名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第三章

退治

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 リディアに椅子を一脚持ってもらい、蔵の外に出る。それから蔵の裏へと回った。遠くから誰かに見られると困るので、周囲の状況に気を配らなければいけない。アデルに見られるだけならともかく、他の村人に見られれば変な噂を立てられかねない。

 ソフィは杖を持ち、ランタンはリディアに持ってもらった。

 リディアは気合十分といった様子だ。今にも日が落ちそうで、地上はどんどん暗くなってゆく。こんな時間にこんなことをすることになるとは思わなかった。



 ソフィは気合を入れるために杖をぎゅっと強く握った。



「さて、と、それではシラミを根こそぎ駆除するのじゃ」

「そうね、シラミなんかがいたんじゃ、アデルも嫌がるもの」

「アデルのことは置いといてじゃな、こんなものがいたのではいずれ頭が痒くなる。それは避けたいのじゃ」

「そうね、ところで櫛はこんな普通のしかないけど大丈夫なの? あたしロイゼカム持ってないし」

「ロイゼカム? なんじゃそれは、リーゼも以前そんなことを言っておったが」

「シラミを落とすための櫛よ、すっごく目が細かいの」

「ああ、ロイゼがシラミでカムが櫛か……、訛りすぎなのじゃ」



 確かに目の細かい櫛があったほうがシラミを落とすには向いているだろう。しかし無いものは仕方が無い。

 それに自分は普通の方法を用いるつもりはなかった。



「妾が思うにじゃな、虫である以上は熱には弱いはずなのじゃ。すなわち、妾が魔法で熱い風を思いっきり当ててまずは吹き飛ばすのじゃ」

「さすがソフィ、大魔法使いだけあるわね」

「まぁ妾が優れた魔法使いであるのは確かなのじゃ」

「じゃあ頼んだわよ」



 リディアは椅子に座りこちらに背を向けた。光源として魔法で光の球を二つほど浮かべておく。

 それからリディアの髪に向かって魔法で熱風を送り込んだ。その勢いはリディアの長い髪をばさばさとはためかせる。



「凄いわソフィ」

「うむ、では櫛を通しつつさらに熱風を当てるのじゃ」



 風の勢いをさらに強め、右手で櫛をザッと通してゆく。何度も何度も髪を梳ってゆく。リディアの頭に顔を近づけ、シラミがどんどん減ってゆくことを確認した。



「ソフィ、もっと熱くてもいいわよ、熱いほうがいいんでしょ」

「む? まぁそうじゃが、リディアが熱いのではないのか?」

「あたしは全然大丈夫よ、ソフィこそ大丈夫なの?」

「妾は問題ないのじゃ」



 リディアの求めということもあって、さらに風の温度を上げた。これだけの熱を当てればシラミなどひとたまりもないだろう。

 しかしリディアの頭皮はこの熱さに耐えられるのだろうかと不安になってしまう。ただ、リディアのことだから耐えられなくなったらすぐにそう言うだろう。

 今のところは問題が無いようだし、このまま続けたほうがいいに違いない。



 さらに風の勢いを強める。頭皮の間にも風が当たるようにして、さらに櫛を通してゆく。これでもある程度は効果があるだろうが、さらに効果を高めたい。



「リディアよ、今から髪を濡らすのじゃ」

「そう? じゃあ水汲んでこなきゃ」

「その必要はないのじゃ」



 魔法で水の球を浮かべる。大きさはリディアの拳二つ分ほどの小さなものだ。だがこの量で足りるだろう。

 その水をまんべんなくリディアの髪にかけてゆく。



「はー、ほんと凄いわねソフィ。天才だわ」

「妾にかかればこの程度チョチョイのチョイなのじゃ」



 水で濡らした後でさらに髪に櫛を通す。水に濡れたことでシラミも身動きが取れなくなるだろう。

 時々空中に浮かべた水の球で櫛を洗い、さらに作業を続ける。



「ふむ、では仕上げに入るのじゃ」

「お願いね」



 水で濡れた髪を再び熱風で炙る。蒸気が行き渡れば、どのような虫であっても死ぬ。その上で髪を乾かしにかかる。

 光を近づけ、リディアの髪にシラミが残っていないかよくよく確かめた。全体をざっくりと確かめたが、シラミらしきものは見当たらなかった。



「うむ、こんなものでよかろう」

「ほんと? もう大丈夫なの?」

