6 / 586
第二章
魔王、荷造りを終える
しおりを挟む「むむ、こやつ暢気に眠りこけおってからに」
ソフィに頬を突かれて、アデルが眉をぴくりと弾ませる。椅子に腰掛けたまま、アデルは腕を組んで眠っていた。
魔物との会話が終わった後、すぐ眠りについたアデルだったが、ソフィに頬を突かれてその眠りも破れようとしていた。
「うぅむ……」
「これ、眠っておる場合ではないぞ。早く起きるのじゃ」
「……んん? なんじゃ、うむ……」
アデルが薄く目を開けると、ソフィが頬を膨らませて腕を組んでいるのが目に入った。
ソフィは不満そうに唇を尖らせ、棘を含んだ声で言う。
「早く起きんか。荷造りとやら、大体終わったぞ」
「うむ、そうか……。しかし、眠いのう」
アデルは目を細めたまま、立腹しているソフィの顔を伺う。鼻の辺りをごしごしと擦って、それから大あくびをひとつした。
何度か目を素早く瞬かせて、アデルは辺りを見回す。影の移動具合を見た感じでは、あまり長い時間眠っていたとは思えなかった。
「なんじゃ、もう終わったのか。早いのう」
「たいして物など持っておらんからな。とりあえず、さっさと顔を洗うがよい、顔が涎まみれじゃぞ」
面白そうに唇の端を吊り上げるソフィを見て、アデルは口の周りを指でなぞった。
だが指で触れた限りでは、涎がついているような感じはしない。
「まったく、意趣返しのつもりか知らんが、涎なぞ出ておらんではないか」
「意趣返しとはなんじゃ?」
「なにっていや、わしが言った仕返しじゃろ?」
アデルはゆっくりと立ち上がって、頭を軽く振った。
「ああ、いや、意趣返しというのは、まぁやられた恨みを晴らすという意味でな、仕返しのことじゃな」
「ふーん、そうか。そういう意味であったか」
アデルは椅子を持ち上げてから井戸まで行って顔を洗い、濡れた手で髪をささっと整えた。
腕を空に伸ばしながらアデルが言う。
「よし、いくらかシャッキリしたことじゃし、荷造りの続きをするとしよう」
「うむ、早うせい」
「はいはい、わしだけでなく、ソフィも手伝うのじゃぞ」
「わかっておる」
「うむ、いい子じゃ」
「人を子ども扱いするでない! 妾はもう立派な王であるぞ」
「しかし、もう王様ではなかろう。家臣はおらんし、国民もおらん」
「む……。なんと、妾はすでに王ではないというのか」
「まぁよいではないか、魔王など一旦放り出してしまえ。王の仕事というのは大変じゃぞ、わしもよく知らんが」
そんなことを話しながら、アデルとソフィは再びソフィの寝室へと戻った。
ソフィはほぼ荷造りを終えたと言ったが、アデルの目には終わっているようには見えなかった。
荷物を纏めたというより、必要そうなものをベッドの上に乗せただけのように見える。行李に詰め込んだわけでもなければ、そういったものを用意した形跡もない。
アデルは顎の下を擦りながら独り言のように呟いた。
「ふむぅ……。荷造りがどういうものか伝えておくべきじゃったか」
「なんじゃ、何か問題があるのか」
「そうじゃな、持って行くわけじゃから、何かに入れて持ち運べるようにせねばならんわけでな、こうやって荷物を並べただけでは、持って行くことは出来んじゃろ?」
ベッドの上に並べられた品々を見て、アデルは顎をさすった。
魔王の持ち物だというから、相当な工芸品や宝石でもあるのかと思いきや、高価そうなものは見当たらない。
櫛もそこらの農村の娘が持っているような飾り気の無い木製のもので、いくらか歯が欠けている。手鏡は青銅製で、こちらも装飾の無い簡素な品物だった。
服の類はそこそこ揃っているようで、ソフィが着ているような黒いワンピース型の服が数着ある。
「ふーむ」
「妾の服を見ながら何を唸っておるこの助平」
「いや、そういうわけではなくてじゃな、ソフィよ、少し隣の部屋を見せてもらってもよいか? 何か行李になるものがあるじゃろ」
「うむ、よいぞ。好きにするがよい」
許可を貰ったところでアデルは隣の部屋に行き、部屋の奥のほうまで行って鎧戸を開けた。物置として使っていたのか、埃っぽい臭いが立ち込めている。
部屋は久しぶりの呼吸で荒っぽく埃を巻き上げた。
埃の匂いに包まれながら、アデルが保管してある荷物を漁る。
思った通り、荷造りに使えそうな丁度いい大きさの足つきチェストが見つかった。
このチェストの持ち主は誰なのだろう。とりあえずソフィに尋ねてみる。
「中は何が入っておるんじゃ?」
「さぁ、妾も知らぬ」
「ふむ、開けてみるか」
留め具を外して、蓋を開ける。
そこに入っていたのは服だった。アデルはソフィに中身を見せるため、体を少し横へずらした。
「……服か、女物じゃな。しかも、大人用ではないか。結構な品物のようではあるが」
「うーむ、もしかしたら妾の母上のものか。もしくはその召使のものか」
「ほう、母上どののものか。しかしどうしたものか……。さすがに持って行くにしては嵩張るし」
「別に持って行く必要はなかろう。母上からはすでに大事な形見を貰っておる。それさえあれば妾は構わぬ」
「そうなのか? ならば、中身だけちょっと取り出して別の行李に詰め込んでおくか」
アデルは物置にあった他の荷物も開けて、中身を確かめていった。そしてひとつ、他とは作りが違う小さな行李を見つけた。
表面には金と銀、他にも何か高価な素材による象嵌が施されていて、見るからに他とは違う。
何が入っているのか気になり、アデルはその行李の蓋を開けた。
「うおっ、これは……」
薄暗くてよく見えなかったので、アデルはそれを廊下まで持っていてソフィに見せてやった。
ソフィが目を細めて覗き込む。どうやら何が入っているのかに気づいたらしい。
「むむ、これは、宝石か……」
「そうじゃな、装飾具の類を入れておったのじゃろうな。よかったなソフィ、こういうものであれば持ってゆけるぞ」
「……ふむ?」
「ん? どうしたソフィ? 喜んだらどうじゃ? お主の母上の物であろう、別にソフィが貰っても問題なかろう」
「なんというか、少なくなっておるような気がする。アデルよ、お主盗んだか?」
「盗むかっ! なんて酷いことを言うのじゃ」
「む、すまぬ。いや、妾の気のせいであった」
「大体、盗み目的じゃったらソフィと戦うなどということ考えずにさっさとトンズラしておるわい」
「それもそうじゃな……。で、アデルよ、欲しいとは思わんのか?」
「何をじゃ?」
「いや、ここにある宝石やら指輪やら色々あるじゃろう」
「わしが持っておってもしょうがなかろう。それに、これはわしのものではない、ソフィのものじゃ」
「……そうか、しかし売れば結構なお金になるのではないのか? 妾にはよくわからんが」
「まぁそうじゃろうが、これも一応ソフィの母上の物じゃろ? 別に良いではないか、いつかソフィが身につければよい。今これを売ってお金に変えるよりも、わしはこれらが似合うほどに成長したソフィを見たいものじゃ」
「お、お主はまた変なことを言う……」
ソフィがふいと顔を背けた。
0
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。
夢草 蝶
恋愛
侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。
そのため、当然婚約者もいない。
なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。
差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。
すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?
Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」
私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。
さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。
ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる