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第二部 第三章
宴の準備
しおりを挟む慌しく時間は過ぎてゆく。冬を前にしてその準備はいよいよ佳境に入ろうとしていた。山に入っては薪材を集め、ついでにキノコなども集める。
壊れかけの柵があれば補修し、雪で建物が潰れないか点検も続けた。アデルは村での仕事に精を出しつつ、日が過ぎてゆくのを指折り数えた。
「さて、明日はシシィが帰ってくるでな、ちょっとしたご馳走でも作ろうと思う」
リディアとソフィの前でそう宣言すると、二人はこちらに顔を向けた。
家の外では骨にまで染み通るような冷たい風が吹きすさんでいる。こんな日は家で大人しくしているしかない。
ソフィは机の上に本を広げ、一生懸命勉強しているところだった。リディアは暖炉の火に当たりながら、ソフィに借りた本を読んでいる。退屈そうにしていたが、こちらが声をかけると顔を上げて明るい顔を見せた。
ソフィは別に無口ではないが、何かしら集中することがあると殆ど喋らなくなる。お喋り好きなリディアは、ちょくちょくソフィの勉強の邪魔をしていたが、ソフィに怒られてついにちょっかいをかけるのをやめたようだ。
アデルはそんな二人を見下ろしつつ、さらに続けた。
「シシィのために、みんなでご馳走を作らんか? みんなでシシィを労ってやろうではないか」
そう声をかけると、ソフィが頷いた。
「うむ、わかったのじゃ。妾も手伝うとするのじゃ」
「あたしも、でも何作るの?」
「おお、二人とも乗り気で嬉しい限りじゃ。何を作るかはまだ考えてはおらん。よくよく考えれば、わしはシシィの好物を知らんでのう。リディアは何か知らんか?」
「うーん、シシィの好きな食べ物ねぇ……。何が好きなのかしら、大体なんでも顔色変えずに食べてたから、よくわからないわ」
「ふむ……、そうなると悩むのう」
確かにシシィは好き嫌いなく何でも食べている気はする。
どうしたものかと思っていると、ソフィが提案してきた。
「シシィはきっと魚料理が好きに違いないのじゃ。白身魚のソテーなどがよいのじゃ」
「ソフィも好きじゃしのう」
ここぞとばかりに自分の好物を推してきた。
ソフィはむっと唇を尖らせ、心外だとばかりに語調を強める。
「別に妾の好みを述べておるわけではない。なんでも食べるシシィであれば、アデルが一生懸命作ったものが好物になるだけなのじゃ。深く考えず、アデルが美味しいと思うものを作ればよい」
「そういう考え方もあるか」
相手の好きな物を用意するのではなく、相手が好きになるほどの物を用意する。これは自信に満ちていなければ出来ないことだ。
そこまで自分の料理に自信を持っているわけではなかったから、ソフィの考え方に少し感心してしまう。
リディアもソフィに同意するように頷いた。
「そうね、アデルが頑張って用意してくれたものなら、シシィも喜んで食べるわよ」
「リディアもそう思ってくれるのなら、そうじゃな、あまり深く考えずに美味しいものを用意するとするか」
これが男相手なら肉をドーン、量をドカーンで済むが、相手はシシィだ、それなりに見た目も美しくしなければいけないだろう。
魚料理もよいが、魚は結構なお値段がする。この地は海から遠く離れているし、川魚は臭みが強い。最も良いのが湖の魚だが、これはなかなかのお値段がする。
しかしこの際だから少々奮発してもいいかもしれない。シシィも長旅で疲れているだろう。胃腸に負担のかかる肉より、魚のほうが体に優しいはずだ。
シシィの疲れを癒すようなご馳走を目指すとしよう。
アデルは早速下準備を始めることにした。キノコの類はぬるま湯に浸けて虫出しをしておき、その間にくし切りにした玉ねぎをのんびりと炒めておく。
「ソフィ、こうやってへらで混ぜながら、玉ねぎが焦げぬようにするわけじゃが、出来るか?」
