442 / 586
第二部 第三章
卑怯者呼ばわり
しおりを挟む段々と日が落ちてゆこうとしている。ソフィは今日の疲れを吹き飛ばすかのように大きく伸びをした。一緒に歩いていたチビたちも真似して伸びをしている。
畑の中で一日中歩き回っていたというのに、チビたちは随分と元気そうだった。イレーネなど変な動きで踊っている。その珍妙な動きは見ていて微笑ましい。
「転ばぬように気をつけるのじゃ」
踊っているというよりは、はしゃいでいると言ったほうが近いのかもしれない。
ただ、時々後ろ向きに進んだりするので転ばないか心配になってしまう。
そんなイレーネを眺めながら歩いていると、村の中央へと到着した。先に到着していた農夫たちが手足を洗っている。
その様子を眺めていると、昨日のことを思い出してしまう。
「イレーネよ、今日は落ちてはいかんのじゃ。妾の言うことを聞くのじゃぞ」
「うん!」
「良い返事じゃ」
本当にわかっているのか不安になってしまうが、こちらが気をつけていれば大丈夫だろう。念のためイレーネの襟の辺りを掴んでおく。
心配したようなことは起こらず、どうにか手を洗い終えることが出来た。チビたちが綺麗に手を洗い終えたのを見届けた頃、他の畑からリディアとカールが戻ってきた。
二人は随分と仲がよくなったようだ。リディアが何か話しかけると、カールはやや紅潮した顔で頷いた。やはりカールのようなスケベにとって、リディアのような美女は眩しく映るのだろう。
リディアもこちらの姿に気づいて手を上げた。
「あらソフィ、今日は落ちなかったのね」
「妾が落ちたのではない。イレーネが落ちたのじゃ」
「そう、まぁどっちでもいいわ。ソフィもお疲れ様、鳥を追い払う仕事大変だったでしょ」
「別に大変ということもない。妾にかかればこんなものはチョチョイのチョイなのじゃ」
「ふーん、こっちもカールちゃんが頑張ってくれたわ。投石器でびゅーんって土の塊を飛ばすのよ。遠くの鳥も逃げて行ったわ」
「なぬ?! 投石機じゃと?! カールめ、城攻めでもするつもりか」
そう言ってカールを睨むと、カールは慌てて首を振った。
「ち、違うよ。僕が使った投石器は、こういう紐の奴で」
「なんじゃ、それをどう使うのじゃ」
カールは腰に提げた小物入れから紐のようなものを取り出した。投石機といえば、城攻めに使う兵器だとばかり思っていたが、カールが取り出したものは想像とは違っていた。
「なんじゃ、投石紐ではないか……」
ある神話で、背の低い少年が巨漢を倒すのに使った道具だ。名前は知っているが、実際に使っているところなどは見たことがない。
カールは落ちていた石を拾い上げ、それを投石器の受け皿に置いた。カールは少し離れた場所へと行き、そこで紐を振り回した。ヒュンッと鋭い音が鳴る。同時に石が飛び出してゆく。
石はカールのような子どもが投げたとは思えないほど遠くへと飛んでいった。
実例を見せた後で、カールは投石器を小物入れに仕舞いこんだ。こちらへと戻ってきて、照れたように笑みを浮かべている。
「こんな感じで、鳥との距離がある時に土くれを投げたりしてたんだけど」
「おのれカールめ、卑怯な」
「なんで?!」
「妾など鳥を見かける度に走っておったのじゃぞ!」
しかもチビたちを引き連れてである。チビたちの誰かが転んだら、その都度止まらなければいけない。チビたちを目の届く範囲に収めながら鳥を追うのは大変だった。
その一方でカールはそのような器具を使い、遠くから鳥を追い払っていたのだという。
「うぬぬ、卑怯な」
悔しさに目を細めていると、リディアが肩を叩いてきた。
「別に卑怯じゃないでしょ。カールちゃんが一生懸命練習したからああいうのが使えるだけじゃない」
「こそこそと練習しておったのか、なんと卑怯な」
「はいはい、落ち着きなさい」
リディアがそう言って宥めてくるが、カールへの憤りはなかなか収まらない。チビたちにとって投石は面白いものだったようで、カールに尊敬の眼差しを送っている。
カールがあんな道具を使えるとは知らなかった。隠れて練習していたのだろう。
水場の辺りに人が多くなってきたので、水場から離れた。ぞろぞろ歩いて広場へ行くと、チビたちの親がチビたちを引き取りに来た。
礼を言われたが、特に礼を言われるほどのことをしていない気はしてしまう。
