名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

文字の大きさ
上 下
479 / 586
第二部 第三章

頼みごと

しおりを挟む

 冬を前にして季節は少しだけ後ずさりしたようだ。しばらくは寒い日が続いていたが、空気にわずかな暖かさが混じっていた。

 ここ最近の寒さに慣れきっていたから、この程度でも暖かく感じられる。

 アデルは朝から村の中央で落ち葉の掃除に精を出していた。自分だけではなく、村人たちも外に出てあちこち掃きまわっている。



 こうやって掃除をしている間にも葉は少しずつ落ちてゆく。それを見ていると徒労のようにも思えてくるが、やらなければいけないのだ。

 後回しにするとこういうのは段々と面倒くさくなってくる。



 太陽が段々と高さを増してゆく。生暖かい風はやや強く、重なった落ち葉をすぐに運ぼうとしていた。

 アデルは箒を片手に持ち、落ち葉を集めて回った。



「チビたちは暢気なものじゃのう」



 そう呟いたものの、すぐ近くにいたロルフは反応してくれなかった。ロルフは黙々と落ち葉を集めている。

 仕事に熱心なのはいいが、少しくらいお喋りに付き合ってくれてもいいだろうと思わないでもない。



 村のおチビたちは、集められた落ち葉の上ではしゃぎまわっていた。落ち葉をすくいあげて投げ上げてみたり、落ち葉の上に倒れこんだり、やりたい放題だ。

 せっかく積んだ落ち葉を乱されるのは困ったものだが、チビたちがはしゃいでいるのを止めるのも気が引けた。

 それより気になるのがソフィだった。ソフィも朝から一緒に箒で落ち葉の掃除を手伝ってくれている。手伝いといっても、ソフィの主な担当はチビたちの世話だ。

 カールもソフィと一緒になって落ち葉を掃き集めていた。



 アデルはソフィのほうへと近寄った。村娘らしくエプロン付きの素朴な服を着ている。長い黒髪は三つ編みにしてあり、頭のてっぺんにはスカーフを巻いていた。



「ソフィもおチビちゃんたちと一緒に遊んだらどうじゃ」

「む? なんじゃ、妾はそんな子どもではないのじゃ。あっ、これイレーネ、落ち葉を乱すでない」



 ソフィはお転婆なイレーネに注意を飛ばし、散らばった落ち葉を箒で寄せ始めた。やるべきことに取り組む姿は実に素晴らしいが、もう少し適当でもいいのではないかと思ってしまう。

 自分が子どもの頃は遊びすぎて怒られていたような気がする。



 ロルフはある程度落ち葉が溜まってきたのを見て、大きな箱を持ってきた。

 のっしのっしと大柄な体で歩み寄ってくると、ロルフは箱を地面に置く。

 それからチビたちに目を向けて、箱をバンッと叩いた。



「さぁ、集めた落ち葉をこれに入れておいてくれ。こぼさないように気をつけてな」



 そう言うとロルフはさっさと元の位置へと戻ってしまった。集めた落ち葉は堆肥作りに利用することになっている。ロルフの家のすぐ近くに、村で使う堆肥を作る場所があり、そこへ落ち葉を運ぶのだ。

 さすがに大量の落ち葉を一気に堆肥へ混ぜ込むと堆肥に悪い影響が出るので、間隔を置いて混ぜてゆくことになる。



 ロルフから仕事を任されたチビたちは両手で落ち葉をすくいあげて箱の中へと放り込み始めた。非効率的に見えて、アデルは頬を掻いた。こんなもの、箱を横倒しにして、その中に落ち葉を掃き入れればすぐに終わるだろう。

 ただ、ロルフは効率を重視するのではなく、子どもたちの楽しみと仕事という二つのことを考えているに違いない。



 ソフィはチビたちの仕事ぶりを見つめ、箱に入らずこぼれてゆく落ち葉を箒で集めていた。



「こりゃ、もっと綺麗に入れるのじゃ。バラバラになっておるではないか」



 ソフィにそう言われても、チビたちの動きには変化が無い。ソフィもそれ以上何かを言う気を無くしたのか、こぼれた落ち葉を掃き集めていた。こうやってチビたちを見守るのもソフィの仕事だ。



