名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第三章

Aleam ludere

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 暖炉の中で薪がパチパチと爆ぜる。午後の気だるい時間帯に、ソフィは椅子を挟んでハンスと向かいあった。ハンスは唇の端を持ち上げ、ニヤリと笑っている。

 二人の間には一枚の盤があった。

 今日、ハンスがいきなりやってきて今も居座っている。色々あってタブラという遊戯で対戦することになった。



 タブラでは一枚の盤を使う。この盤をテーブルに置いて向かい合うと少々体勢が辛いので、暖炉の前に椅子を置き、その椅子の上に盤を置いた。

 盤を挟んでハンスと向かい合う。盤の上には黒と白に塗り分けられた硬貨ほどの大きさの駒があった。木製らしく、持ち上げてみると軽い。

 それからサイコロが三つ。これは何かの骨で出来ているらしく、触れてみると硬い感触が帰ってきた。





 まずはハンスが遊び方を説明しながら対戦することになったのだが、ハンスの説明があまりにも下手でついていくのが難しかった。



「おのれハンス! そんな決まりがあるのなら先に言わんか!」

「わりーわりー、忘れてた」



 まったく悪びれた様子はない。

 このタブラという遊戯ではサイコロを3つ使う。そしてお互いに15個の駒を持っていて、24個あるマスをサイコロの目に応じて進ませ、すべての駒を上がりに持ち込んだほうが勝ちになる。



 この説明を聞いた時、それでは結局大きなサイコロの目を出したほうが勝ちではないかと思った。

 しかしどうやらそう簡単にはいかないらしい。



「ハンスよ、つまり最後はこの最後の6マスの中に15個すべての駒を入れてからでないと上がることができんのじゃな?」

「そうそう、だからそこでこうやって守りを固めると勝ちやすいわけだな」

「まったく、今頃になってそんなことを言いおって……」



 ハンスは先に何もかもを説明してから始めるより、やりながら説明したほうが良いと思ったらしい。やりながら覚えればいいという考え方は理解できないこともないが、途中で新たな決まりを知ることになると今までの戦略がすべて無駄になってしまうので辛い。





「ふむ……」



 サイコロを3つまとめて振ったところ、3,4,1の目が出た。合計は8だ。こういう場合、ひとつの駒を3、4、1、と合計8つ進めることも出来るし、あるひとつの駒を3マス進め、他の駒を4つ進めてさらに1マス進めることも出来る。

 つまりどの駒をどれだけ進ませるかを遊戯者が決めなければいけない。



 駒は自分の駒であれば同じマスに留めることができる。そして2枚の駒を同じマスに置くと、相手はそのマスに自身の駒を置くことが出来ない。

 例えば3マス目に自分の駒が二枚あれば、相手はその3マス目に駒を置くことが出来ないのだ。



「ふむ……、こう進めるしかないようなのじゃ」

「お、そう来たか。だが俺の知性がここで爆発するぜ」

「勝手に爆発すればよかろう」



 ハンスはサイコロを振り、その目に合わせて駒を動かした。



「ハハハハハ!! 切りだ!」

「ぬ……」



 ハンスは自身の黒い駒を進め、白い駒の上に置いた。これがこの遊戯の難しい部分になる。敵の駒があるマスに1枚だけ置いてある場合、その駒の上に自身の駒を置くことが出来る。そして相手の駒を振り出しに戻すことが出来るのだ。

 もし相手にこうやって駒を取られれば、駒をまた振り出しから進めなければいけなくなる。



 この遊戯はどちらが先にすべての駒を上がりに持っていけるかという遊びなので、こうやって振り出しに駒が戻るとそれだけ上がりが遅れることになる。はっきり言って避けたいことだった。

 これを避けるためには自分の駒を2枚重ねるより他ない。そうやって守りを固めたり、多少の危険を冒してでも先に進ませたり、そういった判断は遊ぶ者が決めなければいけない。