自分もそろそろ帰ろうかと思っていた頃、アデルが難しい表情で歩いてきた。
まるで何かの悩み事を抱えているかのようだ。アデルはこちらに近づいてきて、溜め息を吐いた。
「おお、二人ともお疲れさんじゃな。何か変わったことはなかったか?」
「変わったことなど特に何もないのじゃ」
「あたしも大丈夫よ」
リディアもそう答えて微笑んだ。何故いちいち笑みを浮かべる必要があるのだろう。
アデルはその答えに満足したのか大きく頷き、それから再び溜め息を吐いた。
「うむ、本来ならばもう帰れるのじゃが、生憎わしは村長に呼ばれておってな、二人とも先に帰っていて欲しい」
「ふむ……」
「はぁ……、今日は遅刻はするし、失敗はするし、また村長の長い説教に苦しめられそうじゃ」
「失敗?」
「ああいや、まぁ大したことではないが、村長は腹を立てておるようでな」
「自分で大したことが無いという失敗は他の人から見ればそうでない場合があるのじゃ」
「ははは、厳しいことを言うのう。まぁそんなわけで、村長の長いお小言を貰いかねん。二人とももうお腹が空いたであろうし、わしの帰りなど待たずに先に食べておいてくれ」
アデルはそう言って笑った。今日、アデルが寝坊したのは間接的には自分のせいでもある。きっと、昨夜のことで色々と考え、よく眠れなかったのだろう。
何やら悪夢のようなものを見ていたようだし、アデルに余計な負担をかけてしまったことになる。仕事での失敗がどのようなものかはわからないが、それもアデルが思い悩んだ結果で起こったことかもしれない。
アデルは腕を組み、肩を落とした。
「まったく、わしも腹が……、お腹が空いておるというのに、老人の話は長いでのう、困ったものじゃ」
そう嘆息したアデルの後ろから、村長がひょっこりと現れた。
釘を刺すかのように、アデルへチクリと言い放つ。
「今まさに言うべきことがひとつ増えたようじゃな」
「うおっ?! おったんかい村長」
「ワシも老人じゃからのう、ネチネチと話が長くなるかもしれんが」
「いやいや、村長はまだ若い。うむ、お小言などすっぱりと終わらせようではないか」
「やかましい、ほれ、さっさと来い」
「う、うむ……」
アデルは村長に連れていかれてしまった。アデルがどんな失敗をしたのかは知らないが、厳しく叱るのはやめて欲しいと思った。
0
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
断罪されているのは私の妻なんですが?
すずまる
恋愛
仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。
「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」
ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?
そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯?
*-=-*-=-*-=-*-=-*
本編は1話完結です(꒪ㅂ꒪)
…が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」
サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
チートな幼女に転生しました。【本編完結済み】
Nau
恋愛
道路に飛び出した子供を庇って死んだ北野優子。
でもその庇った子が結構すごい女神が転生した姿だった?!
感謝を込めて別世界で転生することに!
めちゃくちゃ感謝されて…出来上がった新しい私もしかして規格外?
しかも学園に通うことになって行ってみたら、女嫌いの公爵家嫡男に気に入られて?!
どうなる?私の人生!
※R15は保険です。
※しれっと改正することがあります。
別に構いませんよ、離縁するので。
杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。
他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。
まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる