名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二章

魔王、荷造りを終える

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「むむ、こやつ暢気に眠りこけおってからに」

 ソフィに頬を突かれて、アデルが眉をぴくりと弾ませる。椅子に腰掛けたまま、アデルは腕を組んで眠っていた。
 魔物との会話が終わった後、すぐ眠りについたアデルだったが、ソフィに頬を突かれてその眠りも破れようとしていた。

「うぅむ……」
「これ、眠っておる場合ではないぞ。早く起きるのじゃ」
「……んん? なんじゃ、うむ……」

 アデルが薄く目を開けると、ソフィが頬を膨らませて腕を組んでいるのが目に入った。
 ソフィは不満そうに唇を尖らせ、棘を含んだ声で言う。

「早く起きんか。荷造りとやら、大体終わったぞ」
「うむ、そうか……。しかし、眠いのう」

 アデルは目を細めたまま、立腹しているソフィの顔を伺う。鼻の辺りをごしごしと擦って、それから大あくびをひとつした。
 何度か目を素早く瞬かせて、アデルは辺りを見回す。影の移動具合を見た感じでは、あまり長い時間眠っていたとは思えなかった。

「なんじゃ、もう終わったのか。早いのう」
「たいして物など持っておらんからな。とりあえず、さっさと顔を洗うがよい、顔が涎まみれじゃぞ」

 面白そうに唇の端を吊り上げるソフィを見て、アデルは口の周りを指でなぞった。
 だが指で触れた限りでは、涎がついているような感じはしない。

「まったく、意趣返しのつもりか知らんが、涎なぞ出ておらんではないか」
「意趣返しとはなんじゃ?」
「なにっていや、わしが言った仕返しじゃろ?」

 アデルはゆっくりと立ち上がって、頭を軽く振った。

「ああ、いや、意趣返しというのは、まぁやられた恨みを晴らすという意味でな、仕返しのことじゃな」
「ふーん、そうか。そういう意味であったか」
 
 アデルは椅子を持ち上げてから井戸まで行って顔を洗い、濡れた手で髪をささっと整えた。
 腕を空に伸ばしながらアデルが言う。

「よし、いくらかシャッキリしたことじゃし、荷造りの続きをするとしよう」
「うむ、早うせい」
「はいはい、わしだけでなく、ソフィも手伝うのじゃぞ」
「わかっておる」
「うむ、いい子じゃ」
「人を子ども扱いするでない! 妾はもう立派な王であるぞ」
「しかし、もう王様ではなかろう。家臣はおらんし、国民もおらん」
「む……。なんと、妾はすでに王ではないというのか」
「まぁよいではないか、魔王など一旦放り出してしまえ。王の仕事というのは大変じゃぞ、わしもよく知らんが」

 そんなことを話しながら、アデルとソフィは再びソフィの寝室へと戻った。




 ソフィはほぼ荷造りを終えたと言ったが、アデルの目には終わっているようには見えなかった。
 荷物を纏めたというより、必要そうなものをベッドの上に乗せただけのように見える。行李こうりに詰め込んだわけでもなければ、そういったものを用意した形跡もない。

 アデルは顎の下を擦りながら独り言のように呟いた。

「ふむぅ……。荷造りがどういうものか伝えておくべきじゃったか」
「なんじゃ、何か問題があるのか」
「そうじゃな、持って行くわけじゃから、何かに入れて持ち運べるようにせねばならんわけでな、こうやって荷物を並べただけでは、持って行くことは出来んじゃろ?」

 ベッドの上に並べられた品々を見て、アデルは顎をさすった。
 魔王の持ち物だというから、相当な工芸品や宝石でもあるのかと思いきや、高価そうなものは見当たらない。
 櫛もそこらの農村の娘が持っているような飾り気の無い木製のもので、いくらか歯が欠けている。手鏡は青銅製で、こちらも装飾の無い簡素な品物だった。
 服の類はそこそこ揃っているようで、ソフィが着ているような黒いワンピース型の服が数着ある。

「ふーむ」
「妾の服を見ながら何を唸っておるこの助平」
「いや、そういうわけではなくてじゃな、ソフィよ、少し隣の部屋を見せてもらってもよいか? 何か行李になるものがあるじゃろ」
「うむ、よいぞ。好きにするがよい」

 許可を貰ったところでアデルは隣の部屋に行き、部屋の奥のほうまで行って鎧戸を開けた。物置として使っていたのか、埃っぽい臭いが立ち込めている。
 部屋は久しぶりの呼吸で荒っぽく埃を巻き上げた。

 埃の匂いに包まれながら、アデルが保管してある荷物を漁る。
 思った通り、荷造りに使えそうな丁度いい大きさの足つきチェストが見つかった。
 このチェストの持ち主は誰なのだろう。とりあえずソフィに尋ねてみる。

「中は何が入っておるんじゃ?」
「さぁ、妾も知らぬ」
「ふむ、開けてみるか」

 留め具を外して、蓋を開ける。
 そこに入っていたのは服だった。アデルはソフィに中身を見せるため、体を少し横へずらした。

「……服か、女物じゃな。しかも、大人用ではないか。結構な品物のようではあるが」
「うーむ、もしかしたら妾の母上のものか。もしくはその召使のものか」
「ほう、母上どののものか。しかしどうしたものか……。さすがに持って行くにしては嵩張るし」
「別に持って行く必要はなかろう。母上からはすでに大事な形見を貰っておる。それさえあれば妾は構わぬ」
「そうなのか? ならば、中身だけちょっと取り出して別の行李に詰め込んでおくか」

 アデルは物置にあった他の荷物も開けて、中身を確かめていった。そしてひとつ、他とは作りが違う小さな行李を見つけた。
 表面には金と銀、他にも何か高価な素材による象嵌が施されていて、見るからに他とは違う。
 何が入っているのか気になり、アデルはその行李の蓋を開けた。

「うおっ、これは……」

 薄暗くてよく見えなかったので、アデルはそれを廊下まで持っていてソフィに見せてやった。
 ソフィが目を細めて覗き込む。どうやら何が入っているのかに気づいたらしい。

「むむ、これは、宝石か……」
「そうじゃな、装飾具の類を入れておったのじゃろうな。よかったなソフィ、こういうものであれば持ってゆけるぞ」
「……ふむ?」
「ん? どうしたソフィ? 喜んだらどうじゃ? お主の母上の物であろう、別にソフィが貰っても問題なかろう」
「なんというか、少なくなっておるような気がする。アデルよ、お主盗んだか?」
「盗むかっ! なんて酷いことを言うのじゃ」
「む、すまぬ。いや、妾の気のせいであった」
「大体、盗み目的じゃったらソフィと戦うなどということ考えずにさっさとトンズラしておるわい」
「それもそうじゃな……。で、アデルよ、欲しいとは思わんのか?」
「何をじゃ?」
「いや、ここにある宝石やら指輪やら色々あるじゃろう」
「わしが持っておってもしょうがなかろう。それに、これはわしのものではない、ソフィのものじゃ」
「……そうか、しかし売れば結構なお金になるのではないのか? 妾にはよくわからんが」
「まぁそうじゃろうが、これも一応ソフィの母上の物じゃろ? 別に良いではないか、いつかソフィが身につければよい。今これを売ってお金に変えるよりも、わしはこれらが似合うほどに成長したソフィを見たいものじゃ」
「お、お主はまた変なことを言う……」


 ソフィがふいと顔を背けた。



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