「いや、そうはいかんのじゃ、あの本に書いてあるところによるとじゃな、シラミというのは卵を産むのじゃという。その卵を取り除くのが非常に難しいという」

「え? じゃあどうすればいいの?」

「この作業を何日も続けるより他なかろう」

「そうなの……、大変なのね」



 自分は魔法使いだからこのような方法も取れたが、魔法が使えない人にとってはまさに虱潰しの作業が続くことになるのだろう。

 リディアは椅子から立ち上がった。



「じゃあ今度はソフィの番ね、あたしが櫛を使うから」

「うむ、では頼んだのじゃ。まぁ妾は大した数のシラミもおらんはず、すぐに終わるのじゃ」



 それに、昨夜シラミを移されたのであれば、まだ卵は産み付けられていないはずだ。

 本に書いてあったことだが、シラミの卵というのは髪にしっかりとへばりついてなかなか取れないのだという。一体どのような大きさで、どのような色をしているのかまではわからなかったが、卵というからには恐らく卵型をしているのだろう。





「甘いわソフィ、ここは根こそぎ、目を皿にして一匹たりとも逃がさないようにしなきゃ」

「ふむ」



 リディアの言うことにも一理ある。とりあえず任せたほうがいいのだろう。ソフィは杖で再び熱風を作り出し、自分の髪に通した。それに合わせてリディアが櫛を通していった。



「それにしてもソフィ髪の毛多いわねー」

「そうかのう?」

「いや多いでしょ。それとも黒いから多く見えるだけなのかしら」

「色など関係あるのか?」

「さぁ、あるんじゃないの?」

「知らんのか!」



 確かに、遠くから見れば黒髪のほうが多く見えるかもしれないが、近づけばさほど関係無い気はする。

 比べたことなどないからよくわからない。



 リディアは頭皮のほうから髪の先まで櫛を髪の間に通した。その手つきは意外に穏やかなもので、自分がやった時よりもどこか優しげに感じられる。



「それにしても魔法使いはいいわねぇ」

「うむ」

「そういえばシシィも魔法で髪を乾かしたりとか、そんなことしてた気がするわ」

「おそらくシシィもそうやって普段から手入れをしておるのじゃろう」



 シシィほどの魔法使いであればそのくらいのことは余裕なはずだ。むしろ、自分よりもよっぽど得意に違いない。

 おそらく、シシィの髪にはシラミなどいないはずだ。そもそもシシィがシラミを見たことがあるかどうかがまず疑問だ。シシィはこの村に来るまで、あまり人と触れ合うようなことも無かっただろう。

 そうなれば人の髪の中を覗き込むようなことはしたことがないはずだ。あれほど知識豊富なシシィでも、案外普通の人が知っているようなことを知らなかったりするのかもしれない。



 リディアは櫛を使いながら呟いた。



「それにしても、一体どこでシラミなんかがあたしの髪に入ったのかしら。ルゥのところにいた時はシラミなんかいなかったはずなのに……。あー、でもあんまり質の良くない宿に泊まったことがあったわね、多分その時だわ。でもその時はシシィもいたのに、シシィは大丈夫なのかしら」

「いや、シシィは魔法でなんとかしておるはず。それでリディアにだけシラミが残ったのではないのか」

「なるほどねー、っていうかシシィずるいわ」

「別にズルをしているわけではなかろう」

「まぁそうだけど、あーもう、なんだか嫌になっちゃうわ」



 リディアはそう言って溜め息を吐いた。どうやら今回のことはかなり堪えているようだ。これほどの美人なのにシラミがいるというのは何か不思議な気はしてしまうが、虫から見れば美人だろうがなんだろうがお構いなしなのだろう。



「懐かしいわね、昔はこうやってルゥの髪に櫛を通したりしてたのよ」

「ほう」

「あたしも髪の手入れはずっとルゥにやってもらってたもの」

「一国の姫に何をやらせておるのじゃ」

「別にやらせたわけじゃないわよ、ルゥが自分からやりたいって言ってきたの」

「よくよく考えれば、妾も相当な貴人なのじゃ。そんな者たちに髪の手入れなどさせて、一体何様のつもりなのじゃ」



 そう尋ねるとリディアはフッと笑い声を漏らした。

 どうせ勇者さまとでも言うのだろうと思ったが、リディアははっきりとした声で言った。



「ただの村娘よ」



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