解いた。しばらく長い間縛られていたはずなのに、リディアの髪には何の跡も残らずにするするとまっすぐに解けた。

 ソフィも同じように馬の尻尾のようになっていた髪を解く。この黒髪もまるで滑らかな石のように光沢を放ちながらまっすぐに戻る。



 二人の髪質が少しばかり羨ましい。自分の前髪に指先で触れながら言う。



「炭作りに失敗した」

「そうなの?」



 そう言ってからリディアが炭の入った即席火鉢を覗き込む。じーっと見つめていたが、リディアが首を捻る。



「できてるじゃない」

「燃焼が完全ではなかった。まだ生木が残っている」

「ふーん、でも生っぽくても燃えるんだったらいいんじゃないの」

「煙が出る」

「それはダメね」



 リディアは素早く前言を撤回した。蔵の中で煙を発生させれば、色々なものにその匂いが移る。リディアもそれは避けたいのだろう。

 シシィも即席火鉢を覗き込みに来た。



「炭など用意して何をするのじゃ?」



 もしかするとソフィは火鉢で炭を使うということを知らないのかもしれない。この辺りではそもそも煙突から大量の煙を出しても誰も困らないし、家の中でそのまま火を使っても困ることがない。都会の一室でするように、軽い暖を取るために火鉢を使うということは無いだろう。

 とりあえずソフィに簡単な説明をすることにした。炭のほうが出る煙が少なく、方法によっては随分長く燃やすことができること、そして睡眠中の暖を取るために試行錯誤していること。



「ふむ……、確かにここは寒いのじゃ」

「そうよ寒いのよ、大変だわ。そういうわけでソフィ、とりあえずお湯を用意してちょうだい」

「なんじゃ脈絡もない」



 そう言いつつもソフィは魔法で桶にお湯を張った。リディアが自分の分とソフィの分の布を持ってきて、ソフィにひとつ手渡す。

 ソフィも元々お湯を使って体を拭くつもりでいたのだろう。受け取った布をお湯に浸し、首筋などを拭いてゆく。リディアは上は下着だけ残して脱ぎ、同じように体を拭いていった。見ているとこちらが寒気を感じてしまう。本人は寒さなどまったく感じていないかのように体を拭いている。

 ソフィは寒いせいか服を脱いで肌を晒す気など無いようだった。



 リディアが体を拭きながら言う。



「まぁ炭作りに失敗したくらいで嘆く必要はないわ。あたしも冬の寒さをどうするか考えてるもの。ソフィの協力があればなんとかなるわ」

「なんじゃ、妾の魔法に用か?」

「その体温に用があるのよ、一緒に寝れば暖かいわ」

「妾の体はひとつしかないのじゃ。さすがにひとつのベッドでリディアとシシィの二人と一緒に寝るのは難しいのじゃ」

「大丈夫よ、他にも手は色々考えてるもの」



 体を拭きながらリディアがさらに説明を続ける。



「つまりね、向こうの暖炉の前で寝ればいいのよ。そのために椅子としてもベッドとしても使えるようなものを作るの。折りたためるようにしとけば邪魔にならないように出来るでしょ。それがあれば暖炉の前で横になれるし、こんな寒い蔵で寝る必要は無くなるわ」

「ふむ、しかしそんなものをどこで調達するのじゃ?」

「自分たちで作るに決まってるじゃない。木材なら沢山用意できるし、それにほら、そういうなんていうの、加工の練習にもなるわ。いい事尽くめよ」

「なんと……」

「ちなみにどういう物を作るかはシシィに丸投げするわ。あたしは手を動かすだけ」

「偉そうに丸投げとは。受け取るほうが大変なのじゃ」



 ソフィがこちらに視線を向けてくる。



「リディアの案は実行に移せると思う。設計図なら頭の中に書ける。ただ、出来たものが実際に良いものになるのか、強度が十分なのかはわからない」

「いいのよ、壊れたらまた作り直せば。そういう失敗を沢山するのが大事なのよ」



 リディアはこれでもう決まったとばかりに頷いた。二人とも体を拭き終わり、ソフィはお湯の中で布を綺麗に洗っている。

 じゃぶじゃぶと布を洗っていたソフィだったが、急に顔を上げた。



「おおそうじゃ、そういえば今日は洗濯の日なのじゃ。妾も行かねばならん」



 ソフィは遠くを見ながらそんなことを言った。ソフィの言う洗濯の日というのがどういう意味なのかわからない。洗濯ならいつでもできるし、どこかに行く必要があるとも思えなかった。

 手早く布を絞って折りたたみ、ソフィはその布を手に持ったまま片手を挙げた。



「そういうわけで、妾は着替えて出かけてくるのじゃ」



 どうやらソフィは洗濯の日について説明する気は無いらしい。こちらが理解していないことにも気づいていないようだ。少し慌てた様子でソフィは蔵の扉を開けて外へと出て行った。

 リディアがこちらに視線を寄越す。



「洗濯の日って何?」



 首を横に振るしかなかった。



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