444 / 586
第二部 第三章
退治
しおりを挟むリディアに椅子を一脚持ってもらい、蔵の外に出る。それから蔵の裏へと回った。遠くから誰かに見られると困るので、周囲の状況に気を配らなければいけない。アデルに見られるだけならともかく、他の村人に見られれば変な噂を立てられかねない。
ソフィは杖を持ち、ランタンはリディアに持ってもらった。
リディアは気合十分といった様子だ。今にも日が落ちそうで、地上はどんどん暗くなってゆく。こんな時間にこんなことをすることになるとは思わなかった。
ソフィは気合を入れるために杖をぎゅっと強く握った。
「さて、と、それではシラミを根こそぎ駆除するのじゃ」
「そうね、シラミなんかがいたんじゃ、アデルも嫌がるもの」
「アデルのことは置いといてじゃな、こんなものがいたのではいずれ頭が痒くなる。それは避けたいのじゃ」
「そうね、ところで櫛はこんな普通のしかないけど大丈夫なの? あたしロイゼカム持ってないし」
「ロイゼカム? なんじゃそれは、リーゼも以前そんなことを言っておったが」
「シラミを落とすための櫛よ、すっごく目が細かいの」
「ああ、ロイゼがシラミでカムが櫛か……、訛りすぎなのじゃ」
確かに目の細かい櫛があったほうがシラミを落とすには向いているだろう。しかし無いものは仕方が無い。
それに自分は普通の方法を用いるつもりはなかった。
「妾が思うにじゃな、虫である以上は熱には弱いはずなのじゃ。すなわち、妾が魔法で熱い風を思いっきり当ててまずは吹き飛ばすのじゃ」
「さすがソフィ、大魔法使いだけあるわね」
「まぁ妾が優れた魔法使いであるのは確かなのじゃ」
「じゃあ頼んだわよ」
リディアは椅子に座りこちらに背を向けた。光源として魔法で光の球を二つほど浮かべておく。
それからリディアの髪に向かって魔法で熱風を送り込んだ。その勢いはリディアの長い髪をばさばさとはためかせる。
「凄いわソフィ」
「うむ、では櫛を通しつつさらに熱風を当てるのじゃ」
風の勢いをさらに強め、右手で櫛をザッと通してゆく。何度も何度も髪を梳ってゆく。リディアの頭に顔を近づけ、シラミがどんどん減ってゆくことを確認した。
「ソフィ、もっと熱くてもいいわよ、熱いほうがいいんでしょ」
「む? まぁそうじゃが、リディアが熱いのではないのか?」
「あたしは全然大丈夫よ、ソフィこそ大丈夫なの?」
「妾は問題ないのじゃ」
リディアの求めということもあって、さらに風の温度を上げた。これだけの熱を当てればシラミなどひとたまりもないだろう。
しかしリディアの頭皮はこの熱さに耐えられるのだろうかと不安になってしまう。ただ、リディアのことだから耐えられなくなったらすぐにそう言うだろう。
今のところは問題が無いようだし、このまま続けたほうがいいに違いない。
さらに風の勢いを強める。頭皮の間にも風が当たるようにして、さらに櫛を通してゆく。これでもある程度は効果があるだろうが、さらに効果を高めたい。
「リディアよ、今から髪を濡らすのじゃ」
「そう? じゃあ水汲んでこなきゃ」
「その必要はないのじゃ」
魔法で水の球を浮かべる。大きさはリディアの拳二つ分ほどの小さなものだ。だがこの量で足りるだろう。
その水をまんべんなくリディアの髪にかけてゆく。
「はー、ほんと凄いわねソフィ。天才だわ」
「妾にかかればこの程度チョチョイのチョイなのじゃ」
水で濡らした後でさらに髪に櫛を通す。水に濡れたことでシラミも身動きが取れなくなるだろう。
時々空中に浮かべた水の球で櫛を洗い、さらに作業を続ける。
「ふむ、では仕上げに入るのじゃ」
「お願いね」
水で濡れた髪を再び熱風で炙る。蒸気が行き渡れば、どのような虫であっても死ぬ。その上で髪を乾かしにかかる。
光を近づけ、リディアの髪にシラミが残っていないかよくよく確かめた。全体をざっくりと確かめたが、シラミらしきものは見当たらなかった。
「うむ、こんなものでよかろう」
「ほんと? もう大丈夫なの?」
「いや、そうはいかんのじゃ、あの本に書いてあるところによるとじゃな、シラミというのは卵を産むのじゃという。その卵を取り除くのが非常に難しいという」
「え? じゃあどうすればいいの?」
「この作業を何日も続けるより他なかろう」
「そうなの……、大変なのね」
自分は魔法使いだからこのような方法も取れたが、魔法が使えない人にとってはまさに虱潰しの作業が続くことになるのだろう。
リディアは椅子から立ち上がった。
