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第二部 第三章
馬上の恐怖
しおりを挟む「のわっ、ほっ、のりゃっ?!」
ソフィは馬上で揺られながら必死で鞍の前橋にしがみついた。この高さから落ちればただでは済まないだろう。
馬はリディアに引かれて村の中央への道を歩いている。このままでは目的地に着くまでの間に馬から転げ落ちかねない。
「リ、リディアよ! 妾をおろすのじゃ!」
「なに言ってるのよ、そんなに怖がる必要なんてないんだから、堂々と胸を張ってなさい」
「無茶を言うでない」
「ちゃんと鐙の高さも調節してあげたでしょ、ほら、しっかり足をかけて、あんまり足を開きすぎない」
「無茶を言うでない」
「まぁソフィの足の長さだったらちょっと辛いかもしれないけど」
「人を短足みたいに言うでない」
「だったらもっと踵を下げなさい。足首が伸びてきてるわよ」
「のおおっ」
そんなことを言われてもどうにかなるようなことではない気がしてしまう。
いきなり馬の上に乗せられ、ぞろぞろと歩いて村の中央へ向かうことになってしまった。ほんの少し頭上の曇天に近づいただけなのに、地面は遥か遠くに去ってしまったかのように思えてしまう。
シシィが帰ってきたのだから、みんなでのんびりと土産話でも聞いていればいいだろうに、リディアは馬の世話をすると言い出したのだ。
確かに頑張ったのはシシィだけでなく、この馬もそうなのだろう。だが、それに付き合わされるほうはたまったものではない。
もしこの馬が突然駆け出したら、自分の体は後ろに放り出されてしまうだろう。地面に落ちたらきっと痛いに違いない。
「おのれリディア、妾が落ちたらどうしてくれるのじゃ」
「落ちないわよ、安心しなさい。落ちそうになったらあたしがなんとかしてあげるから」
「本当じゃろうな? 信じてよいのじゃな?」
「大丈夫、お姉ちゃんに任せておきなさい」
「っていうか前におってはどうしようもあるまい!」
リディアは馬を引いているのだから、こちらのほうは見えていないはずだ。
「あたしなら何とか出来るわ」
「本当じゃろうな? ぬわっ?!」
馬が揺れて、すぐ鞍にしがみつく。別に騎乗など覚えたいわけではないので、馬に乗せられても怖いだけだ。
戦々恐々としていると、やがて村の中央が見えてきた。二頭の馬はのんびりした様子で歩みながら水場のほうへと近づいてゆく。
「さて、ここらへんでいいわね」
「うむ、では妾を降ろしてもらうとするのじゃ」
「はいはい、わかったわよ」
「あっ、これ、もっとゆっくりじゃ、ゆっくり降ろすのじゃ」
リディアに支えられながら、ソフィはどうにか馬から降りた。地面に足をついたのが久しぶりのことに感じられてしまう。
「ぬあっ?!」
足に力が入らず、まっすぐ歩くことができない。まるで地面が揺れているかのようで、思わず地面に手をついてしまった。
「あら、ソフィなんの遊び?」
「遊びではないのじゃ、まったく」
どうやらずっと足に力を入れていたせいで、筋肉が震えているらしい。しばらくすれば落ち着くはずだ。
情け無い姿を見せるのは嫌だったので、澄ました顔で近くにあったベンチに座った。ここでようやく一息つけた。
リディアはロルフの家のほうへと歩いていった。どうやらロルフがいたようで、ロルフはブラシを持ってこちらに小走りで駆けてくる。
大柄な体を揺らし、ロルフは普段は細い目をさらに細めて笑みを浮かべた。
「エクゥ、アト、帰ってきたんだな、よーしよし」
その言葉に反応して二頭の馬はロルフへと近づいていった。ロルフは二頭の首筋をガシガシと荒っぽく撫でながら相好を崩している。馬の何がそんなにいいのかよくわからない。
二頭の馬は鳴き声をあげながらロルフに頭を寄せている。
リディアは飼葉桶を持ってこちらに戻ってくると、優しげな声を出した。
「さぁ、エクゥ、アト、いっぱいゴシゴシしてあげるわよ。なんだか変な匂いがするし、体を綺麗にしなきゃね」
そうやって声をかけてみたものの、二頭の馬はロルフに夢中でまったく反応を見せなかった。
「ちょっと、あたしを無視しないでよ。まったく」
「おおリディアよ、馬を相手に嫉妬しても意味が無いのじゃ」
「嫉妬じゃないわよ」
リディアは不満の声を漏らしながら、二頭の馬の近くに飼葉桶を置いた。その中に入っているのは何やら乾いた草のようなものだ。あんなものを食べて美味しいのだろうか。
結局、ロルフは馬の一頭に跨ってどこかへ走り去ってしまった。リディアとロルフが言うには、あの馬たちは今すぐにでも走りたがっているとのことだったが、ソフィにはよくわからなかった。
どちらにしても、二頭同時にブラシ掛けはできないのでこれでよかったのかもしれない。
リディアはブラシを持ったまま、残った一頭に話しかけている。
「まったく、なんで走りに行くのよ」
「リディアよ、その馬に言っても仕方があるまい」
「まぁそうだけど」
鞍などの馬装を外した馬は、ベンチの上に置かれた飼葉桶に首を突っ込んでむしゃむしゃしている。そんな隣に座っていたくはないので、ソフィは立ったままリディアの作業をぼんやりと眺めた。
馬のことばかり考えていて失念していたが、シシィが戻ってきたのだ。
「しかし、シシィが戻ってきてようやくアデルも元気が出たようなのじゃ」
「そうね、まったくシシィったら心配かけちゃって」
「リディアよ、そういえばもう何時間かでシシィが帰ってくるなどと予想しておったが、ぴたりと当たったではないか」
「んー、まぁね」
「一体何の根拠があってそんな予想を立てたのじゃ」
そう尋ねるとリディアは再び唸った。まさか根拠などなく、ただアデルを慰めるための嘘だったのだろうか。
そんなことを考えていると、リディアはゆっくりと話しはじめた。
「えーとね、シシィはね、実は帰ろうと思ったら昨日のうちに帰れたのよ」
「なぬっ?! なんじゃそれは、どういうことじゃ」
「まぁあたしのカンだけど、多分そうよ。シシィはね、昨日帰れたけど、昨日帰るのはやめて今日帰ってくることにしたの」
「なんじゃそれは、帰れるのであれば早く帰ってくればよいではないか」
あのシシィがどうして到着を遅らせるようなことをするのかわからない。これはリディアのカンとやらが間違っているのだろう。
余計な心配をさせてまで、シシィが遅れてくるはずがない。
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