「さて、わしももう少し頑張るとするかのう」



 ロルフもソフィも自分たちの仕事に精を出している。違う場所へ移動しようとした矢先、村長が杖を突きながらのんびり歩いてくるのが目に入った。

 村長はフェルトの帽子を目深に被り、背を曲げたままゆっくりと歩いている。冬になったからか、鶏がらのように細い肩にケープを羽織っていた。



 ちょうどいい機会だ。村長に頼みたいことがあった。



「おお、村長、今日も元気そうじゃのう」



 村長は帽子の下からぎろりと細い目を光らせ、こちらに視線を向けた。村長は自分よりも背が低いから、こちらを見上げる時はどこか睨んでいるような目つきになる。

 おそらく背を反らすとか首を上げるといった動作も、老齢の村長にとっては労力のいる仕事なのだろう。



「なんじゃアデルか」

「うむ、実は村長に頼みたいことがあってのう。村長の持っとるギターを貸してくれんか?」

「ギター? ふむ……、まぁよかろう」

「おお、本当か。それは助かる。いやなに、色々とあってじゃな、ソフィにも音楽やら歌の楽しみを知ってもらいたいと思っておってな」

「まぁ待て、代わりにワシの頼みも聞いてもらおう」

「は?」



 村長は落ち着いた様子でこちらを制してきた。こちらの頼みを引き受ける代わりに、自分に何かをやらせようと思っているのだろう。



「と、いうかじゃな村長、わしがギターの話などせずとも、どうせわしに何か頼むつもりでおったのじゃろう」

「鋭いではないか」



 こちらが村長に借りを作る格好になったから、村長が頼もうとしていることを引き受けなければいけない状況になってしまっている。

 村長はいつもの枯れた声で言った。



「別に大したことではない」

「嫌な予感がするんじゃが……」

「ちょうどいい、ロルフにも頼もうと思っておった。ロルフも呼べ」

「ちょっと待った村長、なんぞ面倒ごとを頼もうとしておらんか?」



 何故ロルフまで呼ぶ必要があるのだろう。自分ひとりでは出来ないようなことだろうか。

 結局ロルフを呼びに行くことになった。わざわざ人気のない場所へと移動し、村長は長い白ひげをさすりながらこちらの顔を見つめてきた。



 ロルフも何やら嫌な予感がしているらしい。



「村長、何の話だよ」

「別にそこまで緊張せんでもよい。頼みというのは他でもない、実は豚の屠殺をする日が決まったでな、おぬしたち二人に行ってもらいたい」

「それは、別にいいけど……」



 ロルフは拍子抜けしたように大柄な体を縮めた。アデルも予想外の言葉に少々戸惑った。

 豚の屠殺は確かに大事な仕事だ。昔はそれぞれの村がやっていたが、今では事情が異なっている。毎年それぞれの村が交代で屠殺場として選ばれ、そこでこの近隣の村が所有する豚を一気に屠殺することになっている。

 豚の屠殺となるとなかなかの大仕事だ。大量の湯水と人手が必要になる。しかし、冬を前にやらなければいけない。



 屠殺は、肉が腐らず、そして豚の脂が固まるような日に行う。





「村長、まだ何か言いたいことがあるじゃろ」

「よくわかったな。今年はやや大掛かりでのう、泊まりでの仕事になる」

「む? 泊まりか……」



 その言葉を聞いてアデルは目を細めた。ソフィがこの村に来てからというものの、家を空けるような仕事は避けていた。どこかへ出稼ぎに行くということもなく、ずっと村にいるようにしている。

 ただ、今は状況が違う。リディアとシシィがいるから、一日家を離れたところでどうということもないだろう。



 村長はひげを撫でながら続けた。



「おぬしたちにももう少し屠殺の技術を磨いてもらいたい。まぁ勉強じゃな」

「ふむ……」



 豚の屠殺ならロルフも自分も経験はしている。ただ、速さや正確さといった点では確かにまだまだだろう。その辺りの経験を積んでいくのは村長が言う通り重要かもしれない。

 それくらいのことなら引き受けてもよいが、まだ気になることはあった。



 こんな話であれば、わざわざ場所を変える必要などない。つまり、村長はまだこちらに伝えたいことがあるのだ。

 しかも、その内容を他に漏らしてほしくないと考えている。



 ロルフなどは話はまとまったとばかりに安堵しているが、こちらはまだ神経を緩める気分にはなれない。

 どうやら村長はそんな自分の様子に気づいたようだ。



「アデル、おぬしも実に鋭くなったのう。喜ばしいかぎりじゃ」

「と、いうことは村長、まだわしとロルフに頼みたいことがあるということか」

「その通り」



 村長が頷いたのを見て、ロルフが細い目を大きく開いた。まだ何かあるのかとハラハラしているようだ。

 アデルは眉を寄せて小柄な村長を見下ろした。



「なに、大したことではない」



 そう言ってから村長はその内容を語った。

 村長の頼みごとを聞いて、アデルは胃袋が痛くなってゆくのを感じた。



「それを……、わしとロルフにやれ、と」



 村長がこともなげに頷いた。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

チートな幼女に転生しました。【本編完結済み】

Nau
恋愛
道路に飛び出した子供を庇って死んだ北野優子。 でもその庇った子が結構すごい女神が転生した姿だった?! 感謝を込めて別世界で転生することに! めちゃくちゃ感謝されて…出来上がった新しい私もしかして規格外? しかも学園に通うことになって行ってみたら、女嫌いの公爵家嫡男に気に入られて?! どうなる?私の人生! ※R15は保険です。 ※しれっと改正することがあります。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...