「じゃあ今度はソフィの番ね、あたしが櫛を使うから」
「うむ、では頼んだのじゃ。まぁ妾は大した数のシラミもおらんはず、すぐに終わるのじゃ」
それに、昨夜シラミを移されたのであれば、まだ卵は産み付けられていないはずだ。
本に書いてあったことだが、シラミの卵というのは髪にしっかりとへばりついてなかなか取れないのだという。一体どのような大きさで、どのような色をしているのかまではわからなかったが、卵というからには恐らく卵型をしているのだろう。
「甘いわソフィ、ここは根こそぎ、目を皿にして一匹たりとも逃がさないようにしなきゃ」
「ふむ」
リディアの言うことにも一理ある。とりあえず任せたほうがいいのだろう。ソフィは杖で再び熱風を作り出し、自分の髪に通した。それに合わせてリディアが櫛を通していった。
「それにしてもソフィ髪の毛多いわねー」
「そうかのう?」
「いや多いでしょ。それとも黒いから多く見えるだけなのかしら」
「色など関係あるのか?」
「さぁ、あるんじゃないの?」
「知らんのか!」
確かに、遠くから見れば黒髪のほうが多く見えるかもしれないが、近づけばさほど関係無い気はする。
比べたことなどないからよくわからない。
リディアは頭皮のほうから髪の先まで櫛を髪の間に通した。その手つきは意外に穏やかなもので、自分がやった時よりもどこか優しげに感じられる。
「それにしても魔法使いはいいわねぇ」
「うむ」
「そういえばシシィも魔法で髪を乾かしたりとか、そんなことしてた気がするわ」
「おそらくシシィもそうやって普段から手入れをしておるのじゃろう」
シシィほどの魔法使いであればそのくらいのことは余裕なはずだ。むしろ、自分よりもよっぽど得意に違いない。
おそらく、シシィの髪にはシラミなどいないはずだ。そもそもシシィがシラミを見たことがあるかどうかがまず疑問だ。シシィはこの村に来るまで、あまり人と触れ合うようなことも無かっただろう。
そうなれば人の髪の中を覗き込むようなことはしたことがないはずだ。あれほど知識豊富なシシィでも、案外普通の人が知っているようなことを知らなかったりするのかもしれない。
リディアは櫛を使いながら呟いた。
「それにしても、一体どこでシラミなんかがあたしの髪に入ったのかしら。ルゥのところにいた時はシラミなんかいなかったはずなのに……。あー、でもあんまり質の良くない宿に泊まったことがあったわね、多分その時だわ。でもその時はシシィもいたのに、シシィは大丈夫なのかしら」
「いや、シシィは魔法でなんとかしておるはず。それでリディアにだけシラミが残ったのではないのか」
「なるほどねー、っていうかシシィずるいわ」
「別にズルをしているわけではなかろう」
「まぁそうだけど、あーもう、なんだか嫌になっちゃうわ」
リディアはそう言って溜め息を吐いた。どうやら今回のことはかなり堪えているようだ。これほどの美人なのにシラミがいるというのは何か不思議な気はしてしまうが、虫から見れば美人だろうがなんだろうがお構いなしなのだろう。
「懐かしいわね、昔はこうやってルゥの髪に櫛を通したりしてたのよ」
「ほう」
「あたしも髪の手入れはずっとルゥにやってもらってたもの」
「一国の姫に何をやらせておるのじゃ」
「別にやらせたわけじゃないわよ、ルゥが自分からやりたいって言ってきたの」
「よくよく考えれば、妾も相当な貴人なのじゃ。そんな者たちに髪の手入れなどさせて、一体何様のつもりなのじゃ」
そう尋ねるとリディアはフッと笑い声を漏らした。
どうせ勇者さまとでも言うのだろうと思ったが、リディアははっきりとした声で言った。
「ただの村娘よ」
0
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
愛されなければお飾りなの?
まるまる⭐️
恋愛
リベリアはお飾り王太子妃だ。
夫には学生時代から恋人がいた。それでも王家には私の実家の力が必要だったのだ。それなのに…。リベリアと婚姻を結ぶと直ぐ、般例を破ってまで彼女を側妃として迎え入れた。余程彼女を愛しているらしい。結婚前は2人を別れさせると約束した陛下は、私が嫁ぐとあっさりそれを認めた。親バカにも程がある。これではまるで詐欺だ。
そして、その彼が愛する側妃、ルルナレッタは伯爵令嬢。側妃どころか正妃にさえ立てる立場の彼女は今、夫の子を宿している。だから私は王宮の中では、愛する2人を引き裂いた邪魔者扱いだ。
ね? 絵に描いた様なお飾り王太子妃でしょう?
