名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第三章

愚かなハンス

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 町の一角で、アデルは手を振ってマリエを促した。マリエもこんな男にナンパされて困っていたのだろう、感謝するようにぺこりと頭を下げてきた。

 こういう時は感謝の情など見せないほうがいい。その態度がナンパ男の癪に障る場合があるのだ。

 どうやらこの娘さん、それなりに可愛い割には男に言い寄られることには慣れていないらしい。他の女であれば、こんな男を簡単にあしらうことが出来るだろう。

 マリエは再び頭を下げながら横へと移動した。



「すみませんアデルさん」

「いやなに、気をつけてな」



 礼を言うより、急いでいる振りをしてさっさと行ってしまうのが最も良いと思えたが、今更それを告げるわけにはいかない。

 マリエが角を曲がって去っていくのを見届けてから、アデルはハンスの手を振り払った。それからハンスの眠そうな顔を正面から見る。



「まったく、ハンスよ、何を馬鹿なことをやっておる、あの子が嫌がっておるのがわからんのか」

「なんだよ、別に嫌がってねぇよ!」

「アホか、まったく、背も伸びたことじゃし、もう少し大人の振る舞いというものを身につけんか」



 そう言うとハンスは不満そうに舌打ちをした。いじけた子どものようにそっぽを向いてしまう。

 今のは自分が悪かったかもしれない。いきなり説教など食らっても面白くないだけだ。



「まぁともかく、ハンス、背が伸びたのう」

「そればっかかよ、つーかアデルお前生きてたのか」

「うむ、色々あったが生きておる。一年ほど前に戻ってきてな。風の噂ではおぬしは別の都市に行ってしまったと聞いたが」

「ああ、こんなクソ田舎じゃなくて都会にいたぞ。いや、都会の凄さを知っちゃうとさ、この田舎がマジであれっていうか、やばいよな」



 ハンスは自慢気に鼻を鳴らした。確かに都会とこの町を比べれば、まったく比較にはならないだろうが、わざわざ故郷を悪く言うこともないとは思える。

 しかし、ハンスのような若者は、自分が他の人より貴重な体験を持っているということを自慢して回りたいものなのだ。



 自分も海を見た後は色んな人に自慢してしまったことがある。ロルフなど聞き飽きたと言って呆れていたくらいだ。

 ここでハンスを非難するべきではないだろう。



「うむ、まぁ都会で良い体験をしたのであれば、それはそれで良いことじゃ」

「ま、色々あったけど、都会は都会でクソなところも多かったぜ。特に女とか」

「女に騙されて金でも取られたのか?」

「そ、そんなんじゃねーよ!」



 ハンスの慌てぶりを見ていると、本当にそんなことがあったのではないかと思ってしまう。



「なんでもよいが、良いにしろ悪いにしろ、貴重な体験をしたのであればそれを糧にして、もう少し人様に迷惑をかけぬよう気をつけてはどうじゃ」

「うっせーな」



 いけない、また説教じみたことを言ってしまった。ハンスに関しては昔からそうだった。ハンスはだらしなく、やるべきことをやらなかったりする。

 そんなハンスについつい手を貸してしまっていた。



「ふむ、まぁ余計なお節介など焼くべきではないな」

「いや別にそこはいいんだけど。それにしても久しぶりだな、ロルフとか元気にしてんのか?」

「おお、元気にしておる。また顔を見せてやるといい」

「そんじゃ、またアデルの家で宴会しようぜ。ロルフも呼んでさ、俺、アデルの料理食いたいし」

「ぬ……」



 アデルは目を細め唇を閉ざした。昔はハンスやロルフを家に呼び、料理を振舞うことが度々あった。自分のためだけに料理をするのはつまらなかったし、ハンスのように行儀作法そっちのけでガツガツ食べる男というのは、料理する側としてはなかなか好ましく見えてしまう。

 だが、今は家にソフィがいる。この男を呼ぶわけにはいかないのだ。



「うむ、誘いはありがたいが、どこか居酒屋にでもせんか?」

「はぁ? なんだよ、俺アデルの料理食いたいのに。お前の料理めちゃくちゃ美味いもんなぁ、いやマジで。都会にも色々食い物あるけど、アデルの料理ほど美味いもん無かったぜ」

「そこまで褒めてくれるのは嬉しいが……」

「ほらあれ飲ませてくれよ、なんだっけ、白くてどろっとしたあれ。最近寒くなってきたし、俺あれ飲みたい。あれメチャクチャ美味かったし」



 ハンスが言っているのは白いシチューのことだろう。小麦粉をバターでじっくりと炒め、そこに牛乳を少しずつ注いでゆく。そうすると白いソースが出来上がる。

 そこに鶏がらで取ったダシを少しずつ加え、根菜や鶏肉などを加えて作る。

 確かにあれは自分でも実に美味しいと思える一品だった。ただ、作るのが面倒くさい。

 鶏がらでダシを引かなければいけないし、小麦粉をバターで炒めるのもじっくりやらないと粉っぽくなってしまう。



「うーむ、そうやって求めてくれるのは悪い気はせんでもないが」

「なんだよー、いいじゃねぇか、最近寒くなってきたし、あったかいのが飲みたい気分なんだって」

「いや、やはり問題が色々とあるでな」

「なんだよ冷たいな、いいじゃねぇかアレ飲ませてくれよ」

「わしも最近忙しくてな」

「別に迷惑かけねぇって、つーかお前ん家泊めさせてくれよ。で、あの白い奴をだな」

「家はまずい。他の場所でな」

「なんだよ、アデルのあの白いの飲ませてくれよ、忘れられないんだって」

「そう言ってくれるのは嬉しいが……、ん?」



 そこでふと誰かに見られているような気がした。視界の端でチラッと何かが動いた気がしたのだ。そちらへ視線を向けると、角の向こう側からマリエが顔を覗かせているのが目に入った。

 去っていたはずなのに、どうしてまだそこにいるのだろう。



 しかもマリエの顔は真っ赤で、口は開いたまま瞬きさえせずにこちらを凝視している。こちらの会話を聞こうとしているのか手を耳のそばに当てていた。

 こちらの視線に気づいたのか、マリエが首を振った。



「あ、どうぞ気にせず続けてください」

「いやお嬢さん、何かとんでもない勘違いをしておらんか……」

「わたしはキャベツです! キャベツのことは気にせず!」

「こんな可愛いキャベツがいてたまるか! と、いうかなんか物凄い勘違いをしておる気が」

「どうぞ気にせず! わたしのことは気にせず、アデルさんはその深い仲の人を泊めてあげて、ベッドで特製の白いドロッとしたのをその男の人にたっぷり飲ませてあげてください!」

「ちょっ! なんじゃその言い方?! いや、待て、お嬢さん、勘違いしておらんか?!」



 何やら妙な誤解をしている気がする。これはまずい、こんな誤解を抱かせたままでは自分の評判に関わりかねない。

 手を打つ必要がある。アデルは角のほうへと向かって一歩踏み出した。



「待て、なんぞ誤解をしておる。そのようなことを言いふらされてはわしの評判が」

「安心してください! ロルフさんには言いませんから!」



 マリエはそれだけ言い残し、まるで小動物のようにヒュッと角から姿を消した。足音から察するに結構な速さで走り去ったようだ。

 アデルは角を曲がり、マリエの背中を視界に捉えた。その背中に向かって叫ぶ。



「おおおっ!! ちょっ、ロルフには言わんってなんじゃ?! 誰にも言ってはならんじゃろ?!」



 そもそも変な誤解をしてしまっているようだ。娘さんの小さな体が町の中へ消えてゆく。

 アデルは手を伸ばしたまま立ち尽くし、動けずにいた。後ろからハンスがひょっこりと出てきて、不審そうに首を捻っている。



「なになに、どうした? あの子、やっぱ俺に興味あんのか?」



 暢気にそう言うハンスの頭を、アデルはぽかりと殴りつけた。









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