 この遊びでは運と、そして戦略が重要になってくる。ハンスが知性ある大人の遊戯と言った理由もわからないでもない。

 運が絡むが、すべてが運任せというわけではない。なかなか難しい判断を迫られることもあった。

 与えられた運に対してどう対処してゆくか考えなければいけない。



「ふむ……」



 さっきからサイコロの出目がよくない。出て欲しい目に合わせて戦略を練れば、こうやってサイコロに裏切られて苦境に立たされてしまう。

 どうにか駒を重ねて守りを固めたいが、そういうわけにはいかないようだ。与えられた状況でどういう手を打つかを考えなければいけない。



「こう動かすしかないのじゃ」

「フフン、なかなかやるじゃねぇか。だが、ここで俺の知性が炸裂するぜ!」

「勝手に炸裂するがよい」



 ハンスはサイコロを振り、その出目に応じて駒を勧めた。大見得を切ったわりにはあまり良い目ではなかったせいもあり、ハンスは渋い表情で駒を動かしている。



 このタブラでは全部で24マスある。そして駒はお互いに15個。残りの12マスに自分の駒を進ませるためには、15個の駒をまず最初の12マスのどこかに置かなければいけない。

 つまり振り出しに置いたままひとつの駒を先へ先へと進ませることは出来ないのだ。



 その上、最後の6マスにすべての駒を入れてからでないと上がることが出来ない。

 これが重要だった。つまり、もし最後の6マスすべてに自分の駒を2枚ずつ重ねることが出来たら、相手はまったく進むことが出来ずに負けてしまう。

 一方で、もしここで自分の駒がマスの上で1つだけになってしまったら相手に取られてしまう可能性がある。そうなればその駒は再び振り出しからやり直しだ。

 振り出しに駒があるうちは最後の12マスにある駒は動かすことが出来ない。ここでサイコロの目が悪ければ、一回休みも同然になる。



 さらに運悪くどの駒も進ませることが出来なかったら、ずっと相手がサイコロを振り続けることになる。こうなると当然ながら旗色は悪くなり、負けてしまう。

 そしてそういう状況に追い込まれていた。



「ふーむ……」

「よっし、よし、いける、いけるぞ俺!」



 ハンスは段々興奮してきたようだった。それもそうだろう、今の勝負ではハンスが優勢だった。ハンスはすべての駒を最後の6マスに入れることに成功し、次々と駒を上がりに送り込んでいるのだ。

 しかしこちらは出た目が悪く、駒を進ませることが出来ない。ハンスが駒を2枚、3枚と駒を重ねているため、こちらはその上に置くことができないのだ。

 サイコロを振ったのに、どの駒も動かせない番もあった。



 そのまま勝負は進み、ハンスはすべての駒を上がりへと送り込んだ。





「よっしゃああああ!!! 見たか! これが、俺の、知性だぜ!!!」



 ハンスは椅子から立ち上がり拳を突き上げた。その喜びっぷりが実に腹立たしい。

 しかしここでこちらが苛立ちを顕わにするのは悪手だろう。



「なんじゃハンスよ、初めて遊ぶ相手に勝ってそこまで大喜びとは」

「ははっ! 俺はあれだ、相手がウナギでも全力を尽くす獅子だぜ!」

「それを言うならウサギであろう。ウナギを食う獅子などおらんわ」



 言ってみたが獅子がウナギを食べるのかどうかなど知らない。大体獅子など見たことがないのだ。

 ハンスは椅子に座り、勝ち誇ったように鼻で笑った。



「フッ、やっぱあれだな、俺ぐらいの男になるとこう、知性って奴が滲み出るどころかダダ漏れってやつか」

「お漏らししておらんでもう一度なのじゃ。今のはおぬしが決まりを説明するのを怠ったせいで負けたのじゃ。しかしもう大体コツは掴んだのじゃ」

「はっ! 掴んだのはコツじゃなくて藁かもしれねーぜ!」

「ハンスこそ藁をも掴む思いで勝ったかの喜びようではないか。よいか、もう戦略は練りあがっておる。あとは妾が勝つだけなのじゃ」

「よーし、そこまで言うんだったら手加減はしねーぜ」



 ハンスは得意満面な様子で笑みを見せた。それが最後の笑みだった。







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