今のところは…だけどね。
結構テンプレ、設定ゆるゆるです。ん?と思う所は大きな心で受け止めて頂けると嬉しいです。
完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!
音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。
頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。
都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。
「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」
断末魔に涙した彼女は……
悪役令嬢の双子の兄、妹の婿候補に貞操を奪われる
アマネ
BL
重度のシスコンである主人公、ロジェは、日に日に美しさに磨きがかかる双子の妹の将来を案じ、いてもたってもいられなくなって勝手に妹の結婚相手を探すことにした。
高等部へ進学して半年後、目星をつけていた第二王子のシリルと、友人としていい感じに仲良くなるロジェ。
そろそろ妹とくっつけよう……と画策していた矢先、突然シリルからキスをされ、愛の告白までされてしまう。
甘い雰囲気に流され、シリルと完全に致してしまう直前、思わず逃げ出したロジェ。
シリルとの仲が気まずいまま参加した城の舞踏会では、可愛い可愛い妹が、クラスメイトの女子に“悪役令嬢“呼ばわりされている現場に遭遇する。
何事かと物陰からロジェが見守る中、妹はクラスメイトに嵌められ、大勢の目の前で悪女に仕立てあげられてしまう。
クラスメイトのあまりの手口にこの上ない怒りを覚えると同時に、ロジェは前世の記憶を思い出した。
そして、この世界が、前世でプレイしていた18禁乙女ゲームの世界であることに気付くのだった。
※R15、R18要素のある話に*を付けています。
あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?
オーガ転生~疲れたおっさんが城塞都市で楽しく暮らすようです~
ユーリアル
ファンタジー
世界最強とも噂される種族、オーガ。
そんなオーガに転生した俺は……人間らしい暮らしにあこがれていた。
確かに強い種族さ! だけど寝ても覚めても獣を狩ってはそのまま食べ、
服や家なんてのもあってないような野生生活はもう嫌だ!
「人間のいる街で楽しく暮らしてやる!」
家出のように飛び出したのはいいけれど、俺はオーガ、なかなか上手く行かない。
流れ流れて暮らすうち、気が付けばおっさんオーガになっていた。
ちょこっと疲れた気持ちと体。
それでも夢はあきらめず、今日も頑張ろうと出かけたところで……獣人の姉妹を助けることになった。
1人は無防備なところのあるお嬢様っぽい子に、方や人懐っこい幼女。
別の意味でオーガと一緒にいてはいけなさそうな姉妹と出会うことで、俺の灰色の生活が色を取り戻していく。
おっさんだけどもう一度、立ち上がってもいいだろうか?
いいに決まっている! 俺の人生は俺が決めるのだ!
巻き戻り令息の脱・悪役計画
日村透
BL
※本編完結済。現在は番外後日談を連載中。
日本人男性だった『俺』は、目覚めたら赤い髪の美少年になっていた。
記憶を辿り、どうやらこれは乙女ゲームのキャラクターの子供時代だと気付く。
それも、自分が仕事で製作に関わっていたゲームの、個人的な不憫ランキングナンバー1に輝いていた悪役令息オルフェオ=ロッソだ。
しかしこの悪役、本当に悪だったのか? なんか違わない?
巻き戻って明らかになる真実に『俺』は激怒する。
表に出なかった裏設定の記憶を駆使し、ヒロインと元凶から何もかもを奪うべく、生まれ変わったオルフェオの脱・悪役計画が始まった。
モブ兄に転生した俺、弟の身代わりになって婚約破棄される予定です
深凪雪花
BL
テンプレBL小説のヒロイン♂の兄に異世界転生した主人公セラフィル。可愛い弟がバカ王太子タクトスに傷物にされる上、身に覚えのない罪で婚約破棄される未来が許せず、先にタクトスの婚約者になって代わりに婚約破棄される役どころを演じ、弟を守ることを決める。
どうにか婚約に持ち込み、あとは婚約破棄される時を待つだけ、だったはずなのだが……え、いつ婚約破棄してくれるんですか?
※★は性描写あり。
俺の異世界先は激重魔導騎士の懐の中
油淋丼
BL
少女漫画のような人生を送っていたクラスメイトがある日突然命を落とした。
背景の一部のようなモブは、卒業式の前日に事故に遭った。
魔王候補の一人として無能力のまま召喚され、魔物達に混じりこっそりと元の世界に戻る方法を探す。
魔物の脅威である魔導騎士は、不思議と初対面のようには感じなかった。
少女漫画のようなヒーローが本当に好きだったのは、モブ君だった。
異世界に転生したヒーローは、前世も含めて長年片思いをして愛が激重に変化した。
今度こそ必ず捕らえて囲って愛す事を誓います。
激重愛魔導最強転生騎士×魔王候補無能力転移モブ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる