名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第三章

卑怯者呼ばわり

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 段々と日が落ちてゆこうとしている。ソフィは今日の疲れを吹き飛ばすかのように大きく伸びをした。一緒に歩いていたチビたちも真似して伸びをしている。

 畑の中で一日中歩き回っていたというのに、チビたちは随分と元気そうだった。イレーネなど変な動きで踊っている。その珍妙な動きは見ていて微笑ましい。



「転ばぬように気をつけるのじゃ」



 踊っているというよりは、はしゃいでいると言ったほうが近いのかもしれない。

 ただ、時々後ろ向きに進んだりするので転ばないか心配になってしまう。

 そんなイレーネを眺めながら歩いていると、村の中央へと到着した。先に到着していた農夫たちが手足を洗っている。

 その様子を眺めていると、昨日のことを思い出してしまう。



「イレーネよ、今日は落ちてはいかんのじゃ。妾の言うことを聞くのじゃぞ」

「うん!」

「良い返事じゃ」



 本当にわかっているのか不安になってしまうが、こちらが気をつけていれば大丈夫だろう。念のためイレーネの襟の辺りを掴んでおく。

 心配したようなことは起こらず、どうにか手を洗い終えることが出来た。チビたちが綺麗に手を洗い終えたのを見届けた頃、他の畑からリディアとカールが戻ってきた。



 二人は随分と仲がよくなったようだ。リディアが何か話しかけると、カールはやや紅潮した顔で頷いた。やはりカールのようなスケベにとって、リディアのような美女は眩しく映るのだろう。



 リディアもこちらの姿に気づいて手を上げた。



「あらソフィ、今日は落ちなかったのね」

「妾が落ちたのではない。イレーネが落ちたのじゃ」

「そう、まぁどっちでもいいわ。ソフィもお疲れ様、鳥を追い払う仕事大変だったでしょ」

「別に大変ということもない。妾にかかればこんなものはチョチョイのチョイなのじゃ」

「ふーん、こっちもカールちゃんが頑張ってくれたわ。投石器でびゅーんって土の塊を飛ばすのよ。遠くの鳥も逃げて行ったわ」

「なぬ?! 投石機じゃと?! カールめ、城攻めでもするつもりか」



 そう言ってカールを睨むと、カールは慌てて首を振った。



「ち、違うよ。僕が使った投石器は、こういう紐の奴で」

「なんじゃ、それをどう使うのじゃ」



 カールは腰に提げた小物入れから紐のようなものを取り出した。投石機といえば、城攻めに使う兵器だとばかり思っていたが、カールが取り出したものは想像とは違っていた。



「なんじゃ、投石紐ではないか……」



 ある神話で、背の低い少年が巨漢を倒すのに使った道具だ。名前は知っているが、実際に使っているところなどは見たことがない。

 カールは落ちていた石を拾い上げ、それを投石器の受け皿に置いた。カールは少し離れた場所へと行き、そこで紐を振り回した。ヒュンッと鋭い音が鳴る。同時に石が飛び出してゆく。

 石はカールのような子どもが投げたとは思えないほど遠くへと飛んでいった。



 実例を見せた後で、カールは投石器を小物入れに仕舞いこんだ。こちらへと戻ってきて、照れたように笑みを浮かべている。



「こんな感じで、鳥との距離がある時に土くれを投げたりしてたんだけど」

「おのれカールめ、卑怯な」

「なんで?!」

「妾など鳥を見かける度に走っておったのじゃぞ!」



 しかもチビたちを引き連れてである。チビたちの誰かが転んだら、その都度止まらなければいけない。チビたちを目の届く範囲に収めながら鳥を追うのは大変だった。

 その一方でカールはそのような器具を使い、遠くから鳥を追い払っていたのだという。



「うぬぬ、卑怯な」



 悔しさに目を細めていると、リディアが肩を叩いてきた。



「別に卑怯じゃないでしょ。カールちゃんが一生懸命練習したからああいうのが使えるだけじゃない」

「こそこそと練習しておったのか、なんと卑怯な」

「はいはい、落ち着きなさい」



 リディアがそう言って宥めてくるが、カールへの憤りはなかなか収まらない。チビたちにとって投石は面白いものだったようで、カールに尊敬の眼差しを送っている。

 カールがあんな道具を使えるとは知らなかった。隠れて練習していたのだろう。







 水場の辺りに人が多くなってきたので、水場から離れた。ぞろぞろ歩いて広場へ行くと、チビたちの親がチビたちを引き取りに来た。

 礼を言われたが、特に礼を言われるほどのことをしていない気はしてしまう。



 自分もそろそろ帰ろうかと思っていた頃、アデルが難しい表情で歩いてきた。

 まるで何かの悩み事を抱えているかのようだ。アデルはこちらに近づいてきて、溜め息を吐いた。



「おお、二人ともお疲れさんじゃな。何か変わったことはなかったか?」

「変わったことなど特に何もないのじゃ」

「あたしも大丈夫よ」



 リディアもそう答えて微笑んだ。何故いちいち笑みを浮かべる必要があるのだろう。

 アデルはその答えに満足したのか大きく頷き、それから再び溜め息を吐いた。



「うむ、本来ならばもう帰れるのじゃが、生憎わしは村長に呼ばれておってな、二人とも先に帰っていて欲しい」

「ふむ……」

「はぁ……、今日は遅刻はするし、失敗はするし、また村長の長い説教に苦しめられそうじゃ」

「失敗?」

「ああいや、まぁ大したことではないが、村長は腹を立てておるようでな」

「自分で大したことが無いという失敗は他の人から見ればそうでない場合があるのじゃ」

「ははは、厳しいことを言うのう。まぁそんなわけで、村長の長いお小言を貰いかねん。二人とももうお腹が空いたであろうし、わしの帰りなど待たずに先に食べておいてくれ」



 アデルはそう言って笑った。今日、アデルが寝坊したのは間接的には自分のせいでもある。きっと、昨夜のことで色々と考え、よく眠れなかったのだろう。

 何やら悪夢のようなものを見ていたようだし、アデルに余計な負担をかけてしまったことになる。仕事での失敗がどのようなものかはわからないが、それもアデルが思い悩んだ結果で起こったことかもしれない。



 アデルは腕を組み、肩を落とした。



「まったく、わしも腹が……、お腹が空いておるというのに、老人の話は長いでのう、困ったものじゃ」



 そう嘆息したアデルの後ろから、村長がひょっこりと現れた。

 釘を刺すかのように、アデルへチクリと言い放つ。



「今まさに言うべきことがひとつ増えたようじゃな」

「うおっ?! おったんかい村長」

「ワシも老人じゃからのう、ネチネチと話が長くなるかもしれんが」

「いやいや、村長はまだ若い。うむ、お小言などすっぱりと終わらせようではないか」

「やかましい、ほれ、さっさと来い」

「う、うむ……」



 アデルは村長に連れていかれてしまった。アデルがどんな失敗をしたのかは知らないが、厳しく叱るのはやめて欲しいと思った。







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