「妾を舐めるでない。玉ねぎなどクタクタになるまで炒めつけてやるのじゃ」
「気合十分じゃな、では任せるとしよう」
ソフィは台の上に立ち、鍋の中を真剣な表情で覗きこんでいる。火傷したりしないか心配になるが、その心配を口に出すとまた嫌がられてしまうのだろう。
次にアデルはリディアのほうを見た。机の上にはジャガイモとニンジンがある。リディアにはそれらの食材を切ってもらっていた。
「ねぇアデル、このくらいの大きさでいいの?」
「おお上手いではないか、これで良い」
リディアは包丁でさっさとジャガイモとニンジンの皮を剥いて、一口くらいの大きさに切り分けていた。見た感じでは手つきに不安を覚えるような点はない。
普段はガサツな印象が強いが、リディアには意外に器用なところがある。
アデルはソフィが見つめている鍋に視線を移し、玉ねぎがほどよく炒められているのを確認した。
底のほうはやや焦げているが、特に問題は無いだろう。次に鍋の中に生姜とパセリ、薬草を放り込み、もう少し火を入れてもらう。
おおよそ炒めあがったところで、ソフィには台から降りてもらった。
「なんじゃアデル、妾の手つきに不満があるというのか」
「違う違う、そうではない。次は少々危なっかしいでな」
じゅうじゅうと音を立てる鍋に、アデルはゆっくりと白ワインを注いだ。それと同時に鍋の中から火柱が上り、酒精の匂いがぶわっと広がる。
「おお、アデルよ、鍋が燃えておるのじゃ」
「いやこれは酒精に火が点いただけじゃ。別に火など立てんでもよいが」
鍋を火から外して白ワインを注いでもよいのだが、面倒くさかった。
その後でリディアに切ってもらった根菜を鍋に入れて、ソフィにもう一度炒めておいてもらう。
ある程度根菜に火が入ったところで、虫出しを終えたキノコを鍋の中に入れておく。今日のところはこれ以上火を入れる必要はない。
翌日になって、アデルは朝から町へと出かけた。市場で必要な食材を購入し、家へと飛んで帰る。
良い魚が手に入った。丸々と太っていて、長さも太さも自分の前腕くらいはありそうだった。鮮度も申し分ない。
値切れなかったのは少々財布に痛いが、この際だから仕方が無いだろう。
家に帰った後も料理の準備を続けた。昨日仕込んだ料理もどんどん仕上げてゆく。
ご馳走にしようとは思っていたが、シシィの疲れを考慮してそれほど重たいものを作るつもりはなかった。しかし一方でご馳走というものは、どちらかといえば重たいものが多い。
それらを避けながらいかにして美味しい料理を作るか。
リディアには家の中で食材の下処理をしてもらい、アデルは外で魚の下準備に入った。
さすがに家の中でやると臭い。
外は肌寒く、冷たい風がゆっくりと流れていた。天気は良いが昼前にしては気温が低い。これからどんどん寒くなってゆくのだろう。
今から大量の水に触れなければいけないから、気は重たくなる。アデルは井戸から水を汲み上げ、まずは魚の表面を包丁の背で万遍なく掻いた。ある程度汚れを落としておかないと、料理に臭みが移ってしまう。
鱗を掻きだそうとしたところで、ソフィが外に出てきてこちらの仕事を見物に来た。
ソフィはエプロンで手を拭きながら、横からこちらの作業を眺めている。魚好きなソフィとしては気になるのだろうか。
「おおソフィ、手伝いに来てくれたのか」
「む? 妾に手伝えることなどあるのか?」
「まぁそのうち出てくるじゃろう。それに、わしのやり方を見ておけば勉強になる」
「ふむ」
そう言うとソフィは納得したようだった。見ておけというのは単なる方便で、実のところはソフィと話がしたかった。
井戸の水は意外にも暖かく感じられた。前の季節を残したその温もりが、今は手に優しい。
さて、どうやって話を切り